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万能聖女がチートすぎる!  作者: 空木るが
1部 追放聖女と邪毒竜の森
51/105

終章51 万能聖女、自由な異世界ライフを宣言する2

 


 そうして完成した服をギウスへと渡し、ファルに着せてもらう。

 ようやくまともに直視できるようになると、お手製の服を着こんだファルの姿を見て、乃詠は満足そうに頷いた。


「我ながら、即席で作ったわりにはいい出来ね」


 上はやや丈が長めのシャツにダボっとしたフード付きの上着を羽織り、下は七分丈の細身のパンツ。足元はハイカットの靴を合わせた。

 世界観がいささかアレな、元の世界の現代風。当人のダウナーっぽい雰囲気も相まって、ヘッドフォンと風船ガムが似合いそうだ。


 全体的に黒を基調とした暗色系なのは、色が限られていたのもあるが、乃詠的に彼には暗い色が似合うと思ったから。現代風なのもそう。

 そして、その見立てはどうやら間違ってなかったらしい。


「……まぁ、悪くはない」

「とってもよく似合ってるわよ、ファル」

「……ん」


 褒められたのが嬉しかったようで、ファルが小さく口元を綻ばせる。


「終わったなら、行くぞ」

「……あぁ」


 喧嘩は続行らしい。今度こそ広間を出ていく二人を、今度は乃詠も、ため息を吐きつつも黙って見送った。


(なんだか、騒がしい朝になっちゃったわね)


 二人のことは、もちろん放っておく。純粋な聖女であれば止めるのだろうが、乃詠はそういうタイプではないので。

 殺し合いをするというならさすがに止めたけれど、男同士のただの喧嘩だ。そういうのは気の済むまでやらせたほうがいい。


 喧嘩するほど仲がいいとも言うし、そもそも本当に嫌い合っているのなら、喧嘩なんて疲れることはしないだろう。そういうことにしておいた。


「愛されてますね、姐さんは」

「そうかしら?」


 ギウスの言葉がピンとこず、乃詠はこてりと首を傾げる。

 二人の喧嘩、その根本の原因が自分にあるなどと思ってもみない表情だ。その予想どおりの反応に、ギウスは苦笑をこぼす。


「お姉さまを一番愛しているのはわたしですよ!」

「ふふっ。ありがとう、ベガ。私も愛しているわ」


 可愛いことを可愛い顔で言ってぎゅっと抱きついてくるベガを、愛おしさをこれでもかとあふれさせた乃詠が抱きとめ、絹のような髪を梳くように撫でる。

 背景に花が咲き誇る、実に百合百合しく、非常に尊い光景であった。


「にしても、なんか意外っスね。姐さんってめちゃくちゃ綺麗っスし、普通に男慣れしてそうなのに、あんなうぶな生娘みたいな反応をするなんて」

「お黙りなさい、ワンちゃん」

「ぎゃんっ!?」


 額にデコピンを食らったアークは悲鳴を上げてうずくまり、悶絶する。

 痛みで声も出ないようだ。さもありなん。すでに乃詠の筋力は、軽いデコピン程度であっても彼の防御を抜けるレベルなのだから。


「あら、ごめんなさい。加減、間違えちゃったわ」


 てへぺろ。


「きゅんっ――じゃないっス!? 絶対わざとっスよねぇ!? そんな可愛い仕草で誤魔化されると思ったら大間違いっスよ!? オイラはそんなチョロい男じゃないんスからね!」

「誤魔化されかけてたがねぃ」


 そんなこんなで、乃詠を中心にして簡単な朝食を作っていると――ようやく気が済んだようで、コウガとファルが戻ってくる。

 ちょうど誰かに呼びに行ってもらおうとしていたところだったのだが、手間が省けた。


 かたくなに互いの顔を見ようとしない二人は、どちらも多少薄汚れてはいるものの、体のどこにも傷は見受けられない。

 コウガは称号効果の『生命生気』を、ファルは〈自己再生〉スキルを持っているから、それで回復できる程度の〝喧嘩〟にとどめたのだろう。

 

「――さ、食べましょうか」


 そうしていつものように、わいわいと賑やかな食事の時間が始まる。

 雑談を交わし、時に笑い、時にツッコミを入れ、時にアークをいじりながら料理を口に運びつつ、乃詠はちらちらとコウガの様子を気にかけていた。


 彼は黙々と手と口を動かしている。

 もとより平時はさして口数が多くなく、あまり雑談をしないタイプの彼が、こうした会話に入ってこないのはいつものこと。だから、それだけなら特段、気にする必要などないのだが――今は、何やら難しい顔をしているから。

 何事か考え込んでいるような感じで、ときおり食事の手が止まっている。


「コウガ、どうしたの? 大丈夫?」

「……別に。どうもしねーよ」


 訊ねても、返ってくるのは決まってそれ。三度目となるとそれさえ返ってこなくなり、沈黙に煩わしさが滲んだのを感じ取ったため、乃詠も追及は控えた。



 ◇◇◇



 ――『災魔の封殿』から外へ出ると、谷底に充満していた瘴気はほとんど消え、うっすらとかかる程度になっていた。

 地上から相当な深さがあるので暗いのは相変わらずだが、見通しはすこぶるよくなっている。

 

「発生源がいなくなったとはいえ、こんなにもすぐ消えるものなのね」

『この森の瘴気はファル様のスキルで生成されたものですから。通常の瘴気とは性質が異なります。大地から発生する瘴気は浄化しなければ消えませんよ』

「だから【清浄の聖女】が必要なのね」

 

