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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

弟が優秀なせいで!!!

嫌いな奴と歩み寄りたくない姉アフター

作者: 今井米 

『兄の威厳を見せつけたいけどそんなの見たい弟妹はいない中編』のツー視点。

上を読むことを強く推奨します。


長いです。1時間半ほどかかるのだそう。前作と併せて読むと読破に3時間ほどかかるらしい。

推理ガチ勢の人はほどほどに気楽にお読みください。でも「ここおかしい」ていう指摘は欲しいです。

演奏のように美しい足音。


一糸乱れぬ隊列。日光を返す銀白の鎧。


熱狂した民衆の声援。誇らしげな大人。憧れの顔をする子供達。


それに顔を緩めることなく凛とした騎乗部隊。


その姿に恋をした。


始めは甘い憧れと願望だった。


何も好きになれない、何も熱中できない私が初めてなりたいと思ったものだった。


だから死に物狂いで努力した。


憧れになりたくて。夢を叶えたくて。


夢はかなった。騎士団の七つの長の一つである騎士隊長に私はなった。


今の私は、あの時憧れた騎士団の大半を指揮する立場にある。


そんな私は、あの時見た憧れの騎士に問いたいことがある。






助けた人間がいずれ悪になると分かっていたら、私はどうすればよい?





「それが、姉上の悩みですか?」


「ああ、そうだ。」


今、私は末の弟であるファイーブと共にいる。


私ことツーは王国騎士団『白月』の騎士隊長。因みに第二王子でもある。


そしてファイーブは王国の第五子。我々王族の末弟だ。未だ12という幼い齢ながらも数々の政策案を打ち出し、大人顔負けの知識と技量で王国を導いてきた。


既存の枠にとらわれない発想力と洞察力はまるで私達とは異なる世界の住人であるかのよう。そして農業、工業、商業、軍事、政治。あらゆる分野において輝かしい成果を上げてきた。


今までは正義に基づく行動をし、それを貫くだけの信念と力があった。


そして最近では、以前よりも精力的に働くようになった。


‥‥いや、これだけなら別にいいのだが。


何かに取り憑かれたような。正義や悪を軽視しているわけでは無いのだが、それ以外の基準で動いているような‥‥こう、なんとも言えない違和感があった。


そのことを妹のフォーに相談してみたところ、『互いに悩みでも打ち明ければいいんじゃない?』と言われたのだ。


善は急げとばかりにファイーブを連れ込んで話をしたわけだ。


「‥‥姉上は、何故そう思うのですか?そう思う切っ掛けが?」


「ああ。」


脳裏に思い浮かぶのは、エナンチオマー侯爵。


エナンチオマー侯爵は私が幼い頃助けたことがある。腕利きの暗殺者数人に襲われていたところを、偶然通りかかった私が撃退したわけだな。騎士として当然の行為だが、エナンチオマー侯爵からひどく感謝された。


その後、彼は様々な援助を騎士団に申し出てくれた。お陰で私達騎士団は経済的苦境を感じることなく活動できた。彼のお陰で社交界に参加している者が少ない我が派閥もまともに戦えた。


彼は私に感謝していたが、私の方が感謝したいぐらいだ。


そう思っていたら、かの人は数多くの孤児を攫い人体実験を繰り返すような人でなしだった。洗脳し暗殺者を仕立て上げ、人体実験を繰り返し、民から酷税を徴収していたのだ。


「私がエナンチオマー侯爵を助けたばっかりに、何百という罪の無い子供達が死んだ。」


私の所為ではない。それぐらいは分かる。だが、私は非難されるべき人間であるという思いは消えない。事実としてあの時助けずに侯爵が死んでいれば犠牲にならなかった子供は多くいた筈。


「‥‥私の正義で、孤児を死に追いやっていたのだと思うとな。一体私は何をしているのだという自己嫌悪に苛まれてしまうよ。」


「そうですか。」


私の言葉に顔を歪めるファイーブ。


優しい奴だ。こんな話に同情してくれるとは。


「それで、私は話したぞ。ファイーブの悩みは何なのだ。」


「やっぱり話さないというのは。。。。」


「む、だが私は話したぞ。」


条件の後だしはフェアじゃないだろう。


「‥‥そう、ですね。」


観念したようにファイーブは語りだす。


その声はひどく疲弊しており、苦悩に満ちていたことが印象的だった。


「‥‥僕には、好きな人がいました。」


「そうなのか!!それはめでたいな!!」


自分の恋バナは嫌いだが、他人のなら大歓迎だ!

しかし、縁談を片っ端から断っていたファイーブにそんな人がいたとは!


意外でしかないな!


「ええ。」


だがファイーブの哀しい目を見て違和感を覚える。そしてその違和感の正体に気付く。


…いました、ということは。


「もしかしてその人は。。」


「死にました。」


「‥‥そうか。」


以前、ファイーブが部屋に閉じこもって出てこなくなった時があった。私や彼の友人がどれだけ問いかけても、出てこなかった。ほんの三日やそこらで出てきたが、今思えばあの時のことなのかもしれない。


あの時のファイーブの落ち込み様は尋常では無かったからな。


「それで、まあそれはいいのです。乗り越えたわけじゃないですし、その人を忘れたわけじゃないですけど、僕なりにその人の死を受け止めることは出来ました。」


ぽつぽつと、雨のように話し始めるファイーブ。


「じゃあ。。。」


「でも、そこまでなんです。受け止めた、で終わりです。」


ファイーブは両手を目にやり、顔を覆い隠す。


「死んでしまって。悲しみに暮れて。そこで僕の時間は止まってしまっているんです。どうしても『よし、次の恋愛にいこう!!』という気分にはなれない。なりたくないんです。」


ファイーブは今まで数多くの婚約を打診されているも、断り続けている。無論それを咎めるような人間は我が派閥にはいない。全員純粋な好意から勧めているだけであって、本人の意志を尊重している。


だが理由は気になっていた。


その理由がこれだったのか。


「…その人が割り切れないってことか?」


「ええ、その通りです。」


ファイーブはモテる。今まで数多くの人間を苦境から救い出してきたから、両手で数えきれない人間からの恋慕が寄せられている。魅力的で、美しくて、気品がある女性なんてそれこそ選び放題だ。


それでも、なのだろう。


「・・・とても好きだった人で。今でも愛してます。」


それでも、その失くした人には勝らないのだろう。


「とても悲しい別れ方をしてしまって。ずっとそれから忘れられなくて。動き出すことが出来なくて。」


ファイーブは話を続ける。


「・・・いや、そういうのではないんです。もっと、こう気持ちが、凍ったような。彼女の部下や、同業の人間、上司…。周りの人間は気持ちを整理してしまっていて。僕もそれなりに整理する。でも、やっぱり僕は思い出に縋りついてしまっている。」


ファイーブは目を下に向ける。


「だから夢の中でその人に言われるんです。『前を向けって。もう終わったことなんだから幸せになれ』って。それはまやかしなんかじゃなくて、その人もきっとそのように思っているんだって分かっています。だから好きになったんですから。」


それでも、と微かに呟きながらファイーブは赦しを請うかのように下を向く。顔に両手を添える様は、まるで前を見ることを拒絶するかのよう。


「無理ですよ、そんなの。そんな簡単に清算できるような想いなら、僕はここにはいませんよ。こんなに苦しんでいませんよ。」


私は、ファイーブに何も言えなかった。


「僕は、『受け入れた』から先には進めないのです。」


・・・・・・


・・・



カタンコトンと、車輪と留め具が当たる音がする。


一定のリズムで発せられるその音に心地よさを覚えながら私は窓を眺めていた。


普段なら私が話をするのだが、ファイーブの話を聞いた後ではそういう気分では無かった。沈黙に耐えられなかったのか、隣に座っていた部下が声を掛けてきた。


「それで、団長は弟さんの恋バナになんてアドバイスしたんですか?」


「恋バナはしとらん。」


まあ、恋バナをしにいったと部下には伝えからそう認識するのは当たり前なのだが。。それでも恋バナをしたとは言いたくない気分だ。


「でしょうね。団長に恋愛は無理ですね。幼児にコーヒーの美味さを教えるようなものです。」


「もしかしなくても馬鹿にされてるのか?」


「いえいえ、滅相も無い。事実を述べただけです。」


「私はコーヒーを美味しいと思うぞ。」


「「「「え!?」」」」


仲良く驚愕の表情を見せる部下達。限りなく無礼な部下の反応に私のほうこそ戸惑いを隠せない。


「昨日お前たちの前で飲んでいたよな?あれなんだと思っていたんだ?」


「ココアだってナイトンさんが言ってました。」


「黒色の紅茶だってナイトンさんが言ってました。」


「カラメルだってナイトンが言っていた」


「‥‥ナイトン?」


「すみません。でも隊長にコーヒーは似合わなくてつい。反省も後悔もしていません。」


おどけたように舌を出すこの男はナイトン。私の第4騎士隊『白月』の副騎士隊長。優秀な弓矢使いで、頭もキレる。少し前までは皆に尊敬されていたいい副官だ。


そして今、頬に真っ赤な巨大紅葉をつけている。


「お前、その頬はなんだ。。」


「あ、聞きますかその話!!レイナったら本当にかわいくて。今朝も朝食のオムレツをですね、俺のために態々作ってくれてですね!だから騎士団を休んで一緒に食べようっていったら『働け!』て、いや本当にこの反応が可愛いのなんの…」


あ、やっちゃった。


私が自分の失言に気付いたころにはもう遅かった。


「それで俺の為に!態々!弁当を!!作ってくれたんですよ!?それを感謝したら困ったように照れてしまって。いや、照れた顔も可愛いんですよ?でも、こう、感謝していたら明るい笑顔が欲しかったわけです。分かります?あんな可愛い照れ顔を見てしまったら任務に出る気分じゃ無くなっちゃうんですよ~。」


しまった。話を逸らすつもりが墓穴を掘った。

周囲に助けを求めるも逆に私を責める視線が痛い。・・・・すまない。


このナイトンは最近レイナという妻を娶った。騎士団内でも一、二を争うぐらいに人気のあった彼だが、任務先で運命の出会いを果たしたとかでいきなり結婚していた。


茶を吹き出しそうになったのは言うまでもない。


しかも初対面の相手だというのだからもっと驚きだ。


現地での任務を半分の期間で終わらせ、残りの期間を現地交流とぬかしながらその間で全力で口説き落していたらしい。それを部下から聞いた時は即座に蹴り飛ばしてやったわ。


任務中に何してるんだこいつ。


「それでレイナったらですね、いやー本当に困っちゃうな~。」


まあ、今の話で分かるように。この男は優秀だが、妻のレイナさんのことになると極端に阿呆になる。


でも色ボケだからと言って皆の敬意が失われたわけでは無い。問題はその方法。


これが少し前までは皆に()()()()()()()副官の悪い点。


「いや~~、やっぱり土下座して婚約を頼んで良かったです。俺は幸せですよ。」


とても嬉しそうに話しているが、周囲からすれば同情的な意見が多い。勿論レイナさんへだ。だって土下座して婚約者になって貰ったんだぞ?土下座って。する方も辛いだろうがされる方がもっと辛い。


人間の心があれば断れない。


そうやって情に訴えて押して押してなし崩し的に結婚したというのが騎士と村娘のロマンスラブストーリーの真相だ。ロマンスの香りが一欠片もないな。


それ以来騎士団では尊敬と同情を込めて『レイナ姐さん』と呼ばれている。


レイナ姐さんの同情が高まる一方で、女性からナイトンへの好感度はダダ下がりだ。特に女性騎士はDV夫やモラハラ夫の常套手段を見ているからな。ナイトンの手法がそれとあまりに酷似しているため受け付けられないのだろう。


まぁ、本当に嫌だったら結婚などしていないだろうし、姐さんに同情はしなくていいかもしれないな。でも自分がレイナさんの立場だったらやっぱりイヤだな。


「…それでそれで、て聴いてますか団長?」


「ああ、レイナさんに嫌われたら生きていけないって話だろ。」


「違いますよ!?」


「違うのか?」


「は、違いませんけど!?レイナに嫌われたら俺は生きていけませんけど!!??もしかして俺のレイナへの愛を疑ってますか??」


面倒臭。。。。


ナイトンの話を聞き流していると、車輪の止まる音がする。馬車は目的地に着いたようだ。


「無駄口を叩くのはいいが、そろそろ現場に付くぞ。皆も集中しろ。」


「「「はい。」」」


それにしてもやっと着いた。

ヒィ公爵の屋敷だ。


「大きな屋敷ですね。」


「公爵家だからな。」


昨晩、ヒィ公爵が殺された。

屋敷の執務室で喉ぼとけをばっさり斬られて即死だ。


「しかし、個人の殺人の捜査なんて仕事を騎士団に割り振られるのは久々ですね。」


「何か裏があるんじゃないですか?」


「それは調べていけば分かるだろう。」


「それもそうですね。」


広い屋敷に入り、使用人の案内にそって現場に入る。

遺体を拝見しながら、さっそく調査に移る。


「抵抗した痕跡が一切ないですね。」


「ヒィ公爵は生粋の文官だからな。腕利きの人間なら可能ではある。」


とはいっても容易ではないがな。犯人は少なくとも剣術に自信がある人物、か。


「魔力の残痕は?」


『炎矢』など相手に魔術を射出してぶつけた場合、その的には必ず魔力が残滓がつく。これを『魔力痕』、『残痕』などと呼ぶ。そこから分かる魔力の波長や色は個人によって異なり、術者を特定できることも‥‥たまにある。


そんな頻繁には出来ない。


「遺体からは一切検出されませんでした。」


「となると魔術で生成した刃ではなく、物質の刃で殺されたとみるべきだな。」


屋敷の警護にあたる護衛の腕は上位騎士と互角と言っても過言ではない。そんな相手の目を掻い潜って屋敷に入り込むなんて、タダものでは無いな。


そんな凄技をこなしつつ、標的を一撃。急所を切りつけた、と。


切り口を見るに、余程の名剣か?もしくは本人の腕が恐ろしくいいのか。


「身体強化魔術、もしくはそれに近い系統魔術のマスタークラスを中心に調べますか。」


「そうだな。私とナイトンは事件の推定時刻における目撃者を調べるぞ。」


屋敷の使用人を調べてみると、色々なことが分かった。高価な調度品や書類、はたまた金貨といった貴重品や機密書類は一切奪われていない。


「つまりは金銭目的ではないということで宜しいか?」


「・・・我々使用人にも知らせていない品が盗られたというのなら分かりません。しかし少なくとも我々使用人が把握しているものでは何も奪われておりませぬ。」


長くからヒィ公爵に仕えているというロウロウ執事長の言葉を私とナイトンはメモする。


「ご報告感謝する。…やはり殺害や傷害が目的だな。」


「そんな!旦那様は恨まれるようなことなど一切しておりませぬ!」


うむ。それは調べてみれば分かるだろう。

何せ貴族だ。裏で何をしているかは調べてみないと分からない。


「ところで昨晩の間、誰かヒィ公爵のもとを訪ねてきていませんか?」


「え?なぜそのようなことを?」


明らかに動揺した素振りを見せるロウロウ執事長だが、何故聞かれないと思った?


