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食事の神髄~手抜き唐揚げ編~

作者: 戸越伸夫

 「はぁ…。」今日も残業続きのT氏はため息をつきながら仕事の手を止めた。今日も今日とて業務に追われている。しかも今回は通常とは違う。全校生徒向けの特別授業の準備という大きな仕事を任されている。真面目なT氏は準備を進めようとするも、通常業務もある中でそこまで大掛かりな準備ができずに悩んでいた。人間悩み始めると「そもそもなんでこんなことに…。」と過去を悔やみがちだ。T氏も例外ではなく今日の学校での出来事を思い返していた。

 この問題の発端はこうだ。T氏の勤めている学校では年に1回、担当教師を一人決め、全校生徒を体育館に集めて特別授業を行うというイベントがある。議題は生徒の教育に役立つ内容であれば何でもよい。通常であれば10年以上勤務経験のある中堅・ベテラン勢が受け持つ役割だが、日々の勤務態度を買われたのか、教頭先生からご指名が入ったのである。「良い機会だし、ここはT先生にやってもらいたいと思います。」と教頭先生に説明されたが、何が良い機会かもわからず、T氏の性格上断るわけにもいかないので、「はぁ…。」と生返事で引き受ける。「みんな期待しているから、しっかりと頼むよ。」と教頭先生は言っているが、これまたやかましい。言うのはタダ、期待するのもタダだ。実際にやるのはT氏なのだから。「お前がやってみろ。」と思いながらもなんとか心のうちにとどめる。相手が何を言おうとタダだが、言い返すのは失うものが多すぎる。とんでもない有料だ。常に世の中はこんな理不尽で成り立っている。

さて特別授業の準備を進めたいが、まず内容を決めないといけない。しっかりしたものを、と言われてしまうと良くわからないがとてつもなく工数をかけないといけない気がしてしまう。結果・内容も大事だが「これだけ頑張りました。」という過程をアピールすることで相手を満足させる手もあるからだ。しかしこれまでそれなりの結果を残してきたT氏としては過程のアピールは無意味で、どれだけ効率よく結果を求められるかを考えている。T氏にとって「これだけすごいのに全然手をかけてないです。」というアピールが世の中で一番快感だからだ。とはいえその日のうちに考えがまとまるわけもなく、「面倒くさいなぁ…。放っとくだけで準備が進めば楽なのに。」とあるわけないことを考えながら帰路についた。

 さて、そんなT氏癒しの料理タイムが訪れた。今日の献立は唐揚げだ。実は朝出勤前に醤油・ニンニク・ショウガ・つゆ出汁を混ぜたものに鶏肉を漬けていた確信犯なのである。唐揚げは下味付けや粉物の準備、油の処理が多く手間がかかるため敬遠されがちだ。T氏も手間がかかると思いながらも、手間をかけて美味しいものを作ることにやりがいを感じノリノリで準備を進めている。味付けした肉に小麦粉、片栗粉の順番で粉を付けて熱した油の中に投入する。いい音を立てながらキツネ色に揚がった唐揚げを取り上げ、油をきっている。残った油を見つめながら「油だけで処理するのも面倒だしもったいないな…。」と少し思考にふける。そうだ冷蔵庫には茄子があったはずだ。茄子と油の相性は抜群だ。素揚げを作って残る油を処理してしまおう。そうと決まれば一口大に切った茄子を油の中に投入し素揚げを作っていく。茄子は油をよく吸うので結果的にはペーパー一枚で拭き取れる量しか油は残らなかった。しっかりとペーパーに水を吸い込ませて安全にゴミ袋に入れる。しかも肉の味付けが油に染み出しており、茄子の素揚げに特別な味付けが不要となっている。調理が終わり我に返りまたしてもT氏に衝撃が走る。唐揚げと茄子の素揚げをメニューで組み合わせることで、そもそも肉の味付けは放っておくだけで済むし、油も残らないし、ほかの料理と違って料理中に味付けを行うなどがなく、唐揚げがとても簡単な料理に変わっている事に気が付いた。「なるほど、調理方法だけではなく、メニューの組み合わせを少し工夫するだけで手間も減らせるのか。」とつぶやきながら揚げたての唐揚げを食べながら、自身の発見に笑みがこぼれている。なにせ本来は手間のかかる料理だが、全然手をかけないで調理する方法を見つけてしまったのだから。

 食事を終え、再び現実に戻る。どうすればあの大きな業務を処理できるのだろうか考えている。放っておいて味付けする方法、メニューの組み合わせで手間を減らす方法と早速覚えたての知識でこの大敵に立ち向かう。そうか、材料・味付けは何もT氏が準備する必要はない。生徒達が持っている疑問・課題を使えばよい。生徒たちが必ず持っている課題は進路選択とか部活の悩みとかいわゆる人生相談系だろう。さてさて油の処理は誰に任せたものか。こんなの一択に決まっている。教頭先生に頭の1つ・2つ下げて教頭先生の人生談を聞かせてもらい資料を集めさせてもらおうじゃないか。よしよし全体のストーリーができてきたぞとT氏はほくそ笑む。教頭先生の人生をヒアリングしてこんな人生もあるぞと発表しつつ、最後に教師らしく今勉強ややりたいことを精一杯努力しろと塩コショウ風に味付けしておけば何も問題はないだろう。またT氏は意地悪そうににやけながら、明日も何とかなりそうだと思い眠りにつくのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらず引きが上手い。思わず読者をして読ませてしまう。 [気になる点] 場面描写が少ない。いつ家に帰り、いつ料理を始めたか。心理描写などを背景に語らせることができると説明口調にならず小説…
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