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side:一色歌恋②

 


 宮殿へと案内され、ロレンス皇子が立ち去り、軽く入浴したあとですっかり寝入ってしまった歌恋は、お付き巫女のシャナに時間だと起こされた。


 これから、皇宮にて歓迎の宴が開かれるのだ。巫女たちの手で身なりを調え、しばらく待っていると、約束どおりにロレンス皇子が迎えにきてくれた。


「そういえば、その宴には、他の聖女様たちも参加するんですか?」

「いや。今日の宴は皇宮側のものだから。他の聖女様方との顔合わせは、また後日場を設けることになってるよ」

「そうですか」


 そうして皇宮へと向かう道中のことだ。必ず通ることになる中央の『聖殿』にて、ちょうどお勤めから帰ってきたらしい聖女の一人と鉢合わせた。


「あら、ロレンス皇子殿下。ごきげんよう」

「聖女イリアナ様。お勤めご苦労様です」


 正式な聖女が一人と見習い聖女が一人。

 あとはそのお付きの巫女と聖騎士だ。


 イリアナと呼ばれた聖女は、とても美しい人物だった。

 まっすぐなラベンダー色の髪は丁寧に手入れされ艶めき、肌は陶器のように白く滑らかで、淡く上品な化粧がよく映えている。

 何より、清楚でありながら、メリハリのある女性らしいスタイル――ゆったりとした法衣を押し上げて主張する双丘に、いやでも目がいった。


(お、おっきい……)


 つい、歌恋は己の胸元を見下ろしてしまう。

 まだ成長途上ではあるが、比べるべくもなく控えめだ。

 ちょっぴりヘコんだ。


 しかも、聖女イリアナとロレンスはとても親しげで、なんだかもやもやする。


「ロレンス殿下。たまには私たちの晩餐にも顔を出してくださいまし」

「そうですね……今の仕事がひと段落したら、予定を調整しましょう。是非、ご相伴に与らせていただきます」

「楽しみにしておりますね」


 醜い嫉妬だ。わかってはいるけれど、いろんな意味で悔しかった。それに……ロレンスを彼女に渡したくない。


 とっさに歌恋はロレンスの腕を取り、思い切り密着する。

 ロレンスがわずかに目を見開き、聖女イリアナの表情が曇った。


「わたしもロレンス様と食事したいわ。できれば二人きりで」


 そうねだると、ロレンスは眉を下げて笑う。


「すぐには難しいけれど……都合がつくまで待っていてくれる?」

「もちろん!」

「――あなた、今すぐ皇子殿下から離れなさい」


 一転して弾む心に、水を差す冷たい声。


「なんてはしたない。婚約者でも恋人でもない異性に、むやみに触れるものではありません。それと、皇子殿下を様で呼ぶのも礼儀に反しますわ。そんな基本的なこと、入殿してすぐに教わることでしょう?」


 冷ややかな眼差しを向けられ、たじろぎつつも歌恋は負けじと睨み返す。


「どうして、そんな意地悪を言うんですか? わたし、別に悪いことなんてしてません。こんなの、普通じゃないですか」

「普通、ですって?」


 そこへロレンスが割り込んだ。


「お待ちください、イリアナ様。彼女はイッシキ・カレン様。つい先刻、異世界より召喚された聖女様です」

「この方が……」

「世界が違えば常識も異なるでしょうから」

「確かに、そうですね」


 うなずき、聖女イリアナは歌恋に向けて頭を下げる。


「非礼をお詫びいたします。知らなかったとはいえ、不快な思いをさせてしまいました。申し訳ありません」


 少し意外に思ったが、彼女がいさぎよく己の非を認めて謝罪したことで、歌恋は留飲を下げた。


「……もういいです。知らなかったのならしょうがないですし。わたしも、少し嫌な言い方をしちゃいました。ごめんなさい」


 ひとまず場の険悪さがなくなり、ロレンスは密かに安堵していた。


 ちなみに、ファライエ聖皇国では、親類や恋人、婚約者でもない限り、異性間で触れ合うことは基本しない。子供と、やむを得ない場合などは別だが。貴族間では婚前交渉もタブーとされている。


「後日、正式な顔合わせの場が設けられるかと思いますが、ここでお会いしましたので、自己紹介だけしておきます。私は【清浄の聖女】イリアナ・アシャールと申します。以後、よろしくお願いいたします」


 そう言って腰を折る聖女イリアナの姿勢も所作も、圧倒されるほどに美しいものだった。

 まさに聖女と言うべきたたずまいにやや気圧されつつ、歌恋もできるかぎり姿勢を正し、自己紹介を返す。


「わたしは【治癒と清浄の聖女】の一色歌恋です。気軽に歌恋と呼んでください。こちらこそ、これからよろしくお願いします」

「では、カレン様。一つ、忠言を。現時点で、この国の常識を知らないというのは承知いたしました。ですが、早々に身につけたほうがよろしいかと存じます。召喚聖女様ですから直接何かを言ってくる者はいないでしょうけれど、品のない聖女だと思われるのは、あなたも嫌でしょう?」


 最初に抱いた悪感情のせいだろう。その忠言がどうにも嫌味に聞こえてしまい、歌恋はむっと唇を曲げる。


(もしかして……さっきの謝罪も、馬鹿にされた?)