「いいから。」


「ひ!それは。。。。その。。。」


ふむ。魔力を微量だけロウロウ執事長に向けて放出する。

少し脅しの意味を込めて威圧だ。


「なんだ?言えないことでも???」


「いえ。。その。。。大変言いにくいのですが。」



そう言ったロウロウの顔は悲しみと脅えが満ちていて。

その名を聞いた途端に私は合点がいった。


「ツー様、どうされました。」


「たった今証言が取れた。」


「何の?」


「昨晩公爵を訪ねてきた唯一の人物だよ。」


「じゃあ、そいつで決まりですね。サクッと逮捕しましょう。」


上位騎士に匹敵する護衛に攻撃されず、標的の喉のみをばっさりやる人間。訪問者なら容易ではある。油断した相手の首なら斬り放題だしな。


「だがそうは簡単にできないようだ。」


「え?誰なんですかそいつ。」


「ワーンだ」


ワーン。我が王国の第一王子にして王位継承権1位の害悪野郎。私の異母兄。


我が王国では、王位を決める際には王位継承戦というものを行う。


王の子である王子(性別問わず)による争いだ。今回の王位継承戦の参加者は長男ワーン、長女である私、ツー。そして同腹の兄妹次男スリーと次女フォー。そして末弟ファイーブ。


王位継承権は産まれた順に高く、もしも継承戦が終わる前に父王が御崩御されれば現在1位であるワーンが王位を継ぐことになる。


奴を言い表すなら外道の一言に尽きる。


私利私欲の為に国民を切り捨て、税金を使って贅沢三昧。大した能力も無い癖に上に居座り、その上王座まで狙おうとする厚顔無恥な男。偶々王家の一員として生まれたからといって、自分ですら偉いと勘違いしている人間だ。


「‥‥使用人一人程度の証言では、握り潰されていしまうのがオチじゃのう。」


「ええ、爺様。ですから今必死に情報を集めているのですが。。」


「芳しくはないと。」


「ええ。」


ヒィ公爵の遺体を調べた後、私は裁判所へワーンの身柄拘束許可及び取り調べ許可を申請した。


案の定、ワーンはアリバイがあっただとか嘯き騎士団の捜査を突っぱねた。どうせ権力にものを言わせて偽装したのだろうが、腐っても王子。騎士団では容疑を立証できない。


「そこで爺様に相談を求めたわけです。」


「ふむ。確かにの。」


爺様は、本名をネオンと言う。賢者と呼ばれる我らが王国魔術師の権威であり頂点。準王族としての身分を持ち、私達が幼い頃からずっと世話をしてくれた優しくも頼りになるお方だ。


「こんなことでお手を煩わせることになるとは大変申し訳ございません。」


「そう言うな。折角のツーの頼みじゃい。張り切ってやらせてもらう。」


「しかし。。。」


自分が情けない。爺様にとって私達王族は孫であるようなもの。孫の不始末の為に孫の仕事を手伝わせるようなものだ。


けれど優しい爺様はそんな私の気持ちすら分かっているようで、にこりと微笑む。


「ははは、儂はお前らのような才能ある若人達を助けられることに勝る喜びは無いと思っとるよ。」


「爺様!!!」


爺様は本当に優しい。爺様のお陰で私は騎士団の宿舎寮である『焔寮』に入ることが出来たし、父上から夢を応援して貰えた。けれど、その優しさがいつかご自身を苦しめてしまうことにならないか不安だ。


何せワーンは、そういった人の信用や信頼を弄ぶ屑だからだ。


「なに、儂に任せとけ。儂がちゃちゃっと解決してやるからのぉ。。」


「は!!!」


爺様にはああいったものの、私にだって面子と意地がある。いつまでも爺様に助けて貰うだなんて情けないのだ。


私も私で、ワーンを追い詰める証拠を探しますか。


・・・・・

・・・


「…と思っていた時期が私にもありましたよ。」


「ツー様?」


「いや、こっちの話。」


まさか二週間かけてもワーンのアリバイを崩せないとは。

おのれ卑怯な。一体どれだけ卑劣で汚い真似をしたのか。


「それにしてもここまで立て続けに事件が起きるなんて珍しいですね。」


新入りのティムの発言を捕捉するなら、全て同一犯による事件だ。


ヒィ公爵が死んでから15日。その間に通り魔的に襲ったのが4件、屋敷の自室での殺害が2件、4件が集団での襲撃。計10件の殺人事件が起きた。被害者はいずれも貴族。


「情報を整理するぞ。これらが同一人物による犯行だと至ったきっかけは?」


「橙に染められた薔薇が被害者の胸元に必ず置いてあったからですな。この情報は伏せていたので、愉快犯や模倣犯の仕業であることはありえません。」


私達をおちょくっているようだな。

腹立たしいが、現状打つ手が無いので何も言えない。


「他には?」


「薔薇は全て同じものでありました。紙を玉葱の皮で染めたチープなコサージュです。材料の紙だけはやたら高価でしたが。全員が同一犯でない限り、こんな事は有り得ません。」


「結構。」


続きを促せば、調べたことを隊員が発表していく。


「それで犯行手口はにもパターンがありました。」


「先ほど言ったように、通り魔的にザクっと行く犯行パターンA。晩に高位貴族のセキュリティの目を掻い潜って喉をバッサリやる犯行パターンB。そして集団で襲い掛かってやたらめったら切りかかるのが犯行パターンCです。」


「犯行の傾向は?」


「集団的な行動を嫌い、一人行動を好む貴族には犯行Aが多いですな。基本的には刃物でザックリです。凶器はどの件でも持ち帰っているのでどのような刃物かまでは分かりません。こちらは魔力の残痕が遺体には無いです。」


つまり魔術を放出してぶつけていないと。犯行Aでは武闘派貴族もやられていることもあるので、余程の手練れか。


「犯行Bは?」


「Bでは高位貴族に多いですな。こちらも武官も文官も関係なく喉をばっさり一撃。いずれの屋敷もヒィ公爵の家のように屈強な護衛がいた筈ですがご覧のあり様。余程の隠密術に長けていなければ不可能です。」


そして遺体に残痕は無いっと。


それにしても屈強な護衛の誰もが察知できないとは。この中には探索探知に秀でている者がいた筈。そいつらすら見逃すとは、敵を褒めるべきか護衛の質を嘆くべきか。


「犯行Cについては?」


「こちらは少々特殊です。」


「特殊?」


「ええ。被害者は王宮に寝泊まりする貴族なんですが、魔術による暴風と煙が周囲に満ちたかと思うと複数人の足音。。。気付けば急所をざっくりです。後は致命傷にはなり得ない擦り傷が沢山。」


「特殊、というのは?」


複数犯というのは確かに珍しいが。


「こちらは遺体に魔力痕がべったりくっついています。ただし、誰も知らない波長でした。」


「確かに今までは魔術行使をひっそり行っている、もしくは行っていない印象を受けたが。。。。Cだけ露骨だな。」


「ええ。それだけ計画も大詰めなのかと思いましたが。」


犯行はABCはランダムに行われていると。確かに妙だ。


「今回こそ、ワーンを逮捕したいものだ。」


「あのぅ…。」


「どうしたティム?」


びくびく怯えるティム。

ふむ、周りの人間が強面ばかりだしな。緊張しているんだろう。


「今までの話でどうしてワーン様が犯人に繋がるのですか?」


「…誰も話していないのか?」


私が周囲に声を掛けると皆首を横に振る。つまりティムには話していないと。

私の責めるような目に冷静に答えるナイトン。


「新入りは、この会議まで情報を隠しておくのが慣習なのですよ。」


「なぜ?」


「情報の非共有化による不便さを知らせるためです。」


成程。新入りの頃に情報の大切さを教え、手柄を欲しがる余り有用な情報を秘匿する愚かさを分からせるのか。やりすぎだと思わなくも無いが、そうせざるを得ない程の失態が過去に会ったのだろう。


「だから犯行ABCだって口頭で説明したわけですしね。」


そうか。


「ではティムには今から私が説明しよう。」


「は、はい!!」


うん、元気がいいのは良いことだ。


「よしティム。まず根拠は3つだ。」



「根拠1.今回の真犯人は手練れを数人雇っている。」


犯行Cでそれは明らか。


そして少なくとも犯行A,Bは別人だ。もしも『誰にも気づかないほど隠密が出来て、武闘派貴族を正面から魔術放出無しで勝てる』人間がいるのならお手上げだがな。だがそんな人間なら始めから犯行Bのように闇討ちすれば良かった。


というか一日で犯行A,Bの両方が起きた日もあったしな。しかも物理的に遠い。


あれを一日で一人でこなせていたら脱帽だ。『誰にも気づかないほど隠密が出来て、武闘派貴族を正面から魔術放出無しで勝てるし、一晩で王都の端から端まで移動するだけの速度と体力があって、15日で10人殺害するだけの道具と気力がある』ということになる。


なんだそりゃ。ボクのカンガエタ、サイキョウのアサシンかっての。

そんな御伽噺の住人を犯人と思うぐらいなら、二人以上の人間を雇ったと思う方が遥かに理にかなっている。


「複数を雇っていると何なのですか?」


「一人だけも十分の手練れ。それを二人。」


突然増える2人の住人にどう考えても高価なアサシンが複数。それが可能なのは。。。


「かなりのお金持ち?」


「そうだな。」


しかも高価な紙でできたコサージュを贈るぐらいだ。橙の薔薇だっけか?

舐めやがって。


もうちょっといい出来のコサージュを作れんのか。


「別にお金持ちだからと言ってワーン第一王子ってわけじゃ。。。」


ティムの言葉は確かに的を得ている。

けれどワーンを憎む我々だって、ただの私怨でワーンを犯人だと言っている訳じゃない。


「そこで根拠2だ。犯行Cの被害者。」


「作戦Cの被害者といえば、、」


パラパラとメモをめくるティム。


「あ、全員王宮に寝泊まりしている?」


「そうだ。可笑しいだろ?」


「何故ですか?」


「王宮に忍び込んで襲わない理由は何故だ?」


「あ!」


「屋敷に忍び込む力があるのなら、王宮に忍び込めばいいではないか。」


わざわざ人の目がある真昼間に集団で襲うより、夜寝込みを襲う方が遥かに効率がいい。

本当にされたら業腹だが、それだけの実力はある筈。


「それをしないということは、王宮に余程の思い入れがある人物。もしくは王宮通いの彼等が頻繁に顔を合わせている人物。」


根拠1と合わせれば容疑者の数はかなり絞り込める。そしてそれに反比例するようにワーンの怪しさは倍増だ。



「そして根拠3。どの事件においても周囲の目撃者が証言している。『あそこにワーン第一王子がいた』とな。」


念のためワーンを嵌めているのかどうか確かめたが全員無関係。信用できる証人だ。



「こうやって絞っていけば、ワーン以外ありえないだろう。」


「確かに。。。」


「まあ、逮捕もできないがな。」


「なぜです!」


私の言葉にティムは目を見開き叫ぶ。うん、これを可笑しいと思える人間が入ってくれてよかった。


「今回、ワーンは全ての犯行日・犯行時刻においてアリバイがある。」


「でもそれって。」


「ああ。関係者だから証言としては弱い。こちらの言い分が通ってもおかしくはない状況だ。」


通常ならこれだけの理由で連行して、本格的な取り調べを開始することが出来る。


「なのに取り調べはできないのですか?どうしてですか?」


「身分、があるからだろうな。」


「身分?」


心底不思議そうな顔で私を見るティム。


「仮にも第一王子。しかも王位継承権1位の王子だ。下手な容疑をかけて、実は無罪などという事態になれば司法はいい笑いもの。その上王子からの嫌がらせだって待っている。司法はビクビク怯えっぱなしさ。」


「そんなことで犯人を放置だなんて酷い!」


「その通りだ。ほんの数人の証言があるってだけであっちは特別にお姫様扱いだ。まあ、証言自体が買収なんだろうけどな。」


そんな奴が将来この国の長になるかもしれない、と。悪夢だな。


「そう言えば。。。」


「どうした?」


メモをペラペラめくるティムが口を開く。


「動機って何なのでしょうか。」


「知らんし。知りたくも無い。」


友人を殺すことに躊躇ないような下衆の意見など、知る必要を感じない。


「でも。。。。」


ティムはそれでも気になるのだろう。うん、好奇心と探求心があるのはいいことだ。いいことなのだけど…。


「ティム、覚えて置け。」


「はい?」


「今まで私達が逮捕で来た貴族の犯行動機は『無視されたから。』『平民が目障りだったから。』『したいと思ったから。』。これが圧倒的多数を占める。」


「そんな!?」


「事実だ。そしてこんな動機を思いつくことが出来るほど我々は道を踏み外していない。」


そんな理由で人を死に至らしめるなんて誰が想像できる?無理だ。不可能だ。私にはとても真似できない。


「だから私達がすることは、あいつのアリバイ崩しだ。私はナイトンはワーンのアリバイ証言者について洗い直せ。他の人間にも今一度仕事を割り振るからよく聞いておけよ!」


「「「「は!!」」」」




それから3日後。


新たな犠牲者が出た。


急いで現場に向かった私は、ナイトンと合流して屋敷に入る。


「被害者は?」


「ヨウ侯爵です。」


ヨウ侯爵と言えば。。。確かワーンの古い友人だ。


「犯行は?」


「犯行はB。屋敷内で喉をばっさり。遺体には残痕無しです。」


またか。いい加減証言以外の有力な証拠が欲しいな。


そう思いながら屋敷の使用人に話を聞く。その中では今までと同じようにワーンが訪ねてきたという声が。


「やはりか。。。」


「あの。。。」


目に涙を浮かべながら訴えてくれたメイド。王族を告発するなんて怖かっただろうに。


「ああ、分かっている。貴女が証言したということは第三者には絶対知らせない。無論この屋敷の他の使用人にもだ。」


「有難うございます。。。!!もし、私が言っただなんてことがバレたら、お貴族サマだけじゃなくて使用人全員から虐められてしまいます。。。。!!」


騎士の質問に素直に答えた。それだけだというのにそんな酷い所業がまかり通るだなんて。この国は本当に腐っている。


「誰も貴女を庇ってくれないのか?」


「そんな。。王子ですよ?庇ってくれる人がいるわけないじゃないですか。」


「‥‥すまない。愚問だった。」


「いえ、騎士様のせいではありませんから。悪いのは貴族の娘として産まれなかった私です。」


クソッ!!


