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万能聖女がチートすぎる!  作者: 空木るが
1部 追放聖女と邪毒竜の森
48/105

4章48 万能聖女、邪毒竜ファフニールに挑む12

 


『…………』


 再び、ファフニールが黙り込む。

 今度は必要な場面だと思った。彼の背中を押す言葉が。彼に手を伸ばさせる、生きたいと思わせる、そんな魅力的な言葉が。


『もう終わりにしたいなんて、そんな悲しいことを言わないで。私たちと一緒に生きましょう? 生きていたら、きっと楽しいことや面白いことがたくさんある。もちろん、辛いことや苦しいことがないわけじゃない。でも、今度は私たちと一緒に乗り越えていけばいい。あなたはもう、独りじゃないのよ』


 畳み掛けるように、されどゆっくりと、一言一句が彼の心へ浸透するように、乃詠は言葉を続ける。


『私はまだこの世界のことをよくは知らないから、あまり偉そうなことは言えないけれど……過去にはどうあっても戻れないし、死んじゃったらそこで終わり。先のことはわからなくても、未来が無限に広がっているってことだけはわかる。それだけは、きっと世界が違っても同じだから』


 願うように、祈るように、切々と――手を差し伸べる。


『あなたが楽しいと、幸せだと、生きていてよかったと、そう思える未来を、一緒に作っていきたい。作らせてほしい。だから、お願い――私の手を取って』

『…………』


 躊躇いは数瞬。おずおずとだが、伸ばされた小さな竜の手が、確かに乃詠の手に重なり――直後、眩い金光が二人を覆った。


 そうして、奇跡は起こる。

 その瞬間、神々の施した封印から、ファフニールは生きながらに解き放たれたのだ。



 ◇◇◇



「――おい、ノエ、ノエ!!」


 意識が現実へと復帰し、乃詠は開いた目をぱちぱちと数度、瞬く。

 振り向けば、身をかがめたコウガの顔が近くにあって少し驚いた。


「……無事、だな?」

「え、えぇ。心配かけてごめんなさい」

「っ……別にオレは、心配なんざしてねーけど」


 ふんとそっぽを向きながらの鉄板ツンデレ台詞に、なぜだか無性にほっとする。

 そのとき、彼をぐいと強引に押しのけて躍り出る小さな影――ベガが勢いよく飛びついてくるのを、乃詠は衝撃を殺しつつしっかりと受け止めた。


「ベガ」

「お姉さま、大丈夫ですか!? どこか変だったりとかしませんか!?」

「大丈夫よ。あなたにも心配をかけてしまったわね。でも、私は何ともないから安心して」

「本当に……?」

「えぇ」


 よかったぁ、と胸に顔をうずめるベガの背を、宥めるようにさする。


「ほんとに心配したっスよ。ずっと同じ格好でぴくりともしないっスし、声をかけてもまったく反応がなかったっスから」

「いきなり姐さんとファフニールが金色の光に包まれたときは、何事かと思いました。まぁ、とても神々しい光で、危ない感じは一切しませんでしたけど……成功した、ということですか?」

「あなたたちも、ごめんなさいね。ファフニールを説得していて……成功した、とは思うのだけど」


 アークとギウスに応えつつ、乃詠はいまだ沈黙したままのファフニールへと視線を向けた。


「瘴気が消えていきやすね」

「えぇ」


 リオンが言うように、ファフニールからの瘴気の放出は止んでいて、空間内に漂っていたものも少しずつ薄まっていっている。

 そんな中――ファフニールの体から、瘴気以上に黒く禍々しい何かが抜けていくのを乃詠の目が捉えた。

 それはすぐに空気に溶けるようにして消える。


『ナビィ、今のって』

『えぇ。アレこそが、ファフニールの自我を奪っていたモノの正体――〝厄災の因子〟と呼ばれるものです』

『厄災の因子』

『かつて、迷惑極まりない愉快神がばらまいたものです。相応の知性を持った生物の強い負の感情を依代に宿り、それをさらに増幅させることで狂化や暴走を引き起こし、非正規の強化、および進化を促します。厄災の因子によって心身が異常に変質したものが〝災魔〟なのです』

