1章5 万能聖女、辻ヒールする2
「そんだけの力があって危険もクソもねーと思うが……そんなに嫌なら、今度はおまえが結界にこもってりゃいいだろ」
「!」
盲点だった、とばかりに瞠った目を伏せ、悩ましげに眉を寄せる乃詠。
「それは……あり、かもしれないわね」
ダンジョンの魔物や災魔との戦闘は戦いたい奴に任せ、乃詠は聖結界という安地にこもってただついていくだけでいい。
それでもまったく危険がないとは言いきれないが、一考の余地はあった。
「つってもま、おまえのことだ。我慢できずに参戦するんだろーがな」
「し……しない、わよ」
内なる自分との葛藤が垣間見えた。
それを見て、くつくつと楽しそうに喉を鳴らしているコウガを睨みつつ、乃詠は嘆息する。
「わかったわよ。そのうちね」
「……そのうちって、いつ」
「そのうちは、そのうちよ」
ファルの半眼がじとーっと乃詠を見る。視線から逃れようと動いても、どこまでも無言でついて回る。
その赤紫の瞳がじわじわと闇に浸食されていくように見えるのは、きっと目の錯覚ではない。
「……と、とりあえず町に入って、状況がある程度、落ち着いてから、かしら。知ってると思うけど、私、この異世界にきてすぐに、この元ダンジョンに放り込まれたのよ。別のダンジョンに挑むとかは、この世界に慣れて余裕ができてからがいいのだけど」
それは言い訳とか引き延ばしとか先送りとか、そんなものではなく、紛うことなき乃詠の本心であった。
切実に見返せば、それが伝わったのだろう、ファルはぐっと喉を逸らす。
瞳の闇は消え去ったが、それでも彼の不満は消えない。乃詠の事情も考慮したい気持ちはあって、けれど完全には飲み込めないという表情だった。
さりとて乃詠も妥協するつもりはない。さてはてどう説得したものか……
『こんなときは――助けて、ナビえもん!』
『だから、誰がナビえもんですか……』
盛大に呆れたような思念が伝わってくる。けれど、それと同等の愉悦みたいな感情も伝わってくるのだ。疑似人格に感情なんて(以下略)。
呆れつつも、頼られるのが嬉しいのだろう。
『それでしたら、ノエ様がこの世界に馴染み、余裕ができるまでの間、ノエ様が作った武装でつなぐのはどうでしょう』
『なに言ってるのよナビィ。私は武装なんて作れ――』
――スキル〈武器作成Lv5〉を獲得しました。
――スキル〈防具作成Lv5〉を獲得しました。
乃詠の言葉を遮るようにして、当然のようにスキルを生やしてくれる称号【万能聖女】である。
相変わらずのご都合っぷりだが、今となっては安心感が半端ない。
いつもありがとう、とお礼を告げれば――いえいえ、とんでもない――みたいな思念が伝わってくるようだった。
ちなみに、武器や防具――主に剣類や金属鎧などの作製に関しては〈鍛冶〉スキルが専門だ。
この二つのスキルは金属製以外の武器・防具も全般、作製可能だが、金属製品に関しての品質や性能は、鍛冶師の作るそれには及ばない。
ただ、〈鍛冶〉とは違って作製に必要な設備を魔力にて代行できるうえ、技能に『複製』があるので、例えば軍などで使う、数を必要とする一定水準の武装の量産に向いている。
『ノエ様が手ずから作成した武装があれば、しばらくは我慢できますよね、ファル様?』
「……ん。できる」
こくりと素直に頷くファルは、さっきまであんなにもかたくなだったのに、今はむしろ嬉しそう。普段はあまり表情に変化のない彼が、口元に明確な笑みを浮かべているレベルで。
「あ、ノエ。オレにも頼むわ。ちょうどサブウェポンが欲しかったんだ」
「はいはい! 姐さん、オイラにも!」
「お姉さまのご負担でなければ、わたしも欲しいです!」
「ヒャハハハハ――ッ! 俺も万一のときのための近接武器が欲しいと思ってたとこだ――ヒャハッ、ヒャハハッ! 市販品買うぐれぇなら、姐さんに作ってもらいてーなぁ? ヒャッハァァァッ――――!!」
「ギウス、おめぇヒャッハー中はしゃべるのうぜぇから、しゃべるなら武装解除してくんねぇか。――あ、姐さん。あっしには脇差を一本、お願いしやす」
断続的に襲いくる魔物を蹴散らしながら――約一名はヒャッハーしながら忙しなく、次々と注文してくる従魔たちに、乃詠は困惑したように眉根を寄せる。
「なんなのよ、みんなのその食いつき。確かにスキルは獲得したけれど、私、今まで武器なんて作ったことのない素人なのよ? 店売りの、ちゃんとした職人さんが作ったもののほうがいいでしょ、普通」
「……ノエのがいい」
「まぁ、買うより安く上がるだろうしな」
「オイラも姐さんのがいいっス!」
「わたしもです!」
「俺もだヒャッハー!」
「あっしもでさぁ」
全会一致だった。
本人に言っても無駄だとわかっているのであえて誰も言わないが――乃詠の作ったものだからこそ、彼らにとっては価値があるのだ。それこそ、ファルにとってしてみれば、みんなの神創武装と同等に。
ちなみに実際のところ、ファル以外は、ぶっちゃけそこまで必要ではない。単に便乗しただけだ。同じ乃詠の従魔なのに、ファルひとりだけが彼女手製の武器を持つのはずるい――と。
「なんだかさっぱりわからないけれど……まぁ、いいわ。素人の私が作ったものでいいなら、作ってあげる。町に入ったらね。材料もないし」
あらてめて言うまでもなく、武器を作るとなれば、鉄などの金属が必要となる。
