3章33 万能聖女、ダンジョン攻略に乗り出す8
新たにダンジョン攻略の仲間に加わったアシュラオーガのコウガを連れ、一行は『試練の間』の奥――試練報酬の置かれた部屋へと足を踏み入れた。
六畳ほどしかない小さな部屋だ。中央に円柱状の台座が据えられ、美しい金の装飾が施された白い箱が置かれている。
箱の中にはシルクのような布が敷かれており、その真ん中にぽつんと一つ、銀色の指輪が乗っていた。
「これが、神創武装……?」
そう呟いた乃詠だけでなく、全員が困惑を顔に貼りつけている。
それはそうだろう。ナビィからの事前情報によれば、ここでは『破邪の矛』という名の神創武器が手に入るはずで――なのに目の前にあるのは、優美なれどシンプルな、ただの指輪なのだから。
どこからどう見ても武器には見えない。
「ナビィ、これはどういうことかしら?」
『ご安心ください、ノエ様。確かに現時点ではただの指輪ですが、装備すればその者にとっての最適な武器へと変化しますので』
「あぁ、そういうこと。さすが神創の武器ね」
納得し、ナビィへと向けていた疑惑の念を霧散させたときだった。指輪が淡い輝きを放ち始める。
何事かと思って見ていると、ややあって――なんとびっくり。一つしかなかった指輪が六つになっていたのである。
「なんか増えたわね。ちゃんと全員分」
『ダンジョンも武装も神が創ったものですからね。部屋に入った人数分の報酬が用意される仕組みになっていたのでしょう』
各々は一つずつ指輪を手に取って、適当な指に嵌める。
合わなかったサイズは自動的に調整され、しばらくすると再び光り始めた。
光は二つに分かれて乃詠の両手におさまり――二振りの剣と化す。
純白に銀の装飾の施された、美術品のように美しい剣だ。
最適化された武器とあってとても手に馴染み、まるで体の一部であるかのように軽い。
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◇神創武装『破邪の矛』
・等級:S+
・特殊効果:邪属性特効/防御貫通/命中補正/不壊
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鑑定せずとも、自然と脳裏に武器の情報が浮かび上がってくる。
さすが神創の武器というべきか、いろんな特殊効果がついていた。
「剣ねぇ……格闘のほうが得意だし、てっきりナックルとかに変化すると思っていたのだけど」
しかし装備者の最適へと変化する代物だというのなら、これが乃詠にとって最も相応しい武器なのだろう。
元の世界にいたままなら知る由もなかっただろうが、格闘術よりも剣術のほうが才能があるのかもしれない。
剣は剣でも双剣なのは、剣術ではなくおふざけのチャンバラで二刀流をやっていたのが影響しているのだろうか。
ちなみに謡は三刀流だった。彼女は見事に三刀流を再現していて、その咬合力にちょっと引いた。懐かしい。
――スキル〈二刀流Lv5〉を獲得しました。
当然のようにスキルを生やしてくれる称号さんである。
そして他の面々だが――リオンはもともとの得物と同様『刀』だ。
刃も拵えも、破邪とは真逆の黒一色ではあるが、そこに禍々しさはなく、まるで夜空を切り抜いたかのように美しい。
アークもまた元の武装と同じ『大盾』と『メイス』。神創武装にとっては盾も武器扱いらしい。
彼の身を完全に覆い隠す大きな盾は、蒼に銀の装飾が施され、メイスの意匠も同じ。いかにも聖武器といった感じだ。
元の武器と違わなかったのはもう一人。コウガは『大刀』だ。
柄は艶のある漆黒。プロミネンスのごとき朱色の刃は、内部に熱をため込んでいるかのようにほんのりと光を帯びていて、その表面には炎を思わせる金の紋様が刻まれている。
意外だったのは、ギウスとベガだ。
「ライフルってこの世界にもあるのね」
「ライフルと言うのですか、これは。魔導銃とは違うみたいですが」
「魔導銃?」
そちらのほうが乃詠にはわからない。
『魔導銃とは魔法杖――魔法を発動させる際の補助具の一種で、魔法を弾丸として撃ち出すものです。ノエ様の言う実弾を撃ち出す銃も、神時代には存在していましたが、件の大戦によって文明が滅びたことで、技術もろとも消失しました』
「あぁ……例の世界規模のドンパチね」
『その後、いわゆる古代文明でも劣化版と称すべき銃器は開発されたことがありますが、その都度、災魔やら何やらに製造元が滅ぼされたりして、今ではわずかに原型が残る程度であり、それが魔導銃です』
ギウスのそれは実弾銃だが、魔力で実弾を創り出す機能を備えている。
「MP切れがイコール弾切れってことよね」
『そうなります』
そしてどうやら彼は、銃が顕現すると同時に新たなスキル〈射撃〉を獲得したようだ。
それも報酬の一部だろう、とナビィ。潜在的に最適とされても、そのスキルを現時点で習得しているとは限らないのだ。
今回ばかりは、乃詠のもその恩恵だろうか。
「ベガの『円月輪』も別の意味で意外だったけど、才能として見るなら順当な武器なのよね」
