4章41 万能聖女、邪毒竜ファフニールに挑む5
『正攻法で首を落とす、もしくは心臓を潰す。あとは竜種の特性として、顎の下にある〝逆鱗〟を破壊すれば大幅に弱体化させることができますよ。まぁ、それも難しいでしょうが』
『そうね』
仮にも目に見えるところにある弱点だ。鱗自体の強度も他の比でないことは容易に想像がつくし、常に首を垂れた状態なのでそうそう狙えない。おまけに頭部は骨まで硬いらしい。
そのうえ――
「っ!?」
振るった刃が、どす黒い不定形な霧の障壁に阻まれる。
それは瘴気の盾――いや、瘴気の鎧だ。今までは、放散されたまま無作為に漂っていたそれが、まるで全身鎧のようにファフニールの全体を薄く覆っている。
(固有スキル〈瘴気操作〉――まさか物質化までできるとは)
ファンタジーもいい加減にしてほしいが、これがこの世界のスキルなのだから言っても仕方がない。
(でも、MP消費がけっこう大きいみたいね。ただ操作するだけでもMPを使うようだけれど、物質化はその比じゃない消費量だわ)
最初から使わなかった理由の一つはそれだろう。
まぁ、理由の大半は、鱗の防御力への絶大なる自信と、乃詠たちを舐め切っていたからだろうけれど。
また、ファフニールは己の生成した瘴気を凝集し全身に纏わりつかせているが、現状ではただ指向性を与えられただけの瘴気にすぎない。
常時、すべてを物質化させておけば確実ではあるが、それではすぐにMPが底を尽いてしまうし、真に敵となるのは二人だけ。そこまでの脅威ではない。
ゆえに、攻撃を受けたときに受けた箇所のみを物質化し、MP消費を抑える魂胆なのだろう。
(これまでと同じだけの魔力を込めた攻撃が防がれたということは、鱗以上の強度がある。でも、刃先が少しだけ食い込んでいた。少なくとも不壊というわけじゃない。仮に私たちの攻撃力では不壊に等しい強度まで上げられるとしても、その分より多くのMPを消費するはずよね)
それならば――こちらも攻撃力を上げるまで。
『ベガ、私たちにもブーストをお願い! MPが大丈夫そうなら最大で!』
『はい! MPは問題ありません! ――『フィジカルブーストⅦ』!』
乃詠の、そしてコウガの体を黄色の光が包み込む。
変化は劇的だ。アークではないが、体の奥底から力が漲ってくるのがわかる。
それもそのはず、段階Ⅶで『筋力』『耐久』『敏捷』が+140なのだから。
強化された状態で再び振るった双刃は、見事に瘴気の鎧を斬断し、さらに鱗を斬り裂いて――しかし、肉に浅く傷をつけたところで止まってしまう。
(やっぱり威力がだいぶ削がれてしまうわね。けれど――連撃ならどうかしら?)
瘴気の鎧は金属の鎧とは違う。金属の鎧は、壊れたらその場ですぐに修復するのは難しいだろうが、瘴気鎧の本質は気体――斬り裂かれても、固体から気体へ戻るだけ。ファフニールの意思一つで即座に再構築される。
斬り裂いた箇所は一瞬で塞がれた。物質化も一瞬だろう。
だが逆に言えば、瞬き一回分程度の時間はかかるということだ。ならば、その一瞬を上回る速度で幾度も攻撃し続ければいい。
やはり脳筋の発想だが、それ以外に対処法がないのだから仕方ない。
ファフニールにとって瘴気の鎧こそが防御の切り札だったことは、直後の癇癪じみた咆哮を聞けば明白だった。そして――新たな攻撃の一手を切る。
顕現されるは、闇色の球体が十個――〈闇魔法〉の『ダークスフィア』だ。
暗黒を凝縮したような禍々しい球体は、半数が乃詠とコウガへ、残りの半数が側面援護を行っていたアークたちへと殺到した。
魔法の基本は火・水・風・土の四属性。〈闇魔法〉は魔法の中でも特殊枠で、適性者は少なく、魔物でも〈闇魔法〉スキルを持つ者は稀だ。
対抗できるのは同じく特殊枠である〈光魔法〉と聖属性のみとされ、他の属性だと魔法をぶつけても貫通してくる。
武器も同様だ。ただの鉄でも〈光魔法〉が付与されたもの、または性質の近いオリハルコンでできたものか、聖属性を宿しているものでなければ、選択肢は回避の一択しかない。
それは〈闇魔法〉の本質が〝無〟だから。そこに在るようで無く、また在るものを無くそうとする性質を持っているからだ。
乃詠たちの持つ武器は神創。問題なく対抗できる――が、
――スキル〈闇魔法Lv5〉を獲得しました。
本当は双剣で対処するところだったのを、乃詠は急遽、変更。同じく『ダークスフィア』を放ち相殺した。
コウガがまた微妙な顔をしているのに苦笑を返し、残りの半数へと視線をやる。
『ダークスフィア』の射出速度は速い。スキル獲得から発動のタイミングにはどうしても遅延が生じ、乃詠が放った闇球はアークたちのほうに向かったそれには追いつけない――のだが、さほど心配はしていなかった。
避けるだけの機敏さを持たないアークは受けることを選択したようだ。
装備する盾が対抗武装であったとて、アークはひとりしかいない。もし全弾を向けられていたなら、対処は困難を極めただろう。
だが幸いというべきか、アークらへと放たれた暗黒球の数は五つ――〈眷属盾〉と同じ数だ。
〈眷属盾〉はアークの意思で自在に動く。ひとつひとつで攻撃をパリィするほどの技量はさすがにまだないが、受けるだけならば何の問題もない。
五つの〈眷属盾〉は、すべての暗黒球を防いでみせた。
