4章38 万能聖女、邪毒竜ファフニールに挑む2
そして自身も口にしていたとおり、特にすごいのがアークだ。
カオスコボルトからD+のカオスハイコボルト、そしてカオスコボルトガードマンと、二つもランクアップしている。
二つ目の神創武装を獲得してから二週間と少し、対ダンジョンボス戦へ向けて、乃詠たちはこれまで同様――いや、これまで以上の密度で、ひたすら個々のレベル上げに励んでいた。
一体目の試練ボス、もといコウガとの戦いのときに後悔したこともあり、乃詠もがむしゃらに魔物を倒しまくったが、それ以上に、低ランクのリオン、ギウス、アークを重点的にレベリングすることに努めた。
種族ランクによるステータス差はどうあっても埋まるものではない。特に彼らは元のランクが低いのだ。
仮にランクアップを果たせたとして――あるいは、レベル上限を超えてレベルが上がり続けるイレギュラーであったとして、たかだか二週間程度で埋まるほど、ダンジョンボスとの差は小さなものではない。
それでも、乃詠に任せきりは嫌だ、自分たちも戦いたい――という彼らの意志を尊重し、少しでも災魔とやり合えるようにすべくスパルタなレベリングを敢行したのだ。
個人レベルはもとより、武術系および各耐性スキルのレベル上げ――特に邪毒竜対策として最重要となる〈毒耐性〉を上げるための地獄の苦行もこなした。
これは乃詠が聖女であり、軽い毒なら傷もろとも治せる〈聖治癒〉、そしてあらゆる状態異常を解除する〈浄化〉を持っているからこその強行だ。
その中でも、アークの頑張りは群を抜いていたと言える。
もともと彼はステータスの数値以上に頑丈だ。体力もかなりあって、何よりメンタルが強靭すぎる。
それこそ不撓不屈の精神でもってほとんど休むことなく魔物と戦い、何度倒れても気合と根性ですぐに立ち上がり、再び魔物へと突貫していくその姿には、強者にしか興味のないコウガをして感嘆せしめたほど。
もはや彼は何度死にかけたかも知れない。実際、乃詠の〈聖治癒〉と〈浄化〉がなければ、どこかで命を落としていただろう。
まぁ、それをあてにしての無茶なレベリングではあったのだが、しかし怪我を治してもらえるにせよ、致命となる前に助けがあるにせよ、生半可な精神力と覚悟では苦痛の中に自ら飛び込んでいくなどできやしない。
何度も死の淵に立ちながらも決して折れず、臆することなく突き進むアークのことを、口では弄りつつも、乃詠はとても尊敬している。
そして戦うことが苦手なベガも、自分にできることで戦闘へ参加し、少しだがレベルが上がっていた。
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名前 :(ベガ)
種族 :カラミティヴィーヴル
性別 :♀
ランク:B+
称号 :-
レベル:19
HP :1486/1486
MP :676/676
筋力 :629
耐久 :532
敏捷 :537
魔力 :363
抵抗 :396
幸運 :236
固有スキル:〈竜鱗〉〈災渦Lv6〉
耐性スキル:〈毒耐性Lv5〉〈麻痺耐性Lv2〉〈混乱耐性Lv1〉〈魔法耐性Lv2〉
〈気絶耐性Lv2〉〈闇属性耐性Lv2〉
魔法スキル:〈白魔法Lv7〉
武術スキル:〈投擲術Lv7〉
通常スキル:〈変化Lv1〉〈爪撃Lv1〉〈尾撃Lv1〉〈命中Lv6〉〈飛行Lv2〉
〈裁縫Lv5〉
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(でも、まぁ――ここはスルーでいいわよね)
テロルソルデスと同ランクのギウスとアーク、そして一つ上のリオンには、この谷間はまだまだ経験値的に美味しい狩場となるだろうが――コウガの話では、谷底へ下りたあと、災魔のもとまでは、また強い魔物のナワバリを抜けなければならないそうなので、あまり無駄に体力や魔力を使うべきではない。
ボス部屋の前にはこれまで同様〝回復の泉〟があるとは思うが、そこまで保たずにポーションを消費する羽目になるのも避けたいところ。
災魔戦では何が起こるかわからないのだから、回復系のアイテムは極力温存しておきたい。
バトルジャンキーなコウガも「雑魚に用はねぇ」と言いたげだし、何よりこの鳴き声はあまりにも不快にすぎる。
ということで、ここは完全にスルーして、さっさと階段を下りることにした。
「――〈聖結界〉」
乃詠は自分を中心として、仲間たち全員をおさめる範囲の聖結界を張る。
だがそれは、通常の聖結界とは違うものだった。