ここまで身分の問題が根深いとは。何もできない自分が恥ずかしい!!



「ツー様!!これを見てください!」


あの証言をしてくれたメイドをどうやって守るべきか考えていると、机の中を探していたナイトンが声を挙げる。


慌てて向かうと、彼の手には一枚の手紙が。


「な、これは。。。。」


それは、ヨウ侯爵の遺書だった。


・・・・・・

・・・



「こういう終わり方になるとはな。」


「ヨウ侯爵には感謝ですな。」


「ああ、彼は確かに許されないことをした。けれど大義を貫いたのだ。」


ヨウ侯爵の遺書には自らが11人を殺したこと、そしてその罪悪感に耐えられなかったこと。それで最後に、第一王子ワーンに指示されたということが記されていた。そして被害者の血がべっとりついたナイフを11本。


これらの有力な証拠と証言を提出したところ、いかにワーンといえども反論できなかったようだ。連行することができた。ワーンが大人しく連行されるとは思わなかったが、爺様が上手くやっておいてくれたらしい。


爺様には本当に感謝だな。


それにしてもワーンもざまあない。部下に裏切られるとは。所詮はお前がその程度の人望だったということだ。


「あれじゃあヨウ侯爵が今までの殺人を犯したのは明白。その犯人からの遺書だ。あの裁判所も重い腰をやっとあげたようだ。」


「11人死んでやっとですか。人命を何だと思っているのかね。」


「動かしただけマシでしょ。去年の事件なんか無視だったじゃないですか。」


「あれは酷かったな。」


「はいはい、もうそういう話はお終いだ。折角事件が終わったんだから、打ち上げいくぞ!!」


「まだお昼ですよ?」


「もうお昼だ!!」


ナイトンの声に皆笑う。


「言い出しっぺのナイトンは行くのか?」


「いくわけないだろう!?お前らとの打ち上げなんかよりレイナとのご飯の方が百倍大切だ。」


おい。

皆の期待を悪い意味で裏切らない副官は、私を見て尋ねる。


「ツー様はこの後打ち上げにいきませんので?」


「ああ、この後は私もデートなんだ。」


「なんでそんな虚しい嘘を吐くのですか?」


こいつ失礼だな!?


恋人とのデートでは無いけども!!


「見てろお前ら!私だって恋人の一人や二人、余裕で作ってやる!!」


「二人も作ったらただの下種ですよ。」


うるさい!!



だがこういったしょうもない会話は好きだ。

特にこの後気が重い用事があるときは。


王宮に戻り、燦燦と眩い証明の下で、私は食事をとっていた。

目の前には一人の女性。


その女性は美しいテーブルマナーでケーキを切り取り、口に運ぶ。


「‥‥このケーキ美味しいね。」


「そうですか。」


「ツーは食べないのか?」


‥‥ああ、この人は本当に私のことを見ていなかったのだな。


「そういう甘いものは得意ではありません。」


「そうだっけか?幼い頃はよく食べていた気がするのだが。」


…いつの話をしているというのだろうか。


「『焔寮』に入寮して体作りメインの食事を摂っていくうちに、甘味などは受け付けなくなったのです。」


「あらそう。」


目の前に座るは女性は艶やかな漆黒の髪に、冷静沈着性格を表す様な翠の瞳。この国では珍しく上背で引き締まった体に、凛々しい顔つき。


王国の第二王妃。


私の母だ。


「でも貴族間の付き合いで茶会とかあるから、嫌いな物でも『食べる練習』はしておきなさい。」


「しかし、嫌いなものを食すのはあまり」


「ツーが王族である以上、そう言った付き合いは避けられないと思うぞ。」


またその話か。何度も言っているのに未だに認めて貰えない。


「私は王族を辞めたといっているではありませんか。」


「王族は辞められるものでは無いし、その身分はツー個人で決められるものでは無い。王霊議会で決定されるものだ。」


「でも。。。」


私は母が苦手だ。嫌いではない。ただ王国公爵令嬢に生まれたからか、母は昔ながらのステレオタイプな貴族論を信じている。それが私には耐えられない。


貴族だから騎士にはなれない。貴族だから学園に通え。王族だから国の政務を担え。王子だから婚約しろ。王子だから式典に参加しろ。


母のいう言葉は全部『貴族だから』『王族だから』。『私』が一切含まれていない。身分で行動を縛り付けて私を見ないのだ。


私と母の共通点と言えばこの口調のみ。


「‥‥私の身分は、私の身分です。個人のものをどうして議会によって決められなくちゃならないのですか?」


「ツーの身分は、ツーの身分ではなく王国のものだからだよ。そしてそれを王族であるツーの独断で決められないのは、そうした独断によって独裁者が生まれるから。歴史学で習っただろう?」


…マズイ。


「い、今は今です。昔と違います。そんな昔のことを言われても。。。」


しどろもどろに答えると、何かに勘づいたかのように母上は目を開く。


「もしかしてまだ歴史学を修得してないの!?」


「し、しかし!!勉学など騎士には必要ありません!!」


「でも今使っているじゃないか!!今の私の言葉が全て嘘っぱちだったとしてもツーには判断できなかったということになるんだぞ!!」


「う。。。。」


そう言われると反論できない。

反論できないけれど!!やっぱり勉強は嫌だ!!


「さっきの独裁者うんぬんの話だって、2000年の歴史で見つけた話だ!!2000年の中で共通しておきている事柄が、現在だけ例外なわけないだろう??」


「む。。。」


「む、じゃない!!」


幼子を窘めるような言い方で私を叱る母上。

こういう所も苦手だ。いつまでも私を子ども扱いする。


「そして今の私の言葉をツーは正しいか判断する根拠すらないということだぞ!!隊を率いる人間がそうでどうする!!」


「しかし人は変われます。昔に囚われるわけには。。。」


自分でも何言っているか分からない言い訳だが、それがかえって母上に火を点けてしまったらしい。手元から書類をパラパラと取り出し、私に突きつける。


「ちょうどいい機会だ!!お前にはお見合いに出席してもらうよ!!」


「でも私は結婚なんてしませんよ!!」


「そんなこと今更期待してない!!」


断言!?

ちょっとひどくないか!?


「お見合いにおけるマナーや、相手の家の思惑。話の進め方や相手自身はどういう相手を望んでいるのか。そういったことを学ぶいい機会だ!!」


「しかし」


「騎士隊長である以上、こういう付き合いは不可避だからな!必要ないとは言わせないぞ!」


「今日は、私の相談に乗るという約束です!!」


だからもう勘弁してくれ!!

しかし、私の言葉に母上は首を傾げる。


「そんな約束をいつした?」


「え?


「…口約束が守られることは無いということだけ覚えておけ。」


まさか守らないと言外に言っているのか?本気か?


「まぁ、私はツーの母として、娘相手にそんな恥ずかしい真似はしないがな。けれどこれが貴族の常套手段だ。覚えて置け。それで、相談とはなんだ?」


…良かった。

それにしてもそうか。口約束は守られない、か。覚えておこう。


ともかく、本題にうつろう。私はこの為に苦手な母上と話をしにきたのだ。


「‥‥実は、一連の殺人事件についてです。」


「ああ、ワーン第一王子が犯人として捕まった。」


「そうです。それについて迷っている点があって。」


「ほう??」


「自分でいうのもなんですが。。。その。。こう、妙な胸騒ぎがするというか。事件が解決したとは思えないのです。」


「ワーン第一王子が犯人では無いと?」


「いえ、そこまでは思っていません。しかし、ワーンだけでは無い、という感覚でしょうか。何か大きな思い違いをしているように思えて仕方が無いのです。」


「‥‥ふむ。」


私の話を聞きながら、先ほどの書類をペラペラと捲り直す母上。話を聞いているのかいないのか、私には分からない。


「私のヤマ勘ということだけを根拠に、部下を巻き込むことはできません。そこで母上に相談を、というわけでして。。」


ナイトンは巻き込んだけどな。あいつはレイナさんの任務でサボった分色々働いてもらうつもりだ。


「まぁ、そこまで分かっているのならいいんじゃない。」


「え?」


「こっちの話だ。ツーが思っている違和感というのは、矛盾を無視しているからじゃないか?」


「矛盾を、無視??」


依然として興味なさげに話を聞いていた母上だが、きちんと聞いていたらしい。面倒臭そうな口調であるが、私の勘が聞き逃すなと言っている。


「ええ。ワーン第一王子を見たという証言だけを重視するあまり、他の点が疎かになっていることを無意識的に察知したからだろう。その動物的な勘で。」


「…例えばどんな?」


動物的な勘、という発言に一言申し上げたいがそれよりも気になるのは矛盾点だ。一体どんな見落としを私はしているというのだ?


「そうだな。一番分かり易いので言えば『ワーン第一王子が雇ったとされる下手人は?』『なぜワーン第一王子が犯行現場にいたのか?』『凶器を何故、3週間も保管していたのか?』、この3つだな。」


「‥‥あ。」


言われて気付く。確かに、それらは大きな矛盾だ。なぜ見落としたのか自分でも理解できないほどだ。



「一番矛盾に満ちているのは『なぜワーン第一王子が現場にいたのか?』だよな。下手人を雇ったのならそいつに任せれば良かった。もし下手人とも契約なりなんなりで犯行現場に行かねばならなかったのなら、何故変装しなかったのか?一件や二件で目撃情報がでるのならともかく、全ての事件で目撃されるなんて変だろう?」


確かに。ワーンが現場に出る必要なんて一切無いし、役に立てるとも思えない。


「何故でしょうか。」


「それを調べるのはお前の仕事だ。」


「そう、ですね。」


「ああ、あと相談するようになっただけでも進歩だが、他の人にも相談しておけよ。同じ騎士隊の人間とかにな。」


なるほど。ためになる。


騎士団に励む私を見てあまりいい顔をしない母上だが、やはり頼りにはなるのだ。


「有難うございました。」


「ああ、お見合いの詳しい事は後で書類に認めてまた渡す。」


チッ。忘れてなかったのか。


母上との話が終わり、自室に戻るべく廊下を進む。


なぜ、ワーンは現場にいたのか。目撃情報を重視する余り、こんな初歩的なことすら気付かないとは私も疲れているな。


今日はもうベッドで寝よう。


午後15時という驚異的な時間で恐ろしい発想に至ってしまった。だが魅力的過ぎる提案に断れない自分がいる。


よし、寝よう。


「あらあら!!貴方もワーンに会いに来たの!?」



睡眠を決意して歩いていると、一人の女性と出会った。


「いえ、その。」


「遠慮なんかしなくていいのよ!!」


「ちょ、ま。。」


私の手を引っ張ているのはプラチナのよりも白く美しい髪に小柄な体格、そして藍紫色の瞳の女性。第一王妃様だ。因みにワーンの母。


この手を振りほどくこともできるが、流石に王妃様相手にそんなことはしない。ではどうしようかと思っているとあれよあれよという間に目的地に辿り着いたらしいく王妃様の足が止まる。


私も目的地を見ると……地下牢?


「ちょっとワーンとお話してくるから待っていてね。」


「…はい。」


そう言えばワーンに会いに来たのかと言ってたな。


第一王妃様は、執務で宰相と同等、もしくはそれ以上の働きをしていると聞く。ワーンのような無能とは異なり、王国をこれ以上なく支えてくれている人材。


だが、何故だろうか。


私は第一王妃様がこれ以上なく苦手だ。


私が母上が苦手である理由は価値観の相違が著しいから。


だが私が第一王妃様を苦手に思う理由は…彼女がかつて捕まえた詐欺師の目に似ているからだ。キラキラして、優しくて。甘い甘い言葉で毒を隠す。あの方は時々、そんな目をするのだ。


「覗いちゃだめよ?」


「勿論ですよ!」


「ふふ、冗談よ。」


…考えすぎかな。


10分ほど牢の外で待っていたら、勢いよく扉が開いた。開けたのは勿論、第一王妃様だ。


実をいうと私は、ワーンと会いたいわけでは無い。というかできれば顔を会わせたくない。しかし王妃様は私がワーンに会いに来たと勘違いしているよう。


さて、この状況で断れるか?…無理だろうな。


「やっぱり貴方達はいがみ合っても兄妹なのね。お母さんは感動したわ。」


「ほら、ワーン。ツーちゃんが来てくれたよ!!」




沈黙が場を支配し、互いが互いを睨んでいる。第一王妃様は帰ってしまわれた。正直、この状況をどうにかして欲しかったのだが、ガン無視していなくなってしまった。スキップして。



私もワーンも、先に口を出してはこの沈黙に耐え切れなくなったと認めてしまうようで。やっぱり黙りこくってしまう。


「調子はどうだ、兄上。」


このままでは埒があかないのでササっと話して帰ってしまおう。


「ああ、たった今頭痛が発生したよ。」


「それは罪の意識に苛まれたからですかな。」


「ああ、ありもしない嘘で私を連行する無能な騎士団を粛清しなかった私の罪にな。。。。こんなことなら早くから改革案を提出しておくべきだったよ。」


醜く口を歪めて、私を見る。


コイツ。。人が折角話しているのにこの態度とは。。。


「それは騎士隊長の私への侮辱か?」


「いや?事実を列挙しただけだ。気に障ったのならスマナイ。」


「‥‥」


「‥‥」


私の魔力が漏れ出ている。冷静になれ必死に自制しているにも関わらず、私の本心を反映するかのように周囲の温度が上がっていく。


こんな屑との話合いなど無駄だ。さっさと会話を済ませてしまおう。


「単刀直入に聴く。」


ワーンの魔力と私の魔力がぶつかる。今にもこいつを八つ裂きにしてやりたいが今は我慢だ。


「なんだ愚妹。」


「っ!一連の事件は、お前が殺したのか?」


「ふむ。では逆に問わせてもらうが、お前はどう答えたら納得する?」


とぼけたことを言うワーン。人の質問に真摯に答えるという選択肢がこいつにはないのか?答えなんて決まっている。


「真実だ。」


「では答えは『否』だな。」


「それを信じろと?」


「先ほどまでの言葉はどうした?素直に言え。『捜査に行き詰っているけど、未解決なんて言えないから騎士の面子を守る為に罪人になってくれ』とな。」


「私はそんなこと頼んでない!」


呆れた。ここまで下手に出てやっているというのにこの態度!!


