2章15 万能聖女、城塞都市に入る5
「なぁ嬢ちゃん。またドロップ肉を手に入れたら、俺んとこに売りにこないか? 冒険者ならギルドに売るのが基本だが、俺んとこに持ってきてくれたら多少は色を付けるぜ?」
聞けば、今回の買取りにも気持ちばかり色を付けてくれたらしい。
「店に直接ドロップ品を売ることもできるんですね」
「うん? 知らないのか?」
「あ……はい。そ、そのぉ、まだ田舎から出てきたばかりで……あははっ」
「田舎から……?」
乃詠たちは、とても田舎者とは思えない雰囲気があるので、ちょっと無理がある設定だった。当人の視線が泳いでいることや、空笑いが余計に言葉の信用性を薄れさせている。
けれど、店主は何か訳ありなのだろうと判断し、そのあたりの詮索は一切しなかった。
「冒険者は基本、得た素材アイテムを冒険者ギルドで売却する。そこから商業ギルドを通して商人たちに流れていくわけだが、直接、商人に売るのも特に禁止されてるわけじゃない。だが、少量をたまにならともかく、大量に頻繁にはいい顔はされないな。下手したら目を付けられるし、その際にトラブルが起こっても、どちらのギルドも関与しないというリスクもある。中には、相場を知らないのをいいことに買い叩くあくどい奴もいるから、そこは注意が必要だ。ま、俺はんなことしねぇけどな!」
と言い切られても、現時点で乃詠はまだ、この世界の物の相場を知らない。今回とて、色を付けるどころか買い叩かれている可能性だってあるのだ。
けれど……
(とてもそんな人には見えないわよね)
悪意の有無にはわりと敏感なタチの乃詠。少なくとも、乃詠から見た店主の言葉に嘘はなさそうだった。
それに、仮に買い叩かれていたとしても構わないのだ。物価や相場はおいおい調べるので、それでぼったくられていたとわかったときは、ただ売りにこなければいいだけの話なのだから。損した分は授業料だとでも思えばいい。
『肉ぅ……美味しそうっすねぇ……』
そこでふと、脳内で落とされた思念はアークのものだ。
犬の口からだらだらと涎を垂らしている姿が目に浮かぶ。
ちなみに、この思念は〈念話〉スキルによるものではなく、〈テイム〉スキルの技能『伝心』によるものだ。
これはスキルを獲得してすぐのLv1で覚える技能で、これがあるからこそ、テイマーは言語を解さない魔物と密な意思の疎通が取れる。
言語を繰る彼らだから、念話というかたちになっているのだった。
そしてこの『伝心』は、従魔同士にも適用される。
「……おれも、肉、食べたい」
ファルもまた、焼かれている肉を物欲しそうにじっと見つめていた。
それを微笑まし気に見やって、乃詠は今しがた受け取った硬貨の内、大銀貨二枚を店主へ差し出しつつ言う。
「店主さん、このお金で買えるだけの串焼きをください」
「は? これで買えるだけって……この金額だと、一番高い肉でもけっこうな本数になるんだが……さすがに兄ちゃんたちがいても食いきれねぇんじゃねぇか?」
店主は若干引いているが、まぁ当然だろう。コウガが食べた肉串に限定しても百本は買えてしまうのだから。
けれど、店主が知らないだけで、乃詠たちは全員で七人。それでも一人あたま十本以上食べる計算にはなるが、仮にいま食べきれなかったとしても〈アイテムボックス〉に入れておけばいいのだ。
〈アイテムボックス〉の中は時間の流れが存在しないので、いつでも焼きたての串肉が食べられる。なので何の問題もなかった。
「大丈夫です。従魔がいるので」
「へぇ。嬢ちゃん、テイマーなのか。そんなに数がいるのか?」
「いえ、数はそんなに。ただ、みんなよく食べるんですよ。彼らも」
「おまえもな」
「……ノエもね」
「姐さんもかなり食べやすよねぃ」
「わ、私はそんなに大食いじゃないわよ」
と否定する乃詠だが、実際にはかなり食べる。その体のどこに入るのかと、疑問を抱くほどには。
特にこの世界に来てからは食事量が増えた。といっても、ずっとダンジョンの中にいて戦っていたのだから、それも不思議なことではないのだが。
消費するエネルギーが多ければ、相対的に食事量は増える。
「まぁ、それならいいけどよ。こっちとしちゃ、売れれば売れるだけありがたいわけだしな。んじゃ、こっから好きな肉を選んでくれ」
すでに焼かれているものもあるが、基本は店頭に並べられた数種類の肉の中から客が好きなものを選び、それをその場で焼いてくれるスタイルのようだ。
「次は――これだな」
コウガもまだ食べるらしい。そんな彼が次に選んだのは『闘争鶏』の肉。
さっき食べていたのは、蛙型の魔物『リッチトード』の肉だった。まるまると太った蛙で、ドロップ肉は肢だが、とても肉厚。けれども、味わいも肉質も鶏とほとんど同じだという。
彼はあっさりとした低脂肪な肉を好むらしい。
「……おれは、これがいい」
ファルが選んだのは『猛烈牛』の肉。
