私と王太子の婚約を知った元婚約者が、王太子との婚約発表前日に家に押しかけて来て「俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!」と言って復縁を迫ってきた・短編
私と王太子との婚約発表前日、元婚約者が私と王太子の婚約を聞きつけて、侯爵家にやってきた。
やってきたというより押し入って来たと表現した方が近い。
家の前で元婚約者のカスパー様が
「アリスに会わせなければ、アリスがフリーダをいじめていたと世間に言いふらしてやる!」
と喚くので、仕方なく屋敷に通した。
私は使用人に、カスパー様を応接室に案内するように指示を出す。
同時に王宮にいるお父様と、カスパー様のご実家のラウ侯爵家に使者を出した。
お父様の力でカスパー様を黙らせ、ラウ侯爵にカスパー様を引き取ってもらおう。
とにかくこの厄介者を、一刻も早くラウ侯爵に引き取っていただかなければ。
私はメイド二人と、執事二人と、護衛三人を連れて、応接室に向かった。
応接室に入ると、カスパー様は「茶がぬるい」だの「菓子がまずい!」だの言って喚いていた。
相変わらず、失礼な男だ。
「お待たせいたしました」
使者がお父様とラウ侯爵を連れてくるまで、のらりくらりと躱すことにしよう。
「遅いぞ! アリス!」
私の顔を見るなりカスパー様が怒鳴った。
「失礼いたしました。
急な来客への対応には慣れておりませんので」
「先触れもなく来るなバーカ」と遠回しに嫌味を言ってやった。
「急な来客にも対応出来ないようでは、貴族としてやっていけないぞ!」
だがカスパー様には通じなかったようだ。
テーブルを挟み、カスパー様の向かいの席に腰掛ける。
「それから、名前で呼ぶのはお止めいただけますか?
私とラウ侯爵令息の婚約は半年前に解消されました。
これからはノイマン侯爵令嬢とお呼びください」
「馴れ馴れしく名前で呼ぶな、このタコ!」という意味を込めて言ったのだが、
「アリス、なんだこの使用人の数は?
メイドが二人に、執事が二人、後ろにいるいかつい男たちは護衛か?」
やはりカスパー様には通じなかった。
「私は婚約を控えている身。
先触れもなく押しかけてきた元婚約者と会うには、これくらいの護衛は必要です。
後であらぬ噂を広げられては迷惑ですので」
元婚約者と二人きりで会うバカはいない。
大事な人との婚約発表を控えているなら尚更だ。
「俺とお前の仲だ、部屋に入れるのはメイド一人ぐらいでいいだろう」
「お断りいたします。
護衛が部屋にいるのが気に入らないのでしたらお帰り頂いて結構でしてよ?」
何が俺とお前の仲よ、気持ち悪い。
カスパー様との婚約は親同士が決めたものだ。
それを元婚約者は、フリーダ・ザックスという男爵令嬢と浮気した挙げ句、
「お前がフリーダをいじめているのは分かっている!
お前が俺に惚れているのは分かるが、いくら俺に相手にされないからといって、か弱いフリーダをいじめるなんて最低だ!
お前のような非道な女との婚約は破棄する!」
と抜かしやがったのです。
ラウ侯爵が泣きながら頭を下げるので、本来ならカスパー様の不貞で婚約破棄するところを、双方合意でということで婚約を解消したのです。
カスパー様との婚約を解消してから半年が経過しました。
カスパー様が今になって、こんな愚かな行動に出るなら、あの時徹底的にカスパー様とザックス男爵令嬢をぶっ叩いて、粉微塵にしてやるべきだったと後悔しています。
「仕方ない、護衛の件は勘弁してやる」
護衛の一人に睨まれ、カスパーは小声で護衛の同室を許可した。
カスパー様が許可しなくても、護衛は同席させますけどね。
「それで、ご用件は?」
「アリスお前、王太子殿下と婚約するというのは本当か?」
カスパー様は私と王太子殿下の婚約をどこで聞きつけたのでしょう?