「どうだか。ではなぜ来た?」


「私が直々にお前に引導を渡すためだ!」


「一緒ではないか。」


私の悩みを知らん癖に!!


「そもそもお前は、自称『王位を返上した姫騎士』なのだろう?今のお前の態度は、一騎士が第一王子へ取れるものとは大いに逸脱しているのだが?」


「にゃーむ。」


「黙れ!お前らはいつも身分でチマチマと文句を付ける!そんなこと、結果の前では些細なことだろう!」


そんなつまらない拘りのせいでどれだけの犠牲が出ると思っているのだ!


「その結果を効率的に出す為の組織で、その組織の為の潤滑油が身分なのだよ。それが分からないお前はそうした態度を一生取ってろ。」


才能のある騎士が!才能のある士官が!身分というたったそれだけの理由で夢を絶たされる!その優秀な人間さえいれば手にできた結果が、貴族の醜い自尊心を保つためだけに泡となる!


そんな因習をどうして受け入れられると思うのだ!


「だがまぁいい。私もお前に聞きたいことがあった。」


「??」


「何故騎士団がしゃしゃり出た?本来なら近衛兵の仕事だろう。」


「ああ゛???」


悪を裁くのに騎士団も近衛も関係無いだろう?


「騎士団の仕事は何だ?」


「それは正義を執行することだ。」


騎士団の仕事は正義の執行。そのために我々は生きている。


しかし、ワーンはあのカビの生えた古臭い規定のことを言っているようだ。


曰く、騎士団が対処するのはレベル4以上の事態のみ。近衛は王族及び伯爵以上の貴族が絡む事件のみ、といった具合だ。


阿呆なのだろうか?そうやって仕事を制限して何になるというのだ?


まあ、ワーンのような保身と保守に走る輩には分からない世界だろうがな。


「…それだけ騎士団が私のことを嫌っていると思っていた。もしくは自分の管轄も理解できていない無能になったのかと。」


「‥‥‥」



論外だ。管轄などという低次元な縄張り意識は捜査を遅滞させる。それを無能などと。。。!!


「だが、そうでなかったら?ミジンコレベルの常識が騎士団にも働いていて、この一連の殺人が何か王国という国レベルの問題に関係すると判断されたのだとしたら、騎士団が出てくるのも納得だ。」


確かに、今回の任務は我々の独断ではない。王国からの正式な命令に則ている。しかしそれはこの事件がレベル4以上だからという訳では無い。国も我々の正義に同意してくれたからだ。


…もしかして、そうではない?王国は、この一連の事件がレベル4以上の事件だと認識している?


「吐け。お前たち騎士団が出てきた理由は、正当な職務からか?」


「…わ、我々の職務はいつでも王国の正義の為にある。正義を執行するのが我々の正当な」


どちらにしろ部外者のワーンに情報を漏らすわけにはいかない。


「黙れ。私は、どうしてお前たちが出てきたのか聞いているのだ。具体的な命令を言え。」


「‥‥。」



私はあのまま何も答えずに部屋を出た。



あの顔を見る限り、ワーンは知っているようには思えない。私にカマを掛けていたようにも思えない。


もし王国が、我々の正義に同調してくれたと言うのなら万々歳だ。


けれどもし、王国はそう思っていなかったとすれば。

今回の殺害がレベル4以上に相当する事件だと睨んでいるのだとすれば。


ワーンは本当に犯人ではない可能性が高くなる。

そして、ワーンが嵌められたという可能性も。




コツコツ。


靴と大理石が生じる音を聞きながら、私は先ほどのことを考える。


先ほどの私の仮説は仮説にすぎない。だが、もしも正しかったら?


ワーンは今回の事件をレベル4未満だと認識しており王家は真逆の意見。王家とワーンの見解は逆だった。これが極めて珍しく、例外的な事例といっていい。


何故こんなことが起きた?ワーンにバレずに密かに捜査した王国と、ワーン独自の捜査網。その結果が違ったのだろう。


ではなぜ王国はワーンに秘密で調べた?そしてその結果を何故教えていない?それはワーンが事件の渦中であるからだという認識は正しい筈。関係者には関わらせたくないという考えからだろう。



問題はワーンが実行犯なのか、それとも嵌められた側なのか。


だがワーンが実行犯であるなら、事件がレベル4以上なのか私に確認してくるか?そんなことせずに自分は無罪だのなんだのと喚き散らすはずだ。経験上、ああいうことを質問をしてくる人間は、自力で冤罪を晴らそうとしている。


そう、()()を、だ


つまりワーン自身は自分を犯人だと思っていないということ。



では騎士団が逮捕したワーンは。。。


いや、そんな些細なことを気にする必要なんてない。私の心理を考慮した上でのあの言い方かもしれない。


それにアイツが今までしてきたことを思い出せ。



敵対貴族への悪質な借金を押し付け、取り立て行為とかこつけて産業を奪っていく。身分を理由に平民出身の騎士を除名し、道を遮ったとかで幼子を切り捨てた。


今まで王族であることと、証拠不十分という理由で逃げられてきた。今回の連行がチャンス。これに今までの罪を載せていけばいい。


だが。だからと言って。。。



む、気持ち悪い気配!


「誰だ!!」


「・・・・。」


「そこの柱の裏にいるのは分かっているぞ!骨ごと焼焦がしてやろうか!!」


「降参です。燃やさないでください。」


あ、そっちの柱だったのか。


「怪しいやつめ。」


「そう邪険にしないでくださいよ。感謝を述べに来たのです。」


「感謝?」


「ええ。あの憎きワーンを逮捕してくれて、本当に有難うございます。普通の貴族なら第一王子が犯人だと思っても逮捕しませんから。」


「まだ逮捕では無いがな。」


「そうですね。訂正しましょう。連行すらしませんよ。」


声を基に、私の知り合いリストを辿る。駄目だ、こんな声の人と会ったことが無い。でも何故か他人とは思えない。どこかで会ったことあるか?


「それで貴殿は誰だ?私の記憶にないのだが。」


抵抗組織(レジスタンス)とでも言えば宜しいでしょうか。」


抵抗組織(レジスタンス)。王国における絶対王政を否定し、議会政治を掲げる極左団体。その主張だけならご立派だが、その過程で多くの関係無い市民を殺すから嫌いだ。


「その抵抗組織(レジスタンス)が何の用だ?」


「少しだけ、お話を聞いていただけたらと思いまして。」


「顔も見せない相手にか?」


貴族を嫌う癖に、やっていることは同じではないか。


「そう言わずに。すぐ済みます。」


「…何だ?」


場所はあらかた分かった。聴くだけ聞いて、そしてできれば逮捕だ。


「ありがとうございます。まあ有体に言えばスカウトですね。我々の組織に入りませんかという話です。」


抵抗組織(レジスタンス)にか?」


「左様です。」


「私は王族だぞ?貴様らが嫌う貴族の親玉だ。」


「我々が嫌うのは悪徳貴族の親玉です。善良な貴族の長ではありませんよ。」


今まで、市民も貴族も関係なく殺してきたテロリストが今更?

何を言っているのだこいつらは?


「‥‥少なくとも、他者を傷つけてでも目的を果たそうとする組織は碌なことにならない。スカウトは諦めてくれ。できるとも思えないしな。」


「そうでしょうか。今回の一連の事件で我々の力は十分見せることは出来たと思いますが。」


な!?

つまりこいつらが犯人なのか!?


「‥‥いや、不可能だ。」


「なぜです?」


抵抗組織(レジスタンス)の人間が貴族の屋敷に忍び込むだと?あそこには何十というものの手練れの護衛がいるのだぞ?」


貴族は濡れた子猫のように臆病だ。だから無能な癖にその潤沢な資金を使って有能な人間を多く雇い入れる。今まで散々革命に失敗してきた抵抗組織(レジスタンス)が、その兵力差を覆せるとでも?


「別に忍び込む必要など御座いません。」


「なに?」


どういうことだ?


「我々には心強い味方が付いているのです」


「味方?」


「はい。その人は王国の中枢に位置しており、騎士団長に命令できる立場にある。その方が堂々と会いに行って、軽やかに我々を招き入れた。それだけですよ。」


「‥‥馬鹿な。」


高位貴族と抵抗組織(レジスタンス)が手を組む?抵抗組織(レジスタンス)にとっても高位貴族にとってもあり得ない。


「滑稽でした。あれだけ抵抗組織(われわれ)のことを汚らわしい目で見る癖に、彼の方には一切警戒しないのですから。いやはや、貴族と言う者は本当に心ではなく身分で人を品定めするというのは本当のようですね。」


100%同意する。


同意はするが。。。違和感が拭えない。なんだ、私はどんな矛盾を見逃している?


「‥‥」


「それで、スカウトの話に戻りましょうか。」


スカウト‥‥ね。


「我々は同志だと思っております。無能で害悪な貴族を駆逐したく思っている。優秀な平民を嫉妬で摘まれることを憂いておられる。」


「ああ、その通りだ。」


「どうでしょう。我々の同志として共に王国を導きませんか?」


確かにこいつらと組めば、貴族市民関係無く悪を裁くことが出来るかもしれない。


人身売買に手を染めるような人間を、身分があるからといって見逃す必要は無くなるかもしれない。人殺しを人殺しの罪で裁けるかもしれない。


「‥‥だが断る。却下だ。」


「何故!?」


「‥‥殺しで正義を得る方法を否定はしない。けれど、今回は殺しすぎな上に分別も無い。」


王族や下衆貴族の殺害は認める。だが、今回の公爵や伯爵には殺される程の悪事を働いている人間は明らかにいなかった。


「・・・・大義の為の、必要な犠牲です。」


「そうか。しかし私はそうした殺しはしない主義なのだ。主義主張が合わない集団に属するのは互いの為にならない。」


「今、話を聞いていたか!!腐った王政の打倒のためだ!!その大義の為に犠牲は払わなければならない!!腐った貴族という塵よりも軽い犠牲がな!!」


「…なぜそう考える?」


「は!?」


こういう意見をいう人間にはずっと不思議に思っていた。『成功のための尊い犠牲』。なぜ、犠牲を前提に置く?


「別に『打倒王政』に『犠牲』を必要とすることはないだろう。話合いで平和的に身分制度を解体すればいい。」


「そんなの不可能だ!!」


「何故だ。」


今度は私が問う。かねてからの問いを。

なぜ皆は二者択一なのか?何故みんな不可能だと断言するのだ?


「そんな絵空事が実現するほど世の中甘くはない!!この世界は絵本のように簡単ではないのだ!」


「やって見なければ分からないだろう。」


「この。。。。!!!その間にどれだけの犠牲が。。。!!!」


明らかに動揺した空気を見せた声の主。しかし冷静になったのか、すぐさま息を整えた。


「どうやら、またの機会に話し合う必要があるようですな。」


「ああ、そのようだ。」


「しかし一つだけ助言をさせて頂きましょう。貴方ははやく覚悟を決めるべきだと。」


「覚悟だと?」


そんなの騎士団になった時から決めている。国の為に、正義の為に死ぬ覚悟だ。


「貴方が神の如き万能の力を持っていないのなら、犠牲を払う覚悟を持っていなければならない。綺麗ごとは結構ですが何かを得るには、同等の何かを差し出さねばならない。同様に、何かのメリットを享受するには、同等のリスクを背負わなければならない。それが、生きるということですよ。」


「・・・そんなわけないだろ。何かを犠牲にせずとも、両方を得る方法がある筈だ。」


私の言葉に、少し考え込む素振りを見せる声の主。姿は見えないからあくまで想像だけどな。


「・・・その通りです。その方法も確かにあるでしょう。」


「なら何故。」


「ならその場合、貴女様はもっと凄惨な覚悟を決める必要がある。」


「?」


「その両方を失うという、大きなリスクを背負う覚悟です。」


「だから、「両方を得る、それが一番です。でも、その選択肢を入れるということは、両方を失う未来も出てくるのは当然のこと。」・・・・。」


「貴方に、それが背負い切れるか?」


また私は、何も言い返せなかった。


声の主は消えてしまった。捕まえようと密かに息巻いていたのはいいものの、この様とは情けない。


「あ、いました!!」


今聞いたことを一旦整理しようと自室に向かうと、聞き覚えのある声がする。


「どうした、ナイトン。」


「それはこっちの台詞ですよ!!急にいなくなって!!」


「ああ、済まない‥‥いや、用事があるっていったよな?」


というかここ王宮だぞ?どうやって入った?


「捜査で気になることがあるから後で来いって言ったじゃないですか!ツー様の名前で王宮に入ったのですよ!!」


あ、確かに言った!!


「もしかして忘れちゃいましたか?」


「‥‥いいや別に。」


「なんでそんなバレる嘘を吐くんですか!?阿呆なんですか!?阿呆なんですよね!?」


「ぐぬぬぬ。。。」


何も言い返せない‥‥がムカつく。土下座プロポーズに正論を言われるのはかなり屈辱だ。


「‥‥それで捜査は続けますか?」


「隊としては続けない。だが私は一人で続けていくつもりだ。ナイトンはどうする?」


「俺もワーン王子が犯人で終わり、ていうのは違う気がします。この事件はもう少し踏み込んでみるべきかと。」


「そうか。。。」


流石副隊長だ。勘も鋭い。


先の会話から、抵抗組織(レジスタンス)が怪しいことが分かった。しかし、それを立証するということは、ワーンの釈放を意味する。今まで数多くの悪事を積み重ね、身分を笠に着て揉み消してきた。


そんな巨悪を立件できた千載一遇のチャンス。これを逃せば二度はないのかもしれない。


「…さっき複雑な情報が入ってな。」


「複雑とは?」


「正しいかどうかすら分からない。誰が言いに来たのかも分からない。が、無視はできない。そんな情報があってな。」


「どんな情報なんです?」


「内容が内容なだけに、後で私なりに精査してからお前に伝えて置く…いや待てよ。」


ナイトンになら話してもいいか?


