2章16 万能聖女、協力要請を受ける1
デスハーピーから逃れ、だいぶズレてしまったルートを修正しつつ早期のダンジョン脱出を図る乃詠は、なんの気なしに意識下でマップをいじり、拡大や縮小ができることを知った。
そして縮小図を見て「あれ?」と思う。
『ねぇナビィ。これ、ルートが途中で切れてるのだけど』
そう、ダンジョンの外へと続いているはずの青いラインが、ダンジョン内でプツリと途切れているのだ。
『えぇ。直接、外へ進路を取るよりも『転移陣』のほうが近かったので、そちらへルートを設定しました』
『転移陣?』
『目に見える境界があるわけではありませんが、このダンジョンは大まかに三つの層に分かれています。外周部にあたる下層、中間部の中層、そして災魔が封印されている中心部である深層。その各層の、東西南北とそれぞれ中間の八か所には、ダンジョンの外へとつながる『転移陣』が設置されているのです』
ダンジョンに階層をショートカットする転移システムがあるのは鉄板だ。むしろそういった便利なシステムがなければ、広大なダンジョンの探索は容易ではないだろう。持ち込める物資にだって限度がある。
攻略させることを、災魔を倒させることを目的として創られたダンジョンならばなおのこと、あってしかるべき支援機構だ。
各層に八つといわず、いっそいたるところに設置すればいいのに――と思わなくもないが、それだとイージーすぎて試練にならないからだろう。戦闘における強さとは、能力的なものだけではない。
『さすがナビィ、気が利くわね』
『それほどでもありますよ』
褒めたときに謙遜しないところが、なんだか親友を思い出させる。
『しかし『転移陣』もダンジョンの一部ですから、ダンジョンが攻略されその機能が失われれば、当然、使用できなくなりますけどね』
『攻略されればの話でしょう? 千年近く残ってるダンジョンがこのタイミングで攻略されるなんて、そんな都合の悪すぎる偶然さえなければ、私には関係のないことよ』
『まぁ、そうですね』
会敵した魔物を倒しながら、乃詠は『転移陣』までのルートを行く。
もちろん集団は全力回避だ。クレイジーエイプの件で痛い目を見たので、スキルの感知範囲を少し広めに設定し、多くの気配が集まっているのを感知すれば、多少ルートを外れて遠回りになっても、余裕を持って避けて歩く。
逆に単体や、多くても三体くらい、ランクが低ければ五体程度の気配なら、むしろ積極的に向かい経験値となってもらった。
魔物にはいろんなタイプがいる。
カオスゴブリンのような二足の亜人型。クレイジーエイプのような四足の獣型。通常のソレを巨大化させた虫型――これは全力で逃げた。
乃詠の唯一苦手なものは、虫だ。普通の虫ならまだ苦手で済むが、それが人間サイズとなれば、もう無理。またも悲鳴を上げる羽目になった。
そして――植物型。
植物型の魔物は、普通の植物に擬態して基本は動かず、獲物が近くを通ったら襲いかかるという、いわば奇襲の達人だ。擬態している間は本当に普通の植物と見分けがつかないので、初撃を回避するのは難しい。
ただ、植物型といっても生命体ではあるから、感知スキルには引っかかる。
乃詠のように〈気配感知〉を持っていればなんてことはないが、持っていない者にとっては非常に厄介な手合いとなるだろう。
「――にしても、この辺りには植物系の魔物が多いわね。主にバンギングプラントだけれど」
ため息まじりに呟きながら、首を狙って伸ばされた蔓をベシッと叩き払う。
樹木に取りつき、自在に動く触手のような蔓を獲物の首に巻きつかせ、宙吊りにして絞め殺す『バンギングプラント』の攻撃だが、このエリアに来てからはすでに食傷気味だ。
「首吊り植物、なんて悪趣味がすぎるわ。……ま、魔物にそんなことを言ってもしょうがないのだけどね」
再び伸ばされた蔓を、今度はぐわしと掴み、力任せに引き千切る。
それだけでは倒せないのだが、わざわざ本体のいるところまで木登りするのは面倒なので放置。
ここら辺には無数に生息しているようなので、個々をいちいち相手にしていたらキリがないのだ。大した脅威でもなし。
そうしてようやくバンギングプラントの群生地を突破したところで、急速に接近してくる気配を捉えた。
(一、いや、二体ね。先に一体、後方から、さらに一体……これは、追われているのかしら)
ひとまず近くにあった岩陰に身を隠すと、直後に木々の合間から先行が飛び出してくる――吹き飛ばされ、勢いよく水平軌道を描きながら。