この森の中にもちょいちょい鉱物はあって、見かけるたびに換金目的で採集していたから、素材自体は問題ない。
けれど、鉱石のままでは使えない。ここから金属を取り出さなければならないのだ。それができない以上は――
――スキル〈錬金術Lv5〉を獲得しました。
『〈錬金術〉で『精錬』の技能が使えますよ』
「……すぐに作れちゃいそうね」
ファルからの期待の眼差しが眩しい。
「そういえば、ファルは何の武器がいいの?」
「……ノエの、もう一つのやつ」
と言いながら、ファルは親指を立て、人差し指を伸ばしたL字型――ピストルの形を作る。
「拳銃ね」
「……ん。アレ、かっこいいから。両手で」
二丁拳銃スタイルを希望らしい。なかなか似合いそうだ。人型のときは近接を好むようなので、ガン=カタスタイルになるのだろうか。
「うーん……でも、普通の銃って火薬がいるのよね。さすがに、火薬の作り方なんてなんとなくしか知らないし、それも材料がないわ」
『あぁ、そのことでしたら――』
――スキル〈魔道具作製Lv5〉を獲得しました。
『――の技能『魔導路刻印』にて代用できるかと』
「ナビィ、あなたいつの間に称号さんと連携できるようになったの?」
『偶然です』
しかも、スキル獲得に付随して、本来であれば外部から取り込む必要のある基礎知識にくわえ、乃詠の欲しい知識がピンポイントでインストールされ、久々にチートを実感した。
ちなみに、魔導路とは魔法的な電子回路みたいなものだ。一般的には、魔導路を用いたもろもろを魔導技術と呼んでいる。
この魔導技術によって、この世界にも、元の世界の家電のような便利な魔道具が広く普及しているらしい。
ともあれ、魔導技術を併用し、魔導路刻印による射出構造とすることで、火薬の問題は解決した。
「現代の銃に使われてる素材は、確か、大別してクロームモリブテン鋼とステンレス鋼、だったかしら。丈夫で折れにくくて、引っ張り強度があって、熱や摩耗への耐久性が優れているっていう……どっちも鉄の合金よね。鉄鉱石はけっこうあるのだけど……純粋な鉄じゃダメかしら。ダメよね」
こちらもまた、ネットで得られる程度の大まかな知識はあれど、何をどれくらいどうやって添加すればできるのかなんて、そこまでの専門知識も技術もない。そして、こればかりはインストールされたりもしなかった。
『別に金属でなくてもいいのでは?』
「え? 金属じゃなくてもって――あ、魔物素材」
この世界には魔物がいて、彼らが落とすドロップ素材も武器や防具の材料として使われているのだ。
ナビィに勧められたのは――Aランク魔物『タイラントサラマンドラ』のドロップ素材である〝骨〟だった。
タイラントサラマンドラは火属性を持つトカゲ型の魔物で、木々のない岩場に生息していたのを、みんなで根こそぎ狩った。
『魔導との相性もいいですし、本体が炎熱への完全耐性を持つゆえに耐熱性は抜群で、強度も靭性も非常に優れています』
素材の重量も、重すぎず軽すぎず、ちょうどいい感じだ。
銃身やフレームのメイン素材はこれでいいだろう。
弾丸は、ひとまずたくさんある鉄や鉛で作る。〈魔道具作製〉にも技能に魔力を使った『複製』があるので、一個作れば、材料がある限り作り放題だ。
ただし、この世界において普通の銃弾がどの程度、相手の防御を抜けるかは不明である。現時点では飾りくらいにしかならないかもしれない――とはファルにも説明済みだが、それでもいいとのことだった。
ということで、その日の夜、さっそくファルの拳銃を作製する。
さすがに一度に全員分は作れないので、順次作っていくということで納得してもらった。
そして翌日から、ファルは楽しそうに両手の拳銃をぶっ放していた。
「……これ、いい。すごく気に入った」
結局、乃詠手製の二丁拳銃は、Bランクまでは確実にダメージを与えられる代物になったのだった。
ナビィいわく等級もBに相当するそうで、想定していた以上の出来である。
とはいえ、言うまでもなく素のままでファルはめちゃつよなので、B等級程度の武器を持っても戦力の増強にはまったくならないのだが……まぁ、本人がいたく気に入っているようなので、何も言うまい。
「それはよかったわ。じゃあ」
「……神創武装のほうは、まだ先でもいい。ノエのタイミングで」
「ですよねー……」
もうこれがあるから神創武装はいらない、と言われるのを期待したが、そう上手くはいかないようだ。
けれど、もう不満を漏らすことはなく、とりあえず急かされることもなくなったので、それでよしとすべきだろう。
皆が皆、交戦にとても意欲的なので、しばしば獲物の取り合いが起きつつ、片端から魔物を倒しながらもそれなりのペースで進んでいると、
『ノエ様』
「なに?」
『人がいます』
「え、人?」
あまりにも唐突なナビィの報告。そして脳裏に――ではなく目の前に、半透明のスクリーンが現れた。
鑑定時にステータスが表示されたものに似ている、どこかSFめいたそれは、おそらく従魔たちにも見えるよう気を利かせてのことだろうが……相棒はいったい、どれほどのチート機能を〈マップ〉に付けるつもりなのだろう。
とまぁ、それはともかく。ナビィが取得した現場の映像には、確かに武装した複数の、おそらくは騎士だろう人々が映っていて――
その大半が『石化』していたのだった。