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第9話 盗賊ではありません。一応、勇者です

 その後、僕が再び操作開始されたのは五分後だった。

 心なしか液晶画面越しに、ポリポリパリパリとなにやらプレイヤーさんが貪っているBGMが聞こえてきているような気がした。……うん、幻聴だ。これは幻聴なんだ。さっきの戦闘は決して、プレイヤーさんがポテチが食べたいばかりに席を外して、その間にガメ・オベラになったわけじゃないんだ。



 ポリポリポリ……



 畜生! 僕がバイ○ハザードで頭を撃ち抜かれたゾンビのごとく、赤い液体を迸らせながら昇天したっていうのに、呑気にポテチなんぞ喰いやがって!

 …………はっ、違った。単に僕の眼前、目測10メートルほど先にいるアバターが尻を掻いている音だった。ポリポリと。

 …………。

 ……。

 ……いや、僕は別にプレイヤーさんのことを信じていたよ。決して前述したようなことを思っていたわけじゃないからね。そこのところ、誤解の無いように願いたい。

 ちょっとなにさ。その疑心暗鬼な眼差しは。ほ、本当だよ! 本当なんだってば!

まったく……。最近の若者はすぐに人を疑うのがよくないよ。そんな変に肩肘張った生き方して、疲れないの? って言いたいね、僕は。タコやイカのようにフニャフニャともっと全身の力を抜いたらいいのに……。

 と、そのとき、僕の視界にあるものが映った。

 二対一の構図になっている。二人のほうは、一方はゴリラじゃないのかと思うくらいに図体がでかく筋肉質で、もうひとりのほうはヒョロリと細く痩せたアバターだ。

 そしてそんな二人と対峙するのは、眼鏡を掛けた至って標準体型のアバターだ。



 邪威暗>おうおう、のび太郎。いいアイテムもってんじゃねーかよ。

 脛尾>オレたちにちょっと貸してくれよ。

 のび太郎>嫌だい嫌だい! これはボクがほしいものを我慢して買った『ロングソード』なんだい!



 どうやらあの二人――邪威暗と脛尾――は、あのひとりのアバターの武器を奪おうとしているようだ。しかも『ロングソード』とは……。低レベルの時には非常に重宝する武器じゃないか。リーチがそこそこ長く、攻撃力もある。しかし、値段が恐ろしいくらいに高い。一度道具屋にいったときに値段を見たのだが、たしか1000はあったはずだ。ちなみに僕の現在の所持金は10であるところから、到底手が届く代物じゃない。



 邪威暗>つべこべ言わずによこせや、ゴルアァ! てめえのアカウントハッキングするぞ!

 脛尾>そうだそうだ! ボクの家は金持ちだから、運営の人たちに頼んでお前のアカウントを調べてもらうことだってできるんだぞ!

 のび太郎>そ、そんなぁ……。



 さらりと犯罪めいたこと言ってるし! ……っていうか、金持ちなら課金して自分で武器を買いなよ!

 ……いや、そんなことよりもあの二人、プレイヤーの風上にも置けないやつらだ。人のものを脅迫して奪おうとするなんて……。プレイヤーの性格がどれだけ腐敗しているか、容易に想像できるな。ああいうプレイヤーはきっと、現実世界では陰でこそこそと他人の陰口を叩いてばっかりのやつに違いない。それをしてもなお、消化し切れなかったストレスを、このオンラインゲームで、ああいう形で発散しているんだろう。

 確かにゲームは、ストレスを発散させたり、ちょっとした息抜きにするものだ。だけどそれはあくまで、ルールを守った上でのことであり、それを破るような人間はゲームをする資格はないと言っていいだろう。言ってしまえば、相手の顔が見えない、または見られないからということで暴言を平然と羅列させたり、自分が上手に出て他プレイヤーを脅したりするような人間は最低だ。現実世界でもろくに規則を守れていないに違いない。

 オンラインゲームは確かにゲームだけど、自分だけじゃなく他のプレイヤーも一緒にやっている以上、ちゃんとルールは守らないといけないはずだ。そうじゃないと、規則を破っている人は面白がっているかもしれないけど、傍目からしてみると非常に不快になる。

 したがって、あの二人の暴挙をみすみすと見逃すわけにはいかない!



 …………誰だい? 『お前のプレイヤーも人のこと言えないだろう』ってツッコミを入れた人は。



 生憎だけどその言葉…………否定できないのが辛いねぇ……。

 だけどほら! 見てよ! プレイヤーさんはあの二人とひとりの間に割り込もうと僕に歩を進ませ始めたよ! これはきっとプレイヤーさんが正義の心を刺激されて、あの二人の行いを即刻やめさせようと決めたに違いない!

