2章24 万能聖女、協力要請を受ける9
「私ね、異世界から召喚された聖女なの」
そうカミングアウトすれば、彼らは一様に目を見張り、驚きをあらわにする。
聖女は聖女でも、現地聖女ではなく召喚聖女だとは思ってもみなかったようだ。
「でも、最初の鑑定でなぜかステータスが文字化けしちゃって、それを見た神官が『それは悪魔の言語だ』と断定しちゃったから、そのまま悪魔と間違えられて、排除対象にされた挙句に転移アイテムでここに飛ばされてしまったのよ。結局、あとでステータスを確認したらちゃんと見れるようになっていたのだけど――」
そうして、彼らと出会うまでのことをざっくりと話し終えたとき、まず声を上げたのはベガだった。
予想どおりというべきか、その瞳に本来の色よりも赤く燃える炎を灯して。
「ひどいです! こんなにも美しくてお優しいお姉さまを悪魔だなんて! 失礼にもほどがありますし、その人たちの目はどれだけ節穴なのですか!」
「ほんとっスよ。その神官、頭おかしいんじゃないっスか? 姐さんの話を聞こうともせず討伐命令を出した皇子も大概っスけど。聖皇国はバカばっかっスね」
憤慨するベガに続くアークも、口をへの字に曲げながら辛辣な感想。
「確かに、神に仕える聖職者のくせに思慮に欠けるというか、愚かの極みとしか言いようがありませんね。姐さんの称号が規格外だったからよかったものを……許すまじき悪行と言っても過言ではありません」
穏やかそうなギウスもなかなかに苛烈だ。意外。
「すいやせん、姐さん」
「リオン?」
「死にかけたりと大変な目に遭った姐さんに、こんなことを言うのは不謹慎だと思いやすが……あっしは嬉しいでさぁ。姐さんがここに転移させられなきゃ、こうして出会うことは、絶対にありえやせんでしたから」
いきなり謝られたので何事かと思ったが、続く彼の真意に口元を綻ばせる。
「謝らなくていいわよ。私も同じことを思ったし。聖皇国の人たちに感謝することはないけれど、追放されたからこそ、あなたたちのような素敵な仲間と出会えた。それは、私にとってもすごく嬉しいことだわ」
「姐さん……」
にこりと微笑む乃詠に、リオンは胸を打ち震わせているようだった。
他の面々も同様で、感極まったらしいベガが抱き着いてくるのを、乃詠はしっかりと受け止める。
そうして、絹のように滑らかな髪を梳くようにして撫でながら、あらためて思うのだ。――この子、やっぱり可愛い。
「大丈夫っスよ、姐さん! これからは、オイラたちがずっと姐さんの傍にいるっスからね! こう見えてもオイラ、根性だけなら誰にも負けないんスよ?」
「ありがとう、もふもふ――じゃなくて、かわいいワンちゃん」
「もふもふでもワンちゃんでもないっスよ!? オイラはアークっス! 姐さんが付けてくれたんじゃないっスか! もう忘れちゃったんスか!?」
「ふふっ、冗談よ」
アークはなんだか揶揄いがいがあって、ちょっとクセになりそうだ。
「でも、あなたのもふもふ、気持ちよさそうね。ちょっと触ってもいいかしら?」
「――へ!? いいい、いやいや、ダメっスよ! ハレンチっス! ……って、まさか姐さん、オイラのもふもふが目当てで近づいたんじゃ……!?」
もふもふに覆われた己の体を抱くようにして、じりじりと後退る。
「むしろお近づきになろうとしたのは、僕らのほうですけどね」
「違ぇねぇ。それを言うなら、最初に接触したのはあっしでぃ」
距離を取ろうとするアークに、いい笑みを浮かべた乃詠がにじり寄る。
「あら、バレちゃったのね。まぁいいわ。さぁ、私にあなたのもふもふを差し出しなさい? 大丈夫よ、ちゃんとあなたも気持ちよくしてあげるから」
「あ、ちょ、ほんとにダメっスよっ……!? 姐さん、ちょっ、待って……! 待ってくださ、アッ――――!!」
(※ただの振りです。顎下の毛をちょっともふっただけです)
「姐さんって、見かけによらず愉快なお方ですよね。外見からは、もっとクールというか、深窓の令嬢といったイメージがありますが」
「そぉだなぁ。ちっと天然なとこもあるみてぇだし。けどま、楽しそうでいいんじゃねぇか? ノリだけで生きてるアークとも相性ばっちりみてぇだし」
「あれ? もしかしてリオン、妬いてます?」
「……んなんじゃねぇよぃ」
「うぅ……二人とも、楽しそうです……アークばっかりズルいです……」
「ベガは思いっきり妬いているみたいですが」
なんだかよくわからない茶番を繰り広げ、ひとしきりじゃれ合って、武闘派聖女ともふもふワンちゃんはようやく気が済んだらしい。
