3章25 万能聖女、領主に捕まる4
「……それで、お話とはなんでしょうか」
「ノエ様方もすでにご存知かとは思いますが、千年近く誰にも攻略を成し遂げられずにいた『邪毒竜の森』が、つい先日、攻略されました」
「え、えぇ、そのようで」
「我々は、その攻略者を探していました」
そこで領主が後ろへ目くばせをすると、騎士ヴィンスが口を開く。
「ダンジョンが攻略されたとき、俺は一部隊を率いて森の中層あたりにいました」
彼らもまた、目的はダンジョンの攻略だった。
「しかし、瘴気が消えたことで攻略がなされたことを知り、その場で引き返しました。ですがその道中、厄介な魔物と交戦する羽目となり――……」
部隊は壊滅状態、ヴィンス自身もまた深く傷つき、アイテム類も失って、絶体絶命の窮地に陥った。
「ですが、俺たちは生き延びました。誰ひとり失わずに。助けられたのです。おそらくは、その攻略者に」
姿を見ることは叶わなかった。確証があるわけでもない。けれど、あのタイミングで中層以上にいた――まず間違いないだろうと。
そこからは領主が引き継いだ。
「ヴィンスから連絡をもらい、すぐに部隊を送り込んで、攻略者の捜索を始めました」
ダンジョン攻略は偉業だ。封印と試練のダンジョンならば特に。
ダンジョン攻略に挑む者が求めるのは普通、富と名声。騎士であれば仕える主君に、冒険者であればギルドへ報告するはず。
けれど、ヴィンスたちを助けた何者かは、彼らがいかにも国に仕える騎士といった風体をしているにもかかわらず、名乗り出ることをしなかった。恩を売ろうとはしなかった。
それが本当に攻略者だったのなら、攻略の件も隠すかもしれない。
「その可能性が高かったので捜索隊を出したのですが――正解でした」
その部隊を指揮していた、とても優秀な隠密能力を持つ騎士が、それらしき人物を見つけた。
『……あの、異常に存在が薄い奴』
『あれはそういうことだったのね』
だがそこでは接触させず、当初はそれとなく動向を把握させる予定だったが、その者たちがあまりにも高い感知能力を持っていたことから断念。代わりに門の兵士へと通達した。
ソアラとイザークの隊長副長だ。
(あぁ、腑に落ちたわ。別に隊長副長が直接検問することに疑問はないけれど、少し引っかかってはいたのよね)
前に並んでいる人たちのときに、交代したから。
そのわりには、ナンパされたり一触即発になったりしたけれど。
「冒険者ギルドへ行くようだと連絡を受け、今度はギルドの職員へ通達しました」
なんというか、まどろっこしいことをしているなと思った。
(別に、最初のときに声をかけてくれてもよかったのに)
まぁ、彼らには彼らの都合や理由があったのだろう。
「ギルドには、高レベルの〈鑑定〉スキルを持ち、かつ優れた鑑識眼の持ち主であるイェシカ嬢がおりますから、彼女であれば、攻略者であるか否かを確かめることができると」
やはり最終的な密告者……もとい報告者はイェシカさんだったようだ。
昨日、彼女の要請にその場で応えていたら、別室に引きとめているあいだに領主を呼ぶ算段だったのだろう。
「あなたの装備に、うっすらとだが〝神の紋章〟が見て取れたと、イェシカ嬢が申しておりました。――『邪毒竜の森』の攻略者は、あなた方でしょうか?」
疑問のかたちを取ってはいるものの、本当にかたちだけだ。
彼らはすでに確信を得ている。明確な証拠を見つけてしまっているのだから、もはや誤魔化しは効かない。認めるしか……ない。
(――はっ!)
そこで天啓を得た。
(むしろ攻略者を前面に押し出して、聖女の隠れ蓑にすればいいのでは?)
高ランク魔物を引き連れたテイマーで、封印と試練のダンジョンの攻略者を聖女だなんて、いったい誰が思うだろうか。
少なくとも乃詠は思わない。
(これはイケる! 勝つる!)
