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万能聖女がチートすぎる!  作者: 空木るが
1部 追放聖女と邪毒竜の森
35/105

3章35 万能聖女、ダンジョン攻略に乗り出す10

 


 ベガが涙を散らしながら悲鳴を上げ、堪らずコウガとリオン、少し遅れてアークが結界から飛び出す。


 しかし――彼らは直後、驚くべき光景を目にして、ピタリと足を止めた。


「……は?」

「……え?」

「……うぇ?」


 彼らが一様に素っ頓狂な声をこぼしてしまうのも無理はない。


 いかに乃詠の高いステータスをもってしても、ほんの数秒もあれば白骨化していてしかるべきところを、しかし彼女は五体満足で――どころかまったくの無傷で、平然とヴェノムスライムの体内に浮かんでいるのだから。


(聖結界は、術者の任意で自在に形状を変えられる。スキルの説明には、特に制限は書かれていなかった。であればと思って試してみたのだけど――上手くいってよかったわ)


 乃詠の全身は、パールのような虹色の薄膜――聖結界で覆われていた。


 通常はドーム型やキューブ型にして展開する聖結界を、ボディスーツのように纏っているのだ。頭の天辺から足の裏までピタリと、わずかな隙間もなく。

 もとより、聖結界は害になるもの以外は通すので、呼吸も問題ない。


(名付けるなら、〝聖結界スーツ〟といったところかしら)


 などと内心、その命名に得意げな乃詠は、単に上手くいってよかった程度に思っているが――実のところ、この運用法はとんでもないものだったりする。


 スキルの仕様上、確かに任意で形状を変化させることは可能だし、これといって制限は設けられていない。だが、あまりにも細かな造形はスキル自体のコントロールが非常に難しく、無駄にMPと神経を使うのだ。

 全身を薄膜で覆うような展開の仕方なんて、普通は思いついてもそうそうできるものではない。


 強度や効果なんかは設定として組み込めるが、形状操作はスキル使用者の技量に依存する。スキルレベルも多少はプラスにはたらくものの、あとは本人の努力と才能次第。

 全身をくまなく覆うとなれば尋常ではない技量がいるのだが――それを乃詠は思いつきでやってのけたのだ。もはや変態レベルである。


 そもそもの話、基本的に〈聖結界〉の役目は守護だ。オーソドックスなのがボックス型かドーム型であり、内部にいる者を守るだけならそれで十分。

 乃詠のように『聖結界で全身を包めば猛毒の中にも飛び込める』なんて頭のおかしい発想、普通は誰もしやしないのだ。


(この〝聖結界スーツ〟を纏っていれば、ヴェノムスライムの肉体に触れても溶けることはない。猛毒にやられて苦痛に悶えることも。――あとは、核を破壊するだけね)


 粘度の高いゲルの中をどうにか泳ぎ、核のもとへたどり着く。


 それに気づいたヴェノムスライムが核を動かそうとするが、その動きは遅い。こちらにとってはなんら影響を与えることなく、人の頭ほどもある血色の核へ、乃詠は双剣を突き込んだ。――が、


(まぁ、そりゃそうよね。でも……想定以上の硬さだわ)


 破壊どころか、核には傷の一つもついていない。


 見た目からして、端からヤワなものだとは思っていなかった。

 最弱とされるノーマルスライムの核は子供の力でも容易に砕けるようだが、ヴェノムスライムは仮にもAランク魔物。ある程度の硬さは想定していたものの、しかし手ごたえ的にはそれ以上。


 それに、乃詠の攻撃も十全とは言えない。地面に足がついているわけではないため踏ん張りはきかず、粘り気のある液体の中なので剣速も半減以下だ。


 それでも同じ場所へ何度も突きを繰り返せば、掘削よろしくいつかは破壊できるかもしれない。けれど――それも難しい。

 緩慢とはいえ、ヴェノムスライムが己の核を動かしているからだ。

 せっかく溶解を克服できたというのに、これでは倒すには至れない。


(何か、方法は……)


 と思考を回す乃詠の頭の中に、



 ――スキル〈射撃Lv5〉を獲得しました。



 もはや聞き慣れたスキル獲得の声が。


(え、なぜに射撃?)


 そして、その疑問に答えるようにして手元の双剣が光り輝き、そのシルエットが形状を変えていく。

 やがて変化を終え、その両手に握られていたのは――『銃』だった。ちなみにリボルバー。


(どういうこと?)