「実はな、」


「おーい、ナイトン副騎士隊長!!本部からご指名ですよ!!」


「分かった!今行く!!…それではフォー騎士隊長、話はあとで聞きます。」


「あ、おい」


「ではまた!!」


「‥‥。」


。。。。


「おい、そこの君。」


「は、はい!」


先ほどナイトンを呼び止めた近衛兵に声を掛ける。


「スリーを呼べ。」



‥‥‥


私は、他の騎士隊長から助言を頂くべく『焔寮』へ向かった。


騎士団には『白月』『赤火』『青水』『緑木』『黄金』『黒土』『紫日』の七つの隊があり、各隊の長が騎士隊長である。この七隊をまとめ上げる長はいない。しいて言うなら国王だろうか。


だから、建前上は騎士隊長の階位は等しいのだが。。。


「おうおう、スリーを呼んだようじゃねえか。」


「はい。あんな奴に頼るなど末代までの恥ですが、現状ではアイツがこういった捜査に一番慣れております。」


基本的にこのボスナイト様が一番上だ。


ボスナイト様は私が幼少期の時から面倒を見て貰った最年長の現役騎士隊長。最年長というだけあって他の騎士隊長が若い時から知っているから、自然と彼に頭が上がらない。


「そうか。やっぱりワーン第一王子が犯人という訳ではねえのか?」


「詳しい事情は述べられませんが、そう思っております。」


「お前さんはそれでいいのか?あんなにあの餓鬼を目の仇にしていたじゃねえか。」


ボスナイト様の言う通り。あいつが今までしてきた外法は全て王族という身分で正当化されてきた。私はそういう輩が大っ嫌いで、ワーンもその例外ではない。


「‥‥正直、迷っています。」


「迷っている?」


「ええ。ワーンを捕らえることで抑えられる悪事はあると思います。それにあいつが今まで逃れてきた罪も裁けると思ってます。そして今回がその最大にして最後のチャンスが今回であるとも。」


「それを放棄しちまっていいのかって?」


「ええ。アイツのせいで何百という人間が苦しめられました。」


「‥‥エナンチオマー侯爵の時のような過ちは犯したくないと?」


「‥‥はい。目を瞑ることで成される正義もあるのではないかと。そう思ってしまいます。」


「そうか。」


「私は、どうしたらいいのでしょう?」


私だってできることなら逮捕したいのだ。

今まで逃げてきた罪のツケを払わせたいし、牢の中ならあいつがこの先起こす悪事もなくなる。


だがそれは、明らかに騎士のすることではない。


「それは、俺が答えられることじゃねえなぁ。自分で考えて出さなきゃなぁ。」


「そう、ですね。」


ボスナイト様は結局私の進む先を何も示してくれなかった。けれど言っていることはそれで正しい。人の意見に自分の決断を委ねるなんてこれじゃ甘えだ。



「ま、今は取り合えず休め。」


「そう、ですね。そうします。」


そういえば全然寝ていないな。







始めは甘い憧れと願望だった。



何も好きになれない、何も熱中できない私が初めてなりたいと思ったものだった。



だけど、一人助けると。。見方が変わった。



一人助ければ、助けれなかった一人がいる。



殺人鬼を一人捕まえれば、殺された一人が目に付く。



掬えなかった被害者がいる。生き返らない死者がいる。



どれだけ助けても、どれだけ走っても、被害者は無くならない。



助ければ助けるほど、莫大な数の犠牲者に心が折れそうになる。



どれだけ助けても、犯罪は無くならない。



加害者の家族の嘆きが聞こえて。遺族の叫びが頭の中にこびりつく。



私の救い方は間違っているんじゃないかと思ってしまう。



・・・・・


・・・


二日後、呼び出したスリーに資料を渡された。


「これは?」


「現在の王国貴族に恨みがあって、かつ武具を急速に買い集めている阿呆貴族。かつ金欠な貧乏貴族、かつ抵抗組織(レジスタンス)の一員とお話しした貴族ですよ姉上!!」


「‥‥そうか。」


このスリーは王国の次男。私の弟。


性格も所業も誰よりも最低最悪だが、仕事はできる。そう思って今日呼び出したのだが、既に調べていたとは。


「こういうのでいいのかツー?」


そしてスリーは、母上を連れてきていた。


「なぜ母上がここに?」


「第二王妃様は国内の情勢や貴族間の(しがらみ)、付き合いや交友関係に至るまでばっちり把握しているからね!!手伝って貰ったよ!!」


「本当なら市場の値段とかからその土地の貴族が戦闘の準備をしているか推測。その戦闘が武装蜂起なのか、正当な武装なのかチェックして、そこから…と色々するのだけれど、ここまで露骨な阿呆がいるならこっちの方が良いでしょう。」


「そのような人間が抵抗組織(レジスタンス)に参加していると?」



なんだこれ。滅茶苦茶いるじゃないか。



「そうだね。金欠になったのは王宮のせいなんだって。自分達の領内政策が失敗したのも王宮のせい。汚職がバレて自分の職がトンだのも王宮のせい。こういう意見は抵抗組織(レジスタンス)好みでしょ。誘いに乗ってすーぐ抵抗組織(レジスタンス)よ仲良しこよしさ。抵抗組織(レジスタンス)にしても武器を調達する伝手として重宝しているみたいだし。」


「成程。。。。」


だから貴族を受け入れるという方針になったのか。


「ま、使うだけ使ったら用済みでポイッなんだろうけどね。」


「‥‥そうだろうな。」


互いにそう思いながら手を組んでいる様子が目に浮かぶ。なんともまあ、浅はかな。


「それで協力していた貴族は後で一網打尽にするとして。実行犯についてはツーが調べていた事件の犯人だっていう人が自首してきた。」


「自首?」


「うん。でもそのうちの一人は一昨日捕まえた人間だから自首じゃないの。侵入したところを捕らえただけで、取り調べも進んでいなくて。挙句容疑も全然認めなくてさ、姉上も取り調べに参加する?」


「無論。」


「…今どき無論とか言う人いるんだね。」


五月蝿い愚弟。


取調室に入ると、一人の男が座らされていた。確かヒィ公爵殺しの実行犯の一人。スリーによるとこいつ以外は全員が自首してきていて、この男だけが王宮にいたところを確保されたのだっけか。


取調室に入る。私と目がある男。


「取り調べを担当するツーと、スリーだ。」


「これはこれは。先日ぶりとでもいうべきですかな。」


この声は間違いない。一昨日私を勧誘してきたやつだ。


こいつ。。。捕まっていたのか。

あんな余裕綽綽で王宮に潜入していたのに。


王宮の警備も馬鹿にしたものでは無いな。いや潜入されている時点で駄目か。


「初めて顔を会わせて三週間か。まさかこういう仲になるとは思わなかったよ。」


「あら、覚えておいでで。普通の貴族なら平民如きの顔など直ぐに忘れるものですがね。ましてや第二王子や第三王子ともなれば、自分以外は覚えていないものだと。」


「舐めるな。私はそんな風に人を評価しない。」


ヒィ公爵の執事長ロウロウ。まさかこいつが抵抗組織(レジスタンス)だったとは。


「スリー。」


「はいはい。自首してきた彼の仲間を調べたところ、殺された日に働いていた人間の殆どが抵抗組織(レジスタンス)です。目撃情報に『ワーン第一王子が訪ねてきた』というのは嘘っぱちで、皆で仲良く口裏を合わせていただけです。」


「で、認めたのか?」


「はい。一連の犯行を全部認めました。貴族が憎くて。新しい秩序の為に~ですって。」


「じゃあ何で自首してきたんだ?」


新しい秩序をこれから作るというのに。これじゃあ牢の中で見れないだろうに。


「罪悪感がぁ~~~、心を抉った~~~んですって。ふふ、イイ話ですね。」


「そんな訳ないだろう!!!あいつらに何をした!!」


ロウロウが大声で叫ぶ。案外仲間想いなようだな。


「いや~ん、そんな大声で文句言わないでよ。神様に誓って俺は真実を言っているよ。」


「…確かお前が連れてきた連中が自首したんだよな?」


私もロウロウの意見に同意だ。スリーなら目を覆ってしまうような拷問を平気で行うからな。脅して自首と自白を強いたと言われても不思議ではない。


「…姉上、もしかして俺が酷いことしたと思っている?」


「思わないとでも?」


「でも外傷はなかったじゃない。再度言うけど、神に誓って俺は脅してなんかいないよ。本当だ、神に誓う。」


濁り切った目で十字をきるスリー。十字の切り方を間違えているし白々しいことこの上ないが、確かに自首してきた人間に外傷は無かった。


だが、無事というわけではなく。皆虚ろな目でブツブツと呟いていたのだ。でもスリーがやったという証拠はない。


スリーもそれを分かっているからこの態度。本当に性質が悪い。


「それで、ロウロウさん。今から取り調べを始める。」


「いいですが、私は仲間も売りませんし意味が無いと思いますよ。」


にこやかな笑顔で私を見るロウロウ。その顔には確かな誇りが窺える。生半可な尋問では吐きそうにない。恐らく自首を引き出すのはかなり難しいだろう。


「…悪いが最短で終わらせなければいけなくてな。これを使わせてもらう。」


「これは?」


「これは『真言の水晶』と言ってな。嘘を付くと赤く濁る。」


最近騎士団で入荷して嘘発見魔道具だ。


「例えば、、、『私は男だ』。」


ビー!!


途端、水晶から無機質な音が響いたかと思うと、血のように赤さび色の染まった。


「こうなる。」


「・・・・。」


「さて、ロウロウ。ここに手を置き、『私は一連の事件に関与していない』と言って貰おうか。」


「勿論、私は一連の事件に関与していません。」


ビー!!


「ワーンが訪ねてきたというのは嘘か?」


「いいえ、本当ですよ。」


ビー!!!


表情からは全く真意が分からないのに、水晶は残酷な程真実を明らかにする。


「俺もいいですか姉上?」


「好きにしろ。」


「お前は本当にロウロウ執事長か?」


「はい」


ビー!!


「お前はロウロウ執事長を殺し、それに成りすましているか?」


「…いいえ」


ビー!!


「魔術で顔をロウロウ執事長に変形させているのか?」


「‥‥いいえ!!」


ビー!!


凄まじいな。この魔道具があれば今後の捜査はかなり捗るぞ。


「こんなの馬鹿げている!!何を言っても反応するようになっているのだろう!!」


「『神に誓って俺、スリーは抵抗組織(レジスタンス)を脅していない』…うん、反応しないね。ちゃんと正常に働いているよ。」


水晶は反応しない。本当に脅していないのか。


水晶をぺたぺたと触りながら、スリーはロウロウの目を覗き込む。


「どうするロウロウの偽物さん?自分で話す?それとも水晶使う?」


「クソッ。」


そこからは、ロウロウはあっさりと白状した。


自分がヒィ公爵を殺し、使用人になりすましたこと。そして他の使用人も殺し、抵抗組織(レジスタンス)の一味が成りすましていること。うその証言を全員ででっちあげたこと。


そして、ワーンは真犯人ではないこと。


「なんでこんなことしたんだ?」


「‥‥8年前、私の店は倒産した。あの大災害だ。大嵐によって畑の穀物は全て消え去り、雨で家は流された。仕入れ先は全て濁流に呑まれ、誰もが食べるのに必死。私の店も例にもれず半壊。娯楽店である私の店を助けに来る余裕なんて誰にも無い。酷い災害でしたよ。」


8年前といえば、第弐級風精霊が王国東部で大暴れしていた時。言うまでも無く、偽ロウロウの店を破壊したのはこの精霊の仕業。


「なんとか経営を持ち直しました。一年かかりましたがね、それなりに元に戻りましたよ。」


当時を懐かしむように目を瞑る偽ロウロウ。口は笑っているが、手をこれ以上無い程固く握りしめ目は笑っていない。


「そして王都に品を納めに行った時の事です。その時盛大な祭りをしていましてね。そのパレード見ればなんと、あの大災害を引き起こした精霊が王家のオトモダチだというじゃありませんか。オトモダチですって、オトモダチ。国民が何人苦しもうと王家のオトモダチのすることならパレードですか?その金を補填に使うという発想すらなかったと?」


第弐級風精霊と言えば雪龍と同じく英雄級の生物。それがファイーブの友となることを知り我々はただ無邪気に喜んでいた。我々は第弐級風精霊とも友人となれるファイーブの偉業にただただ感動していた。


「我々は一生懸命やってきました。それなのに王族の我儘のせいでこの仕打ち。ねえ、我々は何かしましたかね?王族の皆さまからこんな惨い仕打ちを受けないといけない程のことをしましたかね?」


‥‥なにも、言い返せない。


「そして激化する王位継承戦。我々が毎日夕食を求めて駆け回っているのに、お貴族サマは豪華なディナーを肴に誰が王になるか言い争っている。」


偽ロウロウはにこやかに笑う。この場の誰もがそれが偽りの表情だと気付いている。


「そんな馬鹿げたことがあってたまるか!!」


大声で吼える男。


「ファイーブ王子が一番マシだとか、ワーン王子が一番現実的だとか、もうどうでもいいのですよ!!」


「こんな非人道的な貴方達でさえ政治ができるのなら、私達でだってできます。」


「正義は、我々にあるのです。」


‥‥私には、言い返す資格がない。


「あはははははははははははは!!!!」


そんな空気を蹴り飛ばすかのように、スリーと腹を抑えて笑う。


「せ~ぎぃはぁ~、われわれにあるぅ~~~~だって!!あはははははは!!!」


背を地面につけ、無邪気な赤子のようにケタケタと笑う。


「知るかバァ~~~~~~~カ!!!」


「お前が正義だろうと悪だろうと私怨で人殺しに関与したことは消えないし、今の説明のどこにヒィ公爵を殺す理由があったの???」


「黙れ!!所詮お前らのような人間には分からないだろう!!」


「いやいや、分かるよ。ヒィ公爵は優しいもんね。殺しても許してくれるもんね。王族だったら君の家族全員が処刑されるもんね、怖いよね。だったら優しくて怖くない人を殺した方が楽だもんね!」


「違う!!俺は正義に基づいて殺したのだ!!」


「説得力皆無だよ~。」


「スリー。」


「なに姉上?」


「外に出ていろ。」


「え~~。」


「取り調べでそんな態度を取る人間は要らない。」


「はーい。」


「‥‥」


「‥‥」


やはりスリーを頼るとこういう後味悪い結果になる。



「…さて、うちの愚弟が済まないことをした。謝罪させてくれ、」



「…そんなことより、教えて下さい。」


「なにをだ。」


「なぜ、ワーンを助けるので?お前も所詮は王族か?」


「それが私の職務だからだ。」


確かに、守られる側の人間が屑であることはあるだろう。私だってワーンは切り刻まれ豚の餌になってほしい。でもだからって。。。。冤罪を見逃すことはやっぱりできない。


「そうか。。。所詮はお前も王族。恵まれた人間だものな。」


「待て。まだ話は終わっていない。」


「何です?まだ何か?」


私は水晶を取り出す。そこにロウロウ執事長であった人の手を置く。


「昨日お前は言ったな。『我々には心強い協力者がいる』と。」


「‥‥ええ。」


「『お前達抵抗組織(レジスタンス)の協力者は賢者か?』」


「‥‥いいえ。」



水晶はこれ以上ない程眩く煌めいた。


そうか。。。。


調書を一通り書き終えて、部屋の外に出る。

そこでは母上が、優雅に茶を飲んでいた。


「母上。。。」


「どうした?」


母上は、私をじっとみる。


「…抵抗組織(レジスタンス)と接触していた貴族の気持ちて分かりますか?何故そんなことしたのか分かりますか?」


疑念はあった。もしワーンが嵌められらたのなら、誰が嵌めたのか。


「動機は分からないわ。だって私は賢者じゃないですもの。」


「‥‥そう、ですか。そうですよね。」


「それがどうかしたの?」


「いえ、すみません。何でもないです。忘れてください。」


確かに色々と納得がいくのだ。

動機の点も勿論ある。しかし魔術の最高峰である爺様なら顔を変えるような魔術も簡単に行使できる。


準王族である爺様なら門前払いなどされず、歓待される。

爺様なら『召喚(サモン)』といった高難度時空間魔術が使えるはずだから、抵抗組織(レジスタンス)を簡単に侵入させれる。


魔術と言う不可思議な力を操る爺様なら、全てが可能なのだ。


でも、だからと言って。爺様を疑うなんてこと…私ができるわけないだろう?


