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万能聖女がチートすぎる!  作者: 空木るが
1部 追放聖女と邪毒竜の森
3/105

序章3 万能聖女、悪魔認定で追放される3

 


(まさか、国外どころか世界の外――異世界に来る羽目になるとはね。……謡は大丈夫だったかしら)


 謡の思いつきで決まったシンガポール旅行だが、乃詠もけっこう乗り気だった。それが異世界召喚されたことでおじゃんになってしまって、少しばかり残念に思うと同時に、ひとり残してきてしまった親友のことが気にかかる。


 歌恋を人質に取った男以外は全員伸したが、ほとんどが意識を保ったまま痛みに悶絶していただけなので、すでに回復した者がいてもおかしくはない。


(でも、まぁ――謡だものね)


 ハイスペ令嬢の異名を持つ親友のことだ。その優れた洞察力とユニークかつ奇抜な発想力で、乃詠と歌恋が異世界召喚されたのだと即座に察したとしても、なんら不思議なことではない。

 そして、チンピラたちが〝目の前で二人の人間が忽然と消える〟という超常的な事態に混乱している隙に、颯爽と逃げ出したことだろう。


 ウィンク付きで「アデュー☆」なんて言いながらそそくさと走り去る、外見だけは大和撫子な姿がありありと目に浮かぶようだった。


(うん、まったく心配いらなかったわ)


 良くも悪くも心配し甲斐のない友人の心配よりも、今は自分たちの心配をしなければならないだろう。

 軽く頭を振って意識を切り替えた乃詠は、歌恋を背に隠すようにして前に出る。


「大変失礼いたしました。先ほどの彼女の態度や言葉は、突然見知らぬ場所へ連れてこられたことへの混乱ゆえのものですので、どうか寛恕ください」


 本来であれば謝罪とともに頭の一つも下げているところだが、しかし彼らに対してそれはしない。

 そもそもの前提として、こちらは被害者であり、彼らは加害者なのだ。その関係が明確なればこそ、必要以上に下手に出たくはない。


「私たちは今の状況を理解できていません。ご説明いただけますか?」

「――えぇ、もちろんです。それが私どもの務めであり、義務ですから」


 涼やかな声が応じ、左右に割れた神官服の者たちの間を一人の青年が進み出てくる。


 歳は乃詠の少し上くらいだろうか。光を受けて煌めく白金の髪に、深みのある碧の瞳。高い鼻筋はすっと通り、薄い唇が優美な弧を描く。

 パーツ配置は黄金比率で、頭身バランスや体型もまさしく理想的。何もかもが完璧にすぎてもはや現実味の薄い、まさに美術品のような青年だった。


 歌恋など、頬をバラ色に染め上げてすっかり見惚れてしまっている。

 熱に浮かされたようなその表情は、まさしく恋する乙女のそれで――もしかしたら一目惚れしたのかもしれない。


(まぁ、無理もないわよね)


 神絵師の描いたイケメンキャラが三次元化したような、元の世界では決してお目にかかれないだろう美男子なのだ。耐性がなければ、容易くハートを撃ち抜かれてしまう。


 性別に関係なく、美しいものなら常に絶世の美女が傍にいた乃詠にとっては、それこそ素晴らしい美術品を鑑賞する感覚だが。


(ちょっとモヤモヤするけれど……歌恋が誰に恋をしようと、私に口を出す権利なんてないもの)


 妹のハートを射止めたイケメン青年への微妙な敵対心が芽生えたとき、コツコツと一定のリズムで石床を叩いていた音が止み、長い脚を揃えた青年が乃詠たちのいる壇上の手前に立つ。


 そうしてあらためてこちらを見上げた彼は、歌恋を見たあとで視線を動かし、乃詠と目が合うや――なぜかフリーズした。


 綺麗な海色の瞳は見開かれ、優美な唇もまた半開き。世の全女性が嫉妬するだろう透き通った白い肌は、目元から頬にかけてうっすらと紅潮している。


 しばらく経っても、青年はピクリとも動かない。それこそ彼の時間だけが止まってしまったかのように、呼吸さえしていない気がして心配になった。

 それに何より、ずっと凝視されているのが非常に居心地が悪い。


「あの、どうしました? 大丈夫ですか? 息してます?」


 堪らず乃詠が声をかけると、青年は我に返ったとばかりにはっとして、何かを誤魔化すようにわざとらしく咳払いする。


「……失礼いたしました。少し見惚れ……いえ、少し考え事をしていただけなのでお気になさらないでください」


 そう言って取り繕うように美しい笑みを作り直した青年は、姉妹へと優雅な礼を取ったあとで口を開く。


「ようこそおいでくださいました、聖女様方。私はファライエ聖皇国の第一皇子、ロレンス・ヨハネ・ファライエと申します」


 洗練された所作に、端々から滲み出る気品。ついでに美しいかんばせ――それだけで青年が高貴な身分であることは察せられたが、王子様っぽい見目や印象だけでなく、本物の皇子様だったらしい。


 けれども乃詠にとって青年の身分など些事にすぎない。

 いま最も重要なのは、現状の把握と今後についてだ。


「私たちは聖女としてこの世界に召喚された、ということで間違いないですか?」

「はい、仰るとおりです。お美しいだけでなく、とても聡明な方なのですね。だからこそ、女神様もあなたをお選びになったのでしょう」


 高貴な者特有の美辞麗句は聞き流し、乃詠はかすかに目を細める。


(女神様がお選びになった、ねぇ)


