第002話 剣道部の仲間
第002話 剣道部の仲間
時は近未来。
東北地方の田舎で普通に地味な中学生をしている私こと二条アリアは、都会でスターになることを夢見る自称美少女だった。
自分で言うのもなんだけど、そこそこのスレンダーなモデル体型の美人で、東京の原宿だったら絶対にモデルにスカウトされるはずだって思っている。
この村にはきれいな湖と、古い神社と、おいしい水と米、野菜ぐらいしか自慢できるものがない。
ただし、それはあくまで表向きで、言っても誰も信じないと思うから言わないけれど、少し変わった古代遺跡もひっそりとある。
今日も普通に自転車で学校まで行って、勉強して、友達とおしゃべりして、部活の剣道部で練習して、そして自転車で帰ってくる日々。
早く東京の青山にある大学に通って、渋谷でお買い物したりしたいな。
それに大学卒業したら、港区のおしゃれなカフェとかで足を組んでスマホ見てられる社会人になりたいものだわ。
それに引き換え、ウチの学校は、いまどき制服は昭和のセーラー服だし、ひざ下長いし、髪を結べとか、白黒写真にでも撮られたら、50年前と勘違いされそう。
そうこうしている間に入学してからあっという間に時間がたって、もう1年になる。
この村は日本でも有数の古い村と言われていて、創建が数千年前と言われる古い神社がある。
村の周辺は複雑な形の山に囲まれていて、他の町とは隔絶している。
中央には大きな湖があって景観はいいほうだ。
この村の標高はそこそこ高い場所にある。
剣道部の顧問のおじいちゃんが遠くから聞こえる声で叫んだ。
「おーいヒカル。
そろそろ終わりにしよう」
兄のヒカルは手を振って返事をした。
「わかったよ、じいちゃん」
ヒカルは、皆に向かって呼びかけた。
「サクヤ、アリア、西園寺も時間も遅くなったし終わりにしよう」
ヒカルは、私の方を見ながら気遣って言った。
「アリアは病み上がりなのだから無理するなよ」
遠くで竹刀を振る同級生で親友の藤原サトルが振り返って言った。
「今日も大変ですね、ヒカル先輩。
いつも日が暮れるまでやめないし」
サトルは幼馴染なんだけど、義理堅いし分かりやすくて気さくでいい奴だ。
お世辞にもイケメンとは言えないけれどね。
私は長いストレートの髪をなびかせながら割り込んで言った。
「お兄さまは、天下無双の偉大な剣士様になられるお方ですから。
人の百倍練習しないとね」
我ながら黙ってさえいれば、そこそこ綺麗で可憐な美少女になれるのだろうけど。
どうも性格的に余計なことを言ってしまう悪い癖があるようだ。
そこへショートカットのかわいらしい美少女で後輩の西園寺が一言つぶやく。
「アリア先輩は、そういう余計なことばっかり言っているから可愛くないって言われるんですよ」
西園寺は、幼馴染なんだけど、かわいい後輩の女の子で、私と違って聡明で学校の成績も優秀。
一方で私は運動神経抜群で活発な点で差別化しているけれど。
これじゃぁ、憧れのモデルには、ほど遠いかもしれない。
西園寺が切り株の上でくつろぐペットに向かって呼んだ。
「コカちゃーん!
