終章47 万能聖女、はっちゃける4
会場は城館の立派な広間を使用していて、とても煌びやかなものだったが、想像していたほど気後れすることはなかった。
参加者もほとんどが騎士や兵士で、正装はしていてもそこまで堅苦しくはない。
言うなれば、セレブのホームパーティーといった雰囲気だ。
リシェルいわく、乃詠たちに気を使ってくれたのだと言う。
最初に声をかけたときに、乃詠の顔が引きつっていたらしい。良くも悪くも、本当に顔に出やすいのだ。
今回は、それで領主が口には出せないこちらの心情を汲んでくれたので、顔に出るタイプでよかったと思う。
参加者には攻略部隊の面々もいたが、彼ら以外にも見知った顔がいくつかあった。
乃詠たちに直接、対応した人たちだから呼ばれたのだろう。
まず衛兵のソアラ・オーベルトとイザーク・ボルドヴィン。
「ノエさん、先日はどうも。このたびはお疲れ様でした」
「やあノエさん。そのドレス、とてもよく似合ってるね。すごく綺麗だ。――どうかな、俺とあっちのバルコニーで、領都の夜景を見ながら話でも」
相変わらずの美しい回し蹴りが、イザークの側頭部に決まった。
倒れる瞬間、手放されたグラスをキャッチしてみせるという離れ業を見せたソアラは、ぺこりと一礼したあと、イザークを引きずり去っていった。
そしてギルド職員のパウラ・エッカルトとイェシカ・ウムラウフ。
「ここで会ったが百年目です!! ノエさん!! ぜひこの私に神創武装を――」
「ちょお、イェシカさん!? ここをどこだと思ってるんですか!? やめてくださいみんなが見てます!? 恥ずかしいし無作法です!?」
目が合うなり、長年探し続けた仇敵とまみえたみたいなノリで詰め寄ってきたイェシカが、即座にパウラに羽交締めにされ、そのまま引きずられていった。
パウラ、ぱっと見は細身だが、けっこう力がある。
「にぎやかな人たちね」
「本当に」
参加者にはひと通りあいさつをしつつ、豪華な料理も楽しむ。さすが領主の城で出される料理とあって、どれも洗練されていて、ものすごく美味だ。
そうして内々で楽しんでいると、これまた見知った気配を捉える。
(この独特な気配は)
ごくごく薄いそれ。見れば――壁のシミになっている一人の男性がいて。
不自然なまでに誰からも気にされず、誰からも声をかけられず、視線すら向けられない。
(ダンジョン内でならともかく、こういった場だと、ハブられているようにしか見えないわね……)
壁にもたれ、ちびちびとグラスに口をつけながら、会場へと向けられている彼の眼差しが、なんというか、ひどく達観しているように見えて、それが余計に悲しみを誘った。
ともあれ、声をかけてみる。
「カイさん、お疲れ様」
すると、驚いたように赤茶の瞳が見開かれる。
「っ、の、ノエさん、お疲れ様、ですっ」
動揺しているのか、敬語になっているうえにちょっと上擦った。グラスも落としそうになって慌ててキャッチ。視線も若干忙しない。
「またびっくりさせちゃったかしら?」
「いや、ごめん。まさか声をかけてもらえるとは思ってなかったから」
なぜ壁のシミになっているのか聞いてみたら、理由は二つ。
もとよりこういう場が苦手だというのが一つ。そして最も大きな理由は、存在の薄い自分がうろうろしていると他の人の邪魔になるから。
「苦労しているのね」
「もう慣れたよ。それに……君はちゃんと見つけてくれるから」
ふと、カイが真剣な表情を作る。体の脇で拳をぎゅっと握り、乃詠の目をまっすぐ見据え――口を開く。
「あの、ノエさん!」
「何かしら?」
「も、もしよければ、俺とけぼっ――!?」
口の中に突然、水の塊が侵入してきて、カイはゲホゲホとせき込む。
「カイさん!? ――ご、ごめんなさい!! 大丈夫ですか!?」
その水の塊の正体は――『ウォーターボール』。犯人は乃詠しかいないが、しかし乃詠自身は魔法など使っていない。となれば、実行犯は一人しかいない。
『ちょっとナビィ!? あなたいったい何してるのよ!?』
『あなたは知らなくていいことです』
『というかなんで私のスキルなのに私に主導権がないの!? スキルにスキル行使の主導権があるって絶対おかしいでしょう! ――って言ってるそばから今度は念話!? 相手はカイさん!? いったい何を吹き込んでるの!?』
『あなたは知らなくていいことです』
ナビィはかたくなにそれしか言わない。
スキルを使用していることは感覚的にわかるのだが、乃詠への回線を繋いでいないので内容がわからない。
「カイさん、うちのがほんとごめんなさいっ!!」
だから乃詠は、取り出したハンカチで彼の濡れた衣服を拭きながら、ただただ平謝りするしかない。
そのあいだ、カイが無言でされるがままになっていたのは、念話のほうに意識を持っていかれていたからだろう。
『ナビィ、いい加減にして!』
『――大丈夫です。もう終わりました』
『何をもって大丈夫なのかさっぱりわからない』
「……あ、ごめん。ありがとう、ノエさん」
幸いにも、相棒の暴挙にカイが怒った様子はなく、むしろなぜかスッキリしたような、それでいて何かを心に決めたような表情をしていて、乃詠はもう何が何やらだった。
なお、いったい何が起こっていたのかというと――まず、カイは無謀にも、乃詠に「俺と結婚を前提にお付き合いしてください」と言おうとしていた。
