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万能聖女がチートすぎる!  作者: 空木るが
2部 愛の騎士と星に巣食うモノ
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1章9 万能聖女、辻ヒールする6

 


(くそっ……こいつ、やっぱり、わかってるな……)


 『聖守石』は、起動こそ使用者の魔力を使うが、結界の維持にはあらかじめ聖女が込めた魔力を消費するため、その魔力が尽きれば結界は消えてしまう。


 ただ展開しているだけなら一日は保つのだが――結界の強度にも限界がある。

 強度を超えたダメージを受けると、壊れこそしないが、その分を魔力が肩代わりするのだ。

 要するに、結界の強度以上の攻撃を受けるほど、込められた魔力の減りが大きくなるということ。


 それすらも理解しているから、ブラックバジリスクは、まったく効果のない攻撃を、馬鹿の一つ覚えみたいに続けているのだ。


(まだ、だ……)


 最高ランクであることが幸いし、このまま攻撃を受け続けても、おそらく半日は保つ。それだけの時間があれば――まだ、立ち上がれる。


 ヴィンスは、とある称号を有していた。

 それは【愛の騎士】――もたらされる効果は、心から愛し護らんとするたった一人への想いの強さが、さまざまな能力を著しく向上させるというもの。


 ヴィンスの場合、その対象は、言うまでもなくリシェルだ。

 そんな称号を獲得してしまうほど彼女を深く愛しているということであり、本人的にはものすごくこっぱずかしいのだが……しかし、彼のリシェルへの愛が紛うことなき本物であることの証左でもあった。


 その効果に関しても、称号のそれとしては破格だ。

 数値化されたステータスの向上だけでなく、感覚系やスキルまでも強化し、MPの回復速度も上げ、自己治癒力の活性化も著しい。


 それらがあってこそ、ヴィンスは攻略部隊一の――否、ルーデンドルフ辺境伯領の騎士随一の強さを誇るのだった。


(……リシェルが、待ってるんだ)


 彼女を残して死ねない。彼女を幸せにすると誓った。必ず救うと誓った。その約束を違えるわけにはいかない。護衛騎士としても――婚約者としても。


 ヴィンスの頭の中にも心の中にも、リシェルの存在しかない。彼女のために、この戦いはある。その想いが、称号の効果を最大限に発揮させる。


 だが――ヴィンスはあまりにも深手だった。


 MPは恩恵がなくとも一定時間に一定量回復するが、HPはそうもいかない。

 傷を負っていれば自己治癒力頼みだし、出血していれば流血を止めない限り減る一方。飢餓状態でも、食事を口にしなければ減っていく。


 ヴィンスの傷は深く、普通ならばとっくに失血死しているところだ。

 彼を生かしているのは、【愛の騎士】による自己治癒力の超活性。失った血の生成も補助してくれている。


 時間さえあれば、再び戦えるだけの気力を取り戻せる。……時間さえあれば。


 手の中で『聖守石』の光が明滅している。その輝きが徐々に弱まっていく。

 それは魔力残量が少なくなっているサイン――保ってあと数分。

 数分後には、ヴィンスたちを守っている聖結界が消える。


 再起には、まだ時間が必要だった。少しは動けるようになったが、戦闘ができるほどではない。剣を杖代わりにして立っているのがやっとだ。


 そして――ヴィンスの回復を待たず、タイムリミットが訪れる。

 この場には似つかわしくない繊細な音を立て、結界が砕け散った。


「――っ」


 ブラックバジリスクが長い胴体をくねらし、ゆっくりと近づいてくる。

 ヴィンスはなけなしの力を振り絞って剣を構え、震える切っ先を敵へと向ける。


 ルーデンドルフ辺境伯には、先んじて『レターバード』で連絡した。その報告書が届けば、即座に動くだろう。

 どのみち、攻略者への接触や交渉の件に、ヴィンスの出る幕はない。許されるのであれば、辺境伯に同行して一緒に懇願するくらいのものだ。


 しかし――だからといって、自分がここで果てていい理由にはならない。


「……俺は、絶対に、生きてリシェルのところへ帰るっ……!」


 最後まで諦めないという意志を秘めた眼差しが、ブラックバジリスクのそれと交わる。

 虚勢は見抜かれているだろう。こちらに抵抗するだけの力がないことを、敵は理解している。

 だから、石化光線を撃ってこない。それが一番手っ取り早いはずなのに。

 〈黒魔法〉も使わず、真正面からヴィンスを食らうつもりなのだ。


「……来い、クソヘビ野郎。その首、俺の剣で叩き切ってやる」


 らしくなく汚い言葉づかいで啖呵を切り、挑発的な笑みを作って、ヴィンスは己を奮い立たせる。

 リシェルへの際限のない愛を気力へと変え、大口を開けて迫るブラックバジリスクを迎え撃つ。


 だが――その凶悪な牙がヴィンスに届くことはなかった。


「な……これは、結界、か……? なんで……」


 ついさっき、『聖守石』による結界は魔力切れで消失した。それに今、ヴィンスの目の前でブラックバジリスクを受け止めているのは、聖結界特有の虹色ではなく青色の壁――〈白魔法〉の『バリア』だ。

