表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万能聖女がチートすぎる!  作者: 空木るが
1部 追放聖女と邪毒竜の森
32/105

3章32 万能聖女、ダンジョン攻略に乗り出す7

 


 アシュラオーガとの決着がついたとき、乃詠はどうしようもなく、ここで彼が失われることを惜しく思った。

 彼がダンジョン攻略の仲間に加わってくれたならと、そう強く思った。


 要するに、乃詠はアシュラオーガのことを気に入ってしまったのだ。


 だから、とどめを刺せなかった。そしてその後、彼の心残りを聞き、事情を知ってしまったら、余計に彼を仲間に引き入れたくなってしまった。彼が仲間になってくれたらどれほど心強いだろうかと、そう思ってしまった。


 だがアシュラオーガは、試練ボスとしての縛りを受けている。その縛りがある以上ここからは動けないし、縛りをなんとかして解除できたとしても、試練ボスが存命であれば神創武装は得られないだろう。


 究極のジレンマだが――乃詠としてはどちらも欲しい。だから、称号さん並みにチートな相棒に『どうにかならないかしら?』と相談したのだ。


 我ながら無茶を言っている自覚はあったし、ほとんどダメ元だった。

 しかし頼もしき相棒から返ってきたのは『なりますよ』の即答であった。

 頼もしすぎるにもほどがある。


「……抜け穴、だと?」

「そう。なんか、試練ボスは必ずしも倒さなければいけないってわけでもないらしいのよね。普通に考えれば、試練報酬を手に入れるためには試練ボスを倒さなければならないのだけど――イレギュラーの発生も想定して、臨機応変に対応するようにシステムが組まれていたんだろう、って」


 この世界においてのイレギュラーはいろいろだが、アシュラオーガも十分にイレギュラー存在だと言える。

 魂リサイクル組にせよそうでないにせよ、彼は人並みの知性を持ち、魔物ながらに一度ダンジョンボスへと挑み、敗北した末に試練ボスとして配置されたのだ。普通の魔物ではありえない。


『ダンジョンに縛られている以上スキルによるテイムはできませんが、個体としてイレギュラーと判断すべき魔物を、実力などによって下し、仲間に引き入れるというのも想定した仕様になっていたのだと思われます。なにせこのダンジョンは、攻略させるために存在しているのですからね』


 つまるところ――少し前にもナビィが言っていたが、災魔を倒してくれるなら人でも魔物でも構わないし、もしイレギュラーが発生して戦力となるなら、それもまた大歓迎、ということだ。


 まぁ、その魔物が理性的でなく邪悪な存在であったなら、ただ災魔に取って代わるだけになってしまうのだが……とそんな仮定はともかく。


 そこには当然、試練ボスも含まれている。

 心よりの敗北を認め、挑戦者を報酬部屋へと通した試練ボスは、その時点でお役御免となり、『試練の間』から解放される――そしてその後は、また試練ボスに相応しい魔物が選ばれて配置されるのだ。


「……そんなんなのか」

「そんなんらしいのよ」


 微妙な顔をしているアシュラオーガに、乃詠も苦笑を返す。


「それで、どうかしら? 私としては、あなたも一緒に災魔へ挑めればいいと思っているのだけれど。勝率も上がるしね。でも、あなたが単独で殴りにいきたいというのなら、それでもいいわ」

「……わかった。おまえたちに協力してやる」


 さして悩む素振りもなく、アシュラオーガは協力を選択してくれた。


「そう。よかった。あなたがいれば、これほど心強いこともないわ」


 乃詠は満足げに頷き、アシュラオーガに〈聖治癒〉をかける。赤肌の巨躯が黄金の光に包まれ、みるみるうちに傷が癒えていく。伴って、鑑定したステータス上のHPもすっかり全快した。


