4章42 万能聖女、邪毒竜ファフニールに挑む6
「ギャアァァァァァアアァァッッ!?」
自慢の毒針を斬り落とされたファフニールの絶叫を聞きながら、リオンは内心で拳を握る。
ステータスの圧倒的に劣るリオンが、乃詠たちでさえ苦心する異常な硬さを誇る鱗に覆われた尻尾を両断できるなど、本来ならありえない。いくら先細りの形状になっているとしても、だ。
けれども事実、リオンの太刀は尻尾を断ち切ってみせた。
そのカラクリもまた、彼の神創武器に備わっているスキルだ。
リオンの神創武器スキル〈孤魏一閃〉――居合のモーションを取った状態で、付属して獲得したスキル〈錬魔気〉にて体内の気と魔力を練り、溜めれば溜めるほどにエネルギーが増幅され、解放時には爆発的な一点火力を発揮する。
溜め込めるエネルギーの上限はあるが、ギリギリまで溜めて放たれる一撃は、分厚い鋼鉄の壁でもバターのように斬り裂けるというすさまじさ。
ただし溜めている間はいっさい身動きが取れず、無防備な状態になってしまうのが難点ではあるが――それもしっかりと守ってくれる仲間と聖女の結界があれば、なんら問題にはならない。
戦闘開始時から先まで、彼がひとり何もせずに不動を保っていたのは、この一撃を放つためだったのだ。溜めに溜めたエネルギーを適切なタイミングで解き放つ、そのための。
これで敵の攻撃手段が一つ、失われた。
〈自己再生〉は欠損箇所の再生も可能だが、傷が深ければ深いほど再生速度は遅くなるし、MP消費量も増える。欠損箇所の再生ともなれば、必要となるMP量は相当なものだろう。
リオンらからすればMP総量が三桁という時点でバケモノだが、しかし有限であることに変わりはない。
攻撃手段の一つ、毒針は凶悪極まりない代物だ。けれども、少なくないMPを消費してまで再生する価値があるのかと問われれば、疑問である。
おそらく傷を塞ぐのみで再生はしないだろう、とリオンは踏んでいた。
(ま、仮に再生されたところで、また叩っ斬ってやるがなぁ)
とはいえ、〈孤魏一閃〉は連発できる代物ではない。一度の行使で相当な気力と精神力、そしてMPを消耗するためだ。
MPのほうは、もう一つ獲得した付属スキル〈瞑想〉にて回復を速めることはできるものの、こちらも発動している間は動けないうえに、そちらに全神経を集中しなければならないため、周囲に一切の注意を払えなくなる。
とはいえ、こちらも乃詠の〈聖結界〉があれば問題ないのだが、気力と精神力までは回復できない。
加え、同じ火力を出すには〈瞬動〉と〈天下御免〉の併用が必須。これにも相当なMPを消費するため、ポーションの数を考慮しても、現状、彼がスキルを使えるのはあと二度が限度といったところだろう。
明確な怒りをその双眸に燃やすファフニールが、おもむろに首をたわめる。
胸元がかすかに膨らんでいるのを見れば、そのモーションが示すところなど容易に想像がつく。
『ブレスがくるわ!』
直後、バカリと開かれた口中から、赤紫色の霧が吐き出される。
これぞ邪毒竜の本領とばかりの〈毒吐息〉――視界も奪われるほどに濃密な猛毒の息が乃詠たちを包み、さらには室内を満たさんばかりに広がっていく。
酸性の猛毒だ。触れただけでたちまち皮膚を溶かし、吸い込めば内部から焼けただれていく致死の毒。
耐性スキルを持っていたとしても、無効ではない以上、致命的なダメージを負うのは必然だ。――本来であれば。
『姐さんの〝聖結界スーツ〟、ほんとにすごいっスね! 毒霧の中にいるのに、まったくなんともないっス!』
『万能聖女様、さまさまでぃ』
乃詠は戦闘開始と同時、前衛の面々に〝聖結界スーツ〟を施していた。
とはいえ、自分だけならともかく他者に――それも複数となると、さすがの乃詠も辛い。
MPもだが、数が増えれば維持にもかなり神経を使うのだ。戦闘をしながらそちらにも意識を割かなければならないのだから、負担は相当なものとなる。
その負担を少しでも軽減させるには、結界の効果を限定するしかない。
防護機能を最大で付与できれば乃詠としても安心だったのだが――もとより今回の〝聖結界スーツ〟はファフニールの毒対策。負荷を考えるのなら、防毒に特化させるしかなかった。
防御力も少しは込められたが、Sランク相手では所詮、気持ち程度のもの。ないよりは幾分かマシ、といったところだ。
『それは重畳だけれど……これじゃまったく前が見えないわ』
毒自体は効かずとも、視界の阻害という点では非常に有効だった。
〈気配感知〉を使えば敵の位置も仲間の位置も最低限、把握できるが、あくまで位置がわかるだけ。敵がどこを向き、誰を何で攻撃するかまでは不明だ。
さっさと魔法で吹き飛ばすべきかと構えたところで、
――スキル〈透視LV5〉を獲得しました。
(本当、いい仕事してくれるわね、【万能聖女】)
