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万能聖女がチートすぎる!  作者: 空木るが
1部 追放聖女と邪毒竜の森
50/105

終章50 万能聖女、自由な異世界ライフを宣言する1

 


 ――妙な息苦しさが、乃詠の意識を眠りの中から引き上げる。

 かすかな呻き声を上げながら体の向きを変えようとして、失敗。

 なぜだか、体がまったく動かないようだった。


(……んん?)


 動かないというか、体がいやに重い。体調不良などの怠さとは違う、わずかに圧迫感があるような重さだ。これは――もしや、


(俗にいう、金縛りというやつかしら?)


 精神的なストレスや過労で、心身が疲弊して睡眠がしっかりとれていないときに起こるとされる一種の睡眠障害――だったはず。


 乃詠は普段、あまりストレスを感じることはなく、睡眠に関しても寝つきはよく熟睡型なので、金縛りとは無縁だと思っていたが……自覚する以上に身体が疲れていたということだろうか。


(……いえ。息苦しさはあるし、体が重いのも間違いないけれど、まったく動けないわけでもない。指先どころか、動かそうと思えば肘から先はちゃんと動く。足も。金縛りなんかじゃなくて……何かに抱きつかれてる?)


 すぐに思い当たるのは、ベガだ。乃詠をとても慕ってくれていて、よく抱きついてくる彼女だが――しかし。この一か月近く何度も一緒に夜を過ごしているが、寝てるときにくっついてくることは一度もなかった。


(まぁ、昨日の戦闘のこともあるし……寝る前は平気そうに見えたけど、情緒不安定になっていてもおかしくはないわよね)


 ベガのトラウマのことは、軽くだが聞いている。本人が話してくれた。

 その辛い記憶を乗り越えて、乃詠たちを助けるために、彼女は自身のトラウマに直結する固有スキル〈災禍〉を使ってくれたのだ。

 一時的に払拭できただけで、傷口を抉った状態になっていてもおかしくはない。


(でも……感触が、なんか違うような……)


