4章30 万能聖女、宿星のダンジョンへ潜る2
〈時空魔法〉レベル2で覚えられる『アポーツ』――その名のとおり、遠くにある物体を瞬間的に手元へ引き寄せるというものだ。
原理的には空間を置き換える『テレポート』と同じだが、これは引き寄せのみの一方通行。また生き物は不可、サイズや重量にも明確な制限がある。
ドロップアイテムを拾うだけなら、これほどうってつけの魔法もない。
歩きながら目についたドロップアイテムを引き寄せては、用意した革袋へと入れていく。
もちろん、ネコババみたいな真似はしない。性分として、売れるものを捨て置けないだけなので。
騎士たちが倒した分のドロップアイテムは別にしておき、事が済んだらリーダーであるヴィンスに渡す所存である。
「これが魔法石――意外と小さいのね」
各属性ごとに色の付いた、ビー玉サイズのまん丸な水晶だ。
「武器にはめるにしても、専用のものを作らないといけませんよね」
『持ち手などに魔法石が入る穴を空ける程度のものですよ。特別な技術などは必要ないそうです』
「へぇ、それで魔法が付与できるなんて不思議ね。――あ、私が作った武器に穴あける? バランスとか変わってくるから、そのあたりの調整もしなきゃいけないけれど」
『やめたほうがよろしいかと。魔法石は消耗品ですから、入手の目途がなければいずれ意味がなくなります。このダンジョンは攻略前提で今後どうなるかわかりませんし、近辺にも宿星のダンジョンはないですから、市場にも流通してはいないでしょう』
「あぁ、それもそうね」
「ちょっと残念っス」
ちなみに、今のところメダルのドロップはない。
特に低ランクの魔物のドロップ率は相当に低いらしい。
まぁ、集めるつもりはないのでどうでもいいのだが。
しばらくすると――今度は空中から魔物の襲来があった。
「うわっ。あのコウモリ、なんか人面みたいで気持ち悪いわね」
バサバサと皮膜を羽ばたかせ、こちらへ向かってくるのは、『ヴァンバット』というF+ランクの魔物。特殊なスキルは〈吸血〉のみの、吸血コウモリだ。
冠の〝ヴァン〟は、おそらくヴァンパイアのヴァンだろう。
ちなみにその人面というのが――血のように真っ赤な双眸が落ちくぼんだ眼窩からギョロリと飛び出さんばかりで、頬はげっそりと痩け、大きく裂けた口から長い犬歯が覗いている。
気持ち悪いうえに不気味だ。
「――おっと。副長、分かれ道にゃん。どうするにゃん?」
このダンジョンは地下迷宮型だ。いくつもの層に分かれ、ひたすら下へ下へと下っていった先にダンジョンのボスがいる。
フロアの終端に下層へと続く階段があるはずで、一行はそれを目指して進んでいくわけだが、大抵の迷宮のルートは直通一本ではない。
分かれ道は無数にあって、その先が行き止まりになっていることもあれば、階段につながってはいるが無駄に迂回していたり、なんてこともある。
未知のダンジョン攻略は、何か特殊なスキルでも持っていないかぎり、トライアンドエラー的な探索で地道にマッピングしていくしかない。
後続はともかく、また相当な強運の持ち主でもなければ、本来、ダンジョン攻略とは、とても時間のかかるものなのだ。
「時間はかけたくないが、未知なダンジョンである以上、致し方ない。地道に潰していくしかないが……おまえの〈直感〉はどっちだ?」
「これそんなに精度よくないから、あんまり頼りにしてほしくないにゃん」
「まったくの当てずっぽうで進むよりはマシだろう」
「大して変わらんにゃん。ま、副長がそう言うのなら応えるけどにゃん。間違ってても文句は言わないでほしいにゃん。――右だにゃん」
「よし、右へ行く」
〈直感〉スキルとは、意味そのままのものだ。優れた直感力を発揮できるが、必ずしも正解を引けるわけではない。しかし、こういった推理や考察も何もない場面にはもってこいのスキルだろう。
とはいえ――今、このパーティーにはチートな規格外がいるので、それも必要はないのだが。
極力手を出さないと言ったのは、あくまで戦闘面でのこと。
目的はリシェルの救出。タイムリミットはなくとも、早いほうがいいに決まっている。正攻法で地道なルート探しなんてしていられない。
きっとヴィンスらも、そこは妥協してくれるだろう。
ということで、乃詠が道案内を買って出ようとしたのだが……
(あれ? マップが表示されない……?)