 もう疑問しかないのだが、今は戦闘中だ。余計なことを考えている暇などない。

 思考を占有しつつあったさまざまな疑問はひとまず頭の隅へと追いやり、乃詠は銃口を核へと押し当てると、間髪入れずに引き金を絞る。


 さすがにゼロ距離での銃撃には耐えられなかったらしく、立て続けに三発ずつ撃ち込んだところで核に亀裂が広がり――バキンッ! と砕け散った。


 途端、山のように盛り上がっていた粘体が崩れ落ち、同時に落下を始めた乃詠も危なげなく着地。

 どろりと沼のように広がったヴェノムスライムの肉体は、それきりもう、動くことはなかった。


「やった! 第二の試練、クリアよ!」


 拳を突き上げて、満面の笑顔で勝鬨を上げる乃詠。

 最初、絶対に倒せないと思った相手への勝利だからこそ――打倒法はなんだか締まらないものだが――喜びも一入だ。

 しかし、


「ざけんじゃねーぞ、てめぇっ!!」


 そのあとに続いたのは、コウガの苛烈な怒声だった。

 額に血管を幾筋も浮き上がらせ、眦を限界まで吊り上げたその剣幕は尋常ではなく、乃詠は我知れず息を吞む。


「私は、別にふざけてなんか――」

「ふざけてんだろーがよ!! なんの説明もなしに突っ込んでいきやがって!! わけもわからず自殺行為を見せつけられたこっちの身にもなりやがれ!!」


 これが平常時であれば「あら、私のこと心配してくれたの?」と茶化しているところだが……とてもそんなことを言える雰囲気ではない。

 彼の目は、その怒りは、あまりにも真剣そのものだった。


「お姉さまっ……!!」


 かと思えば、今度はベガが涙の粒を散らしながら抱きついてくる。そうして、ひどくしゃくり上げながらも、言うのだ。


「……っ、ひっく……お、お姉さまが、死んでしまったと、思って……本当に……本当に、わたし、怖かったんです……っ!」


 コウガの怒り。ベガの涙。そして、


「いえ、問題ないからこそ飛び出していったってのはわかってるんですがねぃ……何すんのかわかんねぇ状態では、さすがに肝が冷えやしたよ」

「僕もです……寿命が縮まる思いでした」

「姐さん、あんま無茶しないでくださいっスぅ……」


 リオンとギウスも顔は強張っているし、アークは捨てられそうな子犬みたいな顔をしている。


 そんな彼らの様子を見て、乃詠はようやっと気づいた。

 自分の行動が、彼らをひどく心配させたのだということに。


(……とても、ふざけてないだなんて言えないわね)


 もちろんふざけたつもりなどないが、軽率であったことは否めない。

 乃詠がもし逆の立場だったなら、コウガと同じように怒り責めただろう。

 思いついたことを早く試したいという気持ちが先走ってしまい、説明を怠った乃詠が全面的に悪い。


 それでも言い訳させてもらえるのなら――乃詠は仲間内で最も強く、また元の世界でも、周囲に頼られることはあっても心配される機会が極端に少なかったがゆえの弊害でもあった。


 自分が誰かに心配されるという発想が、もとより乃詠にはないのだ。


「……ごめんなさい。あなたたちを心配させるつもりはなかったの。ただ、ヴェノムスライムの攻略法を見つけたことにテンションが上がっちゃって……」


 仮従魔たちに関しては、別に乃詠を責めるつもりはなくて――しかし、彼女があまりにも落ち込んだ様子を見せるので、罪悪感が刺激されたリオンが慌ててフォローに入ろうとするが――しかし乃詠が顔を上げるほうが早かった。


 何やら覚悟を決めたような面持ちで、コウガをまっすぐ見上げる。


「コウガ」

「……なんだ」

「私のこと、一発殴ってちょうだい」


 瞬間、頭に上っていた熱が冷め、コウガの顔から一瞬にして怒りが失せる。

 そして――気持ち悪いものを見る目が、乃詠へと注がれたのだった。


「……なに言ってんだ、おまえ」

「え? ――あ、違うわよ!? 私にそういう趣味があるわけじゃなくて、今回の件の反省と戒めのために、よ! あなたたちが怒るのも無理はないもの。だから思いきりやってほしいの。それで手打ちとしましょう」


 疑惑と蔑みの色は消えたが、なおもコウガの眼差しは険しい。


「……オレに無抵抗の女を殴れと?」

「えぇ。いつものようにガツンと一発、良いのを頼むわ」

「誤解を招きそうな言い方すんじゃねぇ」


 いつものは、あくまで格闘の模擬戦だ。それにコウガは、試練ボスとして乃詠と戦ったとき以降、顔を狙っての攻撃は一度もしていない。


「あ、でも」


 乃詠が他の面々へと視線を向ける。


「もしこれで気が済まないなら、みんなの一発も甘んじて受け入れるわよ」


 ぶんぶんぶんっ! と音がしそうな勢いで首を横に振る仮従魔たち。


 なお、反省と戒めの一発をコウガにお願いしたのは、彼でなければ〝良いの〟が入れられないからだ。乃詠のステータスが高すぎて。

 痛みやダメージがなければ、反省にも戒めにもならない。


「もう心の準備はできているわ。さぁ――早く」


 目を見れば、乃詠が本当にそれを望んでいることがわかる。

 しかし、だからといってじゃあ殴るわ、とはならないのだ。


 確かに彼女には非がある。だがそれは、ある一面においてはコウガたちの我儘にすぎない。別に説明の義務などなく、ただそれがなかったがために無用な心配をさせられたという――ただの八つ当たりだ。


「…………はぁ。もういい」


 がしがしと頭を乱暴にかき、吐き捨てるように言う。


「オレも、ちっと言いすぎた。だが、あんなのはこれっきりにしろ」

「コウガ……」

「おまえの破天荒に振り回されんのは、もう二度と御免だ」


 戦闘狂で口も悪いが、根はいい奴で、ただツンデレなだけなのだ。

 素直じゃなさそうに見えて、わりと普通にデレている自覚が本人にあるのかないのか――そんな彼の態度に、乃詠は思わず笑みこぼれてしまった。


 まぁ、デレの割合が多いように見えるのは、相手が乃詠だからである。

 実のところコウガは、自分を負かした相手だけあって、すっかり乃詠に弱くなってしまっていた。

 弱肉強食という生物の本能。強者を好み、ストイックに強さを求める武人――なればこその、敬意と尊重。だが、決してそれだけではないだろう。彼も男なのだ。


「おい、なに笑ってやがる。ケンカ売ってんのか?」

「……ごめんなさい。なんでもないわ」


 ある種、乃詠の暴走でひと悶着あったものの、一行は試練を突破し、岩壁に設けられた扉の先へと足を進めるのだった。



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