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万能聖女がチートすぎる!  作者: 空木るが
1部 追放聖女と邪毒竜の森
25/105

2章25 万能聖女、協力要請を受ける10

 


 ファンタジーの筆頭、ファンタジーを体現するのにこれ以上ないのが、魔法という超常現象である。

 ゆえに乃詠のテンションが上がるのも無理からぬことであった。

 

(謡とよく、ふざけて魔法の呪文とか考えていたのよね。懐かしいわ)

 

 惜しむらくは、この世界の魔法には呪文詠唱が存在しないことだが――それでも魔法は魔法。内心うきうきとしながらスキルを発動し、空中に一口サイズの水球を生み出す。

 

 これはレベル2で覚えられる初歩的な魔法『ウォーターボール』で、本当はバレーボールくらいはあるのだが、イメージで調整したら小さくできた。

 魔法としての形状は決まっていても、大きさなどは自由に変えられるらしい。

 

 ちなみに、この世界の魔法に呪文詠唱は存在しないが、発動までの待機時間があって、これがいわゆる詠唱時間とされている。

 この詠唱時間は、威力や規模の大きな高レベルの魔法ほど長くなる。

 

(時間があればいろいろ試してみましょう。楽しみだわ)

 

 心躍るまま、生成した小さな水球を口の中へと放り込む。

 

「よかった、普通に飲めるみたい。みんなもいる?」

「はいはい! オイラ、欲しいっス!」

「お姉さま、わたしもいただいてよろしいでしょうか?」

「もちろんよ。好きなだけ飲んでちょうだい」


 リオンとギウスも控えめながら欲したので、大きな水球を中心に浮かせ、そこから各々自由にすくい飲めるようにした。

 

 水の確保はできたので、あとは食事だ。

 

 食材は、魔物ドロップである『ジェノサイドベアの肉』が一つと『キラーウルフの肉』が二つ。後者は仮従魔たちの獲得品である。

 魔物ドロップは、魔石以外は確率でのドロップとなるため、倒した四体中、二体しか肉を落とさなかったということだ。


 ジェノサイドベアの肉はB級素材とあって普通に美味しいみたいだが、キラーウルフの肉はF級素材で、あまり美味しくない……というか、不味いらしい。

 ただ不味いだけで、食べられないというわけではないので、餓死寸前の状況であればご馳走だろう。


  実際、ナビィ情報によると、ウルフ系のドロップ肉はどれもそんな感じだが、単価は安くとも買い取り自体は行われていて、そういった低級肉は貧民層へと流れていくのだという。

 

「お肉、みんなも食べるわよね?」

「もちろん食いやすが、あっしらはキラーウルフの肉で十分でさぁ」

「えぇ。食べ慣れていますし、ジェノサイドベアを倒したのは姐さんですから」

「え、オイラはジェノサイドベアの肉が食べ――んぐっ」


 ギウスが笑顔のままアークの口を塞ぐ。


「どうぞ、姐さんだけで」

「なに言ってるの。最終的に仕留めたのは私かもしれないけれど、最初に戦っていたのはあなたたちなのだから、これはみんなの戦果よ。私が独り占めするわけにいかないわ」

「いえ、ですが……」

「もともとあとで分配しようと思っていたの。一緒に行動することになったのはちょうどよかったわ」


 それでも遠慮して渋る、とても謙虚で慎み深いギウスたちに、乃詠はどうしたものかと眉を下げる。――と。そこで、口を塞いでいたギウスの手を力尽くで引っぺがしたアークが、仲間たちの説得に回った。


「慈悲深く太っ腹な姐さんが、オイラたちに美味しい肉を恵んでくれるって言ってるんスよ? その優しく寛大な御心を無碍にするなんて、それこそ失礼だとは思わないっスか? オイラたちが固辞することで、むしろ姐さんを悲しませることになるとは、思わないんスか?」


 諭すように言うアークに、他の面々の心が揺れるのがわかった。


「何より――考えてもみてほしいっス。今のオイラたちには、ジェノサイドベアは倒せない。オイラたちの力では、ジェノサイドベアの肉にありつくことはできないんスよ!! そんなジェノサイドベアの肉にありつける、この絶好の機会を見逃すんスか!? 上ランク魔物の超絶美味な肉をタダで食せるこの機会を!? ――答えは断じて否っス!! ここは姐さんのご厚意に甘えて、遠慮なくゴチになっとく場面なんスよ!!」


