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万能聖女がチートすぎる!  作者: 空木るが
2部 愛の騎士と星に巣食うモノ
79/105

3章24 万能聖女、領主に捕まる3

 


 食後、少ししてから、一か月のダンジョン生活ですっかり習慣となった従魔たちと手合わせを、宿の中庭を借りて行う。

 その適度な運動と、入浴によるリフレッシュによって、とても心地よい眠りについた乃詠だったのだが……


 わずかもしないうちに眠りから覚まされた。


 もともと超熟睡型で、かつ寝る前の運動でいい感じに脳も肉体も疲労しつつ、入浴で体も心も温まっている中で眠りについた乃詠が中途覚醒など、よほどのことである。

 その原因は……想像どおり。


(一部屋でいいって、そっち……さすがにこれは、勘弁してほしいわ……)


 いつもは腕を抱き枕にしている程度のファルが、ほとんど乃詠の左半身に抱きついていて。

 なぜだかいつもどおり左腕を乃詠の枕にしたコウガが右側に、けれどもいつもは仰向けのところを横向きで。

 そしてそんな二人に挟まれつつ、ベッドの真ん中で仰向けになっている乃詠の上には、ベガが乗っかっていた。胸の谷間に顔を埋めるようにして。

 その表情は実に幸せそうで、とても百合百合しい。


 実のところベガは、コウガが人化して乃詠の横で寝るようになってから、このポジションで眠るようになっていた。

 ずっと乃詠の迷惑にならないようにと遠慮していて――ファルに関しては、境遇を知っているからかそこまで気にしていないようだったが、コウガにだけは並ならぬ対抗心を燃やしているため、彼が隣で、しかも乃詠に無断で腕枕をして寝ていることは気に入らなかったのだ。

 本当なら、そのポジションを奪いたいところ。けれども、ステータス差はいかんともしがたい。ベガの力では、実力行使で勝ち取ることは不可能。ゆえに、唯一空いている乃詠の上におさまったのであった。


 要するに、狭いシングルベッドに四人がぎゅうぎゅうのすし詰め状態。

 よくもまぁ、ガードもないベッドで誰も落ちていないものだと思うが、さしもの乃詠も窮屈すぎて、あまりにも寝苦しくて起きてしまったのだった。


 とはいえ、ベガはいいのだ。軽いし柔らかいし、何より女の子だし。

 問題は、大の男二人である。まさか、こんな狭いベッドの上でも一緒に寝ようとするなんて思わなかった。


(私も、甘かったんだわ……)


 彼らが素直に『従魔空間』で寝てくれると思ったその考えもそうだが――なんだかんだ身内に甘い乃詠は、なんだかんだ言いつつ『命令』を使うことができず、すぐに慣れてしまうタチなこともあって、なんかもういいやとなぁなぁに彼らが一緒に寝るのを許していたことも。


(……それがそもそもの間違いだったのよ)


 半分寝ぼけたまま、心地よい安眠を妨害されたことに珍しくイラッときて、即座にコウガとファルを『従魔空間』へ強制収容。さらに『命令』にて安眠を妨げるものを完全に排除した。


 そんな、あまり理性的とは言えない思考回路の中でも、ほとんど無意識にベガだけは対象外とした乃詠は、目を開けたら愛らしい寝顔が目の前にあるという、とても幸せな朝を迎えたのだった。



