2章18 万能聖女、協力要請を受ける3
ほどなくして姿を現した三体の魔物は、種族はそれぞれ違うものの、どうやらカオスゴブリンソードマンのお仲間のようだった。
『他の種族同士でも群れたりするのね』
『なくはないですが、非常に珍しいことですよ』
ナビィと思念を交わしつつ、参戦した三体の魔物を鑑定する。
=========================
種族 :カオスホブゴブリン
性別 :♂
ランク:D+
称号 :ー
レベル:26
HP :470/470
MP :192/201
筋力 :143(+40)
耐久 :136
敏捷 :139
魔力 :69
抵抗 :87
幸運 :65
固有スキル:〈混沌Lv3〉
耐性スキル:〈毒耐性Lv4〉〈麻痺耐性Lv2〉〈闇属性耐性Lv1〉
武術スキル:〈弓術Lv3〉
通常スキル:〈遠視Lv3〉〈剛力Lv2〉〈命中Lv4〉〈気配感知Lv3〉
〈罠感知Lv2〉〈索敵Lv2〉
=========================
カオスホブゴブリンはカオスゴブリンの一ランク上位の魔物で、外見は些細な造形やたてがみの色が異なる以外、カオスゴブリンソードマンとそう変わらない。
背に矢筒を背負い、かなり年季が入ってそうな短弓をその手に携えている。
種族名にはいないが、クラスはアーチャーのようだ。
=========================
種族 :カオスコボルト
性別 :♂
ランク:D
称号 :ー
レベル:15
HP :290/307
MP :111/120
筋力 :83(+20)
耐久 :91(+60)
敏捷 :66
魔力 :34
抵抗 :62
幸運 :42
固有スキル:〈混沌Lv2〉
耐性スキル:〈精神耐性Lv3〉〈物理耐性Lv2〉〈魔法耐性Lv2〉〈炎熱耐性Lv1〉
〈毒耐性Lv3〉〈気絶耐性Lv3〉
武術スキル:〈盾術Lv2〉〈棍棒術Lv1〉
通常スキル:〈自己再生〉〈噛みつきLv2〉〈爪撃Lv2〉〈殴打Lv3〉〈剛力Lv1〉
〈鉄壁Lv3〉〈不屈Lv4〉
=========================
カオスコボルトとは、デスハーピーから逃れたあとで何度か戦っている。
黒い毛並みと青い目を持つ二足歩行の犬、もしくは狼といった姿。肩と腕に簡易な鎧をつけ、金属で補強された木製の盾と鉄製のメイスを装備している。
=========================
種族 :カラミティヴィーヴル
性別 :♀
ランク:B+
称号 :-
レベル:7
HP :1414/1414
MP :97/628
筋力 :587
耐久 :496
敏捷 :501
魔力 :333
抵抗 :372
幸運 :224
固有スキル:〈竜鱗〉〈災渦Lv6〉
耐性スキル:〈毒耐性Lv4〉〈麻痺耐性Lv2〉〈混乱耐性Lv1〉〈魔法耐性Lv1〉
魔法スキル:〈白魔法Lv4〉
武術スキル:〈投擲術Lv7〉
通常スキル:〈変化Lv1〉〈爪撃Lv1〉〈尾撃Lv1〉〈命中Lv5〉〈飛行Lv2〉
〈裁縫Lv5〉
=========================
この場で種族ランクが一番高いカラミティヴィーヴルは、驚くほど愛らしい見た目をしていた。
顔の作りは人間の少女そのもので、雪のように真っ白な髪は先のほうがうっすらと紫色を帯びている。
鮮やかな赤色の瞳はくりりと大きく、頭部には角が二本。肌は青みがかっているが、蛇に似た下半身と背中から生えた皮膜翼は白銀だ。
しかしナビィいわく、本来のカラミティヴィーヴルの鱗と髪は青紫色で、瞳は深い蒼色らしい。アルビノの一種だろう、と。それに、顔の造作もあんなに綺麗なものではなく、もっと怪物寄りだそうだ。
だが乃詠には、彼女の容姿よりも気になることがあった。
(あの子、怯えてるの? 能力値で圧倒しているのに?)