『その愉快神とやらも、神様なのよね?』

『いちおう分類上は神ですが、生来のそれではなく、神格を得た地上の生命――亜神です。正式な呼称は〝災禍神〟ですが、ノエ様には〝邪神〟といったほうが耳に馴染むでしょうね』


 ファンタジーものには定番の、大抵はラスボスめいた邪悪な存在だ。


『あなたは愉快神と呼ぶのね。愉快な神様……というわけではないわよね。愉快犯的な感じかしら?』

『そうです。自分が引っ掻き回した人々の不幸を見て愉しむのが趣味の、最低最悪ド変態クソゲス野郎です』

『ねぇナビィ。なんか、ものすごく実感こもってない?』


 ただデータベースの知識情報を読み上げただけとは、とても思えない。明らかに私情が入っていた。ナビィがこんなに汚い言葉を吐くのは初めてである。


『……気のせいですよ』


 実体のないはずのナビィの、すっとあからさまに視線を逸らす姿が幻視できたほどだ。絶対に何かあったに違いない。

 もはや乃詠もあまり信じてはいないのだが、ただの疑似人格じゃない疑惑がいっそう強くなる。

 とはいえ、追及したところで黙秘を決め込むだろうことは目に見えているので、今はそっとしておく。


「――あっ! 上! 上を見てくださいっス!」


 アークの声に促されるまま上を見ると、そこには虹色に輝く光の球が浮かんでいた。

 それはやがて六つの小さな光球へと分かれ、各々の前へと降りてくる。

 受け取れと言われているような感じがしてとっさに手を差し出せば、ゆっくりと手のひらに乗ったそれが――ころんと小さな虹色の石になった。


「これ、もしかして『神珠』?」

『そのようです』

「とても綺麗な石ね。使ったら消えちゃうのかしら」

『まぁ、そうでしょうね』


 ちょっぴり残念に思いつつ、まぁ当然よねと納得し、ひとまず『神珠』を〈アイテムボックス〉へとしまった――そのときだ。


 ファフニールの瞼がぴくりと震え、ゆっくりと持ち上がる。

 やがてあらわとなった赤紫色の瞳には先までの濁りはなく、確かな正気と理性の色が見て取れた。


「ファフニール、私の声、聞こえる?」

「……ん。戻れた。縛られてる感覚も、ない」

「そう。よかった」


 当人の言葉を聞いて、ほっと胸をなで下ろす。


「あなたは、これからどうしたい?」


 晴れて自由の身となったファフニールに、乃詠はあらためて意思を問うた。

 すると彼は、心底不思議そうな顔をしながら首を傾げる。


「……今更、なに言ってんの。おまえはおれに、一緒に生きようって言った。だからおれは、おまえと行く」


 あれは、あくまでファフニールを生へととどめるために言った言葉だ。

 もちろん全部が乃詠の本心で、偽りなんてありはしないけれど、しかしこうして自由になった今、乃詠に彼を縛りつけるつもりは毛頭ない。


「でもね、あなたを縛るものはもうどこにもないのよ。これからの生き方も自分で選べる。好きに生きることができるの。私と来ることだけが道じゃないわ」


 確認を込めて諭すように言うと、目に見えてファフニールの機嫌が悪くなった。

 じっとりと責めるような眼差しを受けて、乃詠はわずかにたじろぐ。


「……おれを、殺さずに封印から解放したのは、おまえだ。ずっと傍にいるって、絶対に独りにはしないって、おまえはおれに誓った。おれが、この先、生きていてよかったと思える未来を一緒に作りたいって、おまえは言った。それに、おれは応えた。……ちゃんと、責任はとってもらう」