 そうさ。仮にも僕のプレイヤーさんは勇者側を選んだ身。きっと今までのは演技で、これから勇者としての善行を積んで行こうというつもりに違いない!

 やがて僕を二人の間に入りこませ、そこで停止する。



 邪威暗>おうおう! なんだお前! なんか文句あるってーのか!

 脛尾>生意気なことほざくようなら、お前の身ぐるみも剥いでやるぞ!



 くッ……。さすがはマナーを守れない類人猿どもだ。言葉遣いもまるでなっていない。チンパンジーに人語を教えているほうがよっぽど時間の使い方が建設的に思える。

 だけど、今は正義に目覚めたプレイヤーさんがいる! 建設的でない時間の使い方をしてでも、お前たちに説教という名のありがたい御経を唱えてやるんだから、感謝しなよ。

 二人のほうへ面と僕を向かせていたプレイヤーさんは、ふと180度ターンして、のび太郎さんへと向いた。

 そして僕の右手をすっとのび太郎さんに差し出す。……というよりは、「渡せ」と言っているようだった。

 すると、のび太郎さんのプレイヤーはそれを察し、僕に『ロングソード』を差し出してき、僕はそれを受け取る。再び旋回し、二人へと向き直る。

 ……ちょっとまって。まさかプレイヤーさん、あっさり差し出すつもりなんじゃ……。

 チャットウインドウにのび太郎さんから、「まさか差し出すつもりですか? 違いますよね? ね? ね?」とメッセージが送られてきていた。僕もそうじゃないと信じたい。

 しばらく面と対峙する僕と不良二人。邪威暗と脛尾はそんな僕に何らかの畏怖を感じ取ったのか、ジリ……、と一歩退いた。なるほど。口で語ることはせずに、全身から迸るオーラで相手を牽制するという考えか、プレイヤーさんは。なかなかかっこいいことをするじゃないか。



 邪威暗>な、なんだ……。やるってぇのか?

 脛尾>へ、へん! お前なんて怖くないんだからな!



 ふふふ……。完全に負け犬、もしくは三流以前の下っ端の台詞だな。怖くないって言っている時点で恐れていることが百も承知になってしまっていることを、この人たちは知らないのだろうか。

 さあ、プレイヤーさん。ここでガツンと一言言ってやりましょう。こいつらに反省させるための、制裁の言霊を!

 するとプレイヤーさんは僕を動かした。

 右向け右をすると、僕を一目散にダッシュさせたのだ。

 ………………え? ちょっとまって。これって……強奪なんじゃ……?

 …………。



 えええええぇぇぇぇぇ――――――!!



 ちょっと待ってよ、プレイヤーさん! 正義は? 善行の志は? どこにいっちゃったのさ! ちょっとみなさん! 敵前逃亡では飽き足らず、他人の武器を盗みやがったよ? こいつは!

 僕が後ろを振り返ると、そこには鬼のような形相をして追いかけてくる邪威暗と脛尾がいた。のび太郎さんはいないところからすると、突然の強奪劇に思考が追い付かず、呆然と佇んでいるってところか……。

 っていうかプレイヤーさん、いったい何やってるのさ! 事態をより悪化させるような真似をして! トラブルメーカーなんてレベルじゃねーぞ!

 とにかくまずい! 万が一にもあの二人に捕まるようなことにもなったら、フルボッコ……には同じ勇者勢だからできないにしても、手痛い制裁が待っているに違いない。プレイヤーさんを改心させるためにはそれがいいのかもしれないけど、僕は無実なんだから痛い目に遭うのは勘弁だ。

 逃げることしばらく、30メートル程先に人ひとり隠れられるくらいの大きさがある茂みを見つけた。プレイヤーさんは一直線に僕をそこに向かわせる。隠れるつもりなんだろうけど、後ろからは距離を離すことなく、かといって縮めることなく一定を維持しながら二人が迫ってきているのだから無駄だと思うよ。

 そんな僕の心の声に耳を貸すことは当然なく、僕はプレイヤーさんの意思の赴くまま、茂みに隠れた。

 茂みからこっそり顔を覗かせると、憤怒の形相で迫り来る二人の姿があった。一直線に茂みへと向かってきている。やっぱりばれてるよ!

 と、そのとき、突然プレイヤーはむくりと茂みから僕を立ち上がらせるや否や、僕の前にある茂みを――――蹴り飛ばした。

 攻撃力300の蹴りは凄まじく、たった一蹴りで茂みは根っこごと二人に吹っ飛んで行った。

 いきなりの強襲に、邪威暗と脛尾は回避行動がとれずに真正面から直撃を受け、そのままはるか彼方まで茂みと一緒に飛んで行った。

 本来ならダメージを与えられないはずなのに……。このゲーム、どうやらこんな間接