3章23 万能聖女、領主に捕まる2
『ワタクシもあまり詳しくは知らな――ワタクシの保有するデータベースにもあまり詳しい記述はないのですが』
わざわざ途中で言い直すナビィ。あくまで自分はスキルに付与された疑似人格だと言い張りたいのだろう。
(もういいのに)
いい加減、なんとなく察している乃詠はそう思うのだが、彼女がその設定を貫き通したいと言うのなら、とことんまで付き合う所存である。
疑似人格だろうが、別の何かだろうが、頼もしい相棒であることに変わりはないのだから。
『この世界アルス・ヴェルは、ノエ様が元いた地球の存在する宇宙とは別の宇宙にあるそうです』
『多元宇宙というやつね』
どの定説かはわからないが、それは正しかったようだ。
『あくまでイメージですが、いくつもある宇宙は層のように重なっているらしく、ノエ様のいた世界は、この世界の一つ上の層にあたり、また双方の星――地球とアルス・ヴェルは、ちょうど上下の位置関係にあります』
だから、召喚されるのは地球の人間で。なぜかはわからないが、その中でも一番つながりやすいのが日本だから、こちらに来るのは主に日本人で。
水が高いところから低いところへ流れるように――世界から世界に落ちるのは可能でも、上るのは無理だから帰れない。
『そしてアルス・ヴェルは、理由も理屈も原理も不明ですが、かなり文明の発達した地球をそのまま写し取ったものだという話です』
『そのわりには、世界観が中世風よね。ファンタジー要素があるから文明はそれなりっぽいけれど、それだって地球とはまったく違うし。生き物も、人種も』
『星のコア――『世界意思』が別物ですし、地球にはないエネルギーやシステムも存在しますから。それに一度、文明も滅んでいますしね』
それらの要素もあって、アルス・ヴェルはまったく違う発展を見せ、まったく違う歴史を歩んだ。
そこは神々の干渉によるものも大きい。神はどの世界にもいるそうだが、干渉の有無、度合は神それぞれ。
アルス・ヴェルは神が干渉しすぎた。そのせいで、いろいろとおかしくなってしまったのだという。
『実のところ、災乱期の原因って神々なんですよね』
『どういうこと?』
詳細は省かれたが、いわく――かつての世界規模のドンパチは神々が発端で、文明崩壊どころか世界そのものが滅びかけ、そのせいでコアにまで傷がつき、維持機構に異常が生じた。
生命が存在する限り発生し続ける負のエネルギー、それを浄化し、生のエネルギーへと転換していた機能が十全に作用しなくなり、地上へと放散されるようになってしまった――それが災乱期と呼ばれるものだ。
それは今も、人類を蝕み続けている。
『この世界の神様、何をやってくれてるのかしらね』
神のせいで世界に不具合が生じているなんて、本当に笑えない。
それはともかく――この世界は元が地球を写し取った世界だから、ベースとなるさまざまな概念が酷似している、ということなのだった。
『もしかして暦も同じかしら?』
『だいたい同じですね。こちらはきっちりひと月三十日の十二か月で、一年が三百六十日です。週の概念もちゃんとありますよ』
『それは助かるわ』
新しく覚えなくていいのもそうだし、違和感が少ないのもいい。
そんなわけなので、乃詠からしてもおなじみの食材が店頭に並び、そしてときおりその中に、この世界特有のものが混じる。
形とか色合いとか、実にファンタジーな食材なんかもあって、非常に興味をそそられたので、気になるものはとりあえず全部買っておく。
「あ、お酢がある。油もあるし……鶏卵も。これでちゃんとしたマヨが作れるわ」
即席でサンドイッチを作ったときにかけたが、乃詠はサバイバル中にマヨネーズっぽいソースを作っていた。
卵は『ギルティバード』という飛べないタイプの鳥型魔物のドロップで、そこらに生っていた果物で酢っぽいものを作り、油は植物の種を絞ったものを混ぜたそれは、味わいはマヨネーズ風味といった感じだ。
見つけたそれらを、乃詠はほくほく顔で買い込む。
他の調味料や香辛料なども片っ端から購入し、ひととおり店をまわって満足した一行は飲食街を出た。
