4章37 万能聖女、邪毒竜ファフニールに挑む1
ダンジョンボスたる邪毒竜ファフニールがいるのは、この森の中心地――『災魔の封殿』と呼ばれる場所で、それは深い谷間の底にある。
「ひぇぇ……これ、落ちたら絶対死んじゃうやつっスよねぇ」
断崖には、絶壁に沿って階段が設けられているが、幅は乃詠が二人並べるほどしかなく、縁には柵や手すりがあるわけでもない。
誤って踏み外せば、谷底へ真っ逆さまだ。
「えぇ、そうね。でも安心して。骨だけはちゃんと拾ってあげるから」
「ちっとも安心できないんスけど!? 落ちる前提はやめてほしいっス!」
まぁ、仮にアークが落ちてしまったとしても、乃詠のスキルがあれば、谷底へ叩きつけられる前に助けられるのだが。
「この渓谷は、テロルソルデスっつー魔物の巣になってる」
「そっか、あなたは一度ここに来たことがあるのだったわね」
コウガは一度ダンジョンボスと戦っているのだ。
それは、これから乃詠たちが行く道を先んじて行き、突破して災魔へとたどり着いたことを意味する。
その点においても、彼が仲間であることは心強かった。
『テロルソルデスは竜の亜種、翼竜の一種で、種族ランクはC。空中機動には秀でておりますが、個々の戦闘力自体は高くありません』
「あぁ。亜竜種ってわりに、防御力は紙も同然だな」
「竜種なのに紙装甲」
亜種というのは、有体に言えば劣化種だ。最強種である竜から派生し、されど本家の性能には到底及ばない種族。
とはいえ、仮にも最強種の派生種族である。劣化種といえど、大抵の亜竜は相応の個体性能を有している。――大抵は。
何事にも例外というのは存在する。
「奴らが面倒な点は、その鳴き声だ。奴らの鳴き声には『恐怖』の状態異常が込められてる」
「テロルだものね」
このダンジョンの魔物は大抵、種族名の物騒な冠が特性を表しているのだ。
「ま、オレにとっちゃただ喧しいだけだがな」
『コウガ様はそうでしょうね。状態異常『恐怖』は、対象の身を竦ませ行動を阻害するというものですが、対象の個人レベルや抵抗値、種族ランクの高さによって効果の大小も変わりますから。耐性スキルを持っていなくても、Aランクならさしたる影響はないでしょう』
経験者と博識な相棒のレクチャーを受けながら、階段へと足をかける。
途端、渓谷に住み着く無数のテロルソルデスが活発化し、各々に鳴き声を響かせ始めた。
谷間に巣食うテロルソルデスの数は、少なく見積もっても二百体以上。
最初は十数程度だったそれも、共鳴するように数を増やしていき、そして無数に重なり合ったそれが、不快きわまる不協和音となって一行を襲った。
『キィヤァァァァァァァァァァ――ッ!!』
甲高い女性の悲鳴、もしくは赤子の絶叫を思わせるそれに、ぞわわわわっと背筋が粟立つ。
「な、何よこれ……状態異常うんぬんなんて関係ないじゃないの……ちょっとコウガ、これのどこが、ただ喧しいだけなのよ」
――スキル〈恐怖耐性Lv5〉を獲得しました。
「おまえのステータスならなんともねーだろ」
「そういう次元の話じゃないのだけど」
ケロっとした顔で不思議そうに首を傾げるコウガには、この不協和音を気にした様子はない。彼は種族ランクが高く耐性スキルも持っているから、状態異常そのものは欠片も効いていないだろう。
乃詠もそうだ。ステータスが高いし、称号によるご都合スキル獲得で耐性スキルも手に入れた。
だが――違うのだ。この鳴き声は乃詠の不快指数をぐんぐんと上げていき、SAN値をぐぐーんと削っていく。これはそういう類いのモノである。
そのへんは魔物と人の違い、もしくは個人の感じ方の違いなのか。
黒板を爪で引っかく音、または金属がこすれ合う音が平気な人もいるという。乃詠はどっちも苦手だ。
けれどもまぁ、ただ背中がずっとぞわぞわして鳥肌がヤバいというだけで、状態異常にかかったわけでもなければ、行動を阻害されるということもない。
種族ランクだけは高いベガと、称号効果に『ぶへんもの』という威圧・恐怖耐性のあるリオンも、乃詠と同じく不快そうに顔を歪めているだけで、特に身体的な影響はないようだ。
問題はギウスとアークだった。彼らはすっかり身が竦んでしまい、その場から動けなくなってしまっている。
「ぐぬぬぬぬぅ……恐怖になんか、負けて、たまるかっスぅ……! オイラは、お前らなんかに、決して屈しないっスよぉぉぉっ……!!」
黒い毛皮を逆立て、歯を噛みしめながらしばし唸っていたアークが、うがーっと吠えるや一歩を踏み出す。
驚くべきことに、彼は気合で『恐怖』の戒めを解いてのけたのだ。
「や、やったっス! 〈恐怖耐性〉スキル、ゲットしたっスよ!!」
「え、本当に?」
「本当っス! オイラは恐怖に打ち勝ったんス!!」
ステータスを見てみれば、本当に〈恐怖耐性〉スキルが生えていた。
「さすがはド根性ワンちゃんねぇ」
「だからワンちゃんはやめてほしいっス!?」