 乃詠の援護をしつつも、欲望がダダ漏れだった。

 彼を見る仲間たちの視線が冷ややかなものになる。


「あなたって本当に気持ちのいい性格してるわよね。好きよ、そういうの」

「へぁう……!? ね、姐さんが、オイラのことを好きって……! へ、へへへ、いやぁ、なんスかねぇ、オイラ、モテ気到来なんスかねー?」

「お姉さまは、あなたの性格を好ましいと言っただけで、恋愛的な意味で好きだと言ったわけではありませんよ。妙な妄想は大概にしてください」

「ベガの視線と声が、冷たいどころか極寒っス!?」


 なんてアークとベガのやり取りを微笑ましく見やりつつ、全員が折れてくれたことを確認して、乃詠は結界内に落ちている小枝を拾い始める。

 言うまでもなく、肉を焼く火を熾すための薪にするためだ。

 ギウスとリオンもそれに倣い、少し遅れて、アークとベガも慌てて小枝拾いに参加した。


 探すまでもなく、枝はそこかしこにたくさん落ちている。範囲を広めに設定し構築していた結界内だけでも、短時間で十分な量を集めることができた。


(でも確か、乾いた枝じゃないと燃えないのよね)

 


 ――スキル〈風魔法Lv5〉を獲得しました。

 


(というか、そもそも火がないじゃない)

 


 ――スキル〈火魔法Lv5〉を獲得しました。

 


【万能聖女】の、このイージーさよ。

 ありがたく使わせてもらうけれども。


 そうして十分に集めた枝を〈風魔法〉で一気に乾燥させる。

 比較的まっすぐな枝は、肉を刺すための串として除いておいた。


 枝と同じくあちこちに落ちている石も集め、作った囲いの中心に、乾燥させた小枝と枯葉を一緒に積み上げて、魔法スキルで火をつける。

 

 それから乃詠は、あらためて〈アイテムボックス〉からジェノサイドベアの肉を取り出すと、紐を解いて葉っぱの包みを開く。


 デデンと重量感たっぷりに鎮座するのは、かなり大きな肉塊だ。十キロはあるだろうか。五人で食べても、よほどの大食いでなければ余るくらいだ。


 すぐさま〈浄化〉をかければ、不気味な薄紫色が、綺麗な赤色へと変化した。

 やはり熊肉だからか、脂身が多く、赤みが強い。実に美味しそうである。


(そういえば、切るものもないのよね。風魔法でいけるかしら)

 

 初歩の〈風魔法〉に『ウインドカッター』がある。これを上手く使って、包丁代わりにできればと考えたのだが……実際に試したところ、威力を絞ったりしてみても、包丁のような繊細な使い方は無理そうだった。

 

(魔法がダメとなると……)

 

 ちらりと、乃詠はリオンを見る。正確には――彼の持つ〝刀〟を。


 視線の意図を機敏に察したリオンが、スッと目を逸らす。だがそれに構わず、乃詠は胸の前で指先を合わせると、こてんと首を傾けて〝お願い〟するのだ。


「ねぇリオン。お肉を切るのに、あなたの刀を貸してもらえないかしら?」


 大変にあざとい。けれど、嘘の吐けない、すなわち演技のできない乃詠である。意図してやっているわけではない。それがなおのことタチが悪かった。


「…………えぇ。姐さんの頼みとあれば、あっしに断ることなどできやせん。あっしがやりやしょう」

 