「ふんっ! この程度の攻撃、オイラの〈眷属盾〉なら、むしろ防げないほうがおかしいってなもんっス――よぉっ!?」
自信満々にうそぶくアークだったが、眼前に迫る壁のごとき竜の尾を認識してぎょっと目を剥いた。
遅れて気づく――これこそが奴の本命。
先の『ダークスフィア』は、目くらましにして、アークの〈眷属盾〉を消費させるための陽動だったのだと。
破格の効果をもたらすスキルに欠点や制限がないわけがない。
自在に動かせる便利な〈眷属盾〉にしても、一度破壊されてしまうとすぐには再展開できないという制限があった。
となれば本体の大盾だけで受けるしかないが――無理だ。パリィも不可能。
しかしそれでも、アークは逃げることなく二本の足で床をしっかりと踏みしめて腰を落とし、受け流してみせるという意気でもって構えた。
だがそこで――そんな彼の覚悟を半ば笑い飛ばすようにして、奇声じみた大音声が響き渡った。
「ンなことだろォと思ったぜぇ!! 脳なしかと思いきや、存外小賢しいトカゲじゃねェかよぉ!! だが俺を忘れるなんざァ寂しいじゃねェか、なァ!? そんなに遊びてェッてんなら、俺が相手してやるよォ!! ただの鉛玉じゃァちっとも面白くねェからなァ!! 特製の〝爆裂弾〟だぜヒャッハァァァ――――!!」
直後、アークの眼前で六つの爆発が起き、連鎖して弾ける猛烈な爆風が、そのすさまじい衝撃でもって尾の進行を止めたのだった。
弾道から発射源を辿れば、そこは扉前に展開された聖結界の中。
その爆裂弾とやらを盛大にヒャッハーしながらぶっ放したのは、バトルライフルを構え、好戦的に牙を剥いて嗤う魔物――ギウス。
そう、ギウスである。
パーティーの良識、いつも穏やかで丁寧で物腰柔らかなギウスが、あろうことか某世紀末のモヒカンたちのごとくヒャッハーしているのだ。
百八十度人格が変わってしまった彼の姿に、初めてそれを目にした面々の驚愕具合は推して知るべし。なぜかリオンだけは苦笑していただけだったが。
ただ、ギウスがヒャッハーな彼に変貌してしまうのは、銃へと変化させた神創武器をその手に持ったときだけ。
原因は、彼が獲得した称号【トリガーハッピー】にある。
=========================
◆称号【トリガーハッピー】
◇獲得スキル
〈射撃狂〉:銃系武器を装備中、一時的にMPの最大値を大幅に引き上げ、自然回復速度を上昇させる。ただしその代償として理性のタガが外れ興奮状態となる。
◇称号効果
①『ヒャッハー汚物は消毒だ!』:乱射時のMP消費減。
②『ヒャッハー狙い撃つぜ!』:狙撃時の命中補正。
=========================
ネタ満載でツッコミどころしかないこの称号の影響で変貌する性格や言動は、もはや多重人格レベルではあるものの、さりとてどちらもギウスという一個人に相違ない。
ヒャッハーしている間の記憶はもちろんあって、武装を解除し理性が戻ると、しばらく膝と頭を抱えて悶えている姿は実に痛ましく憐憫を誘うが、しかしメンタルへの反動がすさまじい分、もたらされる恩恵もまたすさまじいものだった。
MPの最大値を増やす恩恵だが、これがほぼ元の数値の倍なのだ。魔力で弾丸を創るという神創武器の特性に、これほど合致した称号も他にないだろう。心的ダメージを差し引いても破格の恩恵である。
果たして、彼をヒャッハーへと変える原因が称号にあるのか、はたまたもともと彼の中にヒャッハーが潜んでいて、それが称号となって発現したのかは定かではないが――それはともかく。
ギウスの神創武器であるバトルライフルは、魔力で実弾を創る。
通常の実弾はただの魔力でできた金属の塊でしかないが――今回、ギウスが用いた〝爆裂弾〟は、彼の武装が持つスキル〈特殊弾〉によるものだ。
創れる弾丸はさまざまあり、〝爆裂弾〟は着弾と同時に炸裂し、衝撃と炎を撒き散らす。
実質的には魔法と同類だが、これの真に恐ろしいところは、ガワが金属の実弾なだけに、生半な防御であれば肉体に突き刺さるという点だ。そうして内側から肉体を破壊するのである。
今回は鱗が硬すぎて表面での爆発となってしまったが――それでいい。
もとより狙いは、爆発の衝撃で尾撃を止めることなのだから。
「ヒャハハハハハハハハッ――!! どうだァトカゲ野郎!? 格下のザコにご自慢の尻尾を止められた気分はよォ!? ヒャハハッ、ヒャハハハハッ!! おらリオンッ、お膳立てはしてやったぜェ!? おネンネの時間はそろそろ終わりにしろよォッ!!」
「……別に寝てたわけじゃねーよぃ。ほんとヒャッハーしてる間はウゼェな」
ボソリと吐き捨てられた後半のボヤきには、ヒャッハー中ギウスへの万感の想いが込められていた。
とはいえ――出番なのは事実。余計な感情を呼気とともに吐き出し、気を引き締め直したリオンは、つむっていた目を開くや床を蹴る。
同時にスキル〈瞬動〉を発動――瞬く間のうちに数十メートルを駆け抜け、さらに固有スキル〈天下御免〉を発動しつつ――神速の一閃。
「――〈孤魏一閃〉」
残身とともに呟かれたときには、刃は鞘の中。
常人の目では、刃がいつ抜かれたのかもわからなかっただろう。
目にもとまらぬその一太刀は、ファフニールの長大な尾――毒針の生えた先端部分を綺麗に両断したのだった。