4章34 万能聖女、宿星のダンジョンへ潜る6
向かってくるのは――黒のまだら模様のある黄土色の毛皮と、額に黒い一本角を持つ、兎と猫を足して二で割ったような魔物『アルミラージ』。
そして茶色の毛皮に覆われた『コボルト』だ。
「普通のコボルトって茶毛なのね」
「そっスよ。けどやっぱ、黒のがカッコイイっスよね」
「そうね。アークのほうが……いえ、アークが一番かっこいいわ」
「へへ、ふへへっ……ちょっと姐さん、いきなり褒めすぎっスよぉ」
「かっこいいのご褒美に、いっぱいもふもふしてあげる」
「いや、ちょっと意味わかんないんスけど、って、あ、ちょっ、姐さん、ダメっスよ……!?」
なんて、ようやく心的ダメージから復活した乃詠とアークが常のじゃれ合いをしつつ、魔物たちを一掃し、トラップを解除しながら先へと進む。
それからいくばくもしないうちに再びアビーから制止の声がかかり、二つのトラップを解除し、また進む――のだが。
「またトラップにゃん。床に物理タイプが三つ、左右の壁に魔力タイプにゃん」
「トラップ、多いな」
「魔物も多いから、さっきから全然進んでないな」
ちょっと進めば、またトラップ。しかも厭らしい配置になっているせいで避けて通るのも難しい。魔物との戦闘中にうっかり作動させてしまう恐れもある。
ゆえに、アビーを筆頭にトラップ解除の技術を持つ騎士たちが対処し、ひとつひとつ解除していく……のだけれど。
またトラップ。またまたトラップ。間隔も短くなり、数も増える。解除。トラップ発見。解除。トラップ。魔物との戦闘。トラップ。トラップ。トラップ、トラップ、トラップ、トラップ……
「んにゃぁぁっ!! 床も、壁も、天井も! トラップだらけにゃん!! いい加減にするにゃん!!」
ついにアビーが爆発した。
もう間隔うんぬん数うんぬんなんて話ではなく、通路がトラップで埋め尽くされているのだ。物理タイプも魔法タイプも、両方。
「鬼畜なんてレベルじゃないにゃんこれ! もう攻略させる気がないとしか思えんにゃん!」
どう考えても異常だ。
「これも宿星の妨害工作よね」
『えぇ。露骨に足止めしてきましたね』
しかも、当然というべきか、魔物たちには反応しないのだ。
こんなトラップしかない通路で魔物とは戦えない。もはや解除するのもいろんな意味で大変だ。結果、その場所から動けない。
「ひとつひとつ解除していたらキリがないな……」
ヴィンスがやや苛立った様子で呟くが、そこへ乃詠が挙手する。
「どうした、ノエさん?」
「ちょっと思いついたから、任せてもらってもいいかしら?」
了承を得たので前に出る。そして――『マルチバリア』に偽装した聖結界を、通路の床、壁、天井を覆うように展開したのだ。
「――は?」
試しにと、結界の上を歩いてみる。物理、魔法ともども、トラップは一つも作動しなかった。
バリア――結界は外と内の干渉を拒む。物理タイプは物理による影響を受けず、魔法タイプは魔力による影響を受けないから作動しない。
よって、結界の上を歩いていけば、どちらも反応しないということだ。
ちなみに、聖結界もそうだが、バリアも魔力と術者の力量次第でいくらでも範囲を広げられるし、強度を高めることもできる。
「これならひとつひとつ解除しなくても、ぜんぶ無視して進めるわ」
その、まさに身もふたもない無茶苦茶な解決法に、騎士たちの反応はさまざまだった。
ぽかんとしている者、目が点になっている者、顔が引きつっているのは主に術に精通している者だが――それでも、かねがね皆、内心は同じだろう。
「ノエにゃんの頭はとってもユニークだにゃん」
「アビにゃんそれ、絶対褒めてないわよね?」
「微妙にゃん。割合的には褒めてないかもしれないにゃん」
要するに『頭おかしい』と言いたいのだ。発想は斬新で、すごいはすごいのだけども、というやつ。
まず、バリアをそんな使い方はしない。思いつかない。
ちなみに余談だが――〝アビにゃん〟という呼び方は、乃詠を発端として騎士隊の中にまで広まった、アビーの愛称だ。
初対面のあいさつのとき、『猫人・一人称ニャー・語尾にゃん』のトリプルコンボが乃詠のツボにドハマりし、思わず呼んでしまったのだが、本人からも特に指摘されることはなく。
また、それを聞いていた騎士らも、語感が気に入ったようで、そのまま公認の愛称となったのだった。
ついでに、そのときに騎士たちには敬語を遠慮されているので、お言葉に甘えて普通に接している。
「ノエさん以外ではまず実用的ではないだろうが、そういうトラップの無力化方法があるとだけは覚えておこう。さすが、封印と試練のダンジョン攻略者の発想はひと味違うな」
