3章36 万能聖女、ダンジョン攻略に乗り出す11
もう一つの神創武装、防具は『破邪の衣』と言った。
こちらは銀色の腕輪だが、その性質は武器と同じ。装着すれば、仮所有者にとっての最適な形状をした防具となる。
武器のときと同様、一つから六つに分裂したそれを、乃詠はさっそくとばかりに装着した。
すぐに腕輪が光り輝き、その光が首から下を覆い始める。
(魔法少女とかセーラー服戦士の着替えシーンみたい)
などと苦笑しながら眺めていると、やがて収束した光の下から――やたらと神聖さをかもす純白ベースの装束が現れた。
軽く自身の体を見回して、
「この装い、まるで聖女みたいね」
「なに言ってるんスか姐さん。まるでも何も、姐さんは正真正銘の聖女様じゃないっスか。それ以上、妥当な衣装もないっスよ」
自分に最適化された防具から受ける所感をこぼすと、即座に反応したアークから的確なツッコミをいただいた。
「そういえば、そうだったわね」
聖女固有のスキルを多用しているわりに、自分が正式な聖女だという事実をうっかり忘れてしまうくらいには、乃詠は自分の性質が聖女とはかけ離れたところにあると思っている。
「お姉さまほど聖女に相応しいお方はいないと、わたしは思います!」
「ハッ。笑いながら嬉々として魔物をボコる奴が最も聖女に相応しいとか、世も末だな」
「あなたはまたそうやって! お姉さまを侮辱することは、このわたしが許しませんよ!?」
「それで? 許せねーんならどうするってんだ、あぁ? 戦えもしねークソ雑魚のくせに、いっちょまえに吠えてんじゃねーぞ」
「っ、うぅっ……」
「あぁもう、喧嘩しないの」
この二人は、どうも相性が悪いのだ。
「ありがとね、ベガ。私のために怒ってくれて。それとコウガ。反論はまったくないけれど、そこを指摘するのやめてくれるかしら」
内心でため息を吐きつつ、余計なことを言うコウガには苦言を呈し、ベガは頭を撫でて宥めすかす。
ともあれ――神創防具の詳細を見てみれば、やはりこちらにも、武器以上に多くの特殊効果が付与されていた。
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◇神創武装『破邪の衣』
・等級:S+
・特殊効果:不壊/邪属性特効/最大HP+100/即死無効/毒耐性/物理耐性
魔法耐性(毒・闇・黒)/換装/収納(×3着)
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もともと着ていた服がどこにいったのかと疑問だったのだが、特殊効果欄を見て得心する。
要するに、この腕輪には〈アイテムボックス〉のような魔法的異空間が付属していて、換装と同時にそこへ収納されたのだ。
「にしても……白いわね」
装飾の金や差し色で黒に近い紺色が入ってはいるが、白の布地が九割を占める己の衣装を見下ろした乃詠は、思わずと眉をしかめる。
「これじゃ、カレーうどんが食べられないわ」
うどんに限ったことではないが、カレー系の料理に白の服は禁忌だ。食べるときに啜るのをマナーとする麺類となればなおのこと。
なら啜らなければいいという話になるが、それでも危険なことに変わりわなく、ただのライスカレーとて油断はできない。
必然的に、白い服を着ているときはカレー系の料理を食べるべきではない――という結論に至るのだ。
まぁ、食べる機会があれば、ただ着替えればいいだけの話なのだが。
「かれー、うどん? 食べる、ということは、料理なのですよね? わたしは聞いたことがありませんが、どんな食べ物なんですか?」
いまだ乃詠に抱きついたまま、こてりとベガが首を傾げる。
この世界にカレーうどん――いや、カレー自体が存在しないのか、はたまた彼女が知らないだけなのか。
「あぁ、カレーうどんですかぃ」
「リオンは知ってるの?」
「知識にあるだけですがねぃ。美味いらしいですが、ここらでは一般的な料理ではねぇみてぇでさぁ」
「そうなんだ」
カレー自体はどこかにあるということだ。そのうち探して見ましょう、と心のメモ帳に書いておく。まぁ最悪、なければ作ればいい。
今はまだこの世界に来たばかりなのでそうでもないが、きっといつか恋しくなる日が来るはず。それくらいには、乃詠はカレーが好きだった。
リオン以外は知識にもないらしいので、ざっくりと説明する。
「基本は茶色とか黄色とか、どろっとしてて見た目はちょっとあれなんだけど、スパイシーで香りがよくて、何よりとっても美味しいの。それをパンにつけて食べたり、お米の上にかけて食べたり、麺を入れて食べたりするのよ。私の好物の一つなの」