カスパー様と婚約を解消した直後、留学から帰った王太子と再会しました。
レヴィン様とは幼馴染で、幼い頃よく遊んでいたのです。
先月レヴィン様から「幼い頃から好きだった! 結婚してくれ!」と言われ、私も幼い頃からレヴィン様に仄かな恋心を抱いていたので、婚約することになりました。
すでに王家とノイマン侯爵家で正式に婚約の契約が交わされております。
そして明日、正式に私とレヴィン様の婚約が国民に発表されるのです。
「ラウ侯爵令息、どこからそのお話を?」
私とレヴィン様との婚約は、まだ身内しか知らない。
どこから漏れたのかしら?
「どこからでもいいだろ! 答えろ」
「ラウ侯爵令息に答える義理はありません」
「否定しないということは本当なのだな……」
カスパー様が小声でブツブツと囁いている。
「アリス、お前! 俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!!」
「はっ?」
突拍子のないことを言われたので、飲んでいた紅茶を吹き出し、カスパー様の顔面にかけてしまうところでしたわ。
なんとか紅茶を吹き出さずに済みました。
嫌いな男に飲んでいた紅茶がかかるなんて最悪ですからね。
「おっしゃっている意味が分かりませんが?」
カスパー様と会話するなら、魔族と会話した方がまだ話が通じる。
カスパー様の思考回路は常人では理解しかねますわ。
「アリスがフリーダをいじめたのは俺に嫉妬してほしいからなんだろう?
フリーダがおおごとにしたくないと言うし、俺もノイマン侯爵家との間に争いを起こしたくないから、お前がフリーダをいじめていた件は有耶無耶にした。
裁判に負けたお前が、修道院に送られたら可哀そうだからな」
ザックス男爵令嬢がカスパー様に、
「アリス様に教科書や制服やかばんを破られました!
噴水に落とされたり、階段からつき落とされそうになったこともあります!」
と泣きながら訴えたそうだ。
だがすべてザックス男爵令嬢の自作自演だということは分かっている。
こっちには証拠が揃っている。
裁判になったら、負けて修道院送りになるのはカスパー様とザックス男爵令嬢の方だ。
ラウ侯爵とザックス男爵が地面に膝を突いて泣きながら、
「息子(娘)を許してください!」
と懇願するので、仕方なく示談に応じた。
こんなことになるなら裁判にかけて、両家を塵一つ残らないぐらい、徹底的に粉砕してやるべきだったわ。
「情深い俺は傷物になり嫁の貰い手がなくなったお前を、俺がラウ家の当主になったとき、愛人にして囲ってやろうと思っていたんだ。
フリーダは領地経営とかに向いてないからな、頭でっかちなお前に仕事を与えてやるつもりでいたんだ」
ドヤ顔で言うカスパー様の顔面を、ぶん殴ってやりたかった。
誰かやかんに熱湯を沸かして持ってきてくれないかしら? カスパー様の頭に熱湯をかけてやりたいわ。
カスパー様の言ったことを要約すると、行き遅れになった私を愛人にして仕事だけさせる……ということだ。
馬鹿にするにも程がある。
カスパー様は自分がラウ侯爵家の当主になれると思っているのね、笑えるわ。
「俺は充分嫉妬したぞ。
もういいだろう?
愛人ではなく正妻にしてやるから俺のところに戻ってこい」
カスパー様の顔には俺は心の広い男だろ?と書いてあった。
誰か硫酸を持ってきてくださらない? カスパー様の顔面に硫酸をかけて差し上げます。
「ラウ侯爵令息、一つ良いことを教えてあげます」
「なんだ?」
「ラウ侯爵令息はラウ侯爵家を継げません」
「はっ?
そんなはず無いだろう!
