序章3 万能聖女、デジャヴる3
そして、その順番決めの中に、コウガは入っていなかった。
かといって同行すると明言もしていなかったのだが……もしかしたら、そのときから『神珠』を使うかどうか悩んでいたのかもしれない。
そのままで問題はなくとも、アシュラオーガの彼は体も大きく、存在感が半端ないので、それを本人は気にして。
思い返せば、『災魔の封殿』で夜を明かした翌日、ファルと〝喧嘩〟をしてきたあとの彼の様子は、どこかおかしかった。あのときからかもしれない。
ちなみに――リオン、ギウス、アークは、外見、もとい種族には、特にこだわりはないらしい。
人の姿で乃詠と歩きたいという願望もあるにはあるが、それよりも、戦闘力向上のほうに使いたいと。
ただでさえ彼らは種族ランクが低く、このままレベル上限に達し、成長がストップする可能性のほうが高い。『神珠』を使うなら、そのときに使うとのことだ。
なお、アークに関しては、自分は乃詠のもふもふ担当だから、この姿を変えるつもりはないという。普段、恥ずかしいからと、腕のあたりしかもふらせてくれないのに。
それはそれとして、ふと気になった乃詠は、コウガの顔を――否、彼の額をじっと見つめる。
「……なにガン垂れてんだよ」
「別にガンなんて垂れてないわよ。人化しても、角はそのままなんだなと思っただけ。いわゆる、鬼人というやつかしら?」
ファンタジーには定番の種族だが、この世界にも存在するらしい。
『魔物のオーガ種、または人種の鬼系種族にとって、角は大事な器官の一つなのですよ』
「あ、そうなのね」
大気中の魔力を取り込んで、その身に合わせた性質の魔力へと変換、角を起点として全身へ巡らせることで肉体を強化するという。
ただ、その魔力はあくまで自然強化用で、魔法やスキルの発動には使えず、そもそも自分の意思では動かせない。
ステータス上では基礎値に表れるため、数値はそれ込みとなっている。
レベル1での『筋力』『耐久』の初期値が、個人差もあるものの高いため、鬼人族は人種族の中でも、頑丈で怪力な種族として認識されているのだ。
当然というべきか、角が折れれば強化機能は失われ、弱体化する。
「あのとき、角を先に折っておけば、もっと楽な戦いになっていたかもしれないのね」
「ハッ。そう簡単に折らせるわけねーだろ」
『へばりつつあった後半ならばいけたかもしれませんが、あのときのノエ様は、それをよしとはしなかったでしょう?』
「そうね」
乃詠は別に、正々堂々を信条としているわけではない。相手の弱点をつくのは戦いの基本。
けれどあのときは、そういった搦め手なしに純粋な武だけで倒したかった――勝ちたかったから、仮に角の件を教えてもらっていても狙いはしなかっただろう。
「……まさか『神珠』を使うとは、想定外だった。けど、ノエの隣にいるのは、おれだけで十分。おまえなんか、お呼びじゃない。おとなしく『従魔空間』に引っ込んでろよ、バカ鬼」
とそこでまた、コウガに喧嘩を売るファルである。
「あぁ? てめぇこそ引っ込んでろクソ蜥蜴。てめぇなんざ、ノエの迷惑にしかならねーのが目に見えてんだからな」
「……そのセリフ、そっくりそのまま返す」
「やんのか、てめぇ」
「……ボコボコにしてやる」
知り合いのいない異世界の地で独りというのも心細いので、彼らが横にいてくれるのは乃詠としても心強いのだが……ちょっと不安だ。
そうして始まる高ランク魔物同士の取っ組み合いをよそに、
『それにしても、ノエ様って本当に気づかないですよね。抱きつかれるだけならともかく、頭の下に腕を差し入れられればさすがに目が覚めそうなものですが』
ナビィからの指摘に、乃詠は複雑な面持ち。
「……私、昔から睡眠時間は短めなのだけど、代わりに超熟睡タイプなのよね。ちょっとやそっとのことじゃ起きないわ」
乃詠の睡眠時間はだいたい五時間ほど。寝つきも寝起きもよく、眠りは深い。とても理想的な睡眠である。
さすがに震度四くらいの地震なら起きるし、おそらく敵意や害意を持って近づかれたら起きるだろうが、信頼する仲間に少し頭を持ち上げられたくらいでは、乃詠の眠りは妨げられない。
まぁそれはそれとして――ファルだけでも心臓に悪いのに、コウガもとか、しかも腕枕とか本当に勘弁してほしいところだった。
そのうえ、コウガは半裸である。もともとの衣装も半裸に近いのだが、完全なる半裸。絵面的にも倫理的にも普通にダメだ。
ちなみに、どうやら神創防具も、普通の衣服と同じく上衣下衣やアウターインナーなど、部分的な着脱が可能らしい。
「というか、ファルはまだわかるのだけど、あなたは何のつもりなの?」
確かにコウガも孤独ではあっただろうが、だからといって不安だとか人肌が恋しいとか、そういうタイプにはとても見えない。
「おまえが、右が寂しいって言うから」
「堂々とありえない嘘つくのやめてくれる?」
そんなことを言った覚えはない。寝言でも絶対に言わない。
