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万能聖女がチートすぎる!  作者: 空木るが
1部 追放聖女と邪毒竜の森
31/105

3章31 万能聖女、ダンジョン攻略に乗り出す6

 


 乃詠とアシュラオーガの戦闘が始まってから、一時間が経とうとしていた。

 当然ながらその間、二者は片時も休むことなく、ずっと戦い続けている。



 ――熟練度が一定に達しました。スキル〈身体強化Lv8〉が〈身体強化Lv9〉にレベルアップしました。



 幾度も拳と脚を交わしているうちに、称号効果によって必要熟練度が軽減されている乃詠の主要スキルが、また一つ上昇する。

 開戦時にあったステータスの差が、僅差へと近づく。



 ――熟練度が一定に達しました。スキル〈格闘術Lv8〉が〈格闘術Lv9〉にレベルアップしました。



 それは技術に関してもだ。

 何事もやれば一通りできてしまう乃詠は、もとより学習能力が高く、飲み込みが早い。

 相手は戦闘経験が豊富な、いわば戦闘のプロ。乃詠にとっては非常に優秀な教官なのである。

 相手にその意図がなくとも、実戦の中で勝手に技術を盗んでいくのが、ハイスペ令嬢の下位互換たる乃詠なのだ。


 一度食らったパターンの攻撃はもう食らわないし、アシュラオーガが繰り出した技を見よう見まねでやり返す。

 それを繰り返していれば自ずと熟練度が上がり、スキルレベルが一つ上昇すれば、伴って一段上の技術や動作が体に定着していく。



 ――熟練度が一定に達しました。スキル〈魔纏Lv6〉が〈魔纏Lv7〉にレベルアップしました。


 ――熟練度が一定に達しました。スキル〈魔纏・紅炎Lv5〉が〈魔纏・紅炎Lv6〉にレベルアップしました。


 ――熟練度が一定に達しました。スキル〈危機感知Lv5〉が〈危機感知Lv6〉にレベルアップしました。


 ――熟練度が一定に達しました。スキル〈空踏Lv5〉が〈空踏Lv6〉にレベルアップしました。



 乃詠の〈格闘術〉のレベルが相手を上回り、その他補助スキルのレベルも次々と上がっていけば必然、形勢は逆転し――アシュラオーガが徐々に劣勢となっていくのは、もはや自明の理だった。


「くッ……おま、……ほんと、なんなんだよッ……!」

「なんなんだって言われても。一応、聖女よ」

「はっ……聖女、だって? んな暴力聖女がいて、堪るかってんだッ……!」


 軽口は健在のようだが、今のアシュラオーガに先までの余裕はない。

 動きは目に見えて鈍くなり、技は精彩を欠いて、無理やり作られた笑みからも彼が限界であることは明白だ。


 対する乃詠は、不思議とまだまだ動けるし気がするし、やり合えばやり合うほどに技術でも圧倒していき――立場が完全に逆転した。


 防戦一方になったアシュラオーガは少しずつ攻撃を食らう回数が増え、ついには防御すらもままならなくなっていく。


 ほどなくして、二人の戦いは決着を迎えた。



 ◇◇◇



 ――古代遺跡風の建物の地下に設けられた『試練の間』は、つい先ほどまでの戦闘音が嘘のように静まり返っていた。


 床の上で大の字に倒れたアシュラオーガを、横に立つ乃詠が、静かな眼差しで見下ろしている。


「……平然とした面ぁ、しやがって……バケモンが」

「うら若き乙女に対して、それはさすがにないんじゃない?」


 ダメージと疲労が極限に達し、指先一つ動かせないアシュラオーガは弱々しく歯噛みするも、その表情はどこか清々しい。


「……オレにとっちゃ、これ以上ない、褒め言葉なんだがな」

「戦闘狂のセンスは理解しがたいわ」


 そうやって戯言に戯言を返すことで自分が逃げていることを、乃詠はちゃんと自覚していた。

 真なる決着を、意図的に引き延ばしている。――とどめを刺すことを、躊躇っている。


(私は、彼との戦いを楽しんでいた。それは認めるわ)


 バトルジャンキーに等しい自分の性質は断固として認めたくはないけれど、アシュラオーガとの戦いが楽しかったのは否定しがたい事実だ。それを否定するのは、自分自身を否定することになる。