俺は一人っ子だぞ!」
「それがそんなはずがあるのです。
ラウ侯爵令息がザックス男爵令嬢と浮気し、『アリスとの婚約を破棄し、真実の愛で結ばれたフリーダと結婚する!』
と言ったとき、ラウ侯爵はあなたを跡継ぎにすることを諦め、ザックス男爵家に婿養子に出すことを決めたのです」
「えっ?
はっ?
う……嘘だ!
父上がそんなことをするはずがない!!」
「残念ですが全て事実です」
我が家としては、カスパー様とザックス男爵令嬢に下された処分はぬるいと思っています。
お二人には一生屋敷内に幽閉するか、除籍して修道院に送るか、市井に落とすかして苦労させるかしてほしかったのです。
ラウ侯爵もザックス男爵も、子供に対する処罰が甘すぎますわ。
私に冤罪をかけるということは、ノイマン侯爵家に喧嘩を売ったのも同じ。
その当事者たちの処分が、男爵と男爵夫人になることだなんて、ノイマン侯爵家もなめられたものです。
カスパー様は侯爵家の当主候補から外れ、格下の男爵家の当主になるので、カスパー様にとっては罰になるのかもしれません。
それでも貴族でいられることに変わりはありません。
どう考えても罰がぬるすぎます。
「お疑いでしたら、ラウ侯爵にお尋ねください。
もうすぐ当家に来るはずですから」
「父上がノイマン侯爵家に来るだと!」
「ラウ侯爵令息が当家が裁判沙汰にせず示談にしてさし上げた、ラウ侯爵令息とザックス男爵令嬢が私に冤罪をかけた件を持ち出して、屋敷の前で騒いでいるのです。
屋敷の前で騒がれるのは迷惑ですのでラウ侯爵令息を屋敷に入れましたが、当家としては一刻も早くラウ侯爵令息にはお引き取りいただきたいです。
ラウ侯爵令息の監督責任はラウ侯爵にあります。
ラウ侯爵を呼ぶのは当然でしょう?」
「お前と婚約破棄したとき、父上にとんでもなく怒られたんだぞ!」
それはあれだけのことをしたのですから、怒られて当然でしょう。
「『それに示談にして上げた!』とはなんだ、それはこちらのセリフだ!
お前がフリーダをいじめていたことは事実だろう!」
示談にして差し上げたのに、全く反省していませんのね。
やはりあのとき徹底的に戦い、カスパー様とザックス男爵令嬢を灰にしてやるべきでしたわ。
「そうだ!
アリス、お前が俺との縒りを戻したくて、俺をノイマン侯爵家に呼んだことにしてくれ!
そうすれば俺は父上に叱られなくて済む!
お前だって馬鹿王太子と婚約しなくて済む!
どうせ馬鹿王太子に王族の権力を使われ、無理やり婚約者にされたんだろ!?
お前には王太子妃なんか似合わない!
俺がお前を救ってやる!
お前が俺と一緒に謝れば、父上だって許してくれる!
そして俺を次の侯爵家の当主にしてくれるはずだ!!
お前は俺と結婚して侯爵夫人になるんだ!」
よく動く舌です。
誰かハサミを持ってきてくれないかしら?
カスパー様の舌を切りたい気分ですわ。
カスパー様の舌は二枚はありそうです。
一枚ぐらいちょん切ってもいいでしょう。
「さあ、アリス!
俺の手を取れ!!」
カスパー様が立ち上がり、私の手を掴もうとした。
だが私に伸ばしたカスパー様の手は、護衛の騎士に押さえられ、後ろ手に締め上げられた。
何が「俺の手を取れ!」ですか、気持ち悪い。
勝手に私の手を掴もうとしておいて、呆れますわ。
「くそっ!
俺はラウ侯爵家の嫡男だぞ!
