表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/105

side:一色歌恋(上)

 


 ――時は、乃詠が『邪毒竜の森』へと飛ばされたあとまで遡る。


 悪魔の出現とその後の対応によって各々が慌ただしく動く中――【治癒と清浄の聖女】たる一色歌恋は、ファライエ聖皇国の第一皇子、ロレンス・ヨハネ・ファライエの案内で、神殿の一角にある『聖宮』の一つへと向かっていた。


 歌恋が召喚された部屋――建物は、本殿の中にある儀式用の聖殿であり、その隣に神殿関係者が生活する居住施設があるのだが、それなりに距離があるため移動には馬車が使われた。


 華美ではないが、いかにも高級そうな黒い外装の馬車だ。やはりというべきか王族用らしく、ロレンスが皇城から乗ってきたものだという。

 皇城と神殿は隣接しているのだが、どちらとも相当な敷地を擁しているため、馬車でなければ移動にかなりの時間がかかるそうだ。


 初めて乗る馬車は――ロレンスのエスコートからして乗り込むときからドキドキして、ふわふわの座席は歌恋の体をしっかりと受け止め、走り出せば想像していたほどの揺れはなく、思ったよりも快適だった。


 馬車自体の作りもそうだし、地面もちゃんと石畳で舗装されている。まだ街並みは見れていないけれど、この世界の文明レベルはそれなりに高いのだろう。


 前後には国に所属する騎士と、神殿に所属する聖騎士の一団が警護として追従していて、その人数は併せて百人近くいるそうだ。さながら大名行列のよう。

 その目に見える特別感が、歌恋の心をいっそう浮き立たせる。


「居住施設も、成人前の見習い聖女様が暮らす『本宮』と、成人し正式にお役目につく聖女様が生活する『聖宮』とに分かれています」


 中心に本宮があり、それを取り巻くように五つの聖宮が建っている。

 聖女の称号が与えられるのは十歳。鑑定後、神殿へと入った者が見習い聖女として、レベル上げやスキルを鍛えながら成人までを本宮にて共同で過ごし――成人すると、晴れて独立した聖女として聖宮へと移るそうだ。


 現在、お役目につく聖女は、各三人ずつの計十二人。一つの宮に二人、ないし三人が一緒に暮らしている。


「本宮と聖宮とは回廊でつながっていて、移動する際には、基本的に回廊を使って本宮を通ることになります。本宮には大食堂や大浴場、歓談室などが設けられていて、聖女様方の交流スペースも兼ねているのですよ」


 ロレンスの説明を聞きながら、その回廊を進んで行くと――やがて、色とりどりの花々に囲まれた、白亜の宮殿が姿を現した。


「こちらの宮が、イッシキ様のお住まいになります」

「わぁ……! なんて綺麗な建物なのかしら!」 


 陽光を反射しきらきらと輝く清らかな水路と、小さな噴水にガゼボまである緑豊かな――庭園と称するのが相応しい、庭付きの美しい宮殿だ。それこそ物語の中でしか見たことのないような景観に、歌恋は胸をときめかせる。


 しかも、この宮は召喚聖女のためだけに建てられた特別なもので、外装も内装も庭も、他の宮殿よりもかなり豪華に作られているという。

 そして、召喚聖女は歌恋ひとりだけ――必然的に、ここは歌恋だけの宮殿ということになる。


「わたしだけの、宮殿……」

「えぇ。こちらで暮らす聖女様はイッシキ様だけですので、気兼ねなくお過ごしいただけるかと思います。といっても、イッシキ様の身の回りのお世話や、宮殿の管理をする者たちも住まうことになるので、完全にお一人というわけではありませんが……そちらはご容赦ください」

「そんな! ぜんぜん大丈夫です! むしろ、そこまで配慮していただいて申し訳ないくらいですから!」

「申し訳ないなど、とんでもない。イッシキ様は私にとっても皆にとっても大切なお方なのですから、その程度は当然のことですよ」


 大半の聖騎士が宮殿の外へ配置につき、五名の専属のみを付き従え――その内の二人の手によって開かれた扉を抜けて、宮殿の中へと足を踏み入れる。


 入ってすぐ――青色の衣装を纏った女性が前列に、紺色の衣装を纏った女性が後列に整然と並び立ち、角度に一分の乱れもない見事な所作でもって、宮殿の主人を出迎えた。


「彼女たちが、イッシキ様のお付きとなる従者たちです。紺の修道服を着ているのが宮殿の管理をする下級巫女、青の修道服を着ているのがイッシキ様の世話役を務める上級巫女になります」