前者はどこか満足げで、後者はどこか疲れた様子だ。
「あー、楽しかった。やっぱりいいわね、こういうじゃれ合い」
「それはよかったです。――あの、姐さん。僕からも一つ、聞きたいことがあるのですが」
「ん? 何かしら?」
「差し支えなければ、姐さんの今のレベルを教えていただけませんか?」
「私のレベル?」
ギウスの唐突な質問に乃詠はこてりと首を傾げるが、すぐに得心する。
彼らが〈鑑定〉スキルを持っていない限り乃詠のステータスは見れないし、外から見た強さをわかってはいても、正確なところは気になるだろう。
なにせ、これから一緒にダンジョン攻略に臨む仲間なのだ。
「えーっと、今は14ね。さっきの戦闘で一気に上がったみたい」
「14!? ……ちなみに、上がる前は?」
「確か9だったと思うわ」
「9!? 9でC+ランクを!?」
信じられないとばかり、ギウスのみならず全員が驚愕に目を見開く。
自分から絡みにいったくせに疲れた顔をしていたアークも、その衝撃で疲れが吹き飛んだらしい。
「……本当にすさまじいですね、【万能聖女】という称号は」
これまでの経緯を話した際に、称号効果のことについても軽く触れている。
感嘆を通り越して呆れたような声音でこぼすギウスに、当人も同じような気持ちで軽く頷きを返したとき、『くぅ』と可愛らしい音が鳴った。
さっと、仮従魔たちの視線が音の発生源――乃詠のほうへと向く。
言わずもがな、腹の音だ。さしもの乃詠も、羞恥に頬を赤らめる。
このあたりは乃詠も乙女なのだが、それを見た仮従魔たちも顔を赤くして――リオンはごくりと喉を鳴らし、ギウスは何かいけないものを見たように目を逸らし、アークとベガは胸を撃ち抜かれたみたいに悶えていた。
美少女が恥じらう姿の破壊力と言ったらない。
彼らは魔物だが、その感性は人のものなのだ。
「……いやぁ、すいやせんねぃ。あっしの腹はどうにも堪え性がねぇみてぇで」
「タイミング的に僕かも知れませんね。だいぶ動き回ってお腹が減ってしまったようです」
「お姉さま、わたしお腹が空きました! お腹が鳴ってしまうくらいに!」
「オイラもお腹が空きすぎて、今度はもっと盛大にお腹の虫が鳴いてしまいそうっス!」
彼らの優しさが胸に染みるが、そのフォローが逆に居た堪れない。
んん、と咳払いする乃詠は、そのときになって己のミスに気づく。
「しまった……水の確保を忘れていたわ」
いろいろあってそこまで頭が回らなかった。
だが幸いにも、この森には大小の川や小さな泉、ちょっとした湧き水など水源が豊富にあるため、飲み水の確保には困らない。
「ナビィ」
『心得ております』
頼もしすぎる相棒が即応し、マップの一部がクローズアップする。
そうして頭の中に映し出されるのは――湧き水を垂れ流す岩壁だ。
『ここからおよそ百メートルの距離です』
「〈暗視〉スキルもあるし、その程度なら問題なさそうね」
この〈マップ〉――最初は本当に、簡略化された普通のマップだった。けれどもいつの間にか、拡大するとストリートビューみたいに周囲の精緻な画像を映すようになっていたのだ。
ナビィに問い質したところ『頑張りました。ノエ様のために』とだけ返ってきてさっぱり意味がわからなかったが、すぐに深く考えるのはやめた。
もとより、ナビィは〈マップ〉と連動した〈ナビゲーション〉に付与された疑似人格である。
謎に乃詠のスキルを勝手に行使できる彼女のこと、己の管轄下にある〈マップ〉にいろいろとアレンジを加えられたとしても、さして驚くことではない。
というか、いちいち驚いていたら身が持たないと悟った。
そのうちリアルタイム映像とか取得してきそうでちょっと怖いけれど、いずれにしても便利なことには違いないのだから、それでいいのだ。
「みんな。せっかく腰を落ち着けたのに申し訳ないのだけど、少し歩いたところに水源を見つけたから、そっちに移動を――」
――スキル〈水魔法Lv5〉を獲得しました。
「魔法っ!!」
「「「「魔法?」」」」
思わず叫んでしまうと、異口同音に目を丸める仮従魔たち。
息ぴったりで、やっぱり彼らはとても仲がいい。
「あ、ごめんなさい。初めて魔法スキルを獲得したものだから、つい歓喜してしまったわ」
「そりゃあまた、ずいぶんと唐突ですねぃ。普通、スキルはそんなポンポン獲得できるもんじゃねぇんですが……ほんととんでもねぇでさぁ、【万能聖女】」
「ほんとにね」