4章40 万能聖女、邪毒竜ファフニールに挑む4
もとより弱い者いじめに興味はない。コウガが求めるのは、強者との血沸き肉躍る熱い死闘なのだ。
ファフニールへ抱く憎悪は、手も足も出ず負けたことに対してではなく、試練ボスとして縛られたことに対してである。負けたのは自分が弱かったから。憎むというなら、その対象は弱かった自分自身だ。
本当は、全力でもっての死闘の末に、自分ひとりの力でクソ蜥蜴を殺してやりたかった。けれど、それは無理だ。
厳密に言えば無理ではないかもしれないが、それには少なくとも数年、数十年はここにこもる必要があるし、レベル上限のないイレギュラーか、もしくは上位種族へのランクアップを果たせない限り、勝てる見込みはほぼなくなる。
だが、そこも割り切った。今はそう――二人で奴を倒す。
(共闘なんざ、今まで考えたこともなかったが)
コウガには魔物になる前の――前世の記憶が少しだけある。断片的にだが、リオンたちとは違い、知識だけではなく、わずかなエピソード記憶が。
今世も、前世の自分を引きずっているのだろう。前世のコウガも、ただ強くなることにしか興味がなかった。武を極め、己の能力を高めることだけが生きる意味であり、己の存在意義だった。
どうしてそこまで強さを求めたのか、理由までは覚えていない。もしくは理由などなかったのかもしれない。
武人であれば、肉体を鍛え技を磨き、より高みを目指すのは至極当然のこと。自分もそういう人種だったのだろう。
もしかしたら何かのためという明確な理由が存在したのかもしれないが――まったく覚えていないし、今となっては心底どうでもいい。関係ない。コウガはもう、前世の人だった自分ではないのだから。
ともかく――前世のコウガは、ひたすら強さだけを追い求め、他者といっさい慣れ合うことはなく、当然ながら誰かと共闘することもなかった。
単純に背中を預けられるほどの実力者が周りにいなかったのもそうだし、もともと人付き合いが苦手なタチなので、無理して誰かと組むくらいなら独りで戦っているほうが気楽でよかったというのもある。
しかし、
(――悪くねぇ)
そう思えるのは他でもない、相手が乃詠だからだ。
自分より強いからというだけが理由ではない。本人は否定するが間違いなく同類であり、波長も合う。天然なところや鈍い部分もあるが、頭の回転は速く戦闘勘も鋭い。性格的にも変に気を使ったり遠慮したりする必要がないのも大きい。
乃詠は強い。だが、能力値は彼女のほうが圧倒していても、経験に伴う技術ではまだコウガが上をいく。といっても、飲み込みが恐ろしく速いので時間の問題かもしれないが……しかし、だからこそ、だ。
乃詠との模擬戦は楽しい。出会ってからこれまでで、二人はすでに百単位で手合わせを行っていた。それだけやれば手の内はほぼ見せ合っているし、互いの呼吸だって把握できる。
些細な筋肉の動きや視線の動きだけで、互いに次の挙動がだいたい読めるのだ。
まさに――阿吽の呼吸。それがひどく心地いい。初めての感覚が、初めての高揚をコウガへともたらす。
(つっても、この程度の傷じゃ一瞬で再生されちまうがな)
ファフニールは〈自己再生〉のスキルを持つ。コウガの与えた傷はもとより、もう少し深い乃詠のつけた傷も、MP消費であっという間に回復してしまう。
(だがまぁ――それなら、再生速度を上回る速さで斬りまくればいいだけの話だ)
コウガだけであったならプラマイゼロどころかマイナスだろうが、彼は一人ではないのだ。自分以上にダメージを与えられる乃詠と二人であれば、地道ではあっても確実にHPを削れるだろう。
それに――MP消費に目をつむれば、まだ攻撃力を上昇させる手段はある。
「グギャァァァァッ!!」
ファフニールが咆哮する。そこに込められているのは――苛立ちか。
回復された分を除けば、HPの減少は一桁にすぎないが、幾度も傷つけられたという事実に不快感を募らせ、ついに我慢ならなくなったのだろう。
これまでさして反撃らしい反撃をしてこなかったファフニールが、初めて攻勢に出る。
長大な尾がうねり、空気と瘴気を鋭く裂いて二人へと襲いかかった。
だが――
「やらせないっスよぉぉぉっ!!」
体格差がありつつもファフニールに負けないほどの大声量を腹底から響かせ、鞭のようにうねる尻尾の前に立ったのは、大盾を構えたアークだ。
圧倒的にステータスの劣る彼が、なすすべもなく竜の尾に打たれ、吹き飛ばされる未来を視ることは容易い。
しかし、彼はそれを確かに受け止め――いや、
「――せぇぇぇぇぇぇいっ!!」
受け流した。五つ、ガラスの砕けるような響きを残し、最後は見事にパリィしてのけたのだ。