そのまま進路上にある木に激突するかと思われたが、小柄な魔物はその直前にくるりと一回転してわずかに勢いを殺し、器用にも幹に足をついてその衝撃をも逃がすと、再び宙返りを披露してから危なげなく地面へと着地した。
思わず拍手したくなるほど、その曲芸じみた身ごなしは見事なものだった。
そして後続が追いつき、乃詠の視線の先で二体の魔物が対峙する。
小柄な魔物のほうは『カオスゴブリンソードマン』――ゴブリンの上位種たるカオスゴブリンの、そのまたさらに上位種だ。
姿形はカオスゴブリンとほとんど変わらず、やや背丈が高くて体つきがたくましい程度だが、〝ソードマン〟を冠しているだけあって、原始的な棍棒ではなく、文明的なちゃんとした武器――『刀』を装備している。
文明的なのは武器だけではない。これまでに遭遇したカオスゴブリンは腰に布や毛皮を巻きつけているだけだったが、このカオスゴブリンソードマンは、簡素ではあるものの、ちゃんとした衣服を身に着けている。
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種族 :カオスゴブリンソードマン
性別 :♂
ランク:C
称号 :【傾鬼者】
レベル:31
HP :751/840
MP :305/346
筋力 :222(+40)
耐久 :210
敏捷 :219(+60)
魔力 :98
抵抗 :121
幸運 :63
固有スキル:〈混沌Lv4〉〈天下御免〉
耐性スキル:〈毒耐性Lv3〉〈麻痺耐性Lv2〉〈混乱耐性Lv1〉〈気絶耐性Lv2〉
〈闇属性耐性Lv1〉
武術スキル:〈剣術Lv5〉〈居合Lv2〉
通常スキル:〈剛力Lv2〉〈俊足Lv3〉〈瞬動Lv3〉〈気配感知Lv2〉
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やはり上位種――個体レベルも高いとあって、能力値はカオスゴブリンの比ではなく、スキルの所持数もさることながら、個のレベルもなかなかに高い。
そしてもう片方は、いかにも凶悪そうな熊型の魔物『ジェノサイドベア』――体長は三メートル近くあり、黒にまばらな赤がまじった毛色をしていて、まるで返り血を浴びたかのようだ。
まさに殺戮熊。名が体を表している。
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種族 :ジェノサイドベア
性別 :♂
ランク:C+
称号 :ー
レベル:14
HP :810/815
MP :337/337
筋力 :284(+60)
耐久 :269(+40)
敏捷 :250
魔力 :129
抵抗 :161
幸運 :52
固有スキル:〈虐殺Lv2〉
耐性スキル:〈物理耐性Lv2〉〈毒耐性Lv2〉〈麻痺耐性Lv1〉
通常スキル:〈爪撃Lv3〉〈猛進Lv2〉〈威圧Lv1〉〈剛力Lv3〉〈鉄壁Lv2〉
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レベルは低くとも、種族ランクと強化系スキルのプラス分もあって、能力値はジェノサイドベアが上。
現に攻撃を受けて吹き飛ばされていたようだし、見るからに疲労しているのはカオスゴブリンソードマンのほうだ。
『というか、ダンジョン内の魔物同士でも争うのね』
あのときも、本命ではなかったにせよ、住処を攻撃されたデスハーピーがクレイジーエイプに反撃したのは当然のことだろう。
しかし、ダンジョンの魔物といえば侵入してきた人間を攻撃するイメージで、ダンジョンの魔物同士が敵対し争っているというのは、なんだか不思議だ。そして殺伐すぎる。
『魔物も人と同じで、経験値を得ることでレベルが上がりますからね。対象は魔物でも人でも変わりません。逆もまたしかりです。まぁ、このダンジョンは少々特殊なので、通常のダンジョンの魔物ほど顕著ではないですが』
『へぇ、そうなんだ』
『クレイジーエイプも、あのままノエ様を捕えていれば、最終的に殺し合いに発展していたはずです。先に申し上げたとおり、テリトリーやナワバリを共有してはいても、仲間意識はないでしょうから。デスハーピーも同様に』
『なるほどねぇ』
『しかし――あくまでも、ダンジョンの魔物が優先して襲うのは、ダンジョンへの侵入者である〝人〟です』
『ふぅん。……ぅん?』
『逃げるか戦うか、早急に決めたほうがよろしいかと』
『え?』
突然、ジェノサイドベアの首がぐりんと回ってこちらを向き、ギラついた血色の眼がじっと乃詠を見る。
その微妙にホラーじみた挙動に喉を鳴らすと同時――ターゲットが完全に自分へと移ったことを悟って、乃詠は頬を引きつらせた。