2章20 万能聖女、城塞都市に入る10
そうして項目のすべてを埋めた用紙をパウラへと戻す。
「少々お待ちください」
ややあって、処理が完了したようだ。
「ギルドカードに魔力を登録しますので、こちらに手を置いてください」
石板のようなものを差し出され、言われたとおりに手を置く。
いわく――個人の魔力はそれぞれで微妙に質が異なり、同じ質の魔力を持つ者はいない。そして人は常にうっすらと魔力を発している。それをギルドカードに登録することで、本人しか使えないようにする――ということらしい。
「ありがとうございます。こちらがノエ様のギルドカードになります」
手渡されたのは、キャッシュカードを一回り小さくした感じのプレートだ。金属の色ではなく、塗料で着色したのだろう黒に近い灰色。
説明によると、ギルドカードはランクによって色が異なるらしい。黒は最下位ランクであるFの色だ。
ちなみに他のランクは、Eが緑、Dが青、Cが紫――と、ここまでは鉄製のプレートに着色だが、その上はプレートの素材からして異なる。Bが銀、Aが金、そしてSが神星金。
世界全体でも数えるほどしかなれないSランクは特別だ。
プレートに使われる『神星金』は、あらゆる面で世界一の金属と言われていて、ものすごく希少。虹色をしているのだが、意思一つでどの色にも変えられるという。
Sランクのギルドカードは、パッと見てすぐにわかるように、ベースを赤に据えた虹色の、とても美しいプレートになっているらしい。
また、同じランクでもさらに上位・中位・下位と位分けされているそうで、プレートの右下にある小さな星マークの数がそれを表しているとのこと。
「この、裏面の『0』というのは?」
「そちらは預金残高になります。冒険者ギルドでは金銭の預かりサービスも行っておりまして、ギルドカードがあればどの支部でも自由に金銭の預け入れや引き出しが可能となっております。気軽にご利用ください」
「へぇ、銀行の役割も担っているのね。便利だわ」
このギルドカードは魔道具であり、裏面の預金残高は、登録された本人の魔力にのみ反応して表示されるようになっているそうだ。
偽造もできず、預金も引出も、ギルドカードと本人がいなければできないようになっているとのこと。画期的である。
それから、依頼の種類や受け方などなど、基本的な仕組みやルールなどをパウラが丁寧に説明してくれた。
「登録したての新人冒険者には、三日間の基礎講習を行っております。基本的な知識や戦闘技術の習得と実習による新人育成、サポートを目的としたもので、受講料はかかりませんが、実習で受ける依頼の報酬はありません。いわば、それが受講料ということですね」
冒険者は対魔物に必須の人材。人数がいて困ることなどありはせず、むしろギルドは人材確保に必死だ。
特に冒険者になりたての新人の死亡率は高い。あらかじめ訓練や勉強をしている者のほうが珍しく、知識や危機感がないから無茶をして、戦闘経験がないから容易く命を失うのだ。
つきっきりで育てることはできなくとも、最初に基礎的な知識や技術を教え込むことで、初期の死亡率を減らすことはできる――という思惑らしい。
「受講を希望されますか?」
「いえ。結構です」
「……ですよね」
「え?」
にこりと、パウラは完璧な笑みで繕った。
「冒険者に関する説明は以上となりますが、何かご質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「もしご不明な点がありましたら、いつでもこちらへお越しください。それでは、引き続き従魔登録を行いますね。こちらの用紙に、従魔の種族名と名前の記入をお願いします」
実際に出して見せる必要はないようで、ほっとする。
一番ランクの低い従魔から順番に書いていき――ファルの種族名は『毒竜』としておいた。『邪毒竜』なんて正直に書けるわけもない。
いわく、邪毒竜というのは厄災の因子によって歪に変異した種族らしく、要するに『邪毒竜の森』のダンジョンボスしかいないのだ。悪目立ちどころか、どんな面倒事が降ってくるとも知れない。