指定した障害物を透過させて視界を通すスキルだ。
透過できるのは無機物、および気体や液体のみ。生物は透過不可。ちなみに衣服も対象外。念のため。
即座に発動させれば、ファフニールと仲間の姿が鮮明に浮かび上がる――とても危機的状況だった。
コウガには巨竜のあぎとが、乃詠には『ダークスフィア』が五つ、そして先の攻防から必勝法と捉えたのか、アークには残りの闇球と尻尾が迫っている。
ファフニールは〈透視〉やそれ系のスキルは所持していないが、元来の特性として、視界が阻害されても見通せる目を持っているのかもしれない。
『器用なことね!』
一度無力化されたパターンとはいえ、今度はギウスの支援が望めない。
ここは防御に徹し、敵の攻撃への対処を優先する。
『コウガ、正面から噛みつき! アーク、右斜め上から尻尾が迫ってるわ!』
念話にて伝えながら、乃詠は『ダークスフィア』を十個生成して相殺。コウガは噛みつきを巧みに交わし、仕返しとばかりに大刀を叩き込んでいる。アークのほうも尾撃を無事に受け流せたようだ。
『魔法で毒霧を吹き飛ばすわ! ――『トルネード』!』
仲間たちを巻き込まないよう細心の注意を払い、生み出した巨大な竜巻を繰って毒霧を散らす。
『いやぁ、めちゃくちゃヒヤッとしたっスよ……姐さんマジ女神っス』
『女神呼ばわりはやめてくれるかしら、ワンちゃん?』
恨みというほどのものを抱いているわけではないが、鬼畜と理不尽の女神、もとい慈愛と整合の女神にはいい感情を抱いていないので、それと同じ扱いをされるのは不愉快きわまる。
極道の娘に相応しく、女だてらにドスの利いた思念を受け、アークはぶるりと身を震わせた。……目の前の災魔なんかよりも、よほど姐さんのほうが怖い。
『す、すみませんでしたっス!!』
『よろしい』
そんな戦闘中にあるまじき軽口を叩きながらも、乃詠はファフニールへ向けて疾駆している。
魔法は術者の制御能力次第で細かなコントロールが可能だ。
もともと何事もそつなくこなせる器用さを持つからだろう、乃詠の制御能力は非常に高い。
竜巻ひとつとっても味方には被害を出さず、瘴気を吹き飛ばすと同時にファフニールへ多少なり影響を与えていた。
わずかにではあっても、体勢を崩した隙を逃しはしない。
「――〈魔纏・紅炎〉」
乃詠の両腕が幻影的な炎に包まれ、一時的に腕力が向上する。
「――〈光輝連星〉」
別角度から迫っていたコウガへも分散されていたファフニールの意識が、その瞬間、乃詠だけに照準されたのがわかった。
ファフニールの双眸が乃詠だけを映し――ふっと掻き消える。
確かに視認していたはずの小さな存在が、忽然と視界から姿を消したのだ。
これにはファフニールも瞠目する。なぜなら、姿だけでなく反応すらも感知範囲から消えていたからだ。
感知範囲外へ移動したというのは考えられない。この空間すべてが感知範囲に入っているのだから。
さして重視していなかった〈気配感知〉に意識を集中させる――までもなく反応は別の場所ですぐに見つかった。
首の付け根――肩口にあたる部分だが、反応を捉えたときにはすでに、深々と斬り裂かれた傷口から血が吹き上がっている。
「グギャァアァァァァ――――ッッ!?」
だが視認は追いつかず、また敵の移動速度が速すぎるからか、レベル3の〈気配感知〉では明確に捉えきれない。
そして瘴気鎧の物質化はファフニールの認識下で行われるため、知覚が遅れれば十全な強度にはならない。
鎧化が中途半端ということもあり、一時的に向上した腕力はそれを易々と断ち、続く逆の太刀が深々と肉へ食い込んだ。
さっと剣を引いた乃詠は即座に移動し、恐るべき速度でもって双刃を振るい、二撃で確実なダメージを与えるや再び地面を、または宙を蹴りつけ、赤と銀の尾を引きながら、まさに流星のごとき速さで多角からの連撃を見舞う。
さすがに危機感を覚えたか、ファフニールは乃詠から距離を取ろうとするが――なぜかその場から動けない。
別に拘束されているというわけでもないのに、一定距離から離れることができないのだ。
それこそが、乃詠の神創武器スキル〈光輝連星〉の効果――対象を重力的なもので自身のほうへと一定距離で縛りつけ、互いに大きく距離を取れない状態で、降り注ぐ流星群のごとき連撃を叩き込む。
この重力的な縛りというのは、引き合う磁石に近い。体の自由は利くが、一定の距離からは離れられない。それは乃詠のほうもだ。
ステータスでは『敏捷』の向上にのみ多大な恩恵をもたらし、その速度はSランク中位でも追いつけないほどだが、速すぎるがゆえに一撃が軽くなり、ダメージ量がわずかに減少する。
わずかであっても、ファフニール相手に攻撃力の減少は致命的だ。
ゆえに、それを補完するために〈魔纏・紅炎〉を併用したのだった。