俺にこんなことをしてただで済むと思うな!」
「いや、その男の腕は取り押さえたままで構わない」
応接室の扉が開き、金髪碧眼の貴公子が現れた。
貴公子の後ろにはおじさんが二人、その後ろには近衛兵がいた。
あらいやだ私ったらのろけてしまいましたわ。
金髪碧眼の貴公子こと私の婚約者で王太子のレヴィン様の登場です。
レヴィン様の後ろにいたおじさん二人は、ノイマン侯爵家の当主であるお父様と、カスパー様の父親であるラウ侯爵でした。
レヴィン様とお父様は、額に青筋を立て、絶対零度の視線をカスパー様に送っていました。
ラウ侯爵は真っ青な顔でオロオロしています。
「レヴィン様、どうして当家に?」
「ノイマン侯爵家の使者が、ノイマン侯爵を呼びに来たとき、たまたま僕もノイマン侯爵の執務室にいたんだよ。
婚約者の危機だと知り、急いで馬車を飛ばしてやってきたんだ。
ラウ侯爵とは屋敷の入り口で会った。
それよりアリス、ラウ侯爵令息に変なことされなかったかい?」
レヴィン様が私を抱きしめる。
「大丈夫ですよ、レヴィン様。
メイドが二人、執事が二人、護衛が三人も同席しておりましたから」
私はレヴィン様の背に腕を回した。
私にはレヴィン様が貸してくださった影もついていますしね。
「婚約者とイチャイチャするのはいいが、パパのことも気にかけてほしいな」
私はレヴィン様から体を離した。
するとレヴィン様が私の肩に腕を回した。
「おかえりなさいお父様。
急にお呼び立てして申し訳ありません」
お父様お呼び出しして申し訳ありませんが、婚約者の次に扱ったぐらいで拗ねないでください。
「ノイマン侯爵令嬢、久しぶりだね……」
「ラウ侯爵、挨拶は結構です。
早々にラウ侯爵令息を引き取っていただけますか?」
ハンカチで冷や汗を拭うラウ侯爵に冷たい視線を送る。
「分かっています。
帰るぞ!
カスパー!」
ラウ侯爵がカスパー様の頬を殴る。
カスパー様の左頬が切れ、血が流れた。
ラウ侯爵はカスパー様の首根っこを掴み、カスパー様を連れて帰ろうとする。
「ちょっと待った。
ラウ侯爵とラウ侯爵令息」
レヴィン様がラウ侯爵とカスパー様を呼び止めた。
「王太子殿下、なんでしょうか?」
ラウ侯爵は怯えた様子で返事をした。
「今、アリスにつけていた護衛に聞いたんだけど、ラウ侯爵令息はアリスと縒りを戻しに来たみたいだね。
明日王太子とアリスの婚約発表が行われることを知っていながら、ノイマン侯爵家を訪れ、アリスに復縁を迫ったそうだ。
僕とアリスの婚約は王家がゴリ押ししたとか、アリスは自分に気があるとも言っていたそうだよ。
アリスがラウ侯爵に謝れば自分がラウ侯爵家の当主になれる。
だから一緒にラウ侯爵に謝ってくれと、アリスに頼んだそうだね。
その上、王太子である僕を『馬鹿王太子』呼ばわりしたそうじゃないか。
ラウ侯爵、ラウ侯爵令息、これは王族への不敬罪だね」
ラウ侯爵が真っ青を通り越して真っ白な顔をしている。
「さらに、ザックス男爵令嬢がいじめの偽装をした件まで持ち出して、『中に入れないならこの件を言いふらす!』と言って、ノイマン侯爵家の屋敷の前で騒いでいたそうじゃないか。
これは由々しきことだよ」
レヴィン様の目から氷の刃が出るんじゃないかというぐらい、レヴィン様がラウ侯爵とカスパー様を見る目は冷たかった。
「これはどういうことかなラウ侯爵?」
お父様が鬼の形相でラウ侯爵とカスパー様を睨む。