帰るよ」
コカちゃんとは、おじいちゃんから譲り受けたとても珍しいペットのことだ。
変わった犬だけど、とても愛嬌があってかわいらしい。
おじいちゃんは昔から犬を飼っていたけど、子供を産んだときに西園寺に譲ったようだ。
そのコカちゃんは西園寺の膝に飛び乗って丸っこい体を揺らしながら楽しそうにしてくつろいでいる。
それにしても、コカちゃんがカワイくなるのはいいけれど。
西園寺はコカちゃんを少し太らせ過ぎている気がするけれど大丈夫だろうか。
剣道部の顧問のおじいちゃんから、私と兄のヒカル、サクヤ先輩、サトル、西園寺は5人で剣道と、平安時代より前から伝わる古武術の指導を受けている。
兄は3歳年上で、サクヤ先輩は1学年上の先輩、サトルは同級生、西園寺は1学年下の後輩だ。
中高一貫だから、あまり中高の境界線がはっきりしていない。
休日以外では毎日、学校の終わった午後に北の郊外の剣道部の練習所に集まって部活をしている。
昔、おじいちゃんは若かった頃に、全国でもある程度の順位までは活躍した猛者らしい。
ただし、詳しいことはいつも教えてもらえない。
他にもおじいちゃんは昔は村の役場で働いていて、今は私塾の先生のようなこともして過ごしている。
お母さんの方は村の役場で働いているけれど、おじいちゃんがたまに相談にのっているようだ。
ある時、おじいちゃんにこの村についてしつこく聞いてみたら、この村の歴史を少しだけ教えってもらったことがある。
その時に、ぼそっとこんな事をつぶやいたことがあった。
「これ以上は言えないがな」
その時は、どういう意味なのか詳しく教えてもらえなかったけど。
この村には何か大事なものがあるのかもしれない。
今日の練習は、剣道の実戦的なトレーニングが中心だったせいか、腕がしんどくてしょうがない。
おじいちゃんは訓練の終わりに5人に向かって言った。
「一流の剣士になるには、日頃から一流の剣士と本気で生死をかけて実戦を戦っているイメージを持って臨まんといかん。
練習のためだけの練習など全くの無意味」
これは、おじいちゃんの、いつもの口癖だ。
「イメージトレーニングで一流剣士と実戦をする中ではな。
今は勝つことなど難しいかもしれんが。
何が不足して負けたのか、不足している部分をどうしたら補えるのか。
自分で本気で考え抜いて日々改善した奴だけが強くなれる」
たしかに、おじいちゃんの言う通り。
田舎で仲間5人と一緒に練習しているだけでは井の中の蛙になるのは間違いないとは思う。
おじいちゃんは口数が少ないけど、いつも難しいことを言う。
ただし、私がなりたいのは都会のモデルであって。
たくましい田舎の女剣士になりたいわけじゃないんだけれど。
そうは言っても、おじいちゃんもお母さんも聞く耳を持たない。
何度も機を見ては、女の子なのだから剣道の練習なんて嫌だと言ってみると。
いつも、おじいちゃんとお母さんによってたかって力説される。
「これからの時代はね。
女の子と言えど自分の身と子供や家族ぐらいは守れないとダメでしょう」
おじいちゃんからも畳みかけるように説得される。
「お前が生まれた時代は、たまたま運が良く一時的に平和なだけだ。
これからいつ物騒な時代になるかわからんし、護身術ぐらい身につけておいて損はないだろう。
人類の歴史で戦争に巻き込まれずに済んだ時代など、ほとんどないのは歴史の授業を聞いていれば知っているだろう」
これからの時代ってどんな時代のことを言っているのかしら。
今の平和な時代に生まれた私からすると何を言っているのか感覚的に分からない。
最近の私の一番の悩みは、腕の筋肉が少しずつ隆起していることだけど。
この人たちに言っても仕方がない気がする。
それにしても西園寺はどうして、あんなに華奢なままでいられるのか不思議だ。
皆と解散して、家への帰り道で、おじいちゃんにもう一度聞いてみることにした。
「おじいちゃんは何でこの村の歴史を詳しく教えてくれないの」
しばらく考えてからおじいちゃんは答えた。
「いずれお前が大人になったら教えてやろう。
今はまだ早い」
いつもこの一点張りで続きの話がまともに聞けたことが、ほとんどない。
おじいちゃんに、さっきと同じく聞いてみた。
「家を出て行ったお父さんのことも何で教えてくれないの」
頭を振ってからおじいちゃんは言った。
「それも、いずれお前が大人になったら教えてやろう。
今はまだ知らない方が良い」
おじいちゃんは、いつもこんな感じだ。
それでも兄たちの会話の中から少しだけ分かっていることがある。
おじいちゃんの剣道や古武術は、昔からこの村で古くから続く伝統的な技術で、昔は體術と呼ばれていたようだ。