強化や回復に特化した魔法スキルを所持してはいるが、全体的なステータスやスキル構成は近接型。だというのに、だいぶ距離を取った後方から投石での援護しかしていない。
スキルの恩恵もあって命中率は高く、速度や威力もあるが、狙っているのは致命傷となりえない急所外――いや、ほとんどが足元の地面だ。明らかに牽制のみを目的としている。
(あの返り血まみれみたいな熊が恐ろしいのはわかるけれど……相手に、というより戦闘行為そのものに対する怯え……いえ、他者を傷つける行為への怯えかしら。だとすれば、ずいぶんと心優しい魔物もいたものね。まぁ、外見どおりというべきかもしれないけれど)
そこまで考えて――いや、と乃詠は思い直す。
他者を傷つけたくないというのが、優しさによるものとは限らないだろう。彼女の表情から見て取れるのは、徹頭徹尾〝怯え〟なのだ。
己の手で他者を害するのが恐ろしいということなら、それは決して優しさなどではなく、心的な負の要因からくるものに他ならない。
(……まぁ、魔物にだっていろいろあるのよね、きっと)
少なくとも、今それを乃詠が深く追及する必要はない。
軽く頭を振って思考を打ち切り、戦闘のほうへと意識を戻す。
カオスゴブリンソードマンチーム――長いのでカオスチームとするが、彼らはなかなかのチームワークを見せていた。
刀を携えたカオスゴブリンソードマンが純粋なアタッカーで、盾とメイス持ちのカオスコボルトがタンクメインのアタッカー、弓使いのカオスホブゴブリンは中衛遊撃、カラミティヴィーヴルは後衛でのサポート役といったところか。
実にバランスの取れたパーティー編成で連携も取れているが――しかし、劣勢なのは明らかにカオスチームのほうだ。
確かに上手く立ち回ってはいるが、ジェノサイドベアの耐久力に対し、カオスチームには火力が不足している。
ダメージ回避はできても、有効なダメージを与えられない――いわば膠着状態。
このまま長期戦にもつれ込めば、先にへばるのはおそらくカオスチームだろう。
『――あぁ。運がないですね』
そこへ、他の魔物の乱入があった。
青毛に体長がニメートル近くある狼――D+ランクの『キラーウルフ』が四体。
キラーウルフたちは特段、どちらの味方をするでもなく、戦いは三つ巴の様相を呈する。
だが、弱いほうを狙うのは野生の摂理であり、戦闘のセオリーでもあった。
『ノエ様、どうされますか?』
『それは、もちろん――』
頭の中でナビィの問いに返しながら、乃詠は立ち上がる。
カオスゴブリンソードマンは、魔物なのに人である乃詠を庇ってくれた。
筋力に劣っていると承知したうえで、切り札を使ってまで間に割って入り、逃げろと言ってくれたのだ。
ステータス的に必要があったかどうかなど関係ない。
体を張って助けてくれた――その事実だけで十分だ。
『彼らに加勢するわ』
『相手は魔物ですのに。義理堅い方ですね』
『そう育てられたのだもの』
重んじるは義理人情。「仁義を欠く行いだけは絶対にするな」が口癖の、一家の組長たる父親。弱きを助け強きをくじく、現代ではもはや天然記念物と言える任侠一家――それが乃詠の実家なのだった。
ただの女子高生らしからぬ気概と胆力の持ち主なのも、聖女らしからず武闘派なのも、遺伝に加えて育った環境が大きく影響している。もちろんそこには、親友の影響も多分に含まれているが。
「お嬢さん!? 何を――」
棍棒を手に乱戦の中へ勇んで飛び込んでくる乃詠の姿に、ジェノサイドベアと対峙していたカオスゴブリンソードマンが吃驚する。しかし乃詠はチラと視線を流しただけで地面を蹴り、殺戮熊の背中へ躍りかかった。
振りかぶった棍棒を全力で振り下ろす――が、返ってきたのは鉄板でも殴ったような硬い手応え。
じぃんと肩まで衝撃が伝わってきて、乃詠は眉をしかめた。
「かったぁ……もふもふ詐欺だわ……」
傍目には柔らかそうなもふもふ。されどその実態は鉄のごとき剛毛。
まさに詐欺にあった心境で睨みつければ、ジェノサイドベアもまた苛立ったように乃詠を睨んでいた。
それは煩わしさによる苛立ちだ。今の殴打で堪えた様子は一切ない。
実際にはノーダメージではないが、ほんの少しHPが減っただけである。
「なんで逃げねぇんでぃ! 無謀にもほどがあらぁ! 死にてぇのか!?」
「死ぬつもりはないわ! さっきは庇ってくれてありがとう! その恩を返しにきたの! 心配しなくても大丈夫よ! こう見えて、私けっこう強いから! ……たぶん」
「たぶんじゃねぇかっ!!」
捕捉はぼそりと小さな呟きだったが、耳ざとく拾ったようだ。そのキレのあるツッコミ――ますますもって魔物とは思えない。
『ジェノサイドベアの耐久値を上回る私の筋力でこれってことは、やっぱり〈物理耐性〉がいい仕事してるのかしら。レベル2とはいえ厄介ね』
『それもありますが、体毛が鋼鉄のごとき硬度を誇るのは、ジェノサイドベアのもともとの性質でもあります』
ステータスには現れない特性というやつだ。
厄介な、と乃詠は小さく舌打ちしてしまう。
――熟練度が一定に達しました。スキル〈身体強化Lv5〉が〈身体強化Lv6〉にレベルアップしました。
(グッドよ、【万能聖女】)
この状況で、特に筋力へのプラス20は大きい。
再度殴りかかり、ジェノサイドベアの攻撃を躱して胴を側面から薙げば、今度はちゃんと手応えを感じた。
だが、相手もこちらの攻撃を馬鹿正直に食らうばかりではない。
その鈍重そうな巨体とは裏腹に機動力が高く、なかなか有効打を与えられないまま――手元から嫌な音が聞こえた。