「ザックス男爵令嬢がアリスにいじめられたと虚偽の報告をした件は、貴公とザックス男爵が、地面に頭をこすりつけて『息子(娘)を許してください!』と言うから、示談にしてやったんだ。
婚約解消の件も、カスパーの浮気が原因だ。
当家としてはカスパーの有責で婚約破棄し、慰謝料を請求してもよかったんだ。
ラウ侯爵が泣いて頼むから、双方の同意による婚約解消にしてやったし、慰謝料も請求しなかった。
それなのにカスパーは私の留守中に我が家を訪れて、図々しくもアリスに復縁を迫ったというのかね?」
お父様に睨まれ、ラウ侯爵は倒れそうだ。
ラウ侯爵の口から魂が抜けかけている気がする。
「申し訳ありません。
息子にはよく言って聞かせます。
その上でザックス男爵家に婿入りを……」
「そもそもその罰が!罪の重さに対して軽すぎるんだよね」
レヴィン様が不機嫌な顔で言う。
「ラウ侯爵令息はご自分がザックス男爵家の婿養子に入ることを、私に説明されるまで知らなかったわ。
ラウ侯爵、きちんとご子息にご自身が犯した罪と、罰について説明されましたか?」
「それはその……今から、説明しようと」
私が問い詰めると、ラウ侯爵はカスパー様に何も説明していないことを白状した。
「息子に説明はしない。
男爵令嬢との結婚まで、監視を付けて屋敷に幽閉させておくことも出来ない。
とてもこんな輩に、大罪人の処罰は任せられないな」
レヴィン様がラウ侯爵を睨む。
レヴィン様はかなり怒っているようです。
「僕とアリスの婚約は正式に王家とノイマン侯爵家で交わされている。
ラウ侯爵令息は王太子の婚約者に横恋慕し、自分の妻になるように迫ったんだ。
僕がアリスにつけた護衛の他に王家の影もその現場を目撃している。
言い逃れは出来ないよ。
ラウ侯爵令息は厳罰に処される覚悟は出来ているよね?」
レヴィン様が凄むと、ラウ侯爵は顔を真っ白にしブルブルと震えだした。
しかし、当のカスパー様はふてくされた顔をしていた。
そしてカスパー様は、
「ちょっと待ってください!
アリスの気持ちはどうなるんですか?
アリスは俺のことが好きなのに!
王家の力で無理やり王太子の婚約者にするなんて横暴だ!!」
最悪のタイミングで、最低なことを口にしました。
誰が? いつ? あなたのことを好きになりましたか?
誰かタバスコと濃いめのお酢と塩を持ってきてくださらないかしら?
先程ラウ侯爵に殴られたため、カスパー様の左頬には傷が出来ています。
カスパー様の傷口にタバスコとお酢と塩を塗り込んで、傷口の消毒をしてあげましょう。
「ラウ侯爵、ご子息は命が惜しくないようだな」
ラウ侯爵を睨む、レヴィン様の体からは冷気が溢れ出していた。
レヴィン様が腰の剣に手をかける。
「ど、どうか命ばかりはお助けを……!」
ラウ侯爵がその場に土下座して、カスパー様の命乞いをした。
「父上!
なぜ謝るのですか?
俺は間違ったことを言ってません!」
ふてぶてしく言い放つカスパー様。
親の心子知らずとはよく言ったものですね。
カスパー様は死に急ぎたいようです。
ラウ侯爵の土下座は無駄になりますが、カスパー様にはここで死んでもらった方がいいかもしれません。
「馬鹿者!
いいからお前も頭を下げろ!!」
ラウ侯爵がカスパー様の頭を殴り、無理やり土下座させた。
「どうか、この通りです!
息子のことはあとでちゃんと叱っておきます!
息子のことはこれからしっかりしつけます!