頭の中に展開されている〈マップ〉には、今しがた通ってきた一本の道しか記されていなかった。
『申し訳ありません、ノエ様。このダンジョンのマップデータは取得できませんでした』
これは乃詠も初耳だったのだが――〈マップ〉は本来、所持者が自ら歩いた道、およびその周辺の地形が自動で書き込まれていくだけのスキルなのだという。
それこそ、行った場所から少しずつマップが開放されていくゲームのように。
乃詠の〈マップ〉が即座に全域のマップを表示できるのは、〈ナビゲーション〉が連動しているためだ。これが限定的に世界へとアクセスし、地形データを引き出して〈マップ〉に反映させているのだとか。
だが、このダンジョンは外からやってきた宿星の作ったもので、世界にもともとあったものではない。
世界がこの世界の地形として認識すれば引き出せるようになるだろうが、このダンジョンは宿星の一部であり、一種の亜空間となっている。
ゆえに〈マップ〉のみの機能しか発揮できない――とのことだった。
『へぇ。そういう風になっていたのね』
『邪毒竜の森』では当前のように享受していた力に頼れないのは痛いが、使えないものはどうしようもない。それがスキルの限界なのだから。
――スキル〈ナビゲーション〉が〈ナビゲーション・改〉にランクアップしました。
『あ、いけそうですね。フロア情報を取得していますので少々お待ちください』
『……ちょっと待って。〈ナビゲーション〉ってレベルなしのスキルよね。レベルがなくてもランクアップするの? しかもこのタイミングで? ご都合にしてもすぎない? というかスキル名が雑いのだけど』
ツッコミが飽和している。
(もともとこういう名前のスキルがあったということよね? まさか、即席で称号さんが作った? ……いえ、そんなわけないわよね。【万能聖女】の効果は、あくまでスキルの獲得やレベルアップをしやすくするだけだもの。まぁ、それにしてもイージーすぎるけれど)
なんだか焦りのようなものを感じたような気がしたが、気のせいだろう。そういうことにしておく。
そんなこんなで――あらためて乃詠が道案内を買って出ると、一刻も早く愛する婚約者を奪還したいヴィンスは大いに歓迎してくれた。
「ありがたいのは間違いないにゃん。でも、反則感は否めないにゃん」
とはアビーの言である。同意とばかりに他の騎士たちもうなずいていた。
「私もそう思うにゃん」
とつい語尾がうつってしまいつつ、乃詠もそれに同意。そしてその隣では、
(お姉さまの語尾にゃん、可愛いです!)
とひとり身悶えするベガがいた。……いや、彼女だけではないようだが。
「自分のアイデンティティ……」
一方で、そうガックリと肩を落としているのは、騎士隊の中で二人しかいない女性のもう一人、ルーミー・レット・ミスト。
彼女は、騎士隊の中で唯一の〈マップ〉持ちなのだ。
お株を奪ってしまったのは申し訳ないが、今回ばかりは仕方ない。
「ごめんなさいね、ルーミーさん」
「いえ、いいんです。どうせ自分の存在なんて、吹けば飛ぶようなものですから」
と若干暗い目で言う彼女は、少々ネガティブなタチなのだ。
「まぁ、サポーターといえば聞こえはいいですけど、その実、ただの雑用係ですからね。学校でもよく馬鹿にされたものですよ。でもまぁ、自分にはそれしかできないですし、雑用だろうとなんだろうとやりますけどね。そういう家系ですし」
人は先天的にスキルを生まれ持つことがあるが、それは親から子へと遺伝することもあって、特に脈々と血が継がれている貴族は出やすく、家によって特徴があったりする。
ミスト家は代々、優秀なサポーターを輩出していた。
〈マップ〉をはじめ、〈鑑定〉や〈解析〉、〈アイテムボックス〉の下位スキルである〈収納〉などの、サポートに特化した、本来後天的に得るのが難しいスキルを多く所持している。
ただ、戦闘系のスキルは持たず、また取得できず、ステータスが低いうえに運動神経もよろしくないので、戦いには向いていない。
これも血筋で、先天的なものらしい。
けれども、体を動かす以外では非常に優れた部分が多い。記憶力がよく、それゆえに知識は豊富で、それをちゃんと活かせる頭脳も持ち合わせている。
どうしても武術や戦術に特化しがちな騎士たちへの、それ以外の知識の供与に、アイテムの管理、および使用の判断と配布。〈鑑定〉と〈解析〉を用いた敵の戦力分析と味方のステータス管理、および神官騎士への指示などなど。
けっこうすごい働きをしているのだが、それでもなお自己評価が低いのは、もしかしたら仲間たちだけを戦わせていることへの引け目があるのかもしれない……
「引け目ですか? いえ、そういうのはありませんよ、まったく。どうせ自分が戦えたところで、みんなの足を引っ張るだけでしょうし。迷惑になる自信しかありません」
違ったらしい。
そっちに自信をもってほしくないのだが。
とはいえ、卑下はしても卑屈な感じはないし、ネガティブだけれど後ろは向いていない。そのネガティブ発言にイラついたコウガが睨みつけても、謝りはしても動じないだけの胆力はある。――不思議な人だ。
ちなみに、取得したフロアマップと〈ナビゲーション・改〉のルート案内によれば、分かれ道の正解は〝右〟。
アビーの〈直感〉は当たっていた。