意外に思うのは、彼女の見た目や性格のイメージに合わないからだ。
しかし、ベガには投擲の才能がある。スキルレベルも他と比べて異様に高く、その命中率は折り紙つき。
それらを鑑みれば、何より彼女に相応しい武器に違いないのだ。
「これが、わたしの武器……」
そう呟くベガの表情にあるのは、もちろん高揚などではなく。戸惑いもあるが、怯えの色が濃い。それを持つ手も、かすかに震えていた。
当然だろう。石なんかと違って、円月輪は殺傷力が高いのだから。
当たっただけで普通に斬れるし、首を狙っての一撃確殺も可能だ。
「大丈夫よ、ベガ」
乃詠はそんな彼女の肩に手を置き、安心させるように言う。
「お姉さま、わたし……」
「潜在的に相応しい武器なのだとしても、別に無理に使う必要なんてないわ。あなたはとっても優しい子だもの。そんなあなたが、私は好きよ。だから、これまでどおりでいい。あなたのことは私が守るから」
「……ありがとうございます、お姉さま」
瞳を濡らしてこくりと頷くベガだが、しかしその表情は晴れない。
きっと、彼女の中でもいろいろな葛藤があるのだろう。乃詠にも、なんとなくだが彼女の心の内が察せられた。
(私の気持ちは伝えた。あとは本人次第だわ)
最終的に武装を使うか使わないかを決めるのは、彼女自身だ。仲間とはいえ、これ以上は踏み込むべきではない。
ベガ自身が考えて出した答えを、乃詠は尊重する。
「――へぇ。元にも戻せんのか。こいつは便利だな」
新たな相棒を得てご機嫌に演舞していたコウガが、リングに戻したり武器に変えたりを繰り返しながら感嘆の声を上げている。
確かに、武器をそのまま持ち歩かなくてもいいのは非常に便利だ。リングから武器への変化も一瞬なので、不意の攻撃に対応できないという心配もしなくていい。
神創武装は、実に至れり尽くせりな武装であった。
ちなみに、コウガは一度ダンジョンボスに挑んだ身だが、試練ボスや神創武装の存在は知らなかったそうだ。
そのときに装備していたのは乃詠がへし折った大刀で、あれもそこそこ高い等級の武器らしいが、神創武装なしで災魔のもとへたどり着いたのだから、手も足も出なかったとはいえさすがと言えるだろう。
◇◇◇
一つ目の試練を突破し、神創武装『破邪の矛』を手に入れた一行が次に目指すのは、もう一体の試練ボスが待つ『試練の間』だ。
徒歩ではそれなりに時間のかかる道中、今までと同じく〝どこでも安全地帯〟たる聖結界にて野営を繰り返しながら、精力的に魔物を倒しレベル上げに励む。
乃詠とギウスに関しては、新たな武器とスキルを得たこともあり、慣れる時間が必要だった。
ここでまたナビィさんが謎に頑張り、再び〈マップ〉をアップグレードさせる。
今度は〈気配感知〉との連動だ。それにより、マップ上に生命反応が目に見えるかたちで表示されるようになった。
ざっくりと反応の種類で色分けもされていて、乃詠と仲間たちは青、魔物が赤、人類が緑。ただし、人類でも敵性の場合は周りが赤くなるらしい。
〈マップ〉のアップグレードによってレベル上げはより効率化した。そして動けない夜間とて、時間を無駄にはしない。聖結界の中で模擬戦を行う。
特に活発に行われていたのは、乃詠とコウガの手合わせだ。戦闘狂のコウガがもう一回、もう一回としつこくせがんでくるのである。
彼の重度の戦闘好きには困ったものだが、乃詠のほうもノリノリで応じるのだから大概であった。
なにせ――コウガは戦闘経験が豊富だから、とても勉強になるのだ。
大枠で見れば彼は脳筋だが、決して頭は悪くないし、むしろ技の駆け引きにも長じている。
力押し、繊細な技巧、欺瞞に速度の緩急――などなど、あらゆる戦闘技術でもって相手を翻弄し、一瞬の隙を突いては重い一撃を繰り出してくる。
ただ戦うことが好きなだけでなく、こと戦闘に関しては非常にストイックで、まさに称号どおりの〝求道者〟――それが彼の本質なのだった。
手合わせの合間にあらためて聞いてみたところ、やはりというべきか、コウガも人魂リサイクル組で――しかも、すべてではないが、人だったころの記憶が残っているという。
人だったころ――前世は、ずっと武者修行のようなことをしていたらしい。
茫漠とした記憶でしかないが、その過程でこのダンジョンへと挑み、死んだのだろうと、無感情に彼は言った。
すなわち彼は、前世でも今世でも人生を懸けた求道者なのだ。あるいは、前世がそうだったから、今世でも強さを求めたのかもしれない。
しかも意外と面倒見もいいようで、口は悪くとも要所要所で助言をくれる。それがまた、非常に的確なのだ。また、言葉だけでなく、動きや目線などでさりげなく気づかせようとしてくることもある。
ただ答えを示すだけなく、己で考えるように仕向ける――だいぶ荒っぽいくはあるが、彼には間違いなく指導の才能もあり、だからこそ彼との模擬戦は、乃詠にとって大変に実りのある楽しい時間となっていた。
そんなこんなで数日後――乃詠たちは二つ目の試練へと挑む。