 灰色の肌がほんのりと赤らんでいるものの、答えるまでの間が、彼の葛藤と複雑な心境をありありと語っていた。


「ごめんなさいね。魔法がダメとなると、他に思い浮かばなかったの」

「いえ、気にしねぇでくだせぇ。肉を切る、という使い道で言えば、戦闘で魔物を切るのと変わりはねぇわけですし。ただ、心情的に複雑なだけで」

「でも、あなたたちも今までドロップ肉を食べていたのよね? そのときはどうしてたの?」


 聞けば、彼らは自作した石器のナイフを使っていたらしい。

 ギウスの武器である矢の鏃もそうだが、石器くらいなら作るのはそこまで難しくないとのこと。

 残念ながら、彼らのパーティーにナイフ使いはいない。肉を切るときにしか使わないので、拠点に置いてあるそうだ。


「その発想はなかったわね。私にも作れるかしら? やっぱり大事な刀を包丁代わりに使うのは申し訳ないし」

「なら、僕が作りましょう。難しくないとはいえ、手間がかかるのは確かですからね。少しお時間をいただけるのなら」



 ――スキル〈成形加工Lv5〉を獲得しました。



「あ、それには及ばないみたい。加工するスキルを獲得したから」

「……そうですか」


 なんとも言えない顔をしているギウスには苦笑を送りつつ、戦利品であるジェノサイドベアの爪を取り出し、仮従魔たちの許可を得てスキルを発動――あっという間に、立派な黒いナイフが完成した。


 この〈成形加工〉は、魔力を使って物質を任意の形に加工するスキルだ。

 あまり細かい造形は不可能だが、ナイフなどの単純な形であれば、問題なく成形できる。


「あとで鏃も作りましょうか?」

「ぜひ。助かります、姐さん」


 そんな約束をギウスと交わしながら、作ったばかりのナイフで肉を食べやすい大きさにカットし、取り分けておいた枝に四つずつ刺していく。

 それを焚火で焼き上げれば、香ばしい匂いが暴力的なまでに食欲を刺激した。


 惜しむらくは、調味料がないことだが……


「――んんっ!」


 焼けた串肉にかぶりつけば、じゅわりと、肉汁とともに旨味があふれ出す。

 硬いと柔らかいの、ちょうど中間くらいの歯ごたえ。噛めば噛むほど、強い肉の味と脂身の甘さが、渾然一体となって舌の上に広がっていく。 


「なにこれ、すっごく美味しい! 調味料なんてむしろ要らないくらいお肉の味が濃いのに、特にクセもなくて食べやすいし! さすがB級食材ね!」


 熊肉は獣臭さが強く、下処理などに気をつかうそうだが、ただ焼いただけのジェノサイドベアの肉には、独特な臭味がまったくない。


 名前にベアがついていて見た目が熊でも、やっぱり普通の熊とは違うのだろう。

 まぁ、肉の塊がドロップするという時点で普通ではないのだけど。


 焼肉よりも煮込みのほうが向いてそうだ。


「ジェノサイドベアの肉って、こんなに美味かったんスねぇっ……! あぁ……オイラいま、さいっっっこうに幸せっスぅぅっ……!」

 

 一番ジェノサイドベアの肉を食べたがっていたアークは、そのあまりの美味さに感動し、大げさなまでに滝のような涙を流しながら、全力で幸せを噛みしめているようだった。

 

「本当ですね、お姉さま! とっても美味しいです!」

「脂身のほうが多いのに、全然しつこくないですね。むしろ脂身のほうにこそ旨味が感じられます……これは、本当に美味しい」

「これは確かに絶品でさぁ。酒が欲しくなるなぁ……」

「リオンは酒飲みだったのかしら?」

「かもしれやせんねぃ」


 わいわいと、死の霧が充満するダンジョン内とは思えないほど、和やかで賑やかな空間がそこにはあった。

 

(やっぱり、賑やかなのはいいわね)


 しみじみと噛みしめつつ、乃詠は穏やかな気持ちで肉を食む。


 そうして食事を終えたあとは、安全な結界の中でスヤスヤと眠り――翌日。

 乃詠たちはいよいよ、封印と試練のダンジョン『邪毒竜の森』の攻略に乗り出すのだった。



お読みいただきありがとうございます。

これで1部2章は終わり、次話より3章『万能聖女、ダンジョン攻略に乗り出す』開始です。


少しでも面白い、続きが気になると思ってもらえましたら、ブクマや評価をいただけると執筆の励みになります。

すでにいただいている方は、ありがとうございます。いいねも嬉しいです。


引き続き、拙作をよろしくお願いします。

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[一言] 毎日楽しい作品を拝読させていただき、ありがとうございます。 そして1部2章の終了、大変おつかれさまでした。 今回は1日2話の投稿だったのですね。 すっかり毎日1話更新だと思っていた私は、2…
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