 だから、認める。彼との戦いは楽しかった。――楽しかったから。

 本気で命のやり取りをしながらも、乃詠の主観では、スキルや技術を指導してくれたアシュラオーガにとどめを刺すのは、正直、気が進まない。


 しかし……いくら乃詠の気が進まなくても、彼は魔物で、試練ボスなのだ。

 彼を殺し、神創武装を手に入れて、乃詠たちは先へと進まなければならない。

 対価として身を捧げるとまで言ったリオンたちを、このダンジョンから解放するために。


 乃詠は一度目をつむると、胸中にわだかまる複雑な感情を押し込め、いろんなものを強引に振り払って、握りしめた拳を引き絞る。

 そしてわずかな溜めのあとで、その拳をまっすぐに撃ち出す――


「――――」


 その瞬間、アシュラオーガの口が小さく動き、紡がれた言葉を聞いて、乃詠は寸でのところで拳を止めた。


「ねぇ、今、なんて言ったの?」

「…………は?」


 現状への理解が追いつかず、アシュラオーガは鈍く瞬きをする。


「だから、今なんて言ったのかって訊いたのよ」


 アシュラオーガとしては戸惑うほかないが、こちらを見下ろす少女の、小さな唇から繰り返されたその声音には有無を言わせぬ強さがあって――だから、訝しげに眉を寄せつつも、彼は少女の望む答えを吐露するしかない。


「……結局、クソ蜥蜴を殺せなかった」

「それ。そのクソ蜥蜴って、もしかして邪毒竜のこと?」

「そうだが……それが、なんだってんだよ」


 意図を掴みかねたアシュラオーガが眉間のしわを深めるが、乃詠はそれにかまうことなく、拳を突きつけたままさらに質問を重ねた。


「あなた、邪毒竜ファフニールと戦ったことがあるの?」

「……あぁ。ほとんど手も足も出ず、ボコボコにされたけどな。試練ボスになったのは、そのあとだ。……奴は、ボロ雑巾みてぇになった無様なオレに、とどめを刺さなかった……生かしたんだ。試練ボスに、うってつけだっつってな。オレがこんなとこで飼い犬みてぇにつながれてんのは、クソ蜥蜴のせいなんだよ」


 そう吐き捨て、アシュラオーガは忌々しげに牙を剥く。


 報酬の番人ともいえる試練ボスは、配置された場所から動くことができない。

 闘争本能が生物の形をとったような戦闘狂たるアシュラオーガにとって、それはまさしく拷問そのもの。

 生かされたうえでいいように使われるなど、屈辱の極みだった。

 ゆえに邪毒竜ファフニールを心底から憎み、いつか絶対にぶち殺してやると誓ったそうな。


「なるほどね……」


 突きつけていた拳を引き戻し、腕を組んで黙り込んでいた乃詠は、ややあって顔を上げると、どこかいたずらっぽい笑みをアシュラオーガへ向けて言った。


「なら、そのクソ蜥蜴を、私たちと一緒に殴りにいかない?」

「……は?」


 ラスボスに挑むに際して、戦力が多いに越したことはない。乃詠たちは強力な戦力を得られ、アシュラオーガの望みも叶う――ウィンウィンの関係だ。

 だからこその勧誘だったのだが、しかしそれを、アシュラオーガは嘲るように鼻で笑い飛ばす。


「……なに言ってんだ、おまえ。オレの話、聞いてなかったのか? それとも、今の話を理解できないほどの、アホなのか? ……行けるもんなら、とっくに行ってるってんだよ。オレはクソ蜥蜴のせいで、ここに縛られて動けねぇ。おまえにとどめ刺されて、それで終いだ」

「敗北を認めたってことでいいかしら?」


 唐突に問われ、複雑そうな渋面ながらも、アシュラオーガは浅く頷く。


「……あぁ。今のオレじゃ、おまえには勝てねぇ」

「そう。その言葉が欲しかったのよ。――ほら、見て」


 おどけたように笑う乃詠の指差す先――ちょうどそのとき、重厚な音を立てて扉が開いていくところだった。

 その先にあるのは、報酬の置かれた部屋。試練ボスを倒さなければ開かないはずの扉が、なぜか試練ボスが倒されていないのに、開かれている。


「……どういうことだ?」

『あなたが心からノエ様への敗北を認め、それをダンジョンのシステムが汲み取ったからですよ』

「っ……誰だ」

『失礼。ワタクシは、ノエ様のスキルに付与された疑似人格にして、ノエ様の唯一無二の頼れる相棒、ナビィと申します』

「……スキルに付与された、疑似人格……? まったく意味がわかんねぇ……おまえ、ほんとなんなんだよ……」

「まぁ、細かいことはいいのよ。そういうものだと思って」


 ナビィについては乃詠もよくわかっていないので、それ以上説明のしようもないのだ。ただ受け入れてもらうほかにない。


「そんなナビィさんの言うところによると、このダンジョンのシステム――試練ボスの仕組みには、どうやら抜け穴のようなものがあるみたいなの」



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