2章17 万能聖女、城塞都市に入る7
「――いかにも冒険者ギルドって感じの建物ね」
ナビィに検索してもらい、表示されたルートに従って歩くことしばし。
たどり着いた冒険者ギルドは、乃詠がイメージしていた〝冒険者ギルド〟そのものの、とても頑丈そうな四階建ての建物だった。
背丈のある種族の出入りも想定しているのか、三メートル近くある大きな両開きの扉は開け放たれている。
足を踏み入れると、大きなフロアは多くの人でにぎわっていた。
さまざまな種族に加え、さまざまな武装を身に着けた彼らは、全員が冒険者なのだろう。
ギルドの職員はそろいの制服を着ているので、そうとわかりやすい。
リアルに存在する冒険者ギルドと冒険者たち――心が躍る。
乃詠はうきうきしながら、フロアをぐるりと見回した。
正面には役所か銀行めいたカウンターがあり、美人ぞろいの女性職員――いわゆる受付嬢が冒険者たちに対応している。
右手には、それとはやや趣の異なるカウンターがあるが、おそらく素材の買取専用のカウンターだろう。
左手は酒場になっているようで、整然といくつも並んだ長いテーブル、座席は六割ほどが埋まっている。フロアのにぎわいの大半が、酒盛りする冒険者たちによるものだった。
そんな冒険者たちで盛り上がるテーブルの間を、ワンピースにエプロンドレスをつけた女性たちが、ジョッキや皿を乗せたトレーを片手に乗せ、慣れたようにするすると縫い歩く。
左右にも奥にも階段があって――左の階段は、ロフトのようになった酒場の二階席に上がるためのもので、奥の階段は職員専用か。右の階段は、冒険者が普通に使えるようになっているから、何かしら冒険者用の設備があるのだろう。
その右階段の横――壁には大きなボードが設置してあり、同じサイズの紙が何枚も貼りつけてある。いわゆるクエストボードというやつだと思われた。
そうして内部の様子を観察しながらカウンターへと向かって歩く乃詠たちに、当然というべきか、自然と周囲の視線が集まる。
(うぅん……見られてるわね、ものすごく)
実のところ――この町へ入ってからも、ここまでの道中で一行はけっこうな注目を浴びていて、一部では〝事故〟も起こっていたりする。
だが、もともとそういった視線に鈍く、かつファンタジーな街並みのほうに目がいっていた乃詠は、まったく気づいていなかった。
しかし、ここは屋内。広いとはいえ一つの空間に多くの冒険者がいるので、いかにそういった視線に鈍い乃詠でも、さすがに気づく。
(まぁ、コウガもファルもイケメンだし、女性が見てしまうのも当然よね。容姿だけじゃなくて、コウガなんかはいかにも強そうに見えるから、男性の視線は憧れかしらね?)
……見られていることには気づいても、やはり乃詠は乃詠だった。
けれどもまぁ、それもまったくの的外れというわけではない。コウガとファルも注目の的になっているのは確かなので。
とはいえ、女性も男性も関係なく一番視線を集めているのは乃詠だ。
美貌も美貌、血や泥にまみれて戦っているよりも、ドレスや宝石で着飾ってダンスを踊っていそうな、どこからどう見てもいいところのご令嬢にしか見えないのだから、当然である。
荒っぽい者のほうが多い冒険者ギルドに似つかわしくないだけでなく、ちょっとやそっとじゃお目にかかれないほどの美人なので、注目されないほうがおかしいまであった。
若干の居心地の悪さはあるものの、しかし乃詠は、セレブで美人な親友のそばにいたことで、こういった視線にはわりと慣れている。……そのときも、自分が視線を集めているなど思いもしていなかったが。
ゆえにそれらの視線はさして気にすることなく、むしろさっさと用事を済ませてしまおうと、やや足早に受付カウンターへと向かう――が。
「――あぁ、美しの人。麗しの女神よ」
その進路を、ひとりの青年が塞いだのだった。
正面に立たれれば、乃詠も足を止めざるをえない。
目の前に立つ青年は、見るからに育ちのよさを感じさせる、貴公子然とした人物だった。