「姐さん、またいっそう頭のおかしな超絶技を……」
「ちょっとリオン。取り繕うのが苦手にしたって、それは取り繕わなすぎるんじゃない?」
乃詠が展開したのは、その名も〝移動式どこでも聖結界〟である。もちろん命名は本人だ。
足元まで覆う完全キューブ状の結界で、普通は固定だが、これは中心とした術者の動きと連動している。要するに、乃詠が動けば結界も動く。
これもまた〝聖結界スーツ〟に匹敵する難度を有していた。
今回は少しでもコストを抑えるため、防御と遮音のみに限定している。
そうして迎撃すら必要なく、突撃してくるテロルソルデスたちを結界が弾いていくのを眺めながら階段を下りていくと――やがて底が見えてきた。
すると途端に敵の襲撃が止み、ほどなくして、一行は谷底へと降り立つ。
そこは、元の世界のペトラ遺跡を思わせる場所だった。
あのシークよりも数倍は深いし、地上よりも瘴気が色濃いので、とても綺麗な景色とは言いがたいが。
そしてそれをもっと台無しにしているのが、シークに棲みついている魔物だ。
「「「「グルルルルルルッ」」」」
岩陰や岩壁の穴から次々と姿を現し、唸り声を上げながら一行の前に立ちふさがるのは、魔物の中でも殊更に異形の種。
獅子の頭と胴体を持ち、首の付け根からもう一つ山羊の頭部を、背中には皮膜翼を生やし、尻尾の蛇がシュルリと舌を出して威嚇する。
『Aランクの『イヴィルキメラ』ですね。この谷底は、彼らの巣窟となっているようです』
こちらもまた戦闘意欲は旺盛。炯々と光る双眸が獲物を狙い定め、意気も高々に獰猛な咆哮を打ち上げるや、一斉に襲いかかってきた。
種族ランクはもとより、個々のレベルも総じて高めではあるが――
「ハハハハハッ――! やっぱこんぐれぇ強い相手じゃなきゃあ張り合いがねーってなもんだよなぁ! なぁノエ!?」
「だから勝手にあなたのお仲間にしないでくれる!?」
相手以上に戦闘意欲の高い戦闘狂が一刀で数体をまとめて両断し、同類と認めたくない準戦闘狂がすれ違いざまに急所を貫く。
Aランク中位程度の魔物も、すでに乃詠とコウガの敵ではない。圧倒的な戦闘力でもって、飛びかかってくるイヴィルキメラを端から狩っていく。
そして乃詠はときおり、適度にダメージを与えた個体をリオンたちへと回していた。
彼らは四人でその一体の相手をし、確実に仕留めていく。これまでと同じだ。
「――あれ? ねぇコウガ。こっちにいたイヴィルキメラ、あなたがやった?」
確かに右方にイヴィルキメラの気配がいくつかあったはずなのだが……いざ目を向けてみれば、そこには何もいなかったのだ。
「あぁ? んなわけねーだろ。オレが手ぇ出す必要なんざねーんだから」
「そう、よね」
まさかとは思ったがやはりコウガは違い、当然リオンたちでもない。感知ミスというわけでもないことは、残されたドロップアイテムが明白に物語っている。
(なんだか狐にでも化かされた気分だわ)
不可思議な現象に若干の不気味さを覚えつつ、向かってくるイヴィルキメラをバッタバッタとなぎ倒しながら谷底を歩くこと数時間。
行き止まりに突き当たり、乃詠たちは足を止めた。
もちろん、ただの行き止まりなどではない。
そこが一行の目的地――ダンジョンの終点。
「うぅん、エル・ハズネ」
岩肌を削って造られた建造物――それがあまりにも元の世界のエル・ハズネに似てたものだから、模倣したのではと本気で思ってしまう。実物を見たことがあるからこそ余計に。
「える、はずね?」
「なんでもないわ。気にしないで」
眼前の建物は『災魔の封殿』――このダンジョンの中心にして、ダンジョンボスたる邪毒竜ファフニールが封じられている場所だ。
「――ようやく戻ってきたぞ、クソ蜥蜴。今度こそぶっ殺してやる」
ギラギラと太陽色の瞳を凶悪に輝かせながら、コウガが牙を剥いて嗤う。
彼にとっては長く待ちわびていた瞬間だ。一度は挑みボコボコにされ、試練ボスとして縛られて以降、ずっとあの場所で蓄積し続けてきた怒りと恨みを晴らすことができるというのだから、滾らないわけがない。
精巧な細工の施された立派な柱の間を通って封殿の中へと足を踏み入れると、左手に設けられた部屋に、エメラルドグリーンの水が張られた水盤――ボス戦には欠かせない〝回復の泉〟があった。
三度目の使用となれば皆が慣れたもの。各々HPとMPを全快にし、さらにそこで少し休んで体力気力も回復させ、万全の状態となった一行は、小部屋から出ると、入口より正面に見える巨大な扉の前へと立つ。