もともと毒竜として生まれたのは事実だし、突然変異であるなら、別に元の種族名でも問題ないだろう。もしあとで咎められるようなことがあれば、またそのときに考えることにする。
しかし、それがなくても乃詠のテイムしている魔物のラインナップは異常だ。なにせ、軒並み種族ランクが高すぎる。上位魔物をテイムしているテイマーなど、少なくとも現代では伝説扱いなのだから。
記入された用紙を受け取ったパウラは――信じがたいとばかりに限界まで目を見開く。
そこでとっさに叫び声を上げたとしても、なんらおかしくはないのだ。
それほどまでに、用紙に書かれた内容は常軌を逸している。
物語では、ここで受付嬢が驚きのあまり叫んで暴露してしまう展開が鉄板だ。
けれども、パウラは勤続二年目にして、とても優秀な受付嬢だった。
出かかった叫びを寸前で呑み込んで、やや引きつってはいるが即座に営業スマイルを作り直し、何事もなかったかのように手続きを進める。プロだ。
「……お待たせいたしました。こちらが、従魔の登録タグになります」
トレーに乗せて差し出されたのは、両端にチェーンの端を通した、丸みを帯びた長方形の小さな金属プレート。それが六つ。
「町の中で『従魔空間』から従魔を出す際には、必ず見えるところに身につけておいてください。それがないと衛兵に通報されてしまい、いろいろと面倒なことになりますので、注意してくださいね」
「わかりました」
受け取ったタグを、そのままコウガ、ファル、リオンへと渡し、その場で身につけさせる。
これで目的の一つは果たし、あとは素材をいくつか換金し、所持金に余裕を持たせたうえで宿を取るのみ――そうだ、と。
「あの、どこかいい宿を知りませんか? 値段は高すぎず、でもそれなりに清潔感があって、ついでに言うならごはんが美味しいところだとありがたいのですけど」
「それでしたら、ギルドを出て右の小道を数分ほど歩いたところにある『青の小鳥亭』がおすすめですよ。値段は平均より若干高めではありますが、お風呂もあって綺麗ですし、特製シチューが絶品です」
その宿屋は昼間、食堂もやっているそうだ。実感がこもっているので、パウラも実際に食べに行ったことがあるのだろう。
「ありがとうございます。そこに行ってみますね」
「お役に立てたのならよかったです。――ところで、一つお訊きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
なんだか、パウラの雰囲気が変わった気がした。
「なんでしょう?」
「つい先日、領都の東にある『邪毒竜の森』から瘴気が消えたことは、ご存知かと思います」
ぎくっ、と。乃詠の肩がはねる。
「あの瘴気は封印された災魔が放っていたもの。それが消えたということは、ダンジョンが攻略されたということになります」
ぎくぎくっ、と。乃詠の肩がさらにはねる。
「今のところ、攻略者による申告はありません。ですが、私たちは攻略者の情報を求めています。ギルドへ訪れた冒険者すべてに聞いているのですが――ノエ様たちは、攻略者について、何かご存知ありませんか?」
ごくごく自然な質問の体を取っているが……なぜだろう。パウラのわずかに細められた双眸からは、乃詠たちを攻略者だと疑っていて、けれどもまだ確信を持ててはいない、といった雰囲気が感じられた。
だが、確信を得られているわけじゃないのであれば、いくらでも誤魔化せる。しらを切れる。明確な証拠がなければ罪には問えないのと同じだ。
ごくりと喉を鳴らしつつ、知らぬふりを決め込もうとする――が、
「あぁ、攻略し」
乃詠が口を開く前に開かれたコウガの口を、しゅばっと神速で塞ぐ。
もがもがと手のひらの中で抗議するが、乃詠はまったく意に介さない。
コウガの口を全力で塞ぎながら、そういえばと、乃詠は今になって己の犯したミスに気付くのだ。
(聖女の件は口止めしたけど、攻略者の件に関しては触れてなかったわね……)
とはいえ、目立ちたくないと強く宣言はしてあるから、それを汲んでくれると心のどこかで思っていたのだろう。
(なんて迂闊だったのかしら)
およそ千年越しに現れた、封印と試練のダンジョン『邪毒竜の森』の攻略者が、目立たないなんてことあるはずもない。