「ツー。」


「はい?」


押し黙っていた私は、母上の声で意識を現実に向ける。


「ツーが、『焔寮』に入る時に私に言った言葉を覚えているか?」


「…いいえ。」


「『母様!!立派な騎士になるので応援していてください!!』だってよ。」


…ああ、そんなこと言ったっけな。


その時母上は『不可能だ』の一点張りだったけ。そんな母上の態度に腹を立てて家出同然で『焔寮』へ入舎したのだ。


「で、ツーは今騎士隊長になったわけだ。」


「はい。」


「私が無理だといったのに、お前は夢を叶えたわけだ。」


「‥‥。」


「えとな。。。だからその。。まあ、頑張りな。応援はしている。」


そういって不器用に笑う母を見て。母が私を励ましているのだと気付いた。


私の笑顔もあれぐらいヘタクソなのだろうか。


少しだけ、背中が軽くなった気がした。


その日の晩は、酷く冷える夜だった。

冬がもう近いのだということをいやおうなく知らせるような、そんな夜だった。


「へっくしょん!!」


「おい、大丈夫か?」


「え、ええ。勿論ですよツー様。」


私はヨウ侯爵が殺害された現場に向かう。道中暗い顔をしていたナイトンも無理矢理連れてきた。不満そうな顔だったが、しぶしぶ付いてきたところを見るに何か気分転換でもしたかったのだろうか。


「しかし何で急にこの現場へ?」


「一番新しい現場だからな。残痕が消えずに残っている可能性がある。」


「しかし遺体にはありませんでしたよ。あれだけ確認したじゃないですか。」


「遺体は見ない。視るのは屋敷だ。」


「は?」



自供の報告書によると、犯行Bでは『召喚(サモン)』を使って屋敷に移動したらしい。


召喚(サモン)』などの放出系ではない空間魔術の残痕は、空中に残る。戦闘中にそんな魔術を使う人間はいないから滅多に見ない。精々床や壁だ。そして今回も見なかった。


「ありとあらゆる場所を探して、魔力の残痕をみつけろ。残滓でもいい。」


「いや、でもこの屋敷滅茶苦茶広いですよ。それに空中に残ると言っても風ですぐ掻き消されるじゃないですか。。。」


「知っている。でもやれ。」


「えぇ。。。」


無謀だとは思う。けれどもし魔力を多大に消費する『召喚(サモン)』なら、その分強く場に留まる筈。


「もし見つけたらレイナさんにお前の勇姿を伝えてやる」


「どうしたんですか隊長!!さっさと終わらせましょうよ!!!それで俺の活躍を盛りに盛って伝えてくださいよ!!」


…優秀ではあるんだがなぁ。不安だ。


4時間ほど探した後。


犯行現場とは関係の無い厨房から、魔力の残痕が見つかった。


微かで、私やファイーブのような目を持つ人間にしかきっと分からない。あと一時間もすれば消えていただろう。急いで保管瓶に残痕を保存し、私はその色と波長を見る。


れっきとした動かぬ証拠。そしてこの波長の人間を、私は一人しか知らない。


「爺様。。。」


「よっしゃツー様!!約束!!約束ですよ!!!ちゃんとレイナに教えて下さいよ!!」


こいつ。。。




数日後。


私は、地下牢を訪れた。


「‥‥釈放だ。」


「なに?」


怪訝そうな顔で私を見てくる愚兄を無視して、私は話を進める。


「お前の無罪が分かった。」


「‥‥そうか。」


怪訝そうな顔から驚愕した顔に変わったワーン。この顔が見れただけでも良かったと思うべきかな。


「ついてこい。」


「?」


「お前を連れていかないといけないところがある。」



私は愚兄を背に、すたすたと歩いていく。


地下牢から地上に登り、二階から白く長い通路を渡り、また階段を昇り、そして奥の部屋へ。


出てきたのは庭園訓練所。



温室と訓練所を兼ねた場所で、植物に囲まれた狭い闘技場がある。庭闘場と呼ばれる闘技場は、直径20mの円形。


そしてその中心で、魔術を展開している魔術師が一人。


「ほっほほ。何故犯罪者がこんなところを出歩いておる?」


爺様だ。


「爺様、お久しぶりです。」


「おう、先週ぶりじゃのうツー。それでどうしたんじゃ?そんな犯罪者を引き連れて。」


「兄上は犯人ではございませんでした。」


「ふむ?」


「実行犯は抵抗組織(レジスタンス)でした。」


「???」


私の回りくどい言い方に、疑問符を頭に載せる賢者様。それを無視して私は続ける。


「今回の一連の事件で、貴族殺害を行ったのは抵抗組織(レジスタンス)でした。これに関しては本人達から自供してもらいました。」


「しかし、そやつの目撃証言はどうしたんじゃ?」


確かにワーンを見たという人間は多い。しかしその件に関しても忌々しいことに解決済み。


「目撃者含め、現場付近にいた人間は全員抵抗組織(レジスタンス)の一員です。つまりこの愚兄は嵌められただけで、真犯人は抵抗組織(レジスタンス)です。」


目撃情報が不自然なほどワーンに集まっていた理由はこれだ。


「ほほ。それはそれは。」


「でも貴方も犯人だった。」


「ほ?」


私の言葉に目を丸める爺様。

もう、後には引けない。覚悟を決めろ私。


「数日前。抵抗組織(レジスタンス)は私に接触してきました。所謂勧誘というものです。」


「‥‥それで?」


突然の話題の転換に驚いたのか、手が止まる爺様。けれども、聴く姿勢は崩さない。


「無論断りました。が、その時彼等は言っていました『我々には心強い味方が付いている』と。」


「‥‥。」


「『その人は王国の中枢に位置しており、騎士団長に命令できる立場にある。』と言っていました。」


「我が王国でそれが許されている人物は限られている。」


ナイトンの話では、余程の上位貴族でなければ騎士団に命令できないらしい。上位貴族とは、王族である私達、準王族である爺様。そして議会。


「そこから考えました。今回の事件で得をするのは誰か。愚兄に刑が執行されれば、私達ファイーブ派閥は敵対者を排除出来て得をします。」


悪しきワーン派閥。それが排除できる。これ以上ない幸運だ。


「一方で愚兄ワーンの無罪が分かったとしても、現段階で愚兄ワーンへの心象は悪いです。愚兄ワーンが貴族を殺したという噂が流れ、皆それを信じているからです。」


道中で散々好奇心と嫌悪感の眼差しを受けていた愚兄。彼の支持率は過去最低になっているはずだ。


「一度生まれた悪印象を拭うのは難しい。そして、抵抗組織(レジスタンス)に遅れを取った、愚兄(ワーン)を次期国王にしていいものなのか、疑問視する声も一定数できました。」


ここまでの利がある。これが分かってしまえば、後は容疑者など簡単に割り出せる。


「ここでも利を得るのは我らがファイーブ派閥です。つまり、今回の一連の事件で我らファイーブ派閥は得しかしていません。」


淡々と、私は結論を告げる。

疑念はあった。


偽ロウロウの水晶結果と、昨晩見つけた証拠がそれを確信に変えてしまった。


「ところで話がまたもや変わりますが、これは『真言の水晶』と言って嘘を付くと赤く濁ります。」


懐から取り出した水晶は、透明な色をしている。ワーンと爺様がそれを見ている横で、私は慣れた手つきで手を添える。


「例えば、、、『私は男だ』。」


途端、水晶から無機質な音が響いたかと思うと、血のように赤さび色の染まった。


「このように、嘘を吐けば一目で分かるようになっております。」


「‥‥」


「もう、分かりますよね。」


私は、爺様を見る。

しっかりと、青琥珀色の目を見据えて。


「お願いします爺様。ただ一言。たった一言でいいのです。どうか、これの前で『第一王子ワーンを冤罪に陥れていない。』と言って貰えませんか?」


沈黙が、流れた。

爺様は、返事をしなかった。


「‥‥。」


「爺様、お願いです。これに手をかざすだけです。一言述べるだけでいいのです。お願いできませんか?」


もし、これで色が変わらなければ、爺様は犯人ではなくなる。


分かっている。昨晩見つけた魔力痕も。偽ロウロウの証言も。状況証拠も。爺様を決して逃さない。けれど私はまだ信じたい。もしかしたら爺様は関与してないのだって。


そしたら私は全力で爺様を弁護する。


だから爺様。どうか。どうか‥‥。


「‥‥。」


「爺様!!」


私の怒号を聞いても尚、爺様は喋らない。

頼むよ爺様。そんな態度を取られたら。。。。。犯人だって認めているようなものじゃないか。


「‥‥愚妹よ。出ていけ。」


溜息と共に口火を切ったのは愚兄。


「しかし!!」


「‥‥いいから、出ていけ。」


出来の悪い子供を見るような目で私を見てくる愚兄。だが私だって引くつもりはない。


「貴方にそんなことをする権利はない!」


「あるぞ。これは王位継承順位1位である私の権限と、貴族令第6条、第11条。それと王国裁憲5条4項。17条8項によって保障された権利だ。王族もしくはそれに連なるものへの謀反人の処遇は、全て対象となる王族が決められる。」


かつてフォーがエナンチオマー侯爵を拷問したのと同じ法。父王ですら、ファイーブですら退けることが出来なかった言い分。そしてこれを言うという事は。。。



つまり。。。爺様を殺すつもりなのだ。


「…確かに法律上ではそうなるが。。。!」


「三度目だ。外に出て、待っていろ。」


憐れな。復讐に囚われ、できもしないことを試みるというのか。。。。

爺様はお前とは格が違うのだぞ?


「‥‥少しだけだからな。」


しかし、本人が決めたこと。私が口を出すことは出来ない。幾ら爺様でも殺しはしないだろう。




この時の私は思いもしなった。


なぜ、従ってしまったのだろうか。


そんな後悔に襲われるとは。



・・・・


・・


遅い。余りにも遅すぎる。


爺様は私より遥かに強い。そして私は、ワーンに模擬戦で負けたことが無い。


爺様が愚兄を打ちのめすには数分も掛からない筈。

一体、何が起こっている??


そろりそろりと、忍び足で庭園に戻る。


「な。。。!?」


庭園に戻ってみれば、鼻にむせる血の匂い。

見れば、兄上が足を刃で切り裂いていくところだった。


「‥‥兄上。」


誰の。。脚なのか。虚ろな目をした爺様を見てなお、私はそう思ってしまう。


「どうしたそんな憔悴した顔をして?何か嫌なことでもあったのか?」


「‥‥それは?」


「うむ?どれのことだ?ああ、これは脚だぞ。」


ワーンはそう言って先ほど切り取ったミンチの塊を見せる。


「‥‥なぜ、そんな惨い事を?」


きょとんとした顔のワーン。


「惨い事など私はしていないから、お前の問いには何も答えられないぞ?だが今の私の行動の原因としては徹夜連勤の憂さ晴らしだな。」


「そんな理由で?」


「質問の意図が分からないな。」


しらばっくれるワーンに、私はいら立ちを隠せない。


「何故殺したんだ!!殺す必要などなかっただろう!!ましてや、こんな惨い真似をっっ!!そんな理由でっ!!!」


人の命を何だと思っている。。。。!!


「だから質問の意図が分からない。これは王族には保証された権利だぞ?必要かどうかなんて関係ない。それが私には許されるかどうかだ。」


呆然としてしまう。人を殺して。その肉体を死後弄んで。それが八つ当たりだと?それが許されるだと?本気で、そう思っているのか?



シャラン!!


気付けば、体が動いていた。


金属同士が擦れ合う、独特の心地よい音がする。


振り向き、抜き去った私の愛剣を見つめるワーン。


「…正気か?」


「そうだ。私は剣を抜く。この意味が兄上には分かるだろう?」


決闘だ。悪を挫く、正義を執行する。


「来い!この武闘場でお前を叩ききってやる!!」


「ふむ。私には理由が無いのだがね。」


ひらひらと手をかざすワーンを見て、自分でも頭に血が上るのが分かる。冷静になるべきだと理性が訴える。だが無理だ!!ここで怒らない方がどうかしている!!


「逃げるのか!臆したのか!?」


「剣を持ち万全の魔力量の相手に、丸腰かつ消耗した体で闘えと?寧ろ何故戦う必要があるのか教えて欲しいぐらいだ。」


その、剣を!!お前は何に使った!!

王国の宝剣を!!お前は人殺しの道具に使ったのだぞ!!死者を弄ぶ外法の道具にしたのだぞ!


「だまれ!!お前が今している行為に比べれば、「なんてな!!」…な!?クソ!!!」



不意打ちだと!!人としての矜持までも捨てたか!!


「ざまぁぁ!!!!」


大声を発するワーンを見ながら、私は慌てて距離を取る。肩を斬られたのは痛いが、それでも愛剣は離さなかった。利は未だこちらにある!!


次の手を打たんとするワーンよりも先に、串刺しぬすべく刺突を連ねる。



「何故、こんなことをしたんだ!!爺を殺さずに、逮捕すれば良かっただろう!!」


「おいおい、フォーの言葉を覚えてないのかねこの愚妹!!王家の権威付けだよ!!」


白刃を発射する聖銀を魔術で防ぐ。赤く、熱く。紅蓮の炎で押しのける。


「だからって殺す必要は無かっただろう!争う必要は無かった筈だ!!」


「今、私に切りかかっている人間が言うセリフでは無いな!」


キンキンと、金属がぶつかりあい、火花が散る。実戦的とは言い難い、王宮の上品な剣術を模した軌道。こんな温い攻撃に爺様が殺されただと!?ありえない!!こいつはどんな卑怯な手を使ったのだ!!