「へへん、どんなもんっス!!」
得意げに胸を張り、挑発的に笑うアーク。
彼が格上たるSランク魔物の尾撃を受け、多少のダメージを受けつつも最終的に流してみせたそのカラクリは、彼の装備している神創武器の機能にあった。
神創武器には、共通の特殊効果に加え、変化したあとの武器に適したスキルが一つ付与されている。
アークの盾に付与されているスキルは〈眷属盾〉――魔法的に生み出された半実体の五枚の盾を、装備者の任意で自在に動かすことができる。
防御力は本体の半分程度だが、それでも盾が計六枚。内五枚を空中だろうと自在に動かせるのだから、MPを消費するとはいえ破格のスキルだ。
アークはそのスキルを瞬時に発動させ、本体たる主盾の前面に五枚の〈眷属盾〉を重ねて展開――尾撃の勢いを殺し、最終的に己の持つ盾で受け流したのだ。
本当に見事というほかない。パリィ自体、簡単な技術ではないからだ。これは彼の努力が実を結んだ結果だった。
自分よりも攻撃力が高い相手に対し、真っ向から受けるのは馬鹿のすること。気合や根性ではどうにもならないことは、この世界の明確なシステムにあって明白なのだから。
ゆえにこそ、彼は皆を守る盾役としてパリィを猛特訓したのだ。
だが圧倒的な力量差では、いかに百パーセントの技量であったとて成功率は落ちてしまう。
そこでアークは、神創武器のスキルを利用した。それである程度相殺できれば、パリィ可能な範囲にまで落とせると。
『アーク、回復します! 射程内まで下がってください!』
『了解っス!』
上手くパリィしてのけたことで直撃こそしていないものの、その衝撃までは完全に流すことはできない。
ファフニールの攻撃力に対し、アークの防御力は大きく劣る。ゆえに衝撃だけとはいえ、彼に少なからぬダメージを与えていた。
魔法の射程範囲まで下がってきたアークに、ベガが〈白魔法〉の『ハイヒール』をかけてHPを回復させる。
〈白魔法〉で習得できる回復術は『ヒール』と『ハイヒール』の二つ。前者は軽い傷を、後者はやや深い傷を治すことができる。
回復量にしても完全に〈聖治癒〉の下位互換ではあるが、欠損や致命傷でさえなければ『ハイヒール』でも十分だ。
乃詠の保有するMP量は多いが、さりとて無限ではない。称号による回復速度上昇や、固有スキル発動時のみ消費量半減の恩恵にだって限度はあるし、まして主として戦っているのは彼女とコウガである。
ただでさえ乃詠には、自分たちを守るための〈聖結界〉でMPを使わせてしまっているのだ。これ以上、余計な消費をさせるべきではないとして、仮従魔パーティーは今までどおりベガが回復を担うことになっていた。
ベガは戦うことができない。だから、その代わりに〈白魔法〉をひたすら鍛えてきた。
回復もそうだが、もう一つ。
『ベガ! 強化の段階、もう一つ上げてもいい感じっス!』
『分かりました! ――『フィジカルブーストⅤ』!』
常時ステータスが強化される身体強化系のスキルと違い、〈白魔法〉による強化は都度、一時的にステータスを上昇させるという性質上、あらかじめその段階での強化に慣らしておくか、Ⅰから一段階ずつ上げていくことで慣らす必要がある。
肉体への負担の軽減もそうだが、いきなり上昇したパワーやスピードに脳が追いつかずに混乱し、逆に動作に支障が出てしまうのを防ぐためでもある。
スキルレベル7で『フィジカルブーストⅦ』まで使えるが、現時点で彼らの肉体で耐え得るのはⅤまで。それでも万が一があるといけないので、リオンとギウスには戦闘開始と同時に『フィジカルブーストⅣ』をかけていた。
アークのダメージが少なかったのは、このプラス分も大きく影響している。
その強化が完全に体に馴染んでいることを確信したため、アークは強化段階の引き上げをベガに要請したのだった。
「くぅぅぅうっ! 力が漲ってくるっスよぉぉ!!」
Sランクの怪物を前にしているというのに、微塵も臆すことなくいつもどおりの調子を見せるアークは、再び勇んで戦いの中に飛び込んでいく。
そんなアークの様子に小さな笑みをこぼしつつ、乃詠は相棒に問いかける。
『ナビィ。ファフニールに柔らかい部分はないの?』
『ありませんね。固有スキル〈竜鱗〉は鱗に作用するもので、ファフニールは全身を鱗に覆われていますから。瞼も鱗のうちですし……あ。一か所だけ、可能性がありそうな部分がありました』
『それは?』
『肛門です』
『う、うぅん……さすがにそこは、あまり攻撃したくないわね』
まぁ、最悪の場合、そこしかないとなれば攻撃も止む無しではあるのだが。
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