それに、古武術のほうは、他人には決っして見せてはいけないということを、いつも言われる。
誰かに見られると何かマズイものでもあるのかもしれない。
家が近づいてくると隣の家の三田さんのおばあさんが見えた。
子供の翔君とボールで遊んでいたようだ。
三田さんは、焼き立てのアップルパイなんかをいつもおすそ分けしてくれる、とても親切なお隣さんだ。
三田さんの孫は、まだ小さな男の子で、たまに遊んであげたりすることがある間柄だ。
三田さんは、こちらに気付いて言った。
「こんばんは、二条さん。
今日もお嬢さんとトレーニングですか?」
おじいちゃんが会釈してから答えた。
「こんばんは、三田さん。
私も運動しないと衰えますのでな。
こんばんは、翔君」
ボール遊びをしていた三田さんの孫の翔君は少し恥ずかしそうに挨拶した。
「こんばんは」
翔君は、まだ学校にも行けないぐらいの歳で、ようやく走れるようになったぐらいだ。
三田さんが言った。
「翔。そろそろ暗くなってきたから家に帰るわよ」
おじいちゃんが珍しくやさしげな顔で言った。
「翔君、さようなら」
翔君も恥ずかしそうに答える。
「さようなら」
翔君とは、最近は忙しく会えていなかったけど、少し時間がたっただけで、ちゃんと挨拶ができるようになったようだ。
あれぐらいの歳の男の子はとてもかわいい。
翔君のお母さんは、先日、家の近くの交通事故で亡くなったようだ。
翔君は、まだ小さいのに大変だ。
今は、おばあさんが面倒を見ているようだ。
家につくと、おばあちゃんが夕食の準備を終えて料理を並べているところだった。
この村は昔はとても貧しい地域だった。
そのせいか伝統的な料理も質素な料理が多い気がする。
今日もディナーと言えるほどの夕食でもないぐらい質素だ。
兄のリュウセイは、すでに席について私たちの帰りを待っていたようだ。
リュウセイは私たちの帰りを待ちわびたようすで皆を見るなり言った。
「じいちゃん、ヒカル、アリアおかえり。
アリアは、今日も頑張っているようだけど。
病み上がりだから無理しないようにね」
先日、私は特殊な古武術の練習中に突然倒れたようだけれど、あまり本人としては自覚していない。
倒れた後は昏睡状態で寝たまま2週間の間も目を覚まさなかったらしい。
今でもたまに頭が痛くなる時があるけれど関係しているのかどうかは分からない。
私はその時の2週間分の記憶を全く覚えていない。
もう一人の兄のヒカルが手を振りながら言った。
「ただいま。
リュウセイは今日もお勉強か?」
リュウセイは少し明るい表情で言った。
「今日は天気が良かったからね。
勉強がとてもはかどったよ」
ヒカルとリュウセイは双子の兄弟だ。
良く似てはいるけれど、剣道をやっているヒカルと違って、リュウセイは華奢な体形だ。
リュウセイは、昔から勉強家だったけど、剣道や古武術には興味がなかった。
おじいちゃんや、ヒカルからも何度も剣道の練習に誘ったけれど。
本人は剣道なんて野蛮だから嫌だと頑な態度を変えない。
リュウセイは生まれながらの持病があって体の線もとても細い。
リュウセイはよく得意げに言っている。
「これからの時代で活躍するには学問こそが大事だと思う。
歴史からは昔の人たちの大事な知識を学ぶことができるからね。
これは自分が100回生まれ変わっても出来ないことだと思うよ」
そういって学校から帰るといつもお父さんの書斎から本をもってきては勉強を続けている。
お父さんの書斎には珍しい政治や考古学、古武術の本がたくさんある。
リュウセイは、お父さんの本の中では政治や考古学だけは興味があって読んでいるみたいだ。
私も、おじいちゃんに言われて古武術の本は一通り読まされた。
古武術は剣道の基礎知識として必要不可欠らしいと言われて納得してしまったから仕方がない。
自慢じゃないけど、私は本を読むスピードが異常に早いらしく、リュウセイの話では勿体ない才能だそうだ。
リュウセイは日本の政治家になって、厳しい社会的な課題がある地方都市を何とかしたいみたいだ。
私みたいに、さっさとこの田舎の村から飛び出して都会に住もうなんていう人も多いみたいだけれど。
帰省して来た人に感想を聞いても、都会に行っても、とても田舎者を受け入れてくれる空気なんてないって話は逆によく聞かされる。
都会の景色は素晴らしかったけれど、とても残念な気持ちになったと言う人も多いようだ。
いったい、どんな扱いを受けたのか、あまり考えたくはないけれど。
そうは言っても一生に一度ぐらいは都会に住んでみたいもんだ。