 ◇◇◇



 翌朝――宿一階の食堂に乃詠たちの姿があった。

 朝食は別料金だが、昨日の夕食が美味しかったので、朝もここの食事をいただいている。


「……ノエ、ひどい。おれのこと、ムリやり空間に閉じ込めて……」


 もそもそとパンを食みながら、ファルが恨みがましい目を向けてくる。

 だが乃詠は、そんな視線など意に介さず、とても綺麗な所作で野菜とチーズ入りのオムレツを切り分け、口へと運ぶ。


「人聞きの悪いこと言わないでほしいわね。ひどいのはあなたたちのほうじゃないの。……ん、おいし」


 やや触感を残したシャクコリの野菜と、とろりとしたチーズが絶妙だ。

 さっぱりと優しい味のスープが、いい具合に口の中をリセットしてくれる。


「なんであいつはよくてオレはダメなんだよ。おかしいだろ」


 コウガからもまた非難めいた眼差しが注がれるも、そちらを見ることなくソーセージに舌鼓を打つ。

 ピリリととした胡椒と、レモンが強めに効いているので、まったくしつこさがなくて、いくらでもいけそうだった。


「それをおかしいと思うあなたが、私はおかしいと思うわ。……パンもふっくらしてておいしいわねぇ」


 今朝は外も中もふわっふわの白パンだ。おばちゃんの店にはなかった。デトレフさんに頼んだら、別で売ってくれるだろうか。


「……エコヒイキはよくない。断固、抗議する」


 二人の苦情に、乃詠はいっさい取り合わない。少なくとも宿で寝るときは、譲るつもりはなかった。

 朝食が済んで、ゆったりとお茶をすすっているあいだも続く二人の文句を聞き流していると――ノアナがどこか緊張した様子で声をかけてくる。


「どうしたの?」

「おねーちゃんに、お客さんなの」

「私に、お客?」


 はて、と思う。

 乃詠がここにいることを知って訪ねてくるような知り合いなんて、まだこの世界にはいない。

 ……いや、心当たりが一人だけいた。


 冒険者ギルドの鑑定士イェシカ・ウムラウフ。

 彼女とは今日の午後、ギルドに行く約束をしていた。


 とはいえ行くつもりは端からなく、その前に町を出るつもりだったが――そんなこちらの思惑がバレてしまったのか。

 乃詠は嘘が下手くそで顔に出やすいから、それで勘付いて、逃げられる前にとあちらから出向いたのかもしれない。


 おそるおそる、そちらへ視線を向けると……果たして、そこにいたのはイェシカではなかった。

 密かに胸をなでおろす乃詠だが、しかし嫌な予感はむしろいや増す。


 目の前に立っているのは、まったく見知らぬ人物――見目もよければ身なりもいい壮年の男性だった。

 もう、一目で高貴な身分であることがわかる。身に着けているものや立ち居振る舞いもそうだが、何よりオーラが違う。


 少し癖のあるブラウンの髪は自然に後ろへ流され、アメジストの瞳はとても優しげだ。表情も柔和なものだが、なぜだか、かすかに緊張の色が感じ取れた。


 背後には、同じ年ごろで同じような身なりをした男性が従者然と立っている。そして、その隣にもう一人。

 軍服にも似た、襟が開いたタイプのかっちりとした衣服に身を包み、肩にはペリースをつけ腰に剣を帯びた、いかにも騎士然とした年若い青年――その顔には、ひどく見覚えがあった。


「歓談中に失礼いたします。私はラウレンツ・アイブラー・ルーデンドルフ辺境伯と申します。この町、ひいてはルーデンドルフ領を治めている者です」


 うすうす気づいてはいたが、お貴族様どころか領主様だった。


「こちらはエトムント・ウェナー・デュンヴァルト、私の側近で、こちらはヴィンス・クローデン・アイクシュテット、娘の護衛騎士であり婚約者です」


 紹介を受けた後ろの二人が、胸に右手をあてて会釈をする。

 そんな彼らの表情も、どことなく強張っているように見えて。


「ノエ様でお間違いないでしょうか?」

「は、はい。ノエです。彼らはコウガとファル、私の従魔です」

「彼らが、例の……」


 にわかに目を見開く領主様だが、驚きは小さい。

 乃詠のことを知っているのだから、セットで彼らのことを把握していてもまったく不思議なことではない。


「あなたとお話ししたいことがあって参りました。少しばかり、お時間をいただけませんでしょうか?」


 相手が領主様とあっては、応じるほかなかった。



 ◇◇◇



 宿にある応接室へと移動し、二人がけの対面になったソファーに、乃詠は領主と向かい合って座る。

 その後ろに、コウガとファルが護衛のように立っていた。

 領主側も、側近エトムントと騎士ヴィンスが背後に立っている。


 緊張はしても物怖じはしないノアナが、テーブルの上に紅茶と軽食を置き、ぺこりとお辞儀をしてから部屋を出ていった。


 本当にしっかりした子だ。ちなみに、姉のほうは領主様にびびってしまって使い物にならなかった。


 どこか張り詰めた空気の中、領主がカップに口をつけるので、乃詠もそれに倣っておく。

 いかに肝の据わった乃詠といえど、権力者を前には緊張も覚える。来訪理由が想像どおりならばなおのこと。


(さすが、お貴族様は所作がものすごく綺麗ね。音もまったくしないし)


 貴族といえば、幼少からいろいろと叩き込まれているイメージだが、彼もきっとそうなのだろう……なんて現実逃避をしていると、ようやく領主が口を開いた。


「貴重な時間を割いていただいたこと、まずは感謝申し上げます」

「とんでもありません。領主様にお声がけいただけたこと、光栄に思います。ですが、一つだけよろしいでしょうか?」

「はい、なんなりと」


 それはとても、一般人に対する上位貴族様の返しではなかった。

 領主が平民の小娘に対し、どうしてそんなにもへりくだって接しているのかわからず、ただただ恐ろしい。


「……私は、ただの冒険者です。貴族の出というわけでもありません。ですので、それに準ずる扱いをしていただきたく」

「それはできません」


 なかば食い気味に返された。

 声音は穏やかなのに、そこには有無を言わせぬ迫力のようなものがあって、乃詠は「あ、はい」と引き下がるしかない。



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