 いささか変態じみた言い方になるけれど、ベガはとても柔らかい。しかしいま感じられるのは、引き締まった硬さ。なんだか、いやにたくましい感じがする……。


 そうして思いきって目を開けた先には――彫刻じみた端正な顔があった。


「え……誰?」


 見知らぬ青年(イケメン)が、乃詠に抱きついて眠っていたのだ。


 とそこまでは、まだいい。それ以上に問題なのは、そのイケメンくんが一糸まとわぬ生まれたままの姿――すなわち、全裸であるという事実だった。


 それを認め、脳が少し遅れて理解するや、乃詠の口から声にならない悲鳴が上がった。

 顔を真っ赤にし、珍しくもかなり取り乱した様子で、すぐさま青年を引きはがしにかかる。


 けれど、ことのほか抱きつく力が強くて引きはがせない。

 いや――相手の力が強いのもあるが、乃詠のほうも、動揺するあまり本来の力がまったく出せていないのだ。


 なにせ、男の裸なんて生では見たことがない。ゆえに耐性がない。

 実家は男所帯だが、共同生活をするうえで、彼らはそのへんしっかりしていた。粗相をしようものなら、子煩悩な組長に殺されかねないので。

 そして小学校はきっちりとしていたし、中高は女子校だ。

 男性との経験といえば、伸したことくらいしかない。


「ちょ、っと……! 誰だか知らないけど、今すぐ起きて離れなさい!! でなきゃぶん殴るわよ、この変態っ!!」


 いろんな意味で顔を赤くした乃詠が怒鳴りつけると、なおも熟睡していた変態イケメンが身じろいだ。さすがに起きたらしい。


「……ん」


 白い肌に影を落とす長いまつ毛がふるりと震え、瞼が半分ほど持ち上がる。その下に覗く瞳は――綺麗な赤紫色。それにはなぜか、ひどく見覚えがあるような気がして。


「……ノエ、おはよ」

「えぇ、おはよう――って、え? なんで、私の名前……じゃなくて! 起きたならさっさと離れなさい!」

「……んー、もうちょっと……」


 さらに力がこめられ、伴って密着度が増し、同時に乃詠の顔の熱も上がる。

 と、そのときだった。



「――『フィジカルブーストⅥ』!」



 突然、可憐なれど鬼気迫る声が、身体強化の発動ワードを紡ぎ――



「朝っぱらからなにしてやがんだ、変態クソ蜥蜴」



 それによって大幅に腕力強化され、かつ〈魔纏・紅炎〉の炎を吹き上げた太い腕が、どうにかこうにか全裸イケメンを乃詠から引きはがす。


 言わずもがな、乃詠から青年を引きはがしたのはコウガで、そのコウガに〈白魔法〉による身体強化をかけたのがベガだ。

 乃詠のこととなると何かとぶつかることの多い二人だが、ゆえにこそ乃詠のこととなれば見事な阿吽の連携プレーを見せる。


 すかさずベガが乃詠のもとへと駆け寄り、変態さんから守るようにしてその身を抱き込んだ。


「お姉さま! 大丈夫ですか!? 何か変なことをされていませんか!?」

「え、えぇ……大丈夫……抱きつかれていただけだから……というか、いま、クソ蜥蜴って言った……?」


 そういえば――ただそこにいるだけで、すさまじい存在感を放っているはずの巨竜が、どこにも見当たらない。


「ったく、油断も隙もありゃしねぇ」

「……なにすんだ、バカ鬼。あぁ……そうか。おまえ、悔しいんだろ? おまえのその図体と凶悪面じゃ、いろんな意味で、できないもんな?」

「あぁ? ……てめぇ、喧嘩売ってんのか? いいぜ、喜んで買ってやるから表出ろやコラ」

「……はぁ。なんでもかんでも、暴力。これだから、脳筋は困る」


 やれやれと首を振る青年だが、セリフとは裏腹にやる気満々で立ち上がる。

 そうして、そのまま部屋を出ていこうとする二人の背を、乃詠は見送り――


「って、ちょっと待ちなさいよ!!」


 ぴたりと足を止めた二人が、同時に振り向く。


「なんだよ、ノエ?」

「……なに」

「なに、じゃないわよ。あなた、ファルなの?」


 こてりと、不思議そうに首を傾げる。


「……ノエ、頭、大丈夫か?」

「あなたに頭の心配をされるいわれはないわ」

「……いや、だって、おれ以外の、なんなのって話だし」

「ビフォーアフターを並べて見せてあげたいわ」

『ノエ様、昨日お話ししていた〈人化〉スキルですよ』

「あー……そういえば、昨日は何らかの理由でスキルがうまく使えなかったのだったわね……」


 ようやく動揺と混乱から脱した頭に、昨日の記憶が甦る。


「……昨日、ノエたちが寝たあと、頑張って使えるようになった」

「そう、偉いわね。でも、私にくっついて寝る必要はあったかしら?」

「……おれが寝てる間に、いなくなったらって……怖かった」

「いなくなるわけないじゃない。従魔契約もしてるんだし」

「…………」


 とはいえ、彼の境遇を知っている身として、彼の気持ちもわからないではないから、強くは責められない。けれど、だからといって、いくらなんでも全裸で抱きついてくるのは――……


「って、そうよ服! 服を着なさい!!」


 今になってまだファルが裸だったことに気づき、慌てて顔を背ける乃詠。

 日ごろから異常なまでに適応力が高い――すぐに慣れてしまうのは間違いなく乃詠の長所だ。けれど、今回ばかりは倫理的に見慣れてはダメだろう。


「……服? それは、着ないとダメなものか?」


 当たり前じゃない、と言いかけて、乃詠は口を噤む。

 ファルは魔物だ。人と変わらない知性を持っていても、生粋の魔物なのだ。服を着るなんて文化も概念もないだろう。

 しかし、


「人の姿でいるなら、服を着てもらわなきゃならないわ」

「……でもおれ、服なんて持ってないし」

「あー……それもそうよね」


 けれど、裸のままでいさせるわけにはいかない。人間の姿で全裸なのは、文明的にも倫理的にも絶対にダメだ。たとえ本人がよくても、他の魔物たちが気にしなくても。

 そうなると元の姿で『従魔空間』にいてもらうしかないのだが……

 


 ――スキル〈服飾Lv5〉を獲得しました。

 


「まぁ、なければ作ればいいって話よね」


 称号さん、いつもありがとう――と心の中で感謝すれば。いえいえ、どういたしまして――な感じの意思が伝わってきた、ような気がした。


 それはさておき、さっそくとファルの衣服作りに取りかかる。


 〈アイテムボックス〉にたくさん入っている魔物ドロップの中から、乃詠は『ブラックシルクスパイダー』の糸玉を取り出した。

 これはB級素材で、なかなかの高級品らしい。

 

 ブラックシルクスパイダーは〈黒魔法〉スキルを持つデバフ特化の大蜘蛛だ。

 道中、誤って群生地に入り込んでしまい、目線が同じくらいのでっかいクモがわさわさと群がってくる光景は、クレイジーエイプ集団に追いかけられたとき以上の悪夢だった。


 なにせ、乃詠の唯一の苦手が虫だ。自分の身長ほどもある虫が目の前にわらわらと大量に現れたら、とてもではないが戦うどころではない。

 なので、バトルジャンキーで巨体のコウガを盾にしてやり過ごした。大いに揶揄われたうえに弱みを握られてしまったけれど。


「お姉さま、わたしもお手伝いします!」

「ありがとう、ベガ。助かるわ」


 料理はアレなベガだが、服作りに関しては〈裁縫〉スキルを生まれ持っていて、自分たちの服を作っていたらいつの間にか育っていたそうだ。


 〈裁縫〉は布から衣服などを作るスキルだが、〈服飾〉は衣服や装身具作りの総合スキル。糸紡ぎの工程からこなすことができ、また魔力を用いた染色も可能とする。ただし、魔力で染められる色の種類はあまり多くない。


「染料になる素材を探しにいきますか?」

「いえ。間に合わせだし、今回は魔力染めで十分よ」

「わかりました。何色がいいでしょうか?」

「そうねぇ――」


 と女子二人、きゃいきゃいと服作りに勤しむ様子を、男衆は微笑ましそうに見守っていた。



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