カボチャ
きんつばの先生とは
かれこれ二十年にはなる。
あの頃、お互いまだ若かった。
そして何かを目指していた。
先生に初めて会ったのは
ある会社の上場準備の時で、
季節は秋だった。
ターミナル駅のファミレスだった。
許認可事の整備と、
係争事の取りまとめとで、
相談に乗ってもらった。
先生は笑い顔だった。
会ったときにハロウインの
飾りつけが店にあって、
先生の顔が、そのカボチャに
とても似ていた。
だから、季節は秋だったと、
覚えていられた。
先生を紹介してくれたのは
銀行の担当者だった。
今とは違って、銀行の
法人部門には取引法人の
窓口になる担当者がいて、
仕事場にもよく来てくれた。
その人が紹介してくれた
先生は、そのカボチャに似た
笑顔でよくしゃべってくれた。
話の苦手な自分が雑談できた。
もともと人当たりがいいのか、
仕事が優秀なのか、
先生の電話は頻繁に鳴った。
その度に、手を縦にした。
謝って、その電話の対応を
していた。流暢な英語も
ときどき話していた。
自分とは大違いだった。
自分はいつも誰かに
仕事や雑務をしてもらって、
自分でしたことは、
ほとんどなかった。
その時も、お膳立ては
別にあって、先生に、
会って頼むたけだった。
皆、先生が苦手だったらしい。
あんなに朗らかで、
面白い話をしてくれるのに、
苦手の理由が初めは
よくわからなかった。
今でもそれを苦手にする
皆の感覚がわからない。
しかし、この二十年の間に、
ああ、そうかとなってきた。
先生は、自分の意見が一番で、
それに反した意見には、
聞く耳を持たない人なのだ。
弁護士らしくない、そう思う。
ただ、言われることは、
どこを切り取ってもその通りと。
思えることばかりで、
これまで色々教わった。
そう感じているのは
自分のほうだけだろうか。
人と縁遠くなる自分なのに、
先生は特異な人なのだろう。
先生は話し相手が欲しいのだ。
よく喋る人というのは、
よく喋らないと調子悪く
なるだろうから。
自分の知識なり意識なり、
主張なりが、普通にあると、
人の話を聞いてばかりも
いられない。
その点、高校生の頃から
流れのままに生きてきた者には、
そういう人のほうが、
いいのかもしれない。
気持ちのままでいいと思う。
好きなら好きでいいと思う。
嫌なら嫌でいいと思う。
無理するなら無理するで。
あの頃、先生は顧問先を
増やしたがっていた。
あの頃、自分は
仕事を増やしたがっていた。
そして、今、先生は
事務所で珈琲に凝っている。
そして、まだ、自分は
仕事場で仕事に追われている。
先生は相変わらず、
ハロウインのカボチャに
似ていると思う。
面と向かっては言えないが。
自分も相変わらず、
何かに似ていると、
思われているだろうか。
自分の意見が一番の先生に。
二十年、行き来しても、
相手の胸の内は見えない。
見えないから、感じることを
好きでいられたらいい。




