2章23 万能聖女、協力要請を受ける8
『――災魔を人々に倒させるために創られた封印と試練のダンジョンには、神々が干渉可能な範囲で最大限の支援が組み込まれています』
偶然出会った特異な魔物たち――リオン、ギウス、アーク、ベガに請われ、彼らを解放するためのダンジョン攻略へ協力することになった乃詠は、さっそくとナビィから『邪毒竜の森』の情報を引き出していた。
災魔を倒すのに最も必要なのは相応の戦闘力だが、それと同じくらいに知識や情報も必要不可欠だ。
『その支援の一つが、試練ボスを倒すことによって得られる、神の創った強力な武器と防具――〝神創武装〟です』
それ以外にも要所要所に有用なアイテムは存在しているが、災魔の討伐に際して最も重要かつ獲得必須となるのが神創武装なのだと、ナビィは言う。
『神の創った武器と防具って、なんだかすごそうね』
『実際すごいですよ。一般的な武装の等級はF級~S級で、Sランク相手ならS級の武器でなければ歯が立ちませんが、神創武装はその上をいくS+級ですからね。相応に破格の性能を持った代物です』
思ったよりもすごそうだった。
けれど、それだけ災魔が手強いということでもある。
『そういった強力な装備は、ゲームとかだとダンジョンのクリア報酬というのが普通だけど』
まぁ、ここはゲームの世界ではないのだし、このダンジョンは封印された災魔を倒すことを目的として創られているから、仕様としては正しいのだろう。
『いえ。神創武装はあくまで攻略報酬です』
『攻略報酬なのに攻略前にもらえるの? 矛盾してない?』
『獲得した時点では仮所有の状態であり、災魔を倒しダンジョンの攻略が認められたのちに、あらためて攻略者の所有物となるのです』
災魔を倒す前に死亡、もしくは攻略の意思なしと見なされた場合、神創武装は装備者から自動的に脱装され、もとの場所へと戻るらしい。要するに、神創武装だけゲットしてはいさようなら、はまかり通らないということだ。
『ちなみに攻略報酬はもう一つありますよ』
『何がもらえるの?』
『願いを一つ叶えるという『神珠』です』
『一つだけで願いを叶えてくれるのね』
『えぇ。七つ集める必要はありません』
記憶を共有しているから、元の世界のネタが通じていい。
『ただし、叶えられる願いにも限度はあります。世界の滅亡や世界征服などといった、マイナス方面の大それた願いはさすがに受け付けません。しかし、死者の蘇生くらいならば可能です。まぁ、それにも制限はあるみたいですが』
さすが、千年近く誰も倒せていない災魔の討伐報酬だ。
神創武装も大概だが、それ以上に規格外の代物である。
「姐さん。何をおひとりで百面相してるんですかぃ?」
「……私って、そんなに顔に出やすいかしら?」
「えぇ、まぁ、それなりには。百面相はさすがに冗談ですが、ひとりで笑ったり驚いたり、正直に言えばちょっと不気味でさぁ。別の意味で心配になりやす」
「あなた、けっこうはっきり言うわよね」
「取り繕うのはあんま得意じゃねぇんで」
頭をかきながら、リオンは悪びれもなくへらりと笑う。
けれどもまぁ、またナビィとの会話に没頭して彼らの存在を忘却してしまっていた乃詠が悪い。ただ――言い訳をさせてもらうなら、内と外で同時に気を払うのは存外難しいのだ。
こほん、と誤魔化すように咳払いをして、乃詠は相棒から得た情報をそのまま彼らへと伝える。
そうして話し終えてから、ふと思うのだ。
(ナビィの声が私以外にも聞こえたらいいのに。そうすればリオンに不気味なんて言われることもないし、二度手間みたいな面倒もなくなるのだけど)
そしてやっぱり、そんなボヤきにも似た胸中での呟きを、乃詠にダダ甘な称号さんが拾い上げるのだ。
――スキル〈念話Lv5〉を獲得しました。
(称号さんってば、どこまで私を甘やかすつもりなのかしら。まぁ、その甘さにとても救われているのだけど……それはともかく、念話もファンタジーものではマップやアイテムボックス並みに定番のスキルよね)
一応詳細を見てみれば、やはりスキル名どおりの代物だった。
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◇通常スキル〈念話〉
任意で対象を指定し、回線を繋ぐことで、表層思念のみによる会話ができる。