 しかも、


「石化光線を、防いだ……? ということは、『マルチバリア』か……」


 『バリア』の効果は物防・魔防・魔除けの内の一つが込められる単体。三種すべての効果を持たせられるのは、その上位の結界術である『マルチバリア』以外にない。


 この部隊の中で〈白魔法〉を使えるの自体、神官騎士のみ。さらに『マルチバリア』まで習得しているのは一人だけだ。


 そんな彼は――石化している。魔法を行使するなど不可能。


「いったい、何が起こっているんだ……」


 困惑するヴィンスが、その騎士から視線を切って正面へと戻す――そこでは、さらに理解不能なことが起こっていた。


「……は?」


 結界の外が、真っ白に凍りついていたのだ。


 白くけぶるほどの冷気が立ち込めている。おそらく、結界の外は震えるほどの寒さとなっているのだろう。結界が外の冷気を完全に遮断しているから、視認するまで気づかなかったのだ。


 地面だけでなく木々までもが凍りつき、きらきらと細かい氷の結晶が舞い散るさまはとても幻想的で、つい状況も忘れて見入ってしまう。


 しかしヴィンスは、すぐに我へと返った。なぜなら、その幻想的な風景の中に、現実をいやと思い知らせるモノがあったから。


 正面に大きな氷像が二つ、たたずんでいる。


 あらためて言うまでもなく、ブラックバジリスクのものだ。

 ヴィンスらを絶体絶命へと追い込んだ二体の黒蛇は、頭のてっぺんから尻尾の先まで、完全に凍り付いていた。


 そして次の瞬間――それぞれの氷像の背後に、氷で作られた巨大なゴーレムの腕が出現。握りしめられた拳が、ブラックバジリスクの氷漬けめがけてまっすぐ振り下ろされた。


 甲高い音を立てながら、氷像が粉々に砕け散る。

 氷片とともにばらばらになった二体のブラックバジリスクは、黒い靄となり、ドロップアイテムを残して消えた。


 呆然としている間に周囲の氷も消え、今までの出来事がすべて夢の中で起こっていたのかと錯覚してしまいそうで――ふと、視界の端が光った。


 今度は何だと思いながらそちらを見れば、石化した騎士たちが淡い紅色の光に包まれている。――石化を含む、呪い系統の状態異常を解除する〈白魔法〉の『ディスペル』だ。


 あっという間に石化が解除されるや、半ば被せるようにして、今度は別の色の光が彼らを包み込む。

 その黄緑色の光――『ハイヒール』の対象にはヴィンスも含まれ、見下ろす先でみるみる体の傷が癒えていく。


 血や土で汚れているためここからでは判然としないが、仲間たちもみな回復しているのだろう――というヴィンスの思考を読んだかのように、今度は汚れを綺麗にする『クリーン』が。


「な、なんという至れり尽くせり……」


 若干引きつった顔で呟きつつ、ヴィンスは仲間たちのもとへ駆け寄ると、ひとりひとり状態を確認していく――死者はいなかった。

 呼吸も正常なので、いずれ全員が目を覚ますだろう。


 傷があったことを示す鎧や衣服の損壊はあるものの、そこから覗く肌には傷跡ひとつない――と、またもこちらの心を読んだかのように。

 その損壊箇所が魔力光を放って、小さな損壊はなくなってしまった。これもまた〈白魔法〉の『リペア』という術だ。


「いや、至れり尽くせりがすぎるだろ」


 思わず真顔でつっこんでしまってから、ふっと糸が切れたように、ヴィンスはその場にへたり込む。

 信じられない気持ちで仲間たちを見回したあとで、ぼんやりと己の手を見下ろしながら呟く。


「生きてる……俺も、仲間たちも……」


 いいや――違う。生きているのではなく、生かされたのだ。――誰かに。


 そこでヴィンスは、弾かれたように顔を上げる。四方へ首を巡らせるが、術者らしき者は見当たらなかった。

 集中して探ってみても、感知範囲内に人の気配はない。


 魔法やスキルの射程距離というのは、さほど長くないのだ。最低限、スキルなどを伴わない肉眼で、対象や座標を視認している必要がある。

 ゆえに、現時点で感知範囲内にいないということは、ヴィンスが事態を把握しきれず呆けている間に立ち去ってしまったのだろう。



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