確かに、耐性スキルというものは大抵、その効果にさらされ続けることで獲得できるものだが、しかしそれとて容易ではない。幾時間、もしくは幾度もの尋常ならざる苦行を味わう羽目になるのだ。
だというのに、アークは数分にも満たない時間を耐えただけで、耐性スキルを獲得してしまった。
これはちょっとアークが異常だ。乃詠の称号さんでもあるまいに。
まぁ、彼は精神力がずば抜けて高いし、もともと耐性スキルを獲得しやすい体質なのかもしれない。
とはいえ所詮はレベル1。得意げに笑っているが口元が震えているし、顔色も真っ青で、瘦せ我慢をしているのが見え見えだ。……毛皮があるのに顔色がわかるとか、いったいどういう原理なのだろうか。
そしてギウスに至っては、本当にキツそうだった。
「……すみません、姐さん、僕ばかり、足を引っ張ってしまって……本当に情けない限りです……」
「気にしなくていいわよ、ギウス。落ち込むこともないわ。あなただって頑張ってそこまで強くなったのだもの。十分すごいじゃない。アークがちょっとおかしいだけよ」
「ひどい言われようっス!? オイラだってめちゃくちゃ頑張ったのに……」
「冗談よ。あなたも本当に頑張ったものね。偉いわ。でも異常なのは確かよ」
「それ、姐さんにだけは言われたくないんスけど」
「私の場合、私がおかしいんじゃなくて、称号さんがおかしいのよ」
「称号だってその人の立派な一部っスよ」
乃詠とアークのおかしい議論はともかく――事実として、彼らの頑張りはすさまじいものであり、二週間強という期間で、リオン、ギウス、アークに至っては上位種族への進化も果たしていた。
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名前 :(リオン)
種族 :カオスゴブリンハイソードマン
性別 :♂
ランク:C+
称号 :【傾鬼者】
レベル:22
HP :863/863
MP :357/357
筋力 :314(+100)
耐久 :272
敏捷 :292(+120)
魔力 :157
抵抗 :190
幸運 :130
固有スキル:〈混沌Lv5〉〈天下御免〉
耐性スキル:〈毒耐性Lv6〉〈麻痺耐性Lv3〉〈混乱耐性Lv2〉〈気絶耐性Lv3〉
〈闇属性耐性Lv2〉〈物理耐性Lv1〉
武術スキル:〈剣術Lv7〉〈居合Lv4〉
通常スキル:〈剛力Lv5〉〈俊足Lv6〉〈瞬動Lv4〉〈気配感知Lv3〉
〈先見Lv1〉〈直感Lv2〉〈瞑想〉〈錬魔気〉
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名前 :(ギウス)
種族 :カオスゴブリンガンナー
性別 :♂
ランク:C
称号 :【トリガーハッピー】
レベル:28
HP :656/656
MP :285/285
筋力 :220(+60)
耐久 :199
敏捷 :217(+40)
魔力 :122
抵抗 :133
幸運 :96
固有スキル:〈混沌Lv3〉〈射撃狂〉
耐性スキル:〈毒耐性Lv5〉〈麻痺耐性Lv3〉〈闇属性耐性Lv2〉〈気絶耐性Lv1〉
〈精神耐性Lv2〉〈混乱耐性Lv2〉
武術スキル:〈弓術Lv3〉〈射撃Lv4〉
通常スキル:〈遠視Lv3〉〈剛力Lv3〉〈命中Lv6〉〈気配感知Lv4〉
〈罠感知Lv2〉〈索敵Lv3〉〈俊足Lv2〉
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名前 :(アーク)
種族 :カオスコボルトガードマン
性別 :♂
ランク:C
称号 :―
レベル:12
HP :583/583
MP :230/230
筋力 :189(+100)
耐久 :203(+140)
敏捷 :153
魔力 :89
抵抗 :131
幸運 :81
固有スキル:〈混沌Lv3〉
耐性スキル:〈精神耐性Lv6〉〈物理耐性Lv5〉〈魔法耐性Lv3〉〈炎熱耐性Lv2〉
〈毒耐性Lv4〉〈麻痺耐性Lv2〉〈闇属性耐性Lv2〉〈気絶耐性Lv2〉
〈混乱耐性Lv2〉〈恐怖耐性Lv1〉
武術スキル:〈盾術Lv6〉〈棍棒術Lv4〉
通常スキル:〈自己再生〉〈噛みつきLv2〉〈爪撃Lv2〉〈殴打Lv4〉〈剛力Lv5〉
〈鉄壁Lv7〉〈不屈Lv5〉
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ちなみに名前が括弧表記なのは、正式に命名したわけではないからだ。正式名ではないが、仮の名前としてステータスが認識しているということである。
個体によってはレベル上限に達しても進化できない場合もあり、それは実際にレベルを上げ切ってみなければわからないため、無事に進化を果たせたことに皆、心底から安堵していた。
姿にそこまで大きな変化はないが、三人とも少しばかり身長が伸び、体格もややたくましくなっている。