 とんと身に覚えのない話だ。その女神様とやらに会った記憶もないし、勝手に選んで聖女なんてものにされても困る。


「少々想定外はありましたが」

「想定外、ですか?」

「えぇ。過去に召喚された聖女様はいずれもお一人だったようですし、今回もそう聞いておりましたので。まさかお二人も召喚されるとは思ってもみませんでした」


 巻き込まれ系――という単語が、乃詠の脳裏に浮かぶ。

 無論、聖女に選ばれたのは歌恋で、巻き込まれたのが乃詠だ。


「とはいえ、我々にとっては嬉しい誤算でしかありません。今後を思えば頼もしい限りですから」

「私たちは、なぜ召喚されたのですか?」

「詳しくはのちほどゆっくりと。この場では簡単にではありますが、順番にご説明いたします」


 そう前置きをして、ロレンス皇子は話し始めた。



 ◇◇◇



 まずは――この世界『アルス・ヴェル』について。


 いわゆる剣と魔法の王道ファンタジー世界で、レベルやスキル、ステータスといった概念が存在している。

 魔物を倒すなどして経験値を得ることでレベルが上がり、レベルが上がれば能力値が上昇して強くなる、まさにゲームのような世界だ。


(やっぱりいるのね、魔物。きっと盗賊なんかもいたり、戦争なんかも普通に行われていたりするのだわ。予想はしていたけれど……かなり物騒な世界に来てしまったみたい)


 表面上は努めてすまし顔を作りつつも、内心で嘆息する。

 ゲームやその手のラノベは好きだが、空想と現実を混同するほど乃詠はおめでたい人間ではない。



 次に――ファライエ聖皇国について。


 慈愛と整合の女神アフィリアンテの名と加護のもと、公正公平にして世界の守り手の一翼を担う聖域であり、世界で唯一『聖女』を生む地。

 女神の代弁者たる守巫女を抱え、神託を絶対とした神聖なる政を皇室が、神事に関連することは神殿が担うことで成り立っている。


 ファライエ聖皇国は完全中立。周囲との政治的なことには一切関与せず、他国を侵すことなく、また他国もこの国を侵せない。聖域を侵し、もし聖女が生まれなくなってしまったなら、滅ぶのは国一つではなく世界そのものだからだ。



 そして――聖女について。


 女神アフィリアンテが素質を持つ者に与える称号であり、その際に獲得する固有のスキルが世界を維持する役割を担うため、聖女はこの世界にとって非常に重要な存在となっている。


 聖女固有のスキルで最も重要なのが四つ。聖女はその内の一つを所持――特化していて、それは称号にも表れる。



【治癒の聖女】

 固有スキル〈聖治癒〉を所持。

 怪我や病気を治す力に特化。


【清浄の聖女】

 固有スキル〈浄化〉を所持。

 瘴気の浄化や邪悪を祓う力に特化。


【守護の聖女】

 固有スキル〈聖結界〉を所持。

 対攻撃や対魔の結界による守護に特化。


【豊穣の聖女】

 固有スキル〈豊穣〉を所持。

 土壌の回復や植物の成長促進の力に特化。



 聖女に選ばれた者に称号が授けられるのは、肉体と精神がある程度、出来上がる年頃の十歳。それに合わせるかたちで、ファライエ聖皇国では十歳になった子供の洗礼が行われ、同時に女児のみ称号の確認が行われる。


 そうして聖女の称号を授かった者はそのまま神殿へと入り、養育され、十五歳の成人を迎えたあと、それぞれの称号を持つ聖女が最低一人ずつ、各国の神殿へと派遣されるかたちになっている。


 余談だが、神の加護を受けた聖域はもう一か所ある。

 太陽と戦勇の女神アテナイアソアレのお膝元、神聖アストレア王国――世界で唯一『勇者』を生む地だ。

 守りに特化した聖女に対し、勇者は戦うこと特化していて、聖女よりも数は少ないが、勇者もまた最低一名が各国へと派遣されている。



 ◇◇◇



 ロレンス皇子の説明がひと段落ついたとき、乃詠は思いっきりため息を吐きたくて堪らなくなった。


(……聖女の役目、重すぎない?)


 世界の維持とか、話のスケールがあまりにも大きすぎてピンとこないが、とんでもなく重大なお役目であることだけは嫌でもわかる。一介の女子高生には荷が勝つどころの話ではない。

 というか、そもそも――


「今の話を聞く限り、現地の聖女で十分間に合っていると思うのですが。わざわざ異世界人を召喚する必要があるのですか?」


 すると、小さく顎を引いたロレンス皇子の顔から穏やかな微笑が消えた。

 そしてやや険しさを帯びた面持ちで、質問への答えを口にする。


「まず、同じ聖女様でも、異世界から召喚される聖女様は〝特別〟です。異なる世界を渡るにあたり、身体的にも能力的にも現地の者にはない力を得るとされる召喚聖女様は、最初からステータスがずば抜けて高く、成長も早いのです」


 要するに異世界人はハイスペック。

 ゆえにこその〝特別〟なのだと。


「それでも、平時であれば必要はありません。ですが先日、アフィリアンテ様より守巫女様へ神託が下されたのです。――近々〝災乱期〟に入ると」


 災乱期――数百年の周期で訪れ、短くて数年、長ければ十数年にわたってさまざまな厄災が降り注ぎ、世界に大きな混乱をもたらすとされる。


「降りかかる災いの規模や軽重はそのときどきで変わりますが、現地の者だけでは対応しきれない可能性もあります。ゆえに異世界から特別な力を持つ聖女様や勇者様を召喚し、厄災から人々を守るためにお力を貸していただくのです。まだ連絡はありませんが、近々勇者様も召喚されるでしょう」

「その災いというのは、具体的にはどのような?」

「そうですね、過去の例を挙げるなら――」


 訊ねたことを、乃詠はすぐに後悔することになる。

 まぁ遅かれ早かれ聞く羽目になっていたと思うが。



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