心を支配する言葉
たからのちずを見つけた部屋を出て、浮かない気持ちを隠しながら、部屋のすぐ横の階段を上る。
一階よりも狭い造りの2階は、所々蜘蛛の巣が張ってあり、その他の虫も沢山蠢いていて、さらに足元を通り過ぎた素早く小さなネズミに、小さく悲鳴をもらした。
殺風景に感じられる長い廊下の右側には扉が4つ並んでおり、その扉の1つは粉々に砕けてしまっていた。
階段を上ってすぐに見える手前の扉の状態を見て、俺たちは顔を見合わせる。
「嵐が吹き去った後かなにか…?」
「嵐なら屋敷ごと吹っ飛んでますよ」
「あぁ、たしかにっ!凛斗天才!」
「瑠宇が馬鹿なだけです」
「ひど」
思わず笑みがこぼれそうになる会話を聞きながら、自分はというと、粉々になった扉の奥の部屋を懐中電灯で照らして、何か珍しいものがないか確認をしていた。
「2人って仲良いんだね」
探索をしながら口を開くと、凛斗は「そうでしょうか?」とこちらを見る。
「うん、なんていうのかな…遠慮のない関係っていいなぁって思う」
自分も昔はそんな相手がいたな、としみじみしていると、真横に来た瑠宇に腕をつつかれた。
特に何かを言われることなく、ただ俺の腕をつついてじぃっと瞳を覗いてくる彼の目は、キラキラとしたビー玉のようで綺麗だと思った。
だからこそ、そんな澄んだ瞳で俺を見ないでくれ。
その瞳に映る自分が、あまりにも汚れたように感じてしまうから。
▽▽▽▽▽
けん玉におもちゃのアヒル。数十年前の新聞紙に、一昔前に流行った少女漫画。
2階を探索して出てきたのは、そういったものたちで、その中でも一際俺たちの興味を引いたのは『精神に異常をきたした男性、すれ違う人々を次々と刺し殺す』と、かすれた文字で書かれていた新聞記事だった。
日付は30年前の4月5日。
この屋敷でとある事件が起きる前の記事のようだ。
「うっわぁ…今も昔も胸糞なニュースは無くならないんだね」
ペラペラと雑にページをめくる瑠宇。
新聞紙、傷んでるから破けるよ…と声を出そうとしたとき「あっ」と彼は声を漏らした。
案の定新聞の端のページを破いた瑠宇は、申し訳なさそうに笑う。
「はぁ…慎重に扱ってください、全く」
パシャッとスマホのカメラで記事の写真を撮った凛斗は、怒っている様子ではないが、呆れているようではあった。
「ふぅ…さて、2階は大体探索し終わったけど、たからのちずは無かったね」
「だよねぇ…どこ行っちゃったのかなぁ…」
「土に還ったんじゃね」
どこを探しても見つからなかったたからのちずに愚痴をこぼす瑠宇たち。
俺はポケットにしまっていたもう1枚のたからのちずを取り出して、星の位置を確認をする。
赤いクレヨンで描かれた星のマークは、地図の1番上…つまり、廊下の一番奥に印されていた。
俺たちが今いる場所も、廊下の一番奥にある広々とした部屋で、地図が示している場所的にも絶対ここなのになぜどこにも見当たらないのだろうか。
「ていうか…」
俯きがちに口を開いた柘榴が、ちらりと俺の目を見て眉をひそめた。
「翠さん…この屋敷で起きた事件、知ってるんすか?」
「ああ、そういえば!」
2人の視線がこちらに注がれる。
「んと…知ってるけど…」
そう答えて、頭の中で事件の詳細を掘り起こす。
30年前の春、この屋敷で悲惨な事件が起きた。
登山客の宿泊所としても使われていたここに数多くの人が訪れるのはもはや当たり前のことで、訪れた人間に異常者がいる可能性もなくはないのだ。
サイトに書かれていたのは以下の通り。
19××年、4月10日。△△山にある宿泊所としても使われている屋敷で殺人事件が起きた。
犯人は未だに捕まっていないと噂されているが、実の所、真相は未解明である。
犯人は家主である若夫婦を何度も刺して殺し、その日宿泊していた登山客も皆殺しにした。
殺された若夫婦にはまだまだ幼い一人息子が居たのだが、当時の事件調査班は『子供の死体は見つからなかった』と証言して、それ以上の追求を拒んだ。
後にその子供は行方不明と片付けられてしまい、警察は捜索を試みるも幼き少年が見つかることは無かった。
だがこれは警察の証言やメディアの話である。彼らが必ずして真実を語る存在ではないことを皆知っているはずだ。
だけども、詳しい情報を調べようにも事件が起きたのは30年も前なのだ。真実を突き止めることは不可能に近すぎる。
屋敷に近づく者には謎に満ちた病状が現れる始末で、中に入った人間には無事に戻った者は居らず、私はこのミステリアスな事件に頭を悩ませるばかりである。
サイトの主は屋敷には入らなかったらしく、近辺を調べて得られる情報は少なすぎたとかなんとか…。
兎にも角にも、未解決事件が起きたこの屋敷に入るのには勇気がいることだ。
サイトの主は謙遜していたが、ここまで30年前の細かな情報を集められただけすごいことだと思う。
「でもさ?」
考え事を一旦やめて、瑠宇の方を見つめると、眉を少し下げた彼は、
「犯人がまだ捕まってないとか、怖くない?」
と、含みのある質問をしてきた。
一部では、この屋敷で起こる不可解な出来事は家主や宿泊客を殺した殺人鬼なのでは、と噂されている。
「もしかしたら、屋敷にくるひとを…その…殺人鬼が殺してたりして…」
鈴の音のような声を出す瑠宇にしては、明らかに低いトーン。
その場にいた全員が、流れ始めた嫌な空気を感じて黙り込んでしまう。
「まぁ…噂は噂だし、さっきから探索してて、そういった人は見当たらなかったじゃん?」
しばらくの沈黙を破って、諭すように言ってみる。
顔を上げた凛斗や柘榴が確かにそうだ、と頷くが、瑠宇は未だに俯いたままである。
「…大丈夫だよ」
ぽん、と彼の頭に手を置いて、笑いかける。
マスクをしているから口元は見えないが、続けた俺の言葉を聞いて瑠宇は一瞬目を見開き、すぐに優しい笑顔を浮かべた。
ーーーーーーーーーーーー
『殺人鬼が来たとしても、瑠宇には指1本触れさせないからさ』
その言葉を聞いて、嬉しさが込み上げて自然と笑みがこぼれてしまったのは仕方のないことだと思う。
だって、柘榴や凛斗も居るのに、僕だけの名前を呼んだんだもん。
日付変わっちゃってますが本編更新です。
次回は瑠宇視点でございます(°∀°*)
そして次回こそは短めに書きたい……毎回1000文字余裕で超えちゃう…(いちいち描写が長いからって?知ってます)