「じゃあ、ダンジョンを攻略するまでよろしくね、アシュラオーガ――でいいかしら? 種族名以外に、なんて呼んでほしいとかある?」

「別に、何でもいい。だが――」


 なぜかチラとリオンを一瞥したあとで、彼はぼそりと付け足す。


「おまえが名前を付けてーってんなら、好きにしろ。オレは別にどうでもいいが、人間は呼び名にこだわるからな」


 何でもいいとか好きにしろとか言いつつ、すごく付けてほしそうだ。

 そっぽを向きながらもチラチラとこちらへ向けられる視線と、どこかそわそわと落ち着かない様子には、確かな期待があるように見えた。


 どうやら、アシュラオーガはツンデレらしい。

 ガタイのいい鬼がツンデレとか誰得――となりそうだが、少なくとも乃詠の口元は緩んでいた。

 戦闘中とは別人のようだからこそ、そのギャップが際立つ。外見に似合わぬその仕草が、なんだか妙に可愛らしく思えてしまったのだ。


 可愛い……顔面もけっこうイカついのだが。可愛いは確かに正義だが、乃詠の可愛いのストライクゾーンが広すぎる。


「……おい。その気色悪ぃ顔やめろ」


 ジロリと凶悪な眼光でもって睨まれても、照れ隠しなのが見え見えで。むしろ逆効果でさえあった。


「人の顔を気色悪いだなんて、失礼しちゃうわ」

「そうですよ! お姉さまほど綺麗な人なんてこの世界にはいません!」


 そこで割って入ったベガが、声を大にして物申す。

 巌のごとき巨漢を前に敢然と立ち、愛らしい瞳をキッと吊り上げて、臆することなく凶悪面を睨みつけている。


 本音か否かはともかく、大好きなお姉さまを貶されたことがよほど腹に据えかねたらしい。なまじ愛らしい顔立ちゆえに睨まれたところで迫力は皆無だが、気迫だけは本物だ。


「それはさすがに言いすぎだと思うけれど……」


 発言の内容はともかく、争い事が苦手なベガが自分のために奮起してくれたという事実に、乃詠は感激。一方、言われた当人は、ただでさえ凶悪な面をさらに凶悪にしてベガを見下ろし、唾棄するように言う。


「あぁ? うるせーな、クソ雑魚はすっこんでろ」

「ちょっと、私の可愛いベガにひどいこと言わないでくれる?」

「お姉さまぁ……」


 やはり怖かったのだろう。腕の中におさめたベガの体は震えていた。

 彼女を怖がらせたアシュラオーガを、今度は乃詠が睨みつけて抗議する。


 それに一瞬、喉を詰まらせて呻くアシュラオーガだったが、しかし直後〝それ〟を目にして、ひくりと頬を震わせた。


「……おい。どこが可愛いってんだよ。そいつ今、オレのほう見て笑ったぞ」

「言いがかりはやめてくれるかしら。私の可愛いベガが、そんな腹黒いマネするわけないじゃない」

「お姉さまぁ、このひと怖いですぅ」

「大丈夫よベガ。私がついてるわ」

「おい、今度は舌出しやがったぞ」

「いい加減にしなさい」


 と乃詠はアシュラオーガを叱りつけるが……実際、ベガは乃詠に抱きついて頭を撫でられつつ、アシュラオーガへ向けて『あっかんべー』をしていたのだった。

 それを知らぬは、彼女を抱きしめていて視界に入らない乃詠だけである。


 出会ったときから乃詠に心酔し、お姉さまと呼んで慕うベガは、乃詠に関する事柄に対してすっかり攻撃的で腹黒くなってしまったようだ。

 外野の面々が驚いているのを見れば、彼らも知らなかった一面らしい。

 まぁ、これまでにも片鱗はあったのだが。


「……チッ、バカバカしい。おら、さっさとしろよ」

「あぁ、名前だったわね」


 彼が名付けを望むなんて思いもよらなかったけれど、本人に求められたのなら特に拒否する理由もない。

 それもかなり期待されているらしく、責任は重大。だが腕は鳴る。


 乃詠は張り切ってアシュラオーガの名前を考え始めた。


『……〝アシュ〟に〝オガ〟ですか。あなたも懲りない人ですね。また嫌な顔されますよ?』


 即座にナビィにダメ出しされ、むむっと唸りながら再度、思案する。


「――よし、決めたわ。あなたは〝コウガ〟よ!」


 赤みの強い肌に、赤い髪。瞳も赤系統で、全体的に紅い。そして立派な牙を生やしている。

 紅牙と書いてコウガ。鬼といえば、やはり和風っぽい名前が似合う。


 やはり安直ではあるが、乃詠としては渾身のネーミングだ。ナビィからも『まぁいいでしょう』との控え目なお墨付き。

 自慢げに胸を張ってアシュラオーガの反応をうかがえば、彼のほうにも特に異論はないようだ。異論がないどころか、心なし嬉しそう見えた。


「じゃあ、あらためてよろしくね。コウガ」

「あぁ」


 今度こそ、アシュラオーガあらためコウガは、差し出された乃詠の手を取って握り返す。


 そうして最初の試練ボスとの戦いは、裏ワザを用いて試練ボスを仲間に引き入れるという、意外な決着を見せたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