3章28 万能聖女、領主に捕まる7
「なんだっ!?」
「リシェルっ!!」
一番近くにいた乃詠がとっさに手を伸ばす――が、バチィィッ! と。
指先がリシェルの身に触れんとする寸前、何かに弾かれ小さな火花が散る。
再び手を伸ばすも結果は同じだ。
光の帯に捕らわれたリシェルの体が、まるで沼に沈んでいくようにサークルの中へと引きずり込まれていく。
弾く力を強引に突破しても、見えない何かがリシェルの体を覆っていて、それ以上先に進まない。かなり力を込めて殴りつけてもびくともしない。
「なんなのよこれっ……!」
そうこうしているうちに完全に吞み込まれ、出現時と同じく、サークルもまた忽然と消え去ったのだった。
「リシェルっ……! 今のはいったい……!?」
「くそっ……! リシェルはどこに……!?」
そして――異変はさらに続く。
「……揺れてる」
「地震?」
足元がわずかに揺れていた。
ただの地震――にしては、タイミングがタイミングだ。リシェルが何かに連れ去られた件と、無関係とはとても思えない。
「――失礼します! 辺境伯様、急ぎご報告が!」
そこへ飛び込んでくるひとりの騎士――彼がもたらしたのは『市壁のすぐそばにダンジョンの入口と思しきものが出現した』という報告だった。
発動しない『神珠』。突如として出現したサークル。連れ去られたリシェル。そしてダンジョンらしきものの出現――立て続けに起こったそれらは、おそらくすべて関連している。
『ナビィ、あなたさっき、何か言いかけたわよね?』
『えぇ。今ので確信しました。すべては〝宿星〟の仕業です』
「……やどり、ぼし?」
「というか、今の声は……?」
『ちょ、ナビィ!?』
後半から、ナビィは〈念話〉の回線を領主たちにも繋いだのだ。
なに考えてるのよ、と焦る乃詠だけに伝わるようにして、ナビィは告げる。
『これが一番手っ取り早いと思ったので。仮にあなたが彼らに、ワタクシからの知識をそのまま伝えたとして、必ず「どこでそのような知識を?」となるでしょう。そうなると、致命的なまでに嘘が下手なあなたは上手くかわすことができず、最後には「ナビえもーん!」となるわけです』
『事実だけれど、もうちょっとオブラートに包んでもらいないかしら。というか、もしかしてナビえもんって意外と気に入ってる?』
『ならばもう、変に隠し立てするよりも、ワタクシが出てしまったほうがいいでしょう。隠し立てするほうがいろいろと面倒ですし』
『なんか投げやりになってない?』
けれどもまぁ、確かに合理的ではある。
ナビィの存在を表に出すことによる面倒はあるものの、彼女に関する説明は『こういうスキル』でごり押しすればいい。
領主たちにとって乃詠たちは恩人でもあるし、権力を笠に着て強く出られるような人たちではない、という思惑もあるのだろう。
実際、すぐに乃詠が「いろいろと知識をくれたりしてサポートしてくれる疑似的な人格を有したスキルです」と説明したら、納得したかはともかく呑み込んではくれた。
「そのようなスキルが存在するとは……」
「さすが、封印と試練のダンジョン攻略者の所有スキルは違いますね」
ヴィンスには生真面目な顔で感心されてしまったが――ともかく。
領主らも含め一同、神妙な面持ちでナビィさんの説明を聞く。
『宿星は星外の生物です。この世界で生まれた存在ではないゆえ、その排除は『神珠』の効果の対象外となったのでしょう』
外宇宙に生じるらしい宿星は、適当な星へと巣食い、その星の生物――人類を核としてダンジョンを作るのだという。
「人を核にしてダンジョンを作るの? なんで?」
『そういう生態、としか。詳細はわかっておりません。ただ、だいたいの推測はできます。宿星も生物である以上、生きるための糧が必要のはず。ダンジョンを作るのは、効率よく人を集め、生命力を得るためだと思われます』
生物は、ただ活動しているだけでも生命力を消費している。消費した分を、日々の食事や睡眠などの休息で回復するわけだ。
そして、ダンジョンには魔物がいる。魔物と戦えば、さらに活動による生命力の消費量が多くなるし、傷を負えばもっと生命力は失われる。
そうして体外へと流れ出た生命力を、ダンジョンが吸収し、それを糧にして宿星は生きているのだろう――と。
『宿星の作るダンジョンは、外からではそうとはわかりません。なにせ、ダンジョンとしての構造自体は変わらないですからね。ただ、特有の共通点はあります。必ず地下迷宮型であること。そして、魔物の素材ドロップはあっても魔石のドロップがないこと』
その代わり『魔法石』を高確率でドロップするという。
魔法と付くように、各属性の力が込められた石だ。魔力を通すことで、それぞれに込められた属性の魔法が発動する。
『とはいえ、その威力は大したものではありません。基本は術として放つものではなく、武器にはめ込むことによる魔法の付与と強化のために使われるようです』
