4章39 万能聖女、邪毒竜ファフニールに挑む3
いかにもラスボスのいる部屋といった、威圧感のある荘厳な扉だ。
乃詠は一度、横にいるコウガへと視線をやり、それから後ろに続くリオン、ギウス、アーク、ベガのひとりひとりと視線を交わす。
彼らが小さく頷くのを見て取って、あらためて扉に手をかけた。
少しだけ力を込めれば、あとは勝手に開いていく。
ゴゴゴゴゴッ、と重々しい音を立てて扉が内側へと動くや――その瞬間、中からぶわりと濃厚な瘴気が流れ出てきた。
「うわっ……すっごく黒いわね。さすが発生源」
無効化されていても、思わず咽かえりそうな濃度だ。これが今まで一つの空間に充満していたのかと思うと、一度は瘴気に侵され死にかけた身としては、トラウマレベルの反射で体が強張ってしまう。
「どうしたよ、ノエ? ここにきて怖気づいたのか?」
ニヤニヤとからかってくるコウガを睨み上げる。
乃詠が瘴気にやられた経験があることを知っていて言うのだから、この赤鬼は性格が悪い。
「ただの条件反射よ。別に怖気づいたわけじゃないわ」
実際、災魔への恐怖はない。あるのは若干の高揚と、ほどよい緊張感だ。
反射的な強張りもすぐに解け、心身ともに万全な状態であることを確認する。
もとより図太いタチだが、度重なる魔物との戦闘が乃詠のメンタルをさらに強靭なものとした。
今はただ、災魔を討伐することしか頭にない。
「ま、そうだろうな。おまえがクソ蜥蜴ごときにビビってイモ引くようなタマじゃねーってこたぁ、オレがよく知ってる。なんたって同類サマだ」
「こんなに嬉しくない評価もないわね。あと勝手に同類扱いしないで」
そんな軽口を交わしつつ、瘴気の充満した部屋の中へと足を踏み入れる。
最初は、部屋の奥がまったく見通せないほど密度の高かった瘴気も、扉が開かれたことで強制的に排出され、徐々に薄まっていく。
そうして空間内に溜まっていたものは大方、外へと排出されたようだが、それでも視界が明瞭と言いがたいのは、発生源が瘴気を放出し続けているせいだろう。
しかし、辛うじて空間内を把握することはできる
かなり広大な空間だ。だいたい円形で、天井も半球形。ギリギリ視認できる範囲でも、東京ドームくらいの広さはあるだろう。
だがその広大さも、部屋の主のサイズを鑑みれば――当然のもので。
「あれが、邪毒竜ファフニール」
空間の中央――立ち込める瘴気の中に、巨大にすぎるシルエットがある。
全長二十メートルはあるだろう四足歩行の、まさに蜥蜴に近いタイプの竜だ。
エッジの鋭い暗紫色の鱗に覆われた禍々しい風体。大中小と長さの異なる角を計六本生やし、首や四肢は総じて長め。
爪は鉤状になっていて、鞭を思わせる長大な尻尾の先には、幾本もの凶悪な棘を備えている。翼は持っていない。
赤紫の双眸は、すでに挑戦者たる乃詠たちの姿を映している。
そしておもむろにあぎとをパカリと開き、咆哮を打ち上げた。
それは――戦闘開始の合図。
「みんな、手はずどおりによろしくね! ――〈挑発〉!」
ファフニールのほうに向かって走りながら、乃詠は敵のヘイトを自分へと向けるスキルを発動する。
まだレベル6だが、どうやらタゲ取りには成功したようだ。
「よぉ、久しぶりだなぁクソ蜥蜴っ!! この際、鎖につながれてたことは大目に見てやるよっ!! 今となっちゃあ、あんときに生かしてくれたお優しいてめぇに感謝してもいいくれーだ!! で――今度こそ死にくされや!!」
恨み辛みが大爆発のコウガ。大跳躍から、落下速度も乗せた大刀の刃がファフニールの長い首へと振り下ろされる――が。
ガギィィンッと硬質な音を響かせ、その一撃は呆気なく弾かれてしまった。
「チィッ、やっぱ硬ぇな! 神創武器でも通らねーのか!」
思わず舌打ちをしてしまうが、想定の範疇でもある。
なにせ、コウガだけは一度ファフニールと戦い、その異常なまでの鱗の硬さを身をもって体感しているのだ。
純粋な耐久値の高さもさることながら、それ以上に竜種本来の特性――固有スキルとして表れる〈竜鱗〉の効果によるものが大きい。
=========================
名前 :ファフニール
種族 :邪毒竜
性別 :♂
ランク:S
称号 :【終滅の災竜】
レベル:44
HP :3322/3322
MP :1651/1651
筋力 :1872(+80)
耐久 :1574(+80)
敏捷 :1765(+80)
魔力 :992
抵抗 :1294
幸運 :499
固有スキル:〈竜鱗〉〈瘴気生成〉〈瘴気操作〉
耐性スキル:〈状態異常無効〉〈氷結無効〉〈炎熱耐性Lv3〉〈精神耐性Lv4〉
〈物理耐性Lv5〉〈魔法耐性Lv4〉
魔法スキル:〈闇魔法Lv5〉
通常スキル:〈人化〉〈自己再生〉〈毒吐息Lv6〉〈爪撃Lv6〉〈尾撃Lv5〉
〈身体強化Lv4〉〈五感強化Lv3〉〈気配感知Lv3〉〈熱感知Lv3〉