此度ばかりは大目に見てはいただけないでしょうか!」
「ラウ侯爵、それは無理な相談だ。
アリスとカスパーの婚約解消のときも貴公はそう言った。
だがそなたはカスパーをしつけるどころか、事情すら満足に説明しなかった。
そして今日カスパーは、私の留守中に当家を訪れ、図々しくもアリスに復縁を迫り、王太子殿下を罵倒した。
ラウ侯爵、カスパーの失態はそなたが頭を下げたところでどうにもならない。
カスパーが犯したのは王族への不敬だ。
お咎めなしというわけにはいくまい。
重い罰を覚悟しなさい」
お父様がラウ侯爵に冷たい視線を送り、冷淡に言い切った。
「そんな……」
お父様に厳しい口調で言われ、ラウ侯爵はがっくりとうなだれた。
「父上、俺達はどうなるんですか?
俺はアリスを助けに来ただけなのに……!」
「うるさい!
お前は黙っていろ!」
ラウ侯爵がカスパー様の顔を殴る。
「ラウ侯爵令息が犯したのは、王族への不敬罪だ。
僕への謝罪もないし、ラウ侯爵令息には反省の色が見られない。
ラウ侯爵令息への厳罰は避けられない。
当然、ラウ侯爵令息の親であるラウ侯爵と、実家であるラウ侯爵家にも責任を取ってもらうよ。
ラウ侯爵家は二階級降格、ラウ侯爵は当主の座を親戚に譲ること、ラウ侯爵令息は侯爵家から除籍し強制労働所行きかな」
レヴィン様が冷たい口調で説明した。
「そんな……!
俺は強制労働所なんか行きたくない!
助けてくれアリス!
俺とお前の仲だろ!」
カスパー様が私に助けを求めてきた。
先ほどからカスパー様に「俺とお前の仲」と言われるたびに、背筋がゾワリとしている。
本当に気持ち悪い。
カスパー様、あなたと私の縁はとっくに切れています。
「アリス、このままでは君もモヤモヤするだろう。
ラウ侯爵令息に、はっきりと君の気持ちを伝えて上げたら?」
レヴィン様が私の腰に手を添える。
「はっきりと伝えてやらないと、身の程知らずの愚か者には伝わらないよ」
レヴィン様が私の耳元で囁く。
低音の素敵なお声で囁かれ、私の心臓がドキドキと音を立てる。
「分かりました」
そもそも婚約「破棄」ではなく「解消」にしたのが、間違いでした。
カスパー様をつけ上がらせることになりました。
ここはキッパリと告げさせていただきます。
私はカスパー様の目をキッと見据える。
「ラウ侯爵令息、私とあなたの婚約は家同士の結びつき、政略的なものでした。
私のあなたへの恋愛感情はゼロです。
ラウ侯爵令息を好きだったことなんて、一度もありませんわ」
私はカスパー様の目を見てはっきりと伝えた。
私の言葉を聞いたカスパー様は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていました。
「嘘だろ……アリス?」
「何度も言いますが、私とラウ侯爵令息の婚約はすでに解消されています。
気持ち悪いので二度と私を名前で呼ばないでください」
私がキッパリと言い切ると、カスパー様はがっくりと肩を落とした。
名前を呼ぶなって、応接室に入ったときに言いましたよね?
カスパー様に名前を呼ばれるたびに、鳥肌が立っています。
二度と私のことを名前で呼ばないでください。
「私はレヴィン様を愛しております。
レヴィン様と婚約出来て幸せですわ」
「僕も幼い頃からずっと好きだったアリスと婚約出来て嬉しいよ」
レヴィン様が優しい笑顔を浮かべ、私の耳元で愛をささやく。
レヴィン様が好きすぎて、とろけてしまいそうですわ。
「アリスは俺と婚約していたときから、王太子殿下と通じていたのか!?
不貞だ!
浮気だ!
慰謝料を払え!!」
カスパー様が吠える。
キャンキャンうるさいですね。
誰か首輪とムチを持ってきてくれないかしら?