たとえば、弓に風属性の魔法石をはめれば、撃ち出す矢の速度を上げたり飛距離を伸ばすことができるし、火属性の魔法石をはめれば、刃に炎をまとわせたり、炎の斬撃を飛ばしたりできる。また、土属性の魔法石をはめれば、武器の強度を底上げすることができる――といった具合だ。
ただし、魔法石は使い捨ての消耗品だ。一度に放出する威力にもよるが、一個で五回も使えればいいほうだという。
『また、低確率でメダルをドロップします。これを規定の枚数集めると、その枚数に応じて武器や防具などのアイテムに交換できるというシステムになっています』
「急にアミューズメント性が増したわね。本当にゲームみたい」
何かを集めてアイテムと交換、なんてゲームでは定番のシステムだろう。
「この国や近隣にはありませんが、話には聞いたことがあります。今の説明とも合致する。まさかそれが、星外生物由来のダンジョンだったとは……それに、コアとして人を取り込んでいたなど……想像だにしていませんでした」
エトムントの言に、領主らも複雑な面持ちでうなずいている。
宿星のそれとは知らずとも、ダンジョンとしては知られているようだ。
「では、先の報告にあったダンジョンの入口というのが……?」
『はい。リシェル様の昏睡は宿星が寄生したことによるものであり、HPが減っていたのは宿星が彼女の生命力を糧としていたからでしょう。これまではリシェル様の生命力を糧にしつつ生きながらえ、ダンジョンを作っていたのだと思われます』
それがつい先ほど完成し――開放されたのだ。
◇◇◇
ダンジョンとしては知られていても、宿星自体はほとんど未知の生命体だ。
物知りナビィさんにも全容は知れず、コアとなった人間を助け出す方法もわからない。
けれど一つだけ、確実な情報があった。
それは、ダンジョンそのものが宿星なのではなく、ちゃんと生物の形をした本体がいるということ。
宿星の本体は、必ずダンジョンのどこかにいる。おそらくは、ダンジョンの最下層のどこかに。そしてそこには、間違いなくリシェルもいるだろう――というのがナビィの推測だった。
すなわち、リシェルを救出するには、ダンジョンの攻略が必須ということで。
(また、ダンジョンなの……)
内心で、乃詠は愕然として呟く。
一か月も費やし、ダンジョンから脱してまだ一日も経っていないのに、再びのダンジョン案件である。……呪われてでもいるのだろうか。
『嫌ならば、別に潜らなければいいだけの話でしょう。ノエ様は、あくまで譲った『神珠』を使うためにここへ来ただけですし』
『その『神珠』が役立たずだったんじゃない……』
決して乃詠のせいではないのだが、領主たちを上げて落とした罪悪感がある。
『つっても、行くんだろ?』
『もちろんよ』
なんだかんだボヤいていたって、ここで傍観を決め込む彼女ではないことを、従魔たちは知っているのだ。
『……ほんとお人好し。そこまでする義理もないのに』
『確かに義理はないけれど……』
性分以上に、領主の姿に父の姿がダブった。
乃詠の父はイケメンだけれど強面で、ちっとも笑わない無愛想な人で。怖がらせるのは得意でも、あやすのは苦手で。言葉も行動も不器用なタチで、すごくわかりにくいけれど――とても愛してくれているのは、いつも伝わってきていた。
そんな父のことが、乃詠は大好きだ。
けれど……もう会えないから。会うことは叶わないから。
目の前の父娘を、自分たちと同じにしたくなかった。
元凶が判明し、目指すべき場所を得た領主らの切り替えは早かった。
ダンジョン探索には相応の準備が必要だ。準備もなしに、それも完全未知のダンジョンへ潜るなど、それこそ自殺行為にも等しい。
領主が即座に指示を出し、ヴィンスとエトムントが部屋を出ていく。
「ノエ様、申し訳ありませんが、私も出なければなりません。部屋を用意させますので、もしよろしければそちらでゆっくりしていていただければと」
「いえ。私もダンジョンへ同行します」
「それは非常にありがたいことですが……よろしいのですか?」
「はい。私もリシェル様を救いたいですから」
「あなたは……どこまで慈悲深いのか」
胸を打ち震わせている様子の領主。こちらを見る紫色の瞳にあるのは、乃詠にとってあまり好ましくない熱だ。……そういうのは本当にやめてほしい。
「封印と試練のダンジョン攻略の実績があるあなた方が手を貸してくださるなら、これほど心強いこともありません。どうか――よろしくお願いします」
そうして乃詠たちは、宿星のダンジョンへ同行することになった。
お読みいただきありがとうございます。
これで2部3章は終了、次回より4章『万能聖女、宿星のダンジョンへ潜る』です。
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