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万能聖女がチートすぎる!  作者: 空木るが
2部 愛の騎士と星に巣食うモノ
82/105

3章27 万能聖女、領主に捕まる6

 


「いま、なんと……?」

「ですから、『神珠』はお譲りしますと」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返す領主は、それでもまだ信じられない様子で自身の頬をむにりとつねった。

 そして痛そうに眉をしかめ、ようやく現実だと悟ったらしい。


「ほ、本当に、いいのですか……? こちらから求めておいて、こんなことを言うのもあれですが……あの、封印と試練のダンジョンの中でも、最も道中の難度が高いといわれていた『邪毒竜の森』を攻略した証の、値段などつけうるべくもない貴重も貴重なアイテムを……」

「はい。かまいません」


 使い道は特に決まっていなかった。今のところ、これといって叶えたい願いも思い浮かばない。

 強いて言うなら元の世界への帰還だが――ナビィが言うには、それは『神珠』では叶えられないだろうとのことだ。


 とはいえ、今となってはそれでも別にかまわない。元の世界に帰る気は、もうなくなっているから。一度帰るだけならまだしも、もうこちらへ戻って来られないのなら。

 ずっとファルの傍にいると約束したし、みんなと従魔契約もした。それがなくても、彼らと離れるなんて、今はもう考えられない。


 まだ付き合いは短いが、領主にも語ったように、彼らは仲間であり家族なのだ。

 彼らを置いて元の世界に戻るなんて薄情な真似はできないし、何より乃詠自身がしたくない。


 こんなにも娘を想う父親の姿を見せられれば、その娘さんを救うために使うのが妥当なのだと思った。


「ありがとう、ございますっ……本当に、ありがとうっ……!」


 領主は止まらない涙をそのままに、しばらく頭を下げ続けていた。



 ◇◇◇



 ――ガラガラと、立派な二頭の馬に引かれた馬車が大通りを行く。


 控えめに金の装飾が施された黒塗りの車内には、領主たるルーデンドルフ辺境伯と側近のエトムント、そして乃詠がひとりで乗っていた。


 向かっているのは――領主の城館だ。


 実のところ、領主に『神珠』を譲るとは言ったものの、『神珠』の他者への譲渡はできないようになっている。

 また、本人の姿を認識していない状態でも『神珠』は無反応だった。

 なのでこうして領主らに同行し、リシェルのいる居城へと向かっているというわけなのだった。


 貴族様とはあまり深くかかわりたくはないのだが、『神珠』がそういう仕様なのだから仕方ない。


 ちなみに、コウガとファルはさすがに『従魔空間』へと入ってもらっている。

 四人乗りで、高級馬車とあって座席に多少のゆとりはあれど、さすがに大の大人が五人で乗るのは窮屈だから、なかば強制的に。


 領主のもう一人のお供、騎士ヴィンスはと言えば――騎乗用の魔獣『竜鳥』に跨り、馬車の横を並走している。


『チョ〇ボがいるわ』


 とは、初めて竜鳥を目にした乃詠の第一声だ。

 といっても、色が似ていて顔がちょっと可愛い感じなだけで、どちらかといえば竜の比率のほうが大きい。羽毛の生えた恐竜というべきだろう。


 騎乗用魔獣――騎獣としてはパワーに劣り、やや扱いにも難があるものの、馬よりも足が速く、機動力もあるので、主に戦場なんかで重宝されているらしい。

 また遠出の多い高ランクの冒険者でも、所有している者は多いという。


 魔獣とは、普通の動物の体内に魔核が生じた突然変異的な生物だ。

 普通の動物も少なからず魔力を保有しているが、それを使うすべを持たない。しかし魔獣は、魔核によってその魔力を扱える。


 ちなみに、魔獣が自然に生まれることはめったにないが、その時点で一個の種族となるため、その魔獣が交配すれば同じ種の魔獣が生まれる。


 そうして馬車に揺られることしばし――城へと到着したようだ。

 窓から外を見ていると、城の周囲には堀が作られ、かけられた跳ね橋の上を馬車は行く。


 城門をくぐったあともしばらく走り続け、やがて停車した。

 エトムントに手を取られつつ降車した乃詠は、眼前の威容を見上げる。


 デルクリューゲンは市壁から中心へ向かって緩やかな坂を作っている。その中心にあるのが領主の城館なので、城壁に隠れていない上部は城下からでも見える。

 けれど、こうして間近に見るのとでは、その迫力は段違いだった。


 質実剛健といった風情の中に、確かな優美さがある。全体的には無骨な印象を受けるが、とても洗練された造りになっていた。

 某有名な魔法学校の城に少し感じが似ている。


「とても素敵なお城ですね」

「ありがとうございます。都市の役割ゆえ、無骨なばかりで華やかさはありませんが」

「そこがいいんです」


 キラキラしいメルヘンな城も嫌いではないが、こういう地味だが雄々しく頼もしい感じの城のほうが、乃詠としては好みだ。


 エトムントと領主のあとについて、城館の中へと足を踏み入れる。