「そもそも、お前は何故私に突っかかる!!私の何が気に入らない!」


「‥‥何が気に入らないだと!?本気で言っているのかこの愚妹!!」


「王族らしくないからか!?それだけの理由じゃないだろうこの愚兄!!!」


「‥‥。」


ずっと気にかかっていた。私を目の敵にするこいつは何なんだと。


「スリーは悪意の塊だ!!だから私はアイツが嫌いだ!そしてワーン!!お前は嫉妬と傲慢の塊だ!!」


「‥‥うるさい。」


悪が正義を憎む以外の理由が、こいつにはある様な気がした。

だが、だからと言って。。。


「お前はそれを、何故私とファイーブに向ける!薄汚い貴族にそれを向けないお前は!なぜ家族である私に向ける!!!」


「‥‥黙れ。」


「答えろワーン!!お前が私達を嫌う理由は何なのだ!!」


「黙れと言っている!!!」


「『熱波』!!」


「『寒波』!!」


互いの魔術がぶつかり合い、温度の急変により気流が生じる。


轟轟と突風が巻き起こり、植物はしなりながらも耐えている。


「私は、愛してたんだ!!お前によって壊された世界を!!」


縦横無尽に襲い掛かる白銀の刃を放ちながら、愚兄は吼える。


「全てが私の思うがままだった!!全てだ!!全てが私の望むままだった!!」


空気に淀みを感じるから、熱風で押しのける。


「4歳、4歳までだ!!誰もが私を讃えた!誰もが私を敬った!!何も怖くなかった!誰もが私の味方だったからだ!未だに覚えている。あの時まで私は王子だった!!たった一人の!王の息子だった!次の、王になる筈だった!」


そう言って地面を深く踏み込むワーン。

好機!!


剣を捨てる。炎を両腕に凝縮させ、愚かなる賊を爆撃せんと紅く輝く。

喰らえ!!


「『爆破!』」


「『ミュート』」。


私の攻撃が周囲の聖銀を吹き飛ばしたものの、軽い火傷しか負っていないワーン。チッ、途中で魔術の威力が下がった。先の魔術で小賢しくも守ったか。

しかしもうワーンの武具は無い。次で終わらせようと私は火炎を喚ばんと…でない??


「な!?魔術が!?」


先ほどの結界は、魔力無効化!?

そんな高度な魔術を愚兄が使える訳…!?


ドゴ!!


「うっ!?」


頬を貫く拳に押され、後ろに倒れる私。無理矢理体幹を駆使して受け身を取りながら、ワーンの場所を確認。近くに伏兵がいないか探知するも。。いない?


「こんな大規模な術式を用いるとは…!!」


それも一人で??

そんな素振りは一度も訓練で見せてなかったぞ!!


「驚いたか?それもそうだろうな!!」


脛を目掛けて放たれるローを回避するも、距離を詰める時間を与えてしまう。

クソ!やり辛い!!



「ゲフッ!!」


ボディーに一発。

次いでロー、ハイ、そして鳩尾。


先ほどとは異なり、下町の喧嘩で見るような滅茶苦茶な突進。

その間で垣間見える徒手空拳の型。


先ほどのお粗末な剣術とは真逆の洗練された武の形。


「別に正義の下に正す必要は無かった!!身分改革なんてしなくて良かった!!そんなことしなくてもそのままで良かった!!そんな世界で十分私は幸せだった!!愛していた!!そのままの王国で私はよかったんだ!!」


「‥‥クソッ。」


地面に押さえつけようとするも、蹴りとジャブで距離を保たれる。人は簡単に死ぬ。顔面を全力で殴られれば、命を失うなんてよくある話。魔術による自己治癒、そして魔力による防御ができないところで、まともに殴り合えば死んでしまう。


本気さえ出せれば。。こんな奴瞬殺なのに!!

こうやって爺様も卑劣な罠に嵌めたのか!!


「それまで私は嫉妬や傲慢と呼ばれる類の感情はなかった!!!なぜか分かるか!?私がその中心にいたからだよ!!私が一番優れていて!!それが当然のことだったからだ!!そんな感情は必要なかったからだ!!」


耳障りなワーンの声を必死で聞かない様にするも、つい思考の隙間から入り込む。集中が。。途切れる。


「お前は!!!私が欲しかったものを全て掻っ攫っていった!!」


「‥‥。」


うるさい…。


「そこからだよ!!私の中のどす黒い感情が止まらなくなったのは!!!」


「‥‥ッッ!!!」


ワーンから放たれる黒刃。毒が塗られている可能性を考えて、柔柳で受け流す。


「私が築き上げてきた価値観と地位を粉々に崩していって!!そんな妹をどうして愛せるよ!!私が尊敬する人から寵愛を受ける人間を、どうして愛せるというのだ!!」


隙に、先ほど捨てた剣が蹴飛ばされる。


「寝ても覚めてもこの感情が湧き出てくる!!なぁ、教えてくれよ元凶!!私はこの気持ちをどうすればいいと思う!!??」


「‥‥クッ!!


雨のように飛んでくる小石。魔力が霧散する状況では、こんな石ころですら命とり。


「私程度、簡単に組み伏せれると思うたか!?甘いわ!!」


「‥‥!!」


悔しい。こんな人間にいいようにされるとは!!こんな屑に爺様が殺されるだなんて!!


「お前が、身分による評価を否定し始めた!!私が愛した世界を変え始めたんだ!!!ファイーブが産まれて!!アイツも私の愛する世界を変え始めた!!!既得権益を否定し、私を讃えた人間は消えていった!!!お前ら二人の評価はどんどん上って行った!!」


走りながら小石を躱すも、纏めて投げられる小石までは避けきれない。ダメージは無いが、鬱陶しい!!目潰しだなんて騎士道の風上にもおけない手段を!!


「ああ、そうさ!!お前たち二人は凄かった!!それだけの才能があったのだろうさ!!それだけの実績を残したのだろうさ!!!」


ワーンの声が、未だに脳内に響き渡る。どれだけ振り払おうとしても、先ほどからの言葉はずっと頭にこびりつく。


「お前等が生まれてこなければ!お前等さえいなければ!私こそが輪の中にいる筈だった!私が尊敬を集めていた!そこは!!私がいるべき場所だったのだ!!その上お前等は、私のたった一つの才能である『身分』さえも奪おうとした!あれだけ恵まれた才能を持ちながらだ!!そんなこと私が許せるわけあるか!!」


石を避ける。声が聞こえない様に、なるべく音を立てて走り回る。

それでも、声は入り込む。


「賢者にはもういいと言ったさ!!ああ、もう才能の差は諦めたと言ったよ!!愛されなくていいと言ったさ!!そんなわけないだろう!!そんな一言で終えられるほど、私の23年間は軽くないのだ!!」


「‥‥うるさい。」


こんな低俗な叫びにムキになっては駄目だなんて分かり切っている。

けれど。けれども。。!!


「そんなこと知るかっていうんだ!!」


才能があるから。


それで何百という人間の心を折ったことがある。才能がある人間だからと、罵声を浴びせられたことがある。才能に溢れたお前に私の気持ちが分かるかと。


分からない。分かるわけが無い。


でもそんなの、お前たちも同じだろう??


「じゃあ、お前は、その劣等感をぶつけられたことがあるって言うのか!!」


「ゴホッ…!!」


私の攻撃がワーンを抉る。脳内では冷静になれと必死に理性が呼びかけている。それでも、止まらない。止めらない。


「その醜い嫉妬で嫌がらせを受け、いわれも無い誹謗中傷で傷ついたことがあるのか!」


今までの私の人生を軽んじるような発言をされて、無視できる程私は大人では無い!!


「才能がある!?だから何だ!私だって努力している!!その努力が他より少ないなんて百も承知だ!!だから何だって言うのだ!!!」


だから私に文句言っていいてか!?自分より才能がある人間にはそれだけ重たい期待を載せても、見苦しい嫉妬をぶつけても許されるってか!?


「お前ら凡人はいつも文句ばっかりだ!!持っていない奴は常に持っている人間に不公平だ理不尽だという!!じゃあ、お前らは私にどうなって欲しいのだ!!惨めに落ちぶれたらいいのか!!そうすればお前たちは満足か!?」


じゃあ才能がある奴は才能が無い奴より苦しめってか!!才能のある奴は失敗すれば満足か!


『私にもあなたのような才能があれば』。『俺にその才能を分けてくれ』。『いいなぁ、身分があって』。『応援してくれる人がいるなんて羨ましい』。何百、何千回も言われた。筋力で劣る女性。魔術の才能が無い男。才能が無い。身分が無い。金がない。体格が無い。それだけの理由で騎士の夢を絶たれた人間はごまんといて、その全てを兼ね備える私は、彼等の苦痛をぶつける相手にはもってこいだった。


「だがそれを言われる側の気持ちを考えたことがあるか!!」


そんなこと言われてどうしろといいのだ!!私が死ねば満足か!?私が能無しになれば満足か!?お前たちがいうその『弱者の叫び』を聞いて、私がどうなればお前たちは満足なのだ!?


「答えろワーン!!私がどうなればお前たちは満足だ!!才能があるからしょぼくれれば嫌味だと言われ!才能があるから誇らしく振る舞えば妬みを受ける!!親しく振る舞えば王族らしからぬと言われ!王族らしく振る舞えば傲慢だと言われる!私がどうすれば満足だ!!文句しか言わないお前たちに、私はどこまで気を遣えば満足する!?」


幼い頃からずっと!ずっとだ!!

何をしても文句を言われた!!才能のせい、生れのせい、責務を放棄したせい!!


知るか!!だから何だって言うのだ!!

才能がそんなに悪いのか!?


「知るか馬鹿!!」


髪を掴まれ、殴られる。


「何だと馬鹿!!」


「グフッ!!」


だから私も殴り返す。これ以上ない殺意を込めて。


「いっ。。。!!」


そのまま後ろによろめきながら、爪で私の皮膚を抉るワーン。


「気持ちの理由なんて知るか!!この感情は理屈じゃないのだよ!!」


「そんなもんを私達にぶつけるな!!」


開き直っているんじゃない!!


「じゃあ()のこの気持ちはどうしろというのだ!!」


「なら、()の気持ちはどうなるんだ!!」


傷つけている側が被害者ぶるな!!


ガキ!!


互いに額をぶつけ合う。

鈍い音とともに、たたらを踏む。


「お前さえいなければ!!」


「こっちの台詞だ!!」


傷をあちこちに作りながらも睨み合い、戦意は衰えない。


「消えろ!!」


「いなくなってしまえ!!」


「死ね!」


「お前がな!」


少しづつだが、魔力が練れる。あと少しで、魔術が発動できる。

全身に力をこめて、前へ踏み出す。


焼き殺してやる!!



刹那、黒い猫が私達の間に入り込む。


「『眠れ(スリープ)』。そこまでにゃ。」


!?


「‥‥やれやれだにゃ。いい年した王子がド付き合いの喧嘩をしとるなんて、良い笑い種だにゃ。」


そして意識は、暗転する。



========

甘い憧れと願望から始まった。


自分なら叶えられると信じていた。


でもどんなとこだって、一番になるのは容易じゃない。


どれだけマイナーだろうと、メジャーだろうと。


そこで勝ちあ上がるには、無傷ではいられない。


身を削って、身を投げ出すかのように傷ついて、


夢の為に、他を捨てる


それでやっとたどり着ける場所。


私は王族でありながら、王族の責務を捨てた。


その地位を利用しながら、そのくせ責務をこなしていない。


他者は私を責める。王族としての誇りはどこへ行ったと。


生まれ持った責務を放棄する人間には反吐が出る。と。


でも仕方が無いんだろう。


私は騎士になりたいのだ。全てを救える、騎士に。


その為に責務をこなす余地など無かった。


そして私は、憧れてしまったんだ。


全てを救える騎士に。そんな存在に憧れてしまったんだよ。。。。。


この夢は、そんなにも悪いのか。。?


=========




薬剤が鼻を刺激する匂いと共に、私は目を覚ます。白い天井。柔らかい地面。


「どこだここ。」


「・・・姉上!!」


大声で叫ぶ声。それを注意して窘める使用人…医務室なのだろう。

横を振り向くとするも、全身が痛いので声の主を確認できない。


「…ファイーブか?」


「ええ、そうです!僕ですよ!!」


「一体どうしてここに。。?なんでそんなに取り乱して・・・?」


「それはこっちの台詞ですよ!!いきなり庭闘場で倒れたなんて聞けば誰だってそうなりますよ!」



どうやら私の意識が醒めたことは結構なニュースだったららしく、その後はひたすら見舞いの嵐。


「隊長!!…て何してるんですか?」


「見れば分かるだろう。鍛えている。」


「見て分かるから何してるのか聞いてるんすけど。目が覚めてまだ三日ですよ?」


「ああ、もう三日だ。一刻も早く騎士団として復帰せねばならない。」


「駄目だ話が通じない。。。」


あの後、抵抗組織(レジスタンス)についてだが王都内ではその殆どが粛清されたらしい。


過激派の抵抗組織(レジスタンス)だけではなく、それと関りがあった商人や王国貴族が母上によって割り出され、ボスナイト様の騎士団により見事に潰しきったそう。王都内での抵抗組織(レジスタンス)は完全に消えたとかなんだとか。


ファイーブが知っているところでは、こんなところのようだ。


「姉上は立ち歩いても大丈夫なんですか?」


「ああ、全身が痛かったがただの筋肉痛だそうだ。」


それが分かった時の医師の顔といったらなかったな。信じられないものを見るような目で私を見ていた。ワーンは私よりも重症だったらしい。ざまぁみろ。


「・・・・それで、その。本当なのですか?」


「何がだ?」


「爺様が、、何人もの貴族を殺したって。」


「‥‥ああ。」


私の言葉に、ファイーブは固く拳を握りしめ、下を見る。


「そんな。。。。一体何故そんなことを。」


「ああ、私も同じ気持ちだ。」


結局動機は聴けずじまいだったな。


「爺様から何も聞かされなかったのですか?」


「いや、何も。何も聞かされなかった。」


「そう、ですか。」


私は爺様を倒したことで英雄となっていた。国の英雄たる賢者を殺して英雄となる。皮肉極まりないことだが、国民にとって賢者はさながら御伽噺の悪い魔法使い。それを倒した私はさしずめ正義の王子様。