それを先んじて察知したナビィが、とっさに水球を口に放り込むことで言葉を遮り、〈念話〉にて直接、忠告したのだ。『今ここでそれは禁句です。冗談抜きに死にますよ』と。
傍に番犬がいるので。
そして、忠告のあとも会話は続いていて――
『それにしても、あなた、けっこうな勇者ですよね。凶悪な番犬が二匹も張りついていてなお、ノエ様に求婚しようとなさるなんて』
『……いや、だって、そうは言っても、彼らは魔物じゃないですか。だったら俺にもワンチャンあるかなって』
『ないですよ、きっと。死にたくなければ自重してください』
『そんな……俺にはもう、彼女しかいないのに……』
カイの存在感の希薄さは異常の域だ。とても一般人とは結婚できない。してもらえない。否、するつもりもない。
カイがずっと傍で守りたいと思うのは――もう乃詠だけなのだ。
『結婚も交際も無理でしょうけど、一つだけ』
そこでナビィは、カイに一つの知恵を授ける。
『――なるほど、それならっ』
考えを一転させ、すっかりその気になったカイは、この宴会やもろもろが済んだあと、領主のもとへ行くことを決めるのだった。
◇◇◇
宴会がお開きとなったあと、乃詠たちはそのまま、領主によって城館の一室へと連れていかれた。
あらためて、謝礼の話をしたいということだ。
「――まずはこちらを」
そう言って、小さな袋を差し出される。
ご確認くださいと言われたので中を見てみると、白金の輝きを放つ硬貨が五枚入っていた。
初めて見る白金貨――五枚で5000万オルカである。
「ちょ、ちょっと待ってください。これは、あまりにも多すぎます!」
「そんなことはありません。ヴィンスや部下たち、リシェルを救っていただいたことに、使用した『神珠』の対価も含めれば、むしろまったく足りませんよ。これはその対価と謝礼のほんの一部ですから」
5000万オルカがほんの一部と聞いて、乃詠の顔が引きつる。
「で、ですが、『神珠』は私が使いましたし……」
「リシェルを解放するために使ったのですから同じことです。残りはまたご用意でき次第となってしまうので申し訳ないのですが……他に何か、望むものはありませんか? 物でなくてもけっこうですので」
「私としては、これでも十分すぎるのですが……」
「それではこちらの気が済まないのです」
領主も頑として譲らない。乃詠はほとほと困ってしまった。
何か欲しいもの、して欲しいことはないかと聞かれても、いま思い浮かぶのは一つくらいだ。
「でしたら、この先、もし貴族の関わるトラブルに巻き込まれたとして、私たちでは解決できないときに、ご助力をいただけるとありがたいです」
「それはもちろんです」
ルーデンドルフ辺境伯家が後ろ盾となる約束をしてくれるとともに、正式な客人であることの証――家紋の刻まれた儀礼用の短剣をもらった。
「他にはいかがでしょう?」
「いえ、本当にもう十分です」
「まだまだ全然足りません」
「で、では、思いついたらということで……」
顔を引きつらせつつ、乃詠は返答を濁すが――そこで。
リシェルが手を合わせ、いいことを思いついたとばかりに言った。
「そうですわ! 家などいかがでしょう?」
「え」
「おお、家か! それはいい考えだ!」
父娘の会話の、価値観の違いをまざまざと見せつけられた気分だった。お礼でポンと家を送るなんて、元の世界のセレブでもそうはないだろう。
乃詠も、親友でセレブの感覚は知っているし、慣れてもいるけれど、ちょっと次元が違う気がする。
しかも翌日、連れていかれたその家――否〝邸宅〟は、普通に貴族の豪邸と言うべき代物だった。
「この程度の邸宅で申し訳ありませんが、これは我が家が管理する物件の中で一番大きく、状態のいい物件です」
さらには、
「厳選に厳選を重ねた使用人もご用意しましたので、好きにお使いください」
ずらりと並ぶ、男女の使用人たち。
しばしフリーズしていた乃詠は、
「……あの、受け取り拒否、できませんか?」
「そうですか。――やはり、この程度では駄目でしたか」
「え?」
「そうですね、少しお待ちいただくことになってしまいますが、取り急ぎこの辺りの土地を買い上げ、我が城よりも立派な城を――」
「いいです! 受け取りますこの家! この家がいいです! すっごく気に入りました!」
ほっとした様子を見せる領主様に、乃詠は疲れたように深々と息を吐き出すのだった。
◇◇◇
それから数日後――せっかくなので翌日には入居した邸宅に、リシェルが護衛騎士のヴィンスを伴って訪ねてきた。
そうしてお茶を飲みつつ、
「――ノエお姉様に、王宮から招聘状が届いておりますの」
一通の封書を差し出しながら、リシェルはそう告げるのだ。
一難去って、ではないが……面倒ごとの予感しかしなかった。
―― 2部『愛の騎士と星に巣食うモノ』 完 ――
これで2部は完結となります。
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この後は幕間を三話、投稿してから、少しお休みをいただいたあとで3部を開始したいと思います。
続きを楽しみにしてくださっている方には大変申し訳ないのですが、ちょっと構成を練り直さなければならなくなってしまって……。
幕間終了後、一週間ほどお待ちください。
引き続き、万能聖女をよろしくお願いします。