『何にですか』
(けど、やっぱり目立つのは嫌だし、あんまり広めないようにお願いしましょう)
そうして乃詠は、自分たちが攻略者であることを認めたのだった。
「ですが、その、私たちが攻略者であることは、できるだけ広めないでいただけないでしょうか」
「……何か事情がおありのようですね」
「はい、まぁ、そうですね……あまり目立ちたくないんです」
想定はしていたのだろう。特に詮索してくることもなく、領主はすぐに首を縦に振った。
「わかりました。ギルドにはそのように伝えておきましょう。部下たちにも口外しないよう厳命しておきます。ただ……忠誠を誓う臣下として、国王陛下には正確な報告をしなければなりません」
一番知られたくない人物が出てきた。
とはいえ、こればかりは仕方がないだろう。
己の保身のために嘘を吐かせ、あるいは黙秘させ、そのせいで領主が処刑されることにでもなったら目も当てられない。
「……わかりました」
「ありがとうございます。ですが、あなた方はわが領の、ひいてはわが国の、さらに言えばこの大陸の救世主様ですからね。可能な限り、ご意向に沿うよう図らいたいと思います」
「救世主だなんて、そんなおおげさな……」
と乃詠は顔を引きつらせるが、領主はとんでもないと首を振るのだ。
「あなた方は間違いなくそれだけのことを成し遂げたのです。災魔の封印は、いつ解けてしまうとも知れませんでした。仮にまた神が封じてくれるにしても、それまでに多くの被害と犠牲者が出たことでしょう。民にそのような懸念を抱いている者はいなかったでしょうが……災魔の討伐は、亡き妻の悲願であり、それを娘のリシェルが引き継いでいました。ヴィンスとともに攻略専門の部隊を作り、日々攻略に励んでいたのです」
すっと、真摯な眼差しが乃詠を見据える。
「そんな彼ら攻略部隊を、ヴィンスを救ってくれたのは――あなた方ですね?」
こちらも、確信を持っているようだった。
自分が顔に出やすいことを、乃詠はもう自覚している。最初にヴィンスを見たとき、おそらく顔に出てしまっていたのだろう。それを領主は見ていたのだ。
「それは……」
その先は続かず、視線を泳がせる。だがそれは、肯定しているも同然で。
すると背後から、ため息が二つ聞こえてきた。
『もう観念しちまえよ。おまえ、ほんと嘘とか誤魔化しとか、致命的なまでに向いてねーんだから。無駄な足掻きにもほどがあるぜ、それ』
『うっ……』
『……というか、別に悪いことしたわけじゃないんだし、なんでそこまで隠そうとするんだ?』
『だって……いまさら名乗り出るのって、逆に恩着せがましくない? それになんか間抜けな感じもするし……』
『気にしすぎでしょう。お相手はそんな風に思いませんよ。それに、貴族に対する虚偽はあまりおすすめできません。面倒ごとを避けたいのであればなおのこと』
思念にて口々に言われ。
ナビィのそれが決め手だった。
「――私がやりました」
まるで犯人が罪を認めるようなノリで、乃詠はいさぎよく頭を下げる。
それには領主のほうが慌てた。
「な、なぜ助けた側が頭をっ……!? 頭を下げるのは我らのほうです……!」
「あ」
ついノリでとは言えず、曖昧に笑ってごまかした。
おもむろに立ち上がった領主が、部下ともども深々と腰を折る。
「本当にありがとうございました。あなた方のおかげで、私は、大切な部下と未来の義息子を失わずに済みました」
「貴殿らに救っていただいて、俺は生きて婚約者のもとへ帰ることができました。彼女との約束を違えずに済みました。この大恩は一生忘れません。そして、何らかのかたちで必ずお返しします」
「あ、頭を上げてください!」
部下たちも貴族らしいので大概だが、仮にも町のトップが、一介の小娘に頭を下げるなど、この世界の常識に疎い乃詠でもとんでもないことだとわかる。
「お気持ちは受け取りますが、本当に気にしないでください! 私はただ、たまたまあなた方を見かけて、たまたま救える力があったから助けただけで、恩を売りたかったわけではありませんから。自己満足の範疇なので、そんな風にされると逆に気まずいです」
「……謙虚なのだな。まるで聖女様のようだ」
「!?」
びくーんと肩をはねさせる乃詠。そしてきょどる。
「どうかされましたか?」
「いいいいいいいえいえいえ! どうにもいたしませんですわよほほほっ……!」
『動揺すると変なお嬢さま言葉になるのって、なぜなのですかね』
怪しさ満点である。現に、領主らは微妙に訝しんでいる。
自分の出した例え話が事実だったことに気づいた様子はないが、乃詠の過剰反応がすぎるので、このままでは時間の問題かもしれない。
とそこへ、またも後ろからため息が一つ。
「……んで、あんたらの本当の目的はなんだ?」
領主を鋭く見据えて言い放ったのは、コウガだ。