 手で指し示すだけで紹介もそこそこに――ロレンスは彼女たちの横を通り抜け、歌恋を丁重にエスコートしながら階段を上がっていく。


 息をするように自然な所作だが、歌恋にとってはエスコート自体が初めてで、ずっと心臓がうるさい。そのドキドキが触れているロレンスに聞こえていないことを願いつつ、彼の横を歩いていく。


 二階へと上がったロレンスは、そのまま通路の奥へと歩みを進め、突き当りの扉の前で足を止めた。

 ここまでにも扉はいくつかあったが、それらよりも明らかに意匠が豪奢で、繊細な両開きの扉だ。


「こちらが主室となります」


 ロレンスの手ずから押し開かれた扉の先――そこに広がっていた光景が、歌恋の胸をいっそう高鳴らせた。


 白を基調とし、控えめに銀と金の装飾が施され、豪奢だが決して派手ではない家具や高そうな調度が品よく配置されている。


 入ってすぐは、主に応接用。続きになった部屋に浴室や洗面所、さらに奥の部屋が寝室になっていて、その寝室も驚くほど広く、天蓋付きの大きなベッドが設えられていた。

 天蓋付きのベッドなんて、実物を見るのは初めてだ。


「とても素敵なお部屋ですね! まるでお姫様になったみたい!」

「お気に召していただけたようで何よりです。内装に関しては、ご希望があれば可能な範囲で変えることができますので、壁紙やカーテン、調度品など、気に入らないようならお申し付けください」


 どこまでも至れり尽くせり――本当に夢のようで、歌恋はいっそう、自らの置かれたこの状況に酔いしれた。むしろ、酔いしれない者などいるのだろうかと思う。こんな、物語のような状況に。


「このあと、皇城にてイッシキ様を歓迎する宴を開く予定となっているのですが、いかがでしょうか? 召還された直後ですし、体調や気分が優れないということであれば、また後日でも構いませんので」

「その宴には、ロレンス様も?」

「えぇ、もちろん私も出席いたしますよ」

「そうですか! 体調は大丈夫ですので、今日で問題ありません!」

「ありがとうございます。宴は夕刻――まだだいぶ時間がありますので、それまでこちらでゆっくり休んでください。私は一度失礼いたします。時間になりましたらお迎えにあがりますので」

「――あのっ!」


 出ていこうとしたロレンスを、歌恋は呼び止める。


「どうされました、イッシキ様? 何か至らぬ点でも――」

「い、いえ、そういうことではなくっ……! その……」


 指先を胸の前で突き合せつつ、言いよどむ歌恋は――ややあって、上目にロレンスを見上げながら口にする。


「……ロレンス様には、できれば、普通に接してほしいんです」

「普通に、ですか?」

「はい。そんな畏まった感じじゃなくて……わたしは、ロレンス様よりも年下ですし、敬語なんていりません。カルヴィン様と話していたときみたいに、対等に接してもらえたら、と……」


 うろうろと泳がせていた視線をちらと向けると、ロレンスは困ったように眉を下げていた。


「ですが、女神の使徒にも等しい召喚聖女様を対等に扱うなどというのは……」

「そこは、わかっているつもりです。でも……わたし、心細くて……ここには、家族も友達もいないから。だから……立場上だってわかってはいるんですけど……せめて、ロレンス様には、友人のように接してもらえたら、と……ダメ、ですか?」


 わずかに潤んだ大きな瞳が、どこか縋るようにロレンスを見上げる。

 この、いかにもなあざと可愛い仕草は――実のところ、本人が意図したものではない。純然たる天然だ。

 容姿も性格も似ていないが、こういう部分に姉との血のつながりが感じられた。


 そんな歌恋のあざと可愛さに絆されたのか、はたまた別の感情、もとい思惑があったのかはわからぬが――やがて根負けしたように息を吐いたロレンスは、今までの社交用と思しき笑顔とは違う、自然に見える笑みを浮かべてみせた。


「わかったよ、イッシキ様。君にそこまで言わせて、遠慮などするものではないよな。私としても、立場的なものがあるとはいえ、その距離感をもどかしく思っていたんだ。君からそう言ってもらえて――とても嬉しいよ」


 甘くも感じる眼差しを向けられ、歌恋はうっとりと頬を赤らめる。


「でしたら、ぜひわたしのことは歌恋とお呼びください! 呼び捨てで全然かまいませんから! むしろそのほうが嬉しいです!」

「――そう。ではカレン、これからよろしく頼むよ」

「は、はいっ!」



誤字脱字報告いただいた方、ありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