なんだかすごそうな名前の牛だった。
『猛烈牛は、牛にしては猛烈に太った巨体を持つ魔獣でありながら、その猛烈な突進で相手を吹き飛ばします』
ナビィの解説も猛烈だった。
肉は脂身もすごい。見ているだけでちょっと胃もたれしてくる、カロリーがとても高そうなガッツリ濃厚肉だ。
二人のイメージと好むものが完全に反転していて、意外すぎる。
他の面々はお任せとのことだったので、どうせなら全部試してみることにした。
普通の動物から、動物が魔核を持った魔獣、そして魔物の肉まで、種類はかなり豊富だ。
全種類を適当に、と頼むと、快活に応えた店主が手際よく肉串を焼き上げていき――ややあって手渡された串には、そのほとんどが大きな肉の塊を四つも刺していて、実に食べごたえがありそうだった。
普通なら、三本も食べればお腹いっぱいになるだろう代物である。
先ほどコウガが食べていたのは少々特殊な串だったが、これならさっきの店主の引き具合にも納得がいくというものだ。
「――お嬢ちゃん! 肉と一緒にうちのパンもどうだい?」
2万オルカ分の肉串が焼き上がり、ひとまず〈アイテムボックス〉へと入れ終えたところで、別の場所から声がかかった。
振り向き見れば――細い路地を挟んで隣の店舗の、通りに面したカウンターから身を乗り出し、トレーを片手に大きく手を振っているおばちゃんの姿があった。
トレーの上には、焼き立てらしきパンが山のように積まれている。
お隣はパン屋だったらしい。
「いい匂い! 美味しそう!」
「実際、美味いさね」
にかっと笑うおばちゃん。
およそひと月ぶりのパンだ。もちろん全部買っちゃう。
テンションが上がってもう少し欲しいと頼んだら、わざわざ外まで持ってきてくれた。
大きな籠いっぱいに、数種類のパンが詰まっている。
「わざわざありがとうございます」
「いいってことさ。たくさん買ってもらったからねぇ」
焼き立てパンの香ばしい匂いを嗅いでいたら――辛抱たまらなくなった。
パンは焼き立てが一番美味しいのだ。
乃詠は手のひらサイズの丸パンを手に取ると、半分に割ってからその片方にかぶりつく。
「んんーっ! カリふわっ! すっごく美味しいわ!」
ほっぺたに手を当てて、これ以上なく幸せな表情だ。
「ははっ。あんた、ものすごく美味しそうに食べるねぇ。そんなに幸せそうに食べてもらっちゃあ、パン職人冥利に尽きるってもんさね」
おばちゃんはとても嬉しそうに恰幅のいい体をゆすっている。
「ノエ、オレにもそれよこせ」
「……おれにも」
差し出されたコウガとファルの手に、それぞれ同じ小丸パンを乗せ、要求はされなかったがリオンにも渡す。もちろん『従魔空間』にいる他の従魔たちにも。
「――あ、そうだ!」
ふと思い立ち、乃詠は〈アイテムボックス〉からナイフを取り出すと、クッペタイプのパンを手に取って、真ん中に切れ込みを入れた。
そこへ先ほど買った串肉と、生食可能なシャキシャキ野草を挟み、仕上げにサバイバル中に作った果実ベースのさっぱりソースと、さらにマヨネーズもどきのソースをかければ――サンドイッチの完成だ。
ぱくりと、端から豪快にかぶりつく。
「んーっ!!」
具材はあり合わせだが、久々というスパイスも手伝って、思わず感極まってしまうくらいには美味しかった。
「ノエ、オレにもそれ作ってくれ」
「……おれも食いたい」
「姐さん、あっしにもお願いできやすか?」
当然というべきか、それに従魔たちが食いつかないわけがない――が、それ以上に激しく食いついてきたのは、肉屋とパン屋の店主だった。
「ちょっとあんた、なんだいその食べ方は!?」
「パンに肉を挟んで食べるだと!? なんて斬新な発想!」
すごい勢いで詰め寄ってきたので、驚いて危うく肉が喉に詰まってしまうところだった。
(斬新……なのかしらね?)
どうやら、ここにはサンドイッチが存在しないらしい。
(パンに何かを挟んで食べるなんて、簡単に思いつきそうなものだけど)
乃詠にとってサンドイッチは当たり前に存在していた料理だから、そう思ってしまうのだろうか。
それに、過去には他に同じ世界から召喚された人もいるし、ごく稀にだが転移者や転生者もいるという。
サンドイッチは簡単な料理だから再現が容易い。もともとこの世界にはなかったとしても、とっくに広まっていそうなものだが。
『この世界も広いですからね。この町、あるいは国にはないだけ、ということも考えられるでしょう』
『それもそうね』
元の世界でだって、地域によって食文化は大いに異なるものだ。
お読みいただきありがとうございます。
少しでも面白い、続きが読みたいと思ってもらえましたら、★★★★★やブクマ、いいねで応援いただけると、とても励みになります。
すでにいただいている方は、ありがとうございます!
引き続き、拙作をよろしくお願いします。