「茶色でどろっとだぁ? それじゃまるで、泥かウんっ――ぐむ」
「はーい自主規制。言いたいことも言いたくなる気持ちもわかるけど、それは口にしてはいけないのよコウガくん」
目にもとまらぬ速さでコウガの口を塞いで、にこり。とても綺麗な笑顔だが、逆らえない迫力があった。
もがもがと抗議していたコウガも、その圧力に圧されて素直に頷く。それを確認してから乃詠は手を放した。
「でも、衣服が白くて食べられないというのは?」
「カレーの黄色い染みは白だと目立つのよ。それに頑固で落ちにくいの」
『大丈夫ですよ、ノエ様。特殊効果の『不壊』とは、すなわち破れも汚れもしないということです。たとえカレーをこぼしてしまっても、染みができることはありません』
「あら、そうなの。なんて素敵な衣」
この格好のままでも気兼ねなくカレーが食べられるとわかったところで、乃詠はあらためて『破邪の衣』を装備した仲間たちを見回す。
リオンは和装だ。着物に袴のような下衣、鮮やかな模様の入ったファー付きの羽織を肩に引っ掛け、手には手甲を装着、足元は足袋のような履物。色合いが華やかで、実に傾いている。
同じく和装のベガは巫女服風。白衣をアレンジした上衣に、下は緋袴を可憐な感じに崩したスカートで、彼女の髪と瞳の色に非常にマッチしている。
ギウスはモスグリーンのかっちりとした詰襟の軍服だった。軍帽を被り、右肩から前身頃にかけて付けられた飾緒と左肩にかかるペリースが、彼の生真面目な風貌も相まって将校を思わせる。
アークは武器と同じ色合い――蒼と銀を基調としたアーマー装備だ。要所の守り以外は布装備で、鎧系としてはスマートな印象。いよいよもって聖騎士感をかもしている。種族的には暗黒騎士のほうが合っていそうなのだが。
コウガは種族名を裏切らぬ阿修羅のイメージ。上半身はほとんど裸に近く、体にぴたりとした被服面積の小さい黒衣に金板の装飾、条帛をかけ、下は裾が膨らんだズボンを履き、その上に腰布を重ねている。
防具はファッションとしても最適化されているらしく、いずれも各々の雰囲気や戦闘スタイルに合致した意匠となっていた。
「姐さん、姐さん! オイラの防具、どうっスか!? いかにも聖女様を守る聖騎士って感じでめっちゃよくないっスか!?」
前世からのものか、アークは聖騎士に憧れを持っているらしい。
輝かんばかりの笑顔を浮かべ、子供のようにはしゃいでいる。
「えぇ、とてもよく似合ってるわ。聖騎士(笑)アーク」
「あの、姐さん? ちょっとニュアンスがおかしいような気がしたんスけど。聖騎士のあとに(笑)が聞こえた気がするんスけど」
「気のせいよ、ワンちゃん」
「だからワンちゃんじゃないっスよ!?」
もはや定番となったアークとのじゃれ合いのあとで、乃詠はふと、ヴェノムスライムとの戦闘中に起こった不可思議な事象を思い出し、指にはめたリングを双剣へと変えた。
「ねぇナビィ。これ、どういうことかわかる?」
手元の剣を意識的に銃へと変化させながら、相棒へ問う。
核の破壊手段に頭を悩ませていたとき、唐突に〈射撃〉スキルを獲得するや、双剣が銃へと形を変えたのだ。その場限りのことでなかったのは、今あらためて意思を通し、双剣にも銃にも変化するのを見れば明白。
神創武装は装備者に最適な形を取る。だから、双剣こそが乃詠にとっての最適な武器だと疑う余地はなく、けれどもそのあとに別の武器へと形を変えた。
これはいったいどういうことなのか。
『ワタクシにもわかりかねますが、考えられるとすれば、ノエ様にとっての最適が二種あったということですね。優劣のつけられない同列の才がもともとあって、ノエ様の意思に応えるかたちで変化したのでしょう』
「最も適しているのが二つって、なんだか矛盾しているような気がしないでもないけれど……」
『あまり気にする必要はないかと。そういうものだと思って、大いに有効活用すればいいと思いますよ』
「まぁ、そうよね」
なんだかひとりだけズルしている気にもなってくるが、称号の件で一度、そのあたりは割り切った。なら今回も同じだ。相棒の言うとおり、ありがたく使い倒させてもらおう。
「これで武装は調いやしたね、姐さん」
「えぇ。次はいよいよダンジョンボスよ」
そして一行は、最終目標である災魔、邪毒竜ファフニールへと挑む。
お読みいただきありがとうございます。
これで1部3章は終わり、次話より4章『万能聖女、邪毒竜ファフニールに挑む』開始です。
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