ワーンと私が力を合わせて倒したというおぞましい話だったが、じゃあ何故私が倒れていたのか聞かれると困るのでやっぱり共闘路線の噂にケチ付けないことにした。


「‥‥また、知り合いが死にました。」


「ああ。」


スリーの顔が、増々悲哀に満ちる。


「僕の知っている人が。僕を愛してくれている大切な人が。。。」


「そうだな。。。だからこそ、私達は強く生きていかねば。」


「…」


「どうしたファイーブ?」


私の問いかけには直ぐに答えず、彼は両手を顔にあて目を覆い隠す。


「僕には。。。そこまで割り切れません。」


「・・・・。」


「死んだ人の分まで頑張らなければいけないと分かっているのに。そんな風に、人の死を背負うことが出来ないんです。。。」


「なぁ、ファイーブ。あの時のお前の悩みを覚えているか?」


あの、忘れられない人がいて。過去として切り捨てられない人がいるとかいう話だ。


「ええ。」


こわばった表情で、私を見る。


「・・・私は、自分の生き方を後悔したことは無い。」


「・・・へ?」


「そりゃあ騎士になって兄にも軽蔑されるし母には無視されるし貴族騎士に至っては馬鹿にもされる。進む先に非は幾らでもあることは認めるし、王族としての責務を放棄してると言われかれないし、そもそも騎士やっていても嫌な事ばっかりだ。始めの頃はナイトンも他の部下も私を嫌っていたし、楽しいことだって数えるぐらいしかない。」


「あ、はい。」


猛烈にまくしたてた愚痴に驚いているファイーブ。あまりファイーブにはこういった愚痴は言わなかったからな。


「でも、騎士になって後悔はしていないんだ。」


「・・・・。」


「もしも私がお前だったら。」


ファイーブは話が戻ったことに気付いたのか、真剣な表情で私をみる、


「もしも私がお前だったら、うじうじ悩むのは無駄なことだとスッパリ割り切るだろう。『気のすむまで好きにすればいい』なんて思わずに期限を設けて、それでも収まりつかなかったら無理やりにでもその感情を殺す。『迷い続けることに意味がある』なんていうスリーの曖昧で無責任な肯定もしない。騎士らしく、諦める。」


もしかしたらあの時、ファイーブはずっと誰かに話したかったのかもしれない。そして、その悩みから断ち切られたかったのかもしれない悩むのが辛くて、誰かに指針をはっきりと示してほしかったのかもしれない。だから今みたいな完膚なき正論に叩きのめされて、終わらせて欲しかったのかもしれない。



でも、それを世間で何と言うか知っているのかファイーブ。


それはな、甘えと言うんだよ。


「・・・・でもさ、やっぱり別れ方は人それぞれだろう。」


だからここで終わらせてやらない。


「悲しい別れ方を。。。いや、亡くなった人をずっと好きなのは私にとって好ましいことではない。それはとても空しいことだ。でもさ、悲しみに向き合う時間は無駄なわけないだろう?」


もし無駄ならば、何の為に我々に感情がついていると思っているんだ。


「ファイーブはさ、皆の中で、いや自分の中でその人が過去のものになるのが辛いんじゃないか?特に、お前自身が過去のものにするっていうことがさ。」


「いなくなった人との決着の付け方って本当にバラバラだ。私は礼節を重んじるし、ワーンは慣習を重んじる。スリーは自身の気持ちに正直に振る舞うことを重んじるし、フォーは一切動じないことを重んじる。それが我が家族の決着の付け方だ。」


「今のお前は、自分なりの決着の付け方を探しているだけなんだよ。それをお前は今模索している最中で、その結論は誰にも分からない。私達に助言はできても決定することはできないさ。だってそれは、本人が考えて辿り着くものだからさ。」


「だから、私がお前の決め方を提示することはない。どれあけ辛くても、やっぱりこれは、お前が決めることだからだ。」


「・・・・」


「・・・・と、済まないな。お茶を濁す様なアドバイスしかできなくて。」


せめてものと、にっこり笑う。美味く出来ているだろうか。母上のようにヘタクソな笑顔になっていないだろうか。


「私は、自分の生き方で後悔はしない。そういうのはしない主義だ。」


「‥‥。」


「ゆえに私は、自分が後悔しない方法を探したんだ。その考え方が弔い方にも反映されているのかもしれない。」


「・・・・」


「お前にとって一番大切なものは何なのか。それを考えてみるのがいいのかもな。」


すこしは姉らしいことが言えただろうか?


・・・・

・・


その後、私は妹であるフォーから呼び出しを受けて彼女の部屋にいる。あの『互いに悩みでも打ち明ければいいんじゃない?』と言っていた娘だ。


フォーは私の妹。王位継承戦に参加はしているものの、中立派を作り静観している。


「それで結局、『真言の水晶』は使い続けるのですか?」


「ああ、『真言の水晶』のお陰でかなり取り調べはスムーズに進んだ。今後とも使っていくつもりだ。」


「‥‥あのねぇ姉上。」


なんだその目は。


「水晶貸してください。」


「あ、ああ。」


持ってこいと言われていたので、袋から取り出してフォーに渡す。それを見てフォーは手を載せぼそりと呟く。


「『私は女だ。』」


ビー!!


あ、赤く濁った!?そ、そんな!?フォーは男だったのか!!!


「いや姉上しっかりして下さいよ。姉上と一緒に水浴びに行 (かせられ)たことあるでしょう。私はちゃんと女ですよ。」


「で、ではなぜ!?」


そしてなぜ呆れたような目で私を見る!?


「あのね、この水晶は心意探知なんです。」


「は?」


しんいたんち。



「‥‥つまり相手が『嘘を付いてますよ~』て意識に反応して光るのです。」


そ、そうか。なら嘘は100%見抜けるはずだ。それがなぜ今のフォーみたいになる?


「でも、自然と嘘を付いたり。この10秒間だけその嘘を真実だと『思い込む』ことができればやっぱる反応しないんですよ。因みに私がやったのは後者で、前者はスリーができますよ。」


「なぜスリーはできるんだ。」


「知らないです。虚言癖でもあるんじゃないですか?」


虚言癖ってそういうものだっけか。ということはそうか。取り調べの時言ったスリーの言葉は嘘かもしれないのか。


「…何も無いかのように言っているが、フォーの自分の嘘を信じるというのも異常だぞ。」


「そうですか?」


「そうだろ。自分の言った嘘を信じるなんて私にはできないぞ。」


「でも、ありませんかそういう気持ち?」


「は?」


「必死についた嘘が、例え嘘だと分かっていても真実なんだと信じたい気持ち。」


そう言ったフォーの目は、私の心の奥底を見つめているようで。。。


「‥‥例えば自分の体重を量った時とか。」


「‥‥ない。」


「本当ですか?本当の本当に言っていますか?」


「ない!!ないったらない!!」


辞めてくれ!!そういう心を抉る様な話題は避けてくれ!!


「まぁ、とにかく。それだけで罪を立証するのは不可能です。良かったですね、相手が勝手に自白してくれるナルシストで。」


うむ。。。。確かに。

異常な心理状態の人間には効かないということだものな。


「なんともままならんな。万能道具を手に入れたと思ったのだが。」


「まぁ、ないよりは遥かにマシでしょう。それより誘っておいて何なのですがいいので?姉上の派閥は今絶賛混乱中でしょう?」


「ああ。」


爺様が抵抗組織(レジスタンス)に与していたということは王国内外を問わず遍く民に知れ渡ることとなった。今後は抵抗組織(レジスタンス)の悪行は全て爺様の名を汚すことになるし、爺様が贔屓していた我々の名前もまた泥をかぶることになる。


我々の派閥の被害は甚大。


「‥‥だがまあ、きっとなんとかなるだろう。」


今まで何とかなってきたし。


「…ふぅん。」


「なんだその目は。」


「いえ、ヒィ公爵やフゥ侯爵なんかは、ファイーブ派閥でしたのにねぇって思いまして。。彼等の親族は兄上派閥に参加することを表明したようですよ。それどころか賢者は男児を家に連れ込み淫行の沼に落とし込む色魔だとか。まったく、これは賢者どころか疫病神だった


「やめろ。」


。。。何がですか?」


今のフォーの言葉は私とワーンが倒れた直後に流れ出た噂らしい。こんな低俗な話に騙される人間がいるとは思えなかったが、存外信じている人間は多かったよう。きっとどこかの人間が面白おかしく吹聴したのだろう。


「そういう悪趣味な噂を真に受けるな。嘘だってことぐらい分かるだろう。」


「ははは、だからこそ、ですよ。死人だからこそ生人にとっての良いサンドバッグになりますしスケープゴートになるのです。それに賢者の所業を考えればこれぐらいいいのでは?」


「しかし死んだ奴をこれ以上悪く言うのは、あまり好かん。」


「はぁ。。。」


フォーは心底呆れた様な目で私を見る。


「あまり、こういう片方の派閥に助言するようなことはしたくないのですが。。、」


「なんだ?」


「そういう偽善と欺瞞にみちた騎士道をかざす前に、するべきことがあるんじゃないですか?」


は?苛立ちと共に思わずフォーを見てみるも、その顔に驚愕する。

まるで出荷される商品を見るような、冷たい、冷たい人間の目。


「ヒィ公爵に助けられた貴族はたくさんおり、恩義を感じていた人間は沢山いる。孤児院だって幾つか経営していますしね。フゥ侯爵も自己の評判稼ぎのためとはいえ、それなりに救済している。今回殺した貴族って言うのは王国において優秀な貴族で、そういう貴族は得てして沢山の人間を助けて支えている。」


「…知っている。」


今回の捜査で、殺された貴族に助けられた人間が何十、何百といういることが分かった。


「支えられていた人間が、賢者を憎む気持ちは当然です。そしてその支えを殺されたことで困窮している人間が出たののも当然です。」


フォーの顔が、偽ロウロウの表情と重なる。


「それなのに何もせず、挙句の果てには元凶である賢者の死を悼む?被害者感情を無視しすぎですよ。そんなことをする前にするべきことがある筈でしたよ。」


「。。」


「死人の名誉を守りたいのは結構。けれどそれで、生者の気持ちを蔑ろにするのなら貴女方を贔屓する人間は消えますよ。」


「・・・・・。」


「まぁ、それでも貫きたいのならそれはそれでいいのかもしれませんがね。」


「少し、考えてみる。」


「それはいいのですけれど、今日の本題を忘れてませんか?」


「あ、ああ。そうだったな。」


今日、我々は一室でフォーの服を決めている。

それは、ウェディングドレスだ。


「男共のセンスに任せるなんてできませんからね。こういうのは姉上と一緒に決めましょう。」


「私も、そこまで好きではないぞ?」


「いいんですよ。姉上はファッションへの興味ゼロの癖にセンスはあるとかいうふざけたスペック持っているんですから。」


そうか。


「‥‥いや、フォーのセンスが尖っているだけではないか?」


「私も100%同意します。」


「そうか、シェード殿もそう思うか。」


「ええ、ツー様。」


「ちょっと、どういう意味ですそれ?」


「聴いて下さいよツー様。昨日フォー様が選んだドレスなんかは紺と深紅と緑と橙のストライプですよ。」


色の主張が激しすぎるだろ。


「よく売っていたな。」


「いえオーダーメイドです。」


「よくそれが許されると思ったな。」


「サムシングブルーです。紺色を悪く言わないで下さい。」


いや、紺色を責めている訳じゃないし、サムシングブルーはさりげなく入れるものだからな?


「それでこうしてツー様を呼び出した次第でございます。」


「そうか。シェード殿も苦労なさっているのだな。」


「ええ。店の主人も卒倒していました。」


王族には半端なものを出せないし、かと言って王族の要望を無碍にするのもな。。。板挟みに苦悩したに違いない。


「それにしても驚いたな。フォーが一番初めに婚約するとは。」


フォーは、帝国の第2皇子と結婚するらしい。近々式を挙げる予定だとか。


「まぁ、ワーン兄上は仕事に生きてますし、スリー兄上はそんな機能ついてませんからね。」


「私は?」


別に婚姻欲が著しいわけではないが、除外されると悲しい。この姉心が分かるだろうか。


「姉上は恋愛幼稚園児ですし。」


「れ、恋愛幼稚園児だと!?」


サラッと酷いことを言うなよ!?


「違うんですか?」


「否定はできない。。。が、私だって恋はしたことがある。」


「どうせボスナイト様とかでしょ。そんなの3歳児の『パパのお嫁さんになる』と同レベルですよ。」


ぐぬぬぬ。何も言い返せない。



「‥‥後悔はしていないのか?」


「何がです?」


「帝国の第一王子は優秀だと言われているが、お前が婚約する第二王子は。。。」


噂だと放蕩三昧の駄目息子らしい。

爺様のように噂は噂だと一蹴することもできるが、王国内での彼の態度は散々たるものだったと言われている。


「まぁ、特には気にしていませんね。」


「そうなのか?」


「というか、政略結婚とかそういうものでは?」


フォーの言葉に私は哀しくなる。こういうところは、やはり私には受け付けられない。


「‥‥そこにお前の幸せがはあるのか?」


「さぁ?何が自分の幸せになるかなんて分かりませんよ。」


「そういうことを言っているのでは。。。」


「それより姉上は、結婚式時にはどこにいるのです?」


「どこって。。」


結婚式で私がいるべき所なんて一つだろう?


「王族としてなら式典の親族席に、騎士なら式場の警備ですよ。幾ら姉だと言い張っても、騎士を選べば親族席には座れません。」


あ。。。。


「どうしようか。お前の姉としては親族席に参列したいが、かと言って騎士隊長が警備にいないのはなぁ。。」


「そう言えば、何故姉上は騎士になりたかったんですか?」


思い出したかのように聴くフォーを見て、私は答える。


「何故ってそれは、、、帰還パレードでの騎士がカッコよかったからだが。」


演奏のように美しい足音。


一糸乱れぬ隊列。日光を返す銀白の鎧。


熱狂した民衆の声援。誇らしげな大人。憧れの顔をする子供達。


それに顔を緩めることなく凛とした騎乗部隊。


これにしびれなかった人間がいるわけがない。


「ふーん。」


「興味なさそうだな。」


「まあ。そこまでは。」


「なんて失礼な・・・・あ。」


そうだ。。。思い出した。


あの時、母は笑っていた


本心から嬉しそうに笑っていたんだ。


だからこそ。私は騎士を志したんだ。


母が誇りに思うような、そんな人間になりたかったんだ。


「決めたぞフォー。」


「どうでもいいです。」


「私はやっぱり、騎士になる。」


「だからどうでもいいですって。」


「この夢を諦めるなんて、私にはできないから。」


「だから私じゃなくて反対している兄上に言ってきてくださいよ。」


嫌だ。今回の事件で改めて認識した。


私はアイツが大っ嫌いだ。


これにてお終い。あと数話分は連載に載せます。一年後くらいに。

感想、指摘、誤字脱字報告、お待ちしております。それでは。

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