 内部も外観から受ける印象そのままだが――しばらく奥へと歩き、上階へ上がった途端に、雰囲気ががらりと変わった。

 どうやらこの先が、領主一族の居住区域となっているようだ。


 落ち着いた色合いの壁に装飾。絢爛さはないが、廊下に敷かれた絨毯も、壁にかかった絵画も、計算されたように設えられた調度も、そのすべてが相当に高価な代物だとわかる。


『そのへんのものに絶対に触らないでね』


 馬車から降りるやすぐに出てきて同行しているコウガとファルに、いちおう忠告しておく。

 もし誤って壊しでもしたら、弁償できるかどうかわからないので。


 やがて一つの扉の前で足を止めたエトムントは、ノックのあとで開く。

 どうぞと促されたので、領主に続いて乃詠たちも部屋に入った。


 部屋の中には二人の女性がいて、入室した領主へと頭を下げている。

 一人は紺のロングワンピースにエプロンドレス、頭にホワイトプリムをつけた、いわゆるヴィクトリアンメイド服を着た使用人の女性。

 もう一人、奥のほうに立っているのは、白を基調とした法衣を身にまとう、おそらくは神官だろう女性だ。


 そして――部屋の主である少女が、中央に置かれたベッドに横たわっている。


「どうぞ、近くへ」


 許しを得たので、ベッドへと近寄る。


 リシェル・ロベルティネ・ルーデンドルフという名のご令嬢は、とても美しい少女だった。

 白磁のような肌に、ミルクティー色の艶やかな髪――馬車の中で少し話を聞いたのだが、髪色は母親ゆずりで、瞳は父親ゆずりの紫色をしているらしい。


 もう何か月も眠ったままだという話なのに、まったくやつれた様子はない。

 肌はきめ細やかで張りがあり、血色もよく、窓から差し込む陽光に照らされた髪には天使の輪ができている。


(……っと、じっくり観察している場合じゃないわね)


 奪われかけていた意識を引き戻し、乃詠は〈アイテムボックス〉から『神珠』を取り出す。


「では、始めますね」

「よろしくお願いします」


 そうしてリシェルのもとへ歩み寄り、虹色の小さな宝珠を手のひらに乗せて捧げ持つと、そっと目を閉じて――願った。


(どうか、リシェルさんを蝕むものから、彼女を救ってください)


 だが――少し待ってみても『神珠』はただそこにあるだけで、いっさいの反応を示さない。

 先んじて『神珠』を使用したコウガによれば、願った直後に光り出し、願いを叶え終わると消える、という話だったのに。


(今度はちゃんとリシェルさんの姿を認識してる。なのに……どうして)


 いや、わかっているのだ。『神珠』が乃詠の願いに反応しなかった――願いを叶えてくれなかった、その理由は。あらかじめ、ナビィに聞いていたから。


「ノエ様、リシェルは……」

「……申し訳ありません。どうやら、彼女の状態は『神珠』で叶えられる範疇にはないようです」


 神が授ける『神珠』は、所有者の願いを一つ叶える。

 だが、どんな願いでも叶えてくれるというわけではない。


 摂理に反した死者蘇生もシビアな制限が付いていると言うし、神、ひいては世界の不利益になる事柄も対象外。そして――もっと根本的な条件があった。

 それは〝この世界の理内に及ぶ事象に限る〟というものだ。


 要するに、リシェルの状態はこの世界の理外によるもの、ということになる。


「そんな……『神珠』でも彼女を救うことはできないのか……」

「『神珠』でも駄目となれば、もう、どうしたらいいのだ……」


 愕然と立ち尽くすヴィンスと、がくりと膝を折り頭を抱える領主。


(世界の理外によるもの……いったい何が原因だというの?)


 そんな悲壮に満ちた空気の中、乃詠は眉を寄せながら、もう一度、リシェルを鑑定した。


 そう、二度目である。実は、この部屋に入って彼女の姿を認めたとき、勝手ながら鑑定させてもらっていたのだ。

 そこでは、特に異常は認められなかった。


 〈鑑定〉は相手のステータスを視るものだが、数値やスキルだけでなく、簡単な体の状態も教えてくれる。

 とはいえ、単体では『良い』『悪い』程度の本当にざっくりとしたものだが、それに〈解析〉を併用すればもっと詳細な状態を見られるし、状態異常にかかっているかどうかもわかるのだ。


 けれど、やはり異常は出ていない。

 ステータス上は健康そのものだった。



 ――熟練度が一定に達しました。スキル〈鑑定Lv9〉が〈鑑定Lv10〉にレベルアップしました。


 ――熟練度が一定に達しました。スキル〈解析Lv9〉が〈解析Lv10〉にレベルアップしました。



 さすが、ご都合に定評のある【万能聖女】――二つのスキルがカンストしたことで、より深い部分を視られるようになり、隠されていたそれを暴く。


「――『宿主』?」


 確かに、そう表記されていた。


『これは、まさか――』


 とナビィが何事か言いかけた、そのときだった。

 リシェルの下に突然、幾何学模様を描く赤いサークルが生じ――そこから現れた複数の、触手にも似た光の帯が、彼女の体を捕らえたのだ。



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