〈瞬動Lv4〉
=========================
とはいえ、神の創った、この世界における最上級の武器をもってしても傷をつけられないほどとは、体感しているにしても過小評価がすぎたと言わざるをえない。
当時の自分がいかに無謀な戦いに挑んだのかということを痛感させられた。
「ガァァァッ――!!」
ノーダメージではあっても不快ではあったのだろう。ヘイトを稼ぎ、タゲを取るスキルを使ったものの、まだスキルレベルが低いこともあって、攻撃したコウガへとファフニールの意識が向く。
だが――こちらは二人なのだ。乃詠がタゲを取ることで、敵の意識外からコウガが攻撃を加えた。ならば今度は逆。役割が入れ替わっただけのこと。
「――やぁっ!!」
大跳躍の後、乃詠は両手に携えた剣を振るい、長い首を二つの刃で斬りつける。
確かな手応え――見れば、斬りつけたそこに、二本の刃傷が刻まれている。
だがしかし、肉を傷つけたのなら血がしぶくはずで――それはない。鱗を斬っただけだ。
「ほんと硬いわね!」
それでも、乃詠はファフニールの異常なまでに硬い鱗に傷をつけた。コウガではつけられなかった傷を。
神創武装の攻撃力はみな同じなので、単純に個人の能力値の差だ。
=========================
名前 :コウガ
種族 :アシュラオーガ
性別 :♂
ランク:A
称号 :【求道の修羅】
レベル:68
HP :2632/2632
MP :1145/1145
筋力 :1361(+160)
耐久 :1041(+160)
敏捷 :1104(+160)
魔力 :583
抵抗 :815
幸運 :353
固有スキル:〈阿修羅Lv3〉
耐性スキル:〈炎熱無効〉〈毒耐性Lv7〉〈腐食耐性Lv3〉〈麻痺耐性Lv4〉
〈気絶耐性Lv5〉〈恐怖耐性Lv4〉〈空白耐性Lv4〉〈邪気耐性Lv2〉
〈物理耐性Lv4〉〈魔法耐性Lv3〉
武術スキル:〈大刀術Lv9〉〈格闘術Lv7〉
通常スキル:〈身体強化Lv8〉〈気配感知Lv6〉〈直感Lv5〉〈洞察Lv4〉
〈瞬動Lv6〉〈魔纏Lv7〉〈魔纏・紅炎Lv6〉〈覇気Lv4〉
=========================
=========================
名前 :一色乃詠
性別 :女
年齢 :17歳
種族 :人間(異世界人)
称号 :【万能聖女】
レベル:81
HP :3750/3750
MP :4020/4020
筋力 :2035(+200)
耐久 :1712(+200)
敏捷 :2201(+200)
魔力 :2029
抵抗 :2275
幸運 :1570
固有スキル:〈救済〉〈聖結界Lv6〉〈聖治癒Lv7〉〈浄化Lv6〉〈祝福Lv5〉
〈聖別Lv5〉〈豊穣Lv5〉
耐性スキル:〈瘴気無効〉〈精神耐性Lv8〉〈苦痛耐性Lv8〉〈空白耐性Lv5〉
〈毒耐性Lv7〉〈闇属性耐性Lv6〉〈物理耐性Lv6〉〈気絶耐性Lv5〉
〈魔法耐性Lv5〉〈恐怖耐性Lv5〉
魔法スキル:〈水魔法Lv8〉〈風魔法Lv6〉〈火魔法Lv7〉〈土魔法Lv5〉
〈光魔法Lv6〉〈白魔法Lv5〉〈黒魔法Lv5〉
武術スキル:〈棍棒術Lv5〉〈格闘術Lv9〉〈剣術Lv5〉〈二刀流Lv8〉
通常スキル:〈製薬Lv6〉〈身体強化Lv10〉〈自動発動〉〈マップ〉
〈ナビゲーション〉〈鑑定Lv9〉〈解析Lv9〉
〈アイテムボックスLv7〉〈気配感知Lv7〉〈悪路走破Lv5〉
〈木登りLv5〉〈登攀Lv5〉〈危機感知Lv7〉〈空踏Lv7〉
〈魔纏Lv8〉〈念話Lv6〉〈暗視Lv5〉〈偽装Lv7〉〈成形加工Lv6〉
〈料理Lv7〉〈魔纏・紅炎Lv7〉〈挑発Lv6〉
=========================
乃詠はすでにファフニールのステータスを上回っているのだから、当然の結果といえた。
それでも鱗に傷をつける程度なのは、耐久値の高さ以上に〈竜鱗〉が仕事をしているということだ。
なればと、コウガは再び乃詠へと敵のタゲが移ると同時、大刀に魔力を注ぎ、大上段から振り下ろす。
神創武器はもともとS+級たる攻撃力が備わっているが、魔力を通すことでさらに攻撃力がアップするという特性があるのだ。
すっ、と。鱗に刃が入る感触があった。武器を引いたあとには、傷口から少量の血が流れ出ている。ファフニールにとってはかすり傷程度のものだろうが――攻撃は確かに通った。
続いて乃詠が魔力を通して斬りつけたときには、より深い傷を与えていたのが悔しくはあるけれど、そこは割り切るほかない。
コウガは、乃詠よりも弱い。ファフニールよりも弱い。それは紛うことなき事実であり、今すぐに覆せるものではないのだから。
(むしろ――望むところだ)
コウガはくっと口端を吊り上げる。
不敵に、好戦的に――心底楽しげに。