 そこまで言われたらもう、乃詠には何も言えない。……誤解を招きそうな言い方はしないでほしいけれど。


「……でも、おれは、守られない。守るのは、おれのほう」


 そう言って彼は、宝石のように澄んだ瞳でまっすぐ見つめてくる。


(守る守られるはともかくとしても――彼を生へと引き留めるためとはいえ、自分が口にした言葉には、ちゃんと責任を持たなければならないわよね)


 自由を得た彼の意思を尊重しようと思ったが、本人が望んでいるのなら、それこそが彼の〝自由〟だ。


「私と行くのなら従魔契約を結ぶ必要があるのだけど、それでもいい?」

「……ん。おまえと一緒にいられるなら、なんでもいい」


 話はまとまったので、さっそくテイムすることにする。


「……あの、姐さん」


 そこで、リオンが控え目に声をかけてくる。

 こちらを見上げる琥珀色の瞳は、一心に何かを訴えているようで……


「あ、そっか。そうよね。契約するなら、あなたたちが先だわ」


 乃詠がそう言うと、彼らはほっとした様子だった。


 先に従魔とすることを約束していたのはリオンたちなのだ。

 乃詠にはよくわからないけれど、契約する順番というのが、彼らの中では重要なのかもしれない。

 ファフニールは若干不満そうにしていたが、何も言わなかった。


 そんなこんなで、リオン、ギウス、アーク、ベガと、順番にスキルによる従魔契約を交わしていく。

 その際、魔物に名を付ける必要があるのだが、


「もうすっかり馴染んでしまいやしたし、姐さんも、いまさら呼び名が変わるのは面倒でしょう?」

「まぁ、そうね。今までのでいいのなら、そのほうがありがたいわ」


 本人たちが仮で付けた名前のままでいいということだったので、そのまま登録する。

 すると彼らの首に、スキルでテイムされた証である紋様が浮かび上がった。


 模様自体はけっこう洒落ているのだが、部位も部位なので、首輪みたいに見えてしまって乃詠の心情は複雑だ。

 けれど、当人たちはとても嬉しそうで。


「外身はともかく、あなたたちは人なのに、首輪を付けられているようなものなのよ? それなのに嬉しいの?」

「はい!」


 と、いい笑顔で返されて、ちょっぴり恐怖めいたものを感じつつも、深くは考えないことにした。本人たちが幸せなら、それでいい。


「それじゃあ、次は」

「オレだ」

「――え?」


 名乗りを上げたのは、コウガだ。そのことに乃詠は驚く。


 コウガとはダンジョン攻略までの協力関係――協力への対価に我が身を差し出したリオンたちとは異なり、彼に協力を仰いだのは乃詠のほうで、だから彼には乃詠に従う義理などない。

 道中でも一度もそんなことは口にしていなかった。

 名付けのときといい、やっぱり意外にすぎる。


「でもあなた、ずっと武者修行みたいなことをしてたのでしょう? とても従魔になることをよしとするタチとは思えないのだけど、どうして?」

「おまえほど強い奴なんざ、そうはいねーだろうからな。雑魚相手じゃストレス解消くらいにしかなんねぇ。オレを本当に満足させられるのは、現時点でおまえだけだ」

「理由には納得したけれど、その言い方はなんか嫌だわ」


 とはいえ、そういうことなら乃詠に否やはない。それが彼の意思で、彼の望むことならば。それに、


「わかったわ。正直、あなたがこれからも一緒にいてくれるのは、私としても嬉しいもの。あなたが仲間にいてくれるなら心強いしね。何より、あなたとの組手はとても勉強になるし、楽しいから」

「……ふん。よくもまぁ、んなこっ恥ずかしいことを臆面もなく言えたもんだ」


 乃詠のストレートな言葉にコウガは照れたらしい。そっぽを向いたその目元は、赤みの強い肌色でもわかるくらいには、ほんのりと朱を帯びていた。



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