 とはいえ――瘴気やダンジョン機構が消失しても、魔物が消えることはない。

 往路と同じくイヴィルキメラは向かってくる端から倒し、テロルソルデスは移動式聖結界にてやり過ごしながら階段を上って、地上へと戻ってきた。

 

「うーん! 空気が美味しいっスねー! こんなに美味しい空気を吸うのは初めてっスよー」

「瘴気がなければ、こんなにも美しい森だったのですね」

「そうね。細く差し込む日差しが、より幻想的だわ」

 

 谷底にはまだ残っていた瘴気も、地上ではすっかり消えている。

 これまでは瘴気によって遮られていた陽光が入りやすくなり、大きく息を吸い込めば、朝露に濡れた新緑の、清涼な香りが鼻腔を抜けていく。


 なんだか知らない森に来てしまったように思えてしまうが――これが、この森の本来の姿なのだ。


「一刻も早くここから出たいって思っていたけれど、こんなに綺麗な森ならもう少しいてもいいかなって思えるから不思議ね」

『そう惜しまずとも、まだ数日はいることになりますよ』

「そうだった」


 ダンジョンが健在だったときなら、深層にある『転移陣』を使って一気に外に出ることができたが、すでにダンジョンの機能とともに消滅してしまった。

 地道に歩いていくしかない。


「この森から出たら、人のいる町に行くんスよね?」

「えぇ。その予定よ」


 〈マップ〉のルートはすでに設定済みで、そのルートから森を出たすぐそばに大きな町があることも、ナビィの調べで確認が取れている。

 ひとまずはその町に身を寄せるつもりだ。


「そのあとはどうするんスか?」

「まだそこまでは決めてないわ。ただ、せっかくファンタジーな異世界に来たのだし、いろいろ見てまわるのもいいかなぁとは思っているけれど」

「いいですね! それはとても楽しそうです!」

「でしょう? ひとりだったらあまり気は進まなかったけど、あなたたちが一緒だから。きっと楽しい旅になるかなって」


 元の世界でも、乃詠は学生でありながら、これまでに多くの国や地域を巡った。

 けれどもそれは、親友――涼風謡がいたからだ。彼女がぐいぐい引っ張っていくタイプで、かつ彼女の家がプライベートジェットを所有していたから。


 一人旅は一人旅で、きっと楽しいものがあるのだろう。しかし、乃詠は元来そこまで行動派ではない。謡がいなければ、おそらく海外旅行に行くことさえなかっただろう。


 けれど、親友に連れ回された先で、異国の景色を見たり、郷土料理を食べたり、特有の文化に触れているうちに、自分の中でもそういったことに興味が芽生え――それからは、乃詠も積極的に旅行を提案するようになった。


 ここは異世界。元の世界以上にさまざまな種族や生物がいて、多種多様な文化があって、珍しいものも不思議なものもたくさんあることだろう。

 それらを、この世界でできた仲間たちと見たい。触れたい。感じたい。――自然とそう思った。


「……ノエが行く場所なら、おれはどこへでもついていく。……それがたとえ、燃えたぎるマグマの中でも、絶対凍土の氷結地帯でも、深い海の底でも……地獄の果てでも」

「それ、普通に私でも死んじゃうから。最後に至っては死んじゃってるし」

「……おまえは、おれのすべてだ。死ぬまで……いや、たとえ死んでも、おれはおまえから離れない。……ダメか?」

「いや、ダメじゃないけれど……」


 急にファルがヤンデレみたいになった。

 発言の内容がちょっと怖いし……ちょっと重い。


「おんもっ。おまえ、さすがにそれはねーよ。普通に引くわ」

「……別に、おまえに引かれようが、どうでもいいし」

「ノエだってドン引きしてんじゃねーか」

「……そうなのか、ノエ? おれ、重い? 気持ち悪い?」

「そ、そんなことないわよ! そんなことは全然ないわよ? その、ファルのその気持ちは嬉しいもの!」

「……ほんとに? 目、すごい泳いでるけど……」

「うっ……こ、これはそのぉ、えっとぉ」


 やっぱり嘘の吐けない乃詠であった。


 実際、気持ち悪いとまでは思っていないし、彼の気持ちが嬉しいのも確かだ。それだけ自分を慕ってくれているということだから。

 一応、彼の境遇からして、依存されることも想定内で覚悟のうえだ。


 けれども、それはそれ。言われた瞬間、重いと思ってしまったのも、ちょっぴり引いてしまったのも事実であるからして。


 けれども、それを馬鹿正直に言ったらファルは傷つくだろう。これ以上、彼の心に傷を増やすわけにはいかない。

 かといって上手い誤魔化しもできずに、乃詠はしどろもどろ。――結局、頼れる相棒へと助けを求めるのだ。


『助けてナビえもん!』

『誰がナビえもんですか』


 はぁ、とため息をつかれたような雰囲気があった。


『……ノエ様なら、冒険者として活動していくのが無難でしょうね。ギルドの登録証は身分証にもなりますし。冒険者ギルドは世界中に支部を持つ組織ですから、ギルドに所属していれば基本、どこの国でもスムーズに入国できますよ』

「そ、そう、冒険者! 異世界ファンタジーものでは定番の職業、冒険者!」

「……ちょっと、ノエ?」 

「ちょっと憧れてたのよね冒険者! もう冒険者になるしかないわよね! ここから出たら私は冒険者になるわ!!」


 あまりにも露骨で下手くそすぎる話題転換。そして謎の冒険者推し――誤魔化すにしても雑なそれに、ファルの胡乱な眼差しが痛い。

 しかしそれを、乃詠は努めて無視した。



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