クソ真面目な顔で、感心しきりといった風に何度もうなずくヴィンス。
封印と試練のダンジョン攻略者~のくだりがもはや定型のようになっていた。
彼らにそんな発想がなかったのもそうだが、ただでさえバリアは魔力をけっこう使うのだ。
神官騎士には防御支援や仲間の強化、回復など、他に重要な役目がたくさんあるので、MPの無駄づかいはできない。シーフで解除できるならそのほうがいい。
こんな状況にでもならない限り、まず使う機会はないだろう。
「とまれ、ノエさんのおかげでトラップを警戒する必要もなくなった。――先へ進もう」
そうして一行は、バリア(聖結界)の敷かれた通路を行く。
魔物は相変わらずで、一つ層を下りると新たな敵――『ゴーレム』が出現。
ゴーレムにもいろいろと種類がいるのだが、ノーマルは最下位種。
土塊の人形といった様相だが、相応の固さはある。けれど、石ほどではない。
純粋な打撃や斬撃は通るし、魔法も効く。また、ゴーレム系の共通として、体のどこかにある刻印を消せば活動を止めるという明確な弱点もあるので、攻撃をかわしてそこを突けば一撃だ。
八層では、小さな悪魔の見た目をした魔物『インプ』が追加で現れる。
小さな羽で飛び回りながら、手に持った三叉槍で攻撃してくる――が、空間も限定されているし、飛行速度も大して速くはない。
さして苦戦することもなく倒し、九層、そして十層を踏破した。
◇◇◇
そんな一行の快進撃を、身を隠しつつ追っていたカイは、ひとり戦慄する。
いや――快進撃とは言ったものの、この場合、その表現は正しくないだろう。
確かに快進はしてきたが、三層以降、戦闘らしい戦闘は起きていない。勝ち進むもクソもない。
なにせ、進行上の通路を魔物ごと氷漬けにし、氷像と化して動かない敵を横目に進んできたのだから。
(確かにあれは、俺でも悪夢だと思ったけど……)
コックローチ、特に苦手ではないが、好きでもない。むしろ嫌いな部類だ。たぶん大半の人間がそうだろう。人によってはトラウマものだ。
(全部、凍らせちゃうとはなぁ……)
やはり彼女は、戦闘力も規格外なのだと、あらためて実感する。
(というか……ノエさん、MPやばくない?)
進路だけとはいえ、三層から五層の通路をすべてを凍らせ、それだけでも大概だというのに、さらにその先、六層から十層までの通路の、床、天井、壁のすべてに『マルチバリア』を敷き詰めたのだ。
普通ならとっくにMP切れを起こしている。
ポーションで回復した素振りもなかった。
(いやまぁ、災魔を倒すくらいなんだから、レベルもステータスも相応に高いんだろうけど……見たいような、見たくないような)
とんでもない数値が飛び出してきそうでちょっと怖い。
ともあれ、十層フロアの奥には、五層のときと同じく扉があった。
やはり五層ごとにフロアボスが配置されているようだ。
フロアボスはEランクの『ストーンゴーレム』――ゴーレムの上位種だ。
三メートルほどの石でできた巨体を持ち、威力は弱いが〈土魔法〉の『ストーンバレット』を使ってくる。
取り巻きにはゴーレムが二体。
五層のときのように追加はなかった。
今度こそ騎士隊のみで相手をする。
だがやはり、Dランクが最低の『邪毒竜の森』中層到達者たちの相手ではない。
スキルや相性なんかもあるから、ランクがすべてというわけではないが、少なくともステータスは低いのだ。
魔導騎士や神官騎士の出番などないに等しく、ほぼ前衛の騎士たちだけであっさりと撃破してのけたのだった。
◇◇◇
スクリーンを見つめる宿星の目は、虚ろだった。
「敷き詰めたトラップの上に、結界を敷き詰められてしまったの……ほんと、意味がわからないの……」
いったい誰が、あんな反則めいたバリアの使い方で、あのトラップだらけのフロアをやすやす突破してのけるなどと想像ができるだろうか。
「とんでもない、どころの話じゃなかったの……」
結局そのまま、十層のフロアボスまで倒されてしまった。
しかし――まだだ。
「ここまでは、あくまで初級者向けなの。次からは、難易度が跳ね上がるの」
伊達に作成に時間をかけていない。現時点で、宿星にとっては最高傑作というべきダンジョンに仕上がっている。いくら彼らとて一筋縄ではいくまい。
「本番はここからなの! 吠え面かかせてやるの!」
なんだか少し、趣旨が変わっていた。
お読みいただきありがとうございます。
今年、『万能聖女』の投稿を初めて約三か月半、お付き合いいただきありがとうございました。
来年も頑張って更新していくので、どうぞよろしくお願いいたします。
そして、明日、明後日と連投する予定です。
では皆さま、よいお年を!