整った面持ちに、女性もうらやむさらさらの茶髪と翡翠の瞳を持ち、目に痛い金ぴかのライトアーマーを着け、腰には剣を吊っている。
冒険者装備に身を包んではいるが、他とは違う確かな気品をまとっていた。
アーマーの輝きだけでなく、背後にキラキラエフェクトが見えるようだ。
青年はおもむろに跪くと、呆気にとられる乃詠をよそに、まるで舞台役者のごとく情感たっぷりに、身振りもまじえ滔々と言葉を紡ぐ。
青年の、滑らかに動く唇が紡ぐのは――詩的表現の羅列だった。
容姿を褒め称えたり出会う運命がどうたらといった内容だが、その表現はあまりにも本格的で解読困難ゆえに、脳が仕事を放棄し、乃詠の耳を滑っていく。
(この人、そうとう詩が好きなのね)
教養程度の嗜みはあるけれど、詩の魅力については乃詠にはわからない。
「あなたこそ、僕のパートナーには相応しい。いや、あなたほど相応しい方はいないだろう。さぁ、ともに美しく輝かしい姿と華麗な活躍を歴史に刻みつけようじゃあないか!」
(あぁ、要するにパーティーへの勧誘ね)
それもあるだろうが、それ以上の意味合いのほうが強いことに、やはり乃詠は気づかない。
そしてこちらもやはりというべきか、青年も乃詠しか目に入っておらず、すぐそばにいるコウガたちにはまったく気づいている様子がなかった。――ゆえにこそ悲劇は起こる。
ナルシストで、思い込みの激しい青年。それは彼にとって勧誘などではなく、確定事項。断られることなど想像すらしていない。むしろ相手にとって、自分から誘われることは喜び以外のなにものでもないと思っている。
だから、すでに乃詠とパートナーになった気でいた。
すっと自然な動作で、無防備に立つ乃詠の手を取り――あろうことか、甲に口づけを落としたのだ。
軽く触れた程度ではあるが、触れたことに変わりはない。
あまりにもナチュラルだったがゆえに振りほどくという発想すらなく、乃詠は唐突な青年の行為に目を見開く――が、それよりも彼らの行動のほうが早い。
「――いけやせんぜぃ、兄さん。そいつぁ、あっしらの逆鱗でさぁ」
青年の手首を掴み、乃詠の手から離させたリオンが、静かに告げる。
口調も声音も穏やかではあるが、フードの下から青年を見据える眼光は刃のように鋭く、わずかな威圧が込められていた。
しかし、彼はまだ穏便なほうだ。掴んだ手首は若干ミシミシいっているものの、傷つけんとする意思はなく、武器も抜いていない。威圧はしていても、殺気は出していない。
だが、乃詠の真なる二匹の番犬――コウガは大刀を顕現させてその刃を、ファルは部分的に変えた竜腕の爪先を、青年の首に添えていた。
どちらかがほんの少しでも動けば、その瞬間、首の皮膚が裂けるだろう……いいや、違う。よくよく見れば、そうではない。コウガもファルも、脅し目的で寸止めしているのではなかった。
部分的に展開された結界が、刃と爪を物理的に止めているのだ。
『――ふぅ。危なかったですね。あと一歩遅かったら、彼の首と胴が泣き別れになっているところでした』
それをなしたのは、乃詠のスキルを勝手に発動させたナビィだった。
見事なファインプレーだが、当の乃詠は、事態が呑み込めずに目をぱちくりさせている。
「……おい、結界を解け」
「……そいつ、殺せない」
それは普通、ヒロイン側のネタ台詞だ。
記憶共有しているナビィでもあるまいに、元の世界のネタを二人が知っているわけがないので、偶然なのだろうけれど。
とはいえ、その言葉が本気であることは、放たれた殺気が物語っている。
けれども青年は、それを聞いてはいなかった。二人の――上位ランク高レベル魔物たちの殺気にあてられて、とっくに気絶していたから。
そして――被害は彼だけでは済まない。
二人の殺気は、もちろん青年に向けられていたものなのだが……近くにいた冒険者たちが余波を受けてしまい、一拍おいてバタバタと倒れていく。
被害はとても甚大だった。