まだ少しばかり余裕があるので、宿までの道を適当にぶらぶらしていると、魔道具屋を見つけた。興味本位で入ってみる。
そこで魔導コンロなるものを発見。構造は元の世界のそれとまったく違う魔導技術を用いたものだし、燃料は魔石だが、モノとしては同じだ。
サバイバル中は焚火で料理をしていたが、これがあればわざわざ薪となる枝を集めたりしなくてもいいし、火力の調整も可能となる。料理の幅が広がる。
「うわ、けっこう高いのね」
カセットコンロサイズで、値札には8万オルカと書かれている。
けれど、それは携帯用サイズだからのようだ。自宅に設置する簡易タイプはもっと安いし、業務用の大きなものも携帯用より安い。
どうやらコンパクトになるほど魔道具は高くなるらしい。
買えないことはないが、魔道具なら乃詠は自分で作れる。インストールされた中にそれっぽい知識があったので、コンロとて作れないこともないだろう。
(いえ。一個だけ買って、分解したのをもとに作ったほうが早いかしらね。三つか四つは欲しいし)
ということで、お買い上げ。
◇◇◇
夕食の時間になり、乃詠たちは宿へと戻ってきた。
「あ――おかえりなさい、おねーちゃんたち!」
「ただいま、ノアナちゃん。夕食はもう食べられるかしら?」
「うん! こちらへどうぞー!」
案内された席に座る。ともに座るのはコウガとファルだけで、リオンは『従魔空間』へと入っていった。
本当はみんなで食事したいところなのだが、食堂には少なくない客がいる。
たとえ店側が許したとしても、魔物がわらわらとテーブルを囲んでいたら、他の人たちが落ち着かないだろう。寂しいけれど仕方がない。
リオンはもともと彼らのリーダーだったこともあり、そちらで一緒に食べるとのことだ。
せめて食べるものだけは同じにしたい――ということで、従魔の分として、ノアナたちの父、デトレフさんに人数分以上の食事をお願いすると、快く引き受けてくれた。
「おにーちゃんたち以外にも従魔さんがいるの?」
「えぇ」
「ほかの従魔さんたち、見たい!」
これでもかと目を輝かせ、期待いっぱいにお願いされれば、乃詠に断るなんて選択肢はない。
「さすがに今ここで全員を出すのは迷惑になりそうだから、ひとまず一人だけでいいかしら?」
「うん!」
聞き分けよくうなずくノアナに微笑み、乃詠は従魔のひとりへと声をかける。それに応えて『従魔空間』から出てきたのは――アークだ。
見た目的に一番子供にやさしそうで、また子供受けしそうだと思ってのご指名であった。
「わぁ! わんちゃんだっ!」
「え、いや、わんちゃんじゃないんスけど……いや、わんちゃんでいいっス。オイラの名前はアークっスよ」
「わんちゃんしゃべれるの!? すごいね! わたしはノアナだよ!」
「ノアナちゃんっスか、可愛い名前っスね」
「ありがとー! きゃーっ、もふもふー!」
さして意外には思わないけれど、アークは子供が好きらしい。
ノアナの受けも大変よく、抱きつかれてたくさんもふもふされている。思いっきりもふもふ、もふもふされている……
「な、なんスか、姐さん?」
そのあいだ、ずっと乃詠から、じとーーーーーーっとした視線が、アークに注がれていて。
(私には、そんな風にもふらせてくれないのに)
ノアナはアークに思いきり抱きついて、もふもふに顔をうずめているのだ。
「私がやろうとすると逃げるのに……」
「当たり前っス!?」
ノアナと乃詠とではいろいろと違いすぎる。
――と、そんなことがありつつ、満足したノアナと手を振り合うアークを『従魔空間』へと戻し、あらためて夕食をいただく。
献立は、野菜入りマッシュポテトをそえた豚肉のソテーに、つみれと根菜のごろっとスープ、ウサギ肉の香草串焼き、そして小ぶりのパンが籠に入って真ん中に置かれていた。
飲み物は水が無料、果実水も一杯は無料で、酒は有料だそう。
「このソテー、美味しいわね」
「……ウサギ肉も、美味い」
「スープもいい味出てんな」
頭の中にはナビィが映してくれた『従魔空間』の様子が見えて、気持ち的にみんなと一緒に食事をしている気分になれた乃詠は、うまうまと幸せそうに料理を口に運ぶのだった。