対象が同スキルを所持していなくても、回線が繋がっている間に限り、思念の送受が可能。複数接続、ネットワーク構築もできる。
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(このスキルを、このタイミングで獲得したということは――)
『はい。ネットワークを構築することにより、ワタクシも彼らと思念にて会話をすることができるようになりました。――こうして言葉を交わすのは初めましてですね、皆様』
「「「「!?」」」」
いきなり頭の中に、しかもこの場にいる誰のものでもない声が聞こえてきたら、驚くのも当然である。
説明してからと思ったのだが、ナビィが勝手に繋いでしまったのだ。
今に始まったことではないけれど、なんでスキルがスキルを使用できるのかは謎である。
『驚かせてごめんなさいね。これは〈念話〉というスキルで、頭の中に浮かべた思念だけで会話ができるの。今の声が、私の相棒。一応スキルのナビィよ』
『ご紹介に与りました、ノエ様の頼れる相棒、ナビィです。皆様、よろしくお願いしますね』
彼らは最初こそ戸惑っていたが、すぐに適応したらしい。アークなんかは「すごいっスねー!」と無邪気にはしゃいでいた。
ナビィの第一声を聞いたときには、ひとりだけコントみたいにひっくり返っていたけれど。惚れ惚れするほど見事なリアクション芸だった。
「それで、ナビィ。その試練ボスがどこにいるのかわかるの?」
『はい。試練ボスは二体。所在はすでに〈マップ〉にて取得済みです』
「さすがね。有用なアイテムの場所は?」
『抜かりなく』
「抜かりなさすぎるわ」
相棒が優秀すぎて怖くなる。
彼女も大概、万能であった。
「いやぁ、姐さんのスキルはすさまじいですねぃ」
「ナビィさんのおかげで、効率よく動けそうです」
ナビィをべた褒めするリオンとギウス。
『ノエ様の、唯一無二の頼れる相棒なのですから、この程度のことはできて当然ですよ』
実体はないというのに、彼女の得意げな顔が目に浮かぶようだ。
「それで、これからのことなのだけど」
乃詠が切り出すと、魔物たちは表情をあらため、真剣な眼差しを向けてくる。
「私たちがまず向かうのは、試練ボスのところ――特に名称はないみたいだから、便宜上『試練の間』とするわね。二か所にある『試練の間』を目指しつつ、道中ではできる限り魔物と戦ってレベル上げに励み、入手できるアイテム類も可能な限り手に入れる。そうして二体の試練ボスを倒して神創武装をゲットしたのち、ダンジョンボスである邪毒竜ファフニールに挑む、という感じでいいかしら?」
全員から「異論なし」との首肯が返り、それに応えるようにして乃詠も頷きを返す。
そうして今後の方針が決まったところで、スッと挙手する者があった。
「質問があるんですが、いいですかぃ?」
「律儀ね、リオン。もちろんいいわよ。何かしら?」
「姐さんは、聖女様なんですよねぃ?」
あらためての確認に、確かにあのときは明言しなかったなと思い出す。
彼らにはもう隠す意味も理由もないので、乃詠は素直に白状した。
「えぇ。実はそうなの。聖女らしくない自覚はあるけれど」
「いえ、少なくとも容姿とその御心は聖女様そのものかと」
「おだてたって何も出ないわよ。――あ、お肉食べる?」
「肉が出やしたね」
苦笑したあとで軽く咳払いを挟み、リオンはやや遠慮がちに続ける。
「しかし、なぜ聖女様がダンジョンにおひとりで? まさか、仕事というわけじゃあ、ありやせんよねぃ?」
どうやら彼は、聖女がどういう立場にあるかも知っているらしい。特に疑問もなく黙って乃詠の返答を待っている様子から、他の面々も同様に。
(うーん……)
少し、逡巡する。これまでの経緯を話すか、否か。
別段、隠す必要のない話だ。それでも打ち明けるのを躊躇ってしまうのは、決して愉快な話ではないから。
まだ出会って間もないけれど、彼らは乃詠を慕ってくれている。だからこそ、きっと彼らを不快な気持ちにさせてしまう。気を使わせてしまう。それが心配で、嫌なだけ。
けれど、彼らはもう仲間だ。攻略がなされれば、この先もずっと彼らとともにいることになる。
一緒にいれば、いずれ自ずと知れるだろう。遅いか早いかの違いでしかない。
であるなら、今ここですべてを話してしまうべきだと、乃詠はそう判断した。