2章21 万能聖女、城塞都市に入る11
きらりと目を光らせたパウラが、ずいとカウンターから身を乗り出してくるので、乃詠は思わずと身を引いた。
「もしかして、攻略者のことをご存知だったりします?」
「い、いい、いえいえいえ! まったくもってご存知でも心当たりもございませんことよ、おほほほほっ!」
『姐さん、動揺しすぎでさぁ。逆に怪しいですぜぃ』
動揺して珍妙なお嬢さま言葉になる乃詠に、リオンが思念でつっこむ。
『まぁ、もう致命的に遅いような気がしやすが』
案の定、パウラは乃詠の言葉をまったく信じていないようだった。どころか、いっそう確信が深まっているように見える。……まずい。
「でも今、コウガ様が何か」
「なんでもないんですほんと! 気にしないでくださいまし!」
とそのとき――パウラ越しの視界の中、カウンターの奥を横切っていく女性職員の姿が乃詠の意識にとまる。
凛々しい感じの、とても綺麗な人だ。眼鏡をかけ、いかにもデキる女といった雰囲気をかもしている。
向こうも何気なくだろう、流された視線が乃詠のそれと合った。
そのまま、女性職員は美しい歩行姿勢で通り過ぎていく――と思ったら、後ろ歩きで戻ってきた。
視線を、首ごと乃詠へと固定しながら。
(何かしら……すっごい見られているのだけど。視線で穴が空きそうだわ)
かと思えば、眼鏡の奥の瞳がカッと見開かれ、抱えていた書類やファイルが、彼女の手を離れてドサバサと床に散らばるのだった。
◇◇◇
その女性職員は、イェシカ・ウムラウフと言った。
勤続十年のベテランで、ギルドでの役職は『鑑定士』。
乃詠たちのステータスは偽装してあるが、鑑定を仕事としている彼女は、スキルで看破はできずとも目利きに優れ、何より知識が豊富だ。
そんな彼女は見抜いた――乃詠とコウガの装備がただならぬものであることを。
そしてすぐに気づく。よく見なければわからない、胸のあたりにうっすらと浮かび上がった〝神の紋章〟に。
それが刻印されているものなど、たったの一つしかありえない。
封印と試練のダンジョンを攻略した者にのみ装備することが許された、試練報酬以外にないのだ。
(――神創武装)
どくんと、心臓が一つ、大きく鼓動する。
イェシカは元冒険者だ。気の合う仲間たちとともに、古代の遺跡やダンジョンの発見・探索を主として活動していた。
というのも、彼女の実家はしがない古美術商であり、生まれたときから古美術品に囲まれていれば、興味を持つのは必然と言えよう。
その中でも古代文明期――通称〝神時代〟のころの物品、さらにその中で『アーティファクト』と呼ばれる遺物に、彼女は強く興味を惹かれた。
アーティファクトとは、いわく神の知恵を得た先人が作った超技術の結晶だ。
当時ではありふれたものだったというが、現代では未知の技術。ゆえにこそロマンがある。
しかし、もともとが非常にレアな品だ。実家程度のツテや資金ではそうそうお目にかかれない。それならば自分で見つければいい――ということで、実家を飛び出し冒険者になったのだった。
(生きているあいだにお目にかかれるとは、私はなんと運がいい……!)
神創武装は正真正銘、神の創作物。アーティファクト以上の至宝。だが入手は超絶至難。
一目だけでもと思っても、過去に攻略された二つのダンジョンの攻略者はもうこの世におらず、神創武装も所有者の死とともに消えてしまったらしい。
ならば自分たちで獲得するしかないと挑んでみるも、イェシカたちのレベルでは到底不可能であった。
何度か挑んだのだが、その最中にイェシカは腕を負傷。厄介な呪い付きのその怪我は、傷こそ癒えたが後遺症が残ってしまい、冒険者を引退せざるをえなかった。
一縷の望みに賭け、冒険者ギルドで職員として働きつつも、ほとんど諦めていたのだが――
その神創武装が今、イェシカの目の前にある。
◇◇◇
ドサバサというただならぬ音にパウラが背後を振り向くと、そこにいたのは鑑定士のイェシカだった。
(……あれ? あの子が連れてきてくれたわけじゃないのかな)
実のところ、乃詠の登録手続きを行っているときに同僚へと声をかけ、イェシカのことを呼びにいってもらっていたのだが、その同僚の姿は見えない。
イェシカが今このタイミングでここに来たのは偶然で、同僚とは入れ違いになってしまったのだろう。
とはいえ、ちょうどよかった。
「イェシカさん! すみません、ちょっといいで――イェシカさぁぁぁぁん!?」
乃詠の従魔一覧を見ても堪えたパウラが、目をひん剝いて絶叫する。
呼ぶまでもなくイェシカはこちらへ向かってきたのだが――あろうことか、職員たちが仕事をしている事務机の上を一直線に跳んでくるのだ。
(いつも冷静で冷徹でクールでデキる女然とした模範社会人みたいなイェシカさんが!?)