カスパー様の横っ面をムチで打ってやりたい気分ですわ。
「不貞を働いたのはラウ侯爵令息とザックス男爵令嬢でしょう?
一緒にしないでください。
確かに私の初恋はレヴィン様ですが、レヴィン様に思いを伝えたのは、ラウ侯爵令息との婚約を解消してからです。
ラウ侯爵令息との婚約が決まり、時を同じくしてレヴィン様は海外に留学してしまいました。
それ以来私は、レヴィン様への恋心を押し殺してきたのです。
私はこれでもラウ侯爵令息との婚約中は、婚約者を立て、支えようと努力していましたのよ。
ラウ侯爵令息との婚約中に、レヴィン様とお会いしたことも、レヴィン様と連絡を取ったこともありません。
レヴィン様と再会したのは、ラウ侯爵令息との婚約を解消してからです」
私はカスパー様の婚約者だったときは、カスパー様を支えようと努力しました。
カスパー様を調子づかせただけで、徒労に終わりましたけど。
「アリスが他の男と婚約してしまったのが辛くて、逃げるように海外に留学した。
アリスが婚約を解消したと知って帰国したけど、留学したことを後悔しているよ。
ラウ侯爵令息がこんなクズだと分かっていたら、ありとあらゆる手を使って、もっと早い段階で二人の婚約を解消させたのに」
レヴィン様が悔しそうに呟く。
「アリスとカスパーの婚約については、父親である私にも非がある。
ノイマン侯爵家とラウ侯爵家の先代同士の仲が良かったとしても、ラウ侯爵に土下座をして頼まれたとしても、アリスとカスパーを婚約させるべきではなかった」
お父様が悔しそうに呟く。
お父様も私とカスパー様を婚約させたことを後悔しているようです。
「ラウ侯爵家の有責で婚約を破棄し、慰謝料を請求しても良かったんだ。
それを昔からの付き合いに免じて、大目に見てやればつけ上がりおって。
ラウ侯爵家との関係はこれっきりにする」
お父様がそう言ったとき、ラウ侯爵は血の気の引いた顔をしていた。
「ザックス男爵令嬢がアリスにいじめの冤罪をかけた件も、有耶無耶にせず、裁判にかける。
徹底的にザックス男爵家を叩き潰すことにするよ」
そう言ったお父様の目は、怒りに満ちていた。
「ノイマン侯爵、それがいいですね。
この手の輩は優しくするとつけ上がりますからね。
王太子妃になるアリスの名前を傷つけようとした、身のほど知らずの男爵令嬢に目にものを見せてやりましょう」
レヴィン様はそう言ったあと、
「ザックス男爵家の名をこの国から消してやる」
と小さな声でつぶやいた。
ザックス男爵令嬢、今ザックス男爵家が無くなることが決まりましたよ。
ザックス男爵令嬢が私に冤罪をかけたのが分かった時点で、叩いておけば、男爵家は当主交代、男爵令嬢は修道院送りで済んだでしょう。
ですがカスパー様が馬鹿な行動に出た結果、とばっちりを受けて男爵家が断絶することが決まりました。
ザックス男爵家が取り潰されたら、ザックス男爵令嬢は強制労働所送りになるでしょうね。
そうなったとしても全く同情しませんわ。
カスパー様と一緒に仲良く強制労働所で働けば良いと思います。
「ラウ侯爵令息を拘束しろ!
容疑は王族への不敬罪だ!
明日僕とアリスの婚約発表までに何をしでかすか分からないから、ラウ侯爵令息を牢屋に入れておけ。
ラウ侯爵は屋敷まで監視付きで送り届ける。
そのままラウ侯爵家の見張りをしろ。
王家から正式な裁きが下るまで、ラウ侯爵には謹慎してもらう。
ラウ侯爵、異議はないな?」
「……はい」
レヴィン様の問いに、ラウ侯爵は力なく頷きました。
「この二人を連れていけ」
レヴィン様の命を受け、レヴィン様が連れてきた近衛兵がカスパー様を拘束した。
「アリス!