 そう考えたら、そうとしか思えなくなった。

 彼女の表情も、こちらを見下して嘲っているように見える。


(悪い人じゃないのかもと思ったのに。……そうよ、どうせわたしは……)


 かすかに震える手をきゅっと握りしめ、にこりと笑みを作る。


「ご忠告、感謝します。――行きましょう、ロレンス様。時間があれば、わたし、皇宮も見て回りたいの」

「あ、あぁ」


 精いっぱいの意趣返しをして、歌恋はロレンスの腕を引いた。


 軽く手を上げるロレンスに頭を下げて応え――少しして顔を上げた聖女イリアナはすっと目を細める。

 彼女はそのまま、二人の姿が見えなくなるまで見送ってから、逆方向へと歩き出した。



 ◇◇◇



 後日、神殿側の顔合わせが行われた。

 こちらは、皇宮側の歓迎の宴とは違って華やかさもなく、とても慎ましやかなものだった。


 自分の部屋へと帰ってきた歌恋は、着替えもそこそこにベッドへダイブする。

 枕に顔をうずめながら足をバタバタさせ、ピタリと止めるや、ため息を吐いた。


(なんなのよ、もう……)


 誰もかれもお高くまとまっていて、こちらが歩み寄ってもまったく近づけた気がしなかった。

 清楚な雰囲気、控えめな微笑、上品な所作に言葉づかい。手に触れれば、困ったような微笑でやんわりと避けられ。紡がれるのは、本音の見えない、当たり障りのない言葉。


 みんながみんな、壁を作っている。

 自分ひとりだけ、馬鹿みたいに思えた。


(同じ聖女として、ただ仲良くしたいだけなのに)


 歌恋は異世界から召喚された特別な存在だが、だからといってその立場にあぐらをかいて優位を主張したいわけではない。

 彼女は本心から、他の聖女たちと友達になりたいと思っていた。この世界で、歌恋は独りだから。独りは……寂しいから。


 けれど、やはり特別な聖女という事実が一線を引かせているのだろう。


 まぁそれもあるのだが――もとより、歌恋の人との距離感が近すぎるのだ。

 元の世界ではそれでもよかった。むしろ、その性質のおかげで、基本的に誰とでも仲良くなれた。友達は多いほうだった。


 しかし、この国では異質なのだ。性別を問わず、聖女イリアナが言ったとおりに。

 この国に来たばかりの歌恋には、その風習がまだピンときていないから、余計に壁を感じてしまうのだった。



 ◇◇◇



 それから数日後、ついにレベル上げが始まる。


 神の予見と聖女の召喚は、災乱期に入る前にもたらされるが、詳細な時期までは神にもわからない。というより、明確な突入時期などないのだ。

 徐々に各地で異変が起き始め、それが一定の期間、続く。その中には、魔王の出現など大きな災いも含まれる。


 現時点ではまだ、これといった異変の確認はされていない。

 小さな災い、特に瘴気の発生などは常のことなので、今のところは現地聖女の対応で間に合っている。


 だが、猶予がいつまであるかはわからないのだ。

 現地聖女で対応できないほどの災いが起こり始めるまでに、歌恋のスキルレベルを上げ、使い物になるようにしておかなければならない。


 個人のレベルやスキルレベルを上げるには、魔物を倒す必要があると、最初に説明は受けている。

 といっても、歌恋はとどめを刺すだけ。実際に魔物と戦うのは同行する聖騎士たちだ。

 彼らが魔物を瀕死まで弱らせてくれるのを、歌恋はただ守られながら待っていればいいだけ。


(魔物ってどんななのかしら。でも、とどめを刺すくらいなら、わたしにもできるわよね)


 歌恋は恋愛ファンタジーも好きだが、魔物やモンスターといった存在にはあまりなじみがない。出てくる作品もあるけれど、意図的にそのあたりを避けて読んでいる節があった。

 怖いのや、グロいのは苦手だから。


 だからこのときは、できると思っていた。

 怖いやグロいのが苦手でも、目をつむっていればいい話だから。そう言われていたから。


 今まで、さまざまな面でそういったものを避けてきたせいで、リアルに想像することができていなかった。

 致命的に、想像力が足りていなかった。


「……やっ、……いやっ……!!」


 聖騎士の一団に守られて赴いた森の中――剣で串刺しにされ、動けなくされた瀕死の魔物を前に、歌恋は背を向けてうずくまり、いやいやと頭を振る。


 手始めにと、聖騎士が選んだのは兎型の魔物『ホーンラビット』。Fランクで体も小さいから抵抗も少ないと思ったのだが……この魔物の特徴は、戦闘モードになると顔が凶悪になることだ。愛らしさの欠片もない。


 それは、歌恋を心底から怯えさせるには十分だった。


 加え、やはり血だ。生物である以上、肉体を傷つければ血が出る。

 歌恋は自分が想像していた以上に血が駄目だったのだ。


 凶悪顔と血のダブルパンチで、歌恋は動けなくなってしまった。


(こんなの、聞いてないっ……!)


 世話役としてついてきた専属巫女のシャナがなだめすかすも、頭を抱えてうずくまったまま、いやいやと泣きじゃくるばかり。


「――どうだ?」


 様子をうかがいにきた、近衛聖騎士の筆頭である、ファライエ聖皇国第二皇子ゼギオン・イアン・ファライエに向け、シャナはゆっくりと首を横に振った。


「無理そうです。今日のところは引き上げたほうがよろしいかと」

「わかった」


 それを受け、ゼギオンは聖騎士たちを集め、撤収の旨を伝える。


 シャナに支えられた歌恋がなんとか馬車へ乗り込むのを確認し、一行は聖都へと帰還するのだった。



お読みいただきありがとうございます。


これで幕間は終了、予告通り少しお休みをいただいてから3部を開始します。

次回更新は2/6を予定しております。


よろしくお願いします。

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