そもそも乃詠は、広々とした布団でひとり、のびのびと寝るのが好きなタイプなのだ。ひとりで寝ていて寂しいと思ったことなんて一度もない。
(まぁ、彼の真意はともかく――)
軽く咳払いし、乃詠は厳しい眼差しで二人に指先を突きつける。
「今後、私の布団に入ってくることは厳禁とします。ファルも。私はどこにもいかないし、もう他のみんながいるから寂しくないでしょう?」
「……ムリ。ノエを抱いてないと寝れない」
「だから、私は抱き枕じゃないのよ」
げんなりしながら反射的につっこみつつも、捨てないでと訴える子犬のように見てくるあざといファルに、うっとたじろいでしまう。――が、ここは心を鬼にすべきところだ。
「とにかく、一緒に寝るのは禁止よ! わかった?」
「「善処する」」
こんなときばかり、二人は息ぴったりで――すんと真顔になる乃詠は、また同じことがあれば〈テイム〉スキルの技能『命令』にて強制的に従わせることを誓うのだった。
「うぅ……ファルさんだけでなく、コウガさんまで……」
その傍らで、ベガがハンカチでも噛みそうな顔をしていた。
そう――同行の順番決めのじゃんけんに参加していなかったのは、コウガだけでなくベガもだった。
ベガだって、大好きなお姉さまと片時も離れることなく、常に傍らに侍っていたいのだ。けれど……その気持ちと同じくらい、このカラミティヴィーヴルの姿で人の町を歩くことに抵抗があった。
だから彼女は、早く人の姿になれるよう〈変化〉スキルのレベル上げを必死に行っている。
〈変化〉は人限定の〈人化〉とは異なり、さまざまな生物の姿になれるのだが、変化できるものはレベルによりけりで――ナビィいわく、生命体として上位にある人は、最低でもレベル5はないと完全に模倣することはできないという。
現在はやっとレベル2。まだまだ先は長い。
ここで少し余談だが――〈変化〉はヴィーヴル種が必ず生まれ持つスキルである。
ヴィーヴル種にはメスしかおらず、〝男食い〟という特有の性質を持つ。
〈変化〉にてさまざまな種族のメスに化け、特殊なフェロモンでオスを誘惑し、虜にして、最初はひたすらエサを貢がせ、性的に食い、飽きれば文字どおり食べてしまう。
スキルのレベル次第では、魔物だけでなく人も。
要するに――ある種の〝ビッチ〟な種族なのだった。
『男食い……』
『ち、違うんですお姉さまっ!? それはあくまでヴィーヴルの性質なだけであって、わたしはそんなんじゃないんですぅっ!!』
つい彼女を見ながら呟いてしまって、涙目で必死に弁明するベガを宥めるのに大変苦労したのは記憶に新しい。
人の魂を宿したベガは普通のヴィーヴルとは違うし、別に男食いのビッチだからといって軽蔑したりするつもりなど、乃詠には一切なかった。
だって、種族としてそういう習性なのだから仕方がない。
それもまた生存競争。色香に騙されるオスが悪いのだ。
ともあれ、ベガ自身は元が人だということもあり、この特性を厭っている。これまで必要もなかったから、レベル1のままだったのだ。
こんなことになるなら育てておけばよかった……と本人はいたく嘆いていた。
「なら、ベガも『神珠』を使えばいいじゃないっスか。新しいスキルを獲得できるくらいっスし、スキルをレベル10まで上げることだってできるっスよね。もしくはコウガの兄貴みたいに〈人化〉スキルを取るでもいいと思うっスけど。そっちなら確実っスし」
と、さも考えるまでもないといった軽い調子でアークが提案するが、しかし当のベガは、ぶんぶんぶんっ! と勢いよく首を横に振るのだ。
「だ、ダメです!! それは絶対にダメです!! わたしの『神珠』は、お姉さまのために使うと決めてるんですから!!」
まさか彼女がそんな風に考えているとは知らず、虚を突かれる乃詠。
なんて健気で愛おしいのだろうか……と胸を打たれつつ、慈愛にあふれた眼差しをベガへと向け、優しく諭すように言った。
「ありがとう、ベガ。あなたの気持ちはとっても嬉しいわ。でも、あなたの『神珠』はあなたのものよ。私のは私の分であるのだから、あなたのものはあなたのために使っていいの」
だが、それでもベガはかたくなに首を振り続ける。
「お二人のことはものすごく羨ましいですが……今は我慢します! スキルレベルは自力で上げられますから!! そうして堂々とお姉さまの隣に立ちます!!」
拳を握ってふんすと鼻息荒く、気合十分に宣言するベガに、乃詠は苦笑しつつも目を細め、それ以上は何も言わず見守ることにしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
これで2部序章は終了、次回より1章『万能聖女、辻ヒールする』です。
なお、1章は騎士ヴィンス主体のお話となり、途中ほぼ主人公不在となりますのであしからず。
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