あまりにも非常識な行為。叱責必至の暴挙。そんな行動を取ってしまうほどに、イェシカは今、取り乱している。
その理由も原因もわかっているが、だからこそパウラは慌てるのだ。
(というかイェシカさん身体能力たっか!?)
まだまだ現役として通用しそうなほど、軽やかで見事な身ごなしだった。
やがてひときわ大きく跳び上がったイェシカは、くるりと宙返りを決めながらカウンターを越え、シュタッと乃詠の傍に降り立った。
やや引きつった顔で、けれどもその華麗な宙返りと着地にはつい拍手を送ってしまう乃詠に、イェシカはギラギラした顔面で詰め寄ってくる。
近いし、目が若干血走っていて怖い。
「あなた、それはもしや――いえ、間違いなく神ぐっ」
「ちょっと待ってくださいイェシカさん! 気持ちはわかりますけどダメです! いろいろダメなんですけど普通に怖いです! いったん落ち着きましょう!」
「んぐぐっ……! もごっ……!」
後ろからパウラに口を塞がれてもがくイェシカ。
なんだか、つい先ほど見たような光景であった。
ややあって、ようやく我を取り戻し落ち着いたらしいイェシカが、己の失態にほんのりと目元を朱に染めながら、こほんと咳払い。
指先で眼鏡をくいっと持ち上げ、先のそれが嘘のように冷徹な眼差しで乃詠を見据える。
「先ほどは大変失礼いたしました。私は冒険者ギルド・デルクリューゲン支部所属の鑑定士、イェシカ・ウムラウフと申します。お話ししたいことがあるのですが、少々お時間よろしいでしょうか?」
きょとんとする乃詠。
(鑑定士が? なんで? ドロップアイテムの提出とかしてないのだけど)
答えを求めてファルを見れば小さく首をかしげられ、コウガを見ればふぁっとあくびをしている。ものすごく興味がなさそうだ。
リオンを見ても首を横に振るばかり。
『ナビィ?』
『おそらくバレたと思われます』
『えっ!? バレたって、どっちが?』
『攻略者のほうですね。ステータスの偽装は完璧ですから、聖女のほうは大丈夫だと思います』
『でも、なんで……?』
確かにパウラには疑われている節があった。けれどそれは、あくまで確信に近いものであって断定ではない。
証拠はない。だから、攻略者情報の収集という体を取りつつも、自白を引き出そうとしている感じだった。
しかし、イェシカには〝バレた〟――推測でも憶測でもなく、断定。それはおそらく、最初に乃詠たちを見た瞬間には。詳しい心理状態は知る由もないが、だからこその先の痴態。
『これはワタクシのミスですね。申し訳ありません。お伝えし忘れていたことが一つあります』
『伝え忘れてたことって?』
『試練の報酬には〝神の紋章〟が付与されているのです。これはいわば、神に認められた証。常人には見えないでしょうが、高レベルの〈鑑定〉スキルを持ち、かつ鑑識眼に優れた者であれば、視認することも可能かと』
『……そんなものがあったのね』
要するに――逃げられない。
態度や口調こそ冷静さを繕っているが、こちらをまっすぐ見る瞳の奥には確かにギラついたものがあって、心なし鼻息も荒い気がする。
乃詠も必死に笑顔を浮かべてはいるものの、これが漫画なら汗がだらだらと滝のように流れていることだろう。口元も細かく震えている。
そうして数秒ほど悩んだすえに、
「す、すみませんけれど、今日はこれからちょっと用事が」
「では、明日ならばいかがでしょうか?」
食い気味に切り返された。
たじろぎかけたのをなんとか堪える。
「わ、わかりました。明日の午後、また来ます」
「はい。お待ちしております」
(明日の午前中に町を出ましょう)
乃詠はそう心の中で決意するのだった。
まぁ……結論から言えば、逃げることはできなかったのだが。
お読みいただきありがとうございます。
これで2部2章は終了、次回より3章『万能聖女、領主に捕まる』です。
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