助けてくれ!
アリスーー!!」
近衛兵に連行されながらカスパー様が騒いでいましたが、私は無視しました。
「ラウ侯爵令息を黙らせろ」
レヴィン様の命令を受けた近衛兵がカスパー様に猿轡をした。
カスパー様が近衛兵に連行されたあと、ラウ侯爵は両脇を兵士に押さえられ、引きずられるように応接室を出ていった。
☆
翌日、無事に私とレヴィン様の婚約が発表された。
カスパー様は不敬罪により、一ヶ月ほど牢屋に入れられた。
その間にカスパー様は侯爵家から除籍され、国で一番厳しい強制労働所に送られました。
ラウ侯爵家はカスパー様の仕出かした不始末の責任を取らされ、二階級降格、子爵家になった。
ラウ子爵は爵位を親戚に譲ろうとしたが、王家に睨まれているラウ子爵家を継ぎたがる人間がおらず、やむなく爵位を返上した。
元ラウ子爵は残った少ないお金を持って、地方に行き、小さな家を買い、隠遁生活を送っている。
私は、私にいじめの冤罪をかけたザックス男爵令嬢を訴えた。
冤罪を晴らすだけの証拠が十分にあったので、当然私が勝利した。
ノイマン侯爵家に、多額の慰謝料を請求されたザックス男爵家は破産。
ザックス男爵令嬢は男爵家から除籍され、強制労働所に送られた。
ザックス男爵は慰謝料が払えず夜逃げ。
継ぐ人がいなくなったザックス男爵家は取り潰しとなった。
そうそう、私とレヴィン様の婚約を漏らしたのは、レヴィン様の近衛兵の一人でした。
レヴィン様の近衛兵の一人が、ザックス男爵令嬢と良い仲だったそうです。
近衛兵はザックス男爵令嬢に色仕掛けで迫られ、私とレヴィン様の婚約のことを、ザックス男爵令嬢に漏らしてしまったとか。
ザックス男爵令嬢は遠目で見たレヴィン様に一目惚れしたらしく、私にカスパー様を返して(押し付けて)、自身が王太子の婚約者の地位におさまることを目論んでいたようです。
そんな計画が上手く行く訳がないのに、愚かですね。
ザックス男爵令嬢に情報を漏らした近衛兵は解雇されました。
情報を漏らす人間は信用出来ませんからね。
☆
婚約発表から一年後、私とレヴィン様は結婚しました。
一男二女にも恵まれ楽しく過ごしています。
結婚から十年後、レヴィン様は国王に即位。
レヴィン様は誰からも慕われる王になり、王妃となった私は国母として民を慈しみ、母として王太子を愛情を持って厳しく教育し、王女たちをどこに嫁がせても恥ずかしくない淑女に育て、王妃としてレヴィン様の公務を支えている。
カスパー様に浮気されて婚約破棄だと言われた時は腹が立ちましたが、今はあのときカスパー様と元ザックス男爵令嬢がやらかしてくれたことに感謝してます。
人生何が起こるか分かりませんね。
―――終わり――
読んで下さりありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】で評価してもらえると嬉しいです。
執筆の励みになります。
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【完結】「約束を覚えていたのは私だけでした〜婚約者に蔑ろにされた枯葉姫は隣国の皇太子に溺愛される」
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【完結】「不治の病にかかった婚約者の為に危険を犯して不死鳥の葉を取ってきた辺境伯令嬢、枕元で王太子の手を握っていただけの公爵令嬢に負け婚約破棄される。王太子の病が再発したそうですが知りません」 https://ncode.syosetu.com/n5420ic/ #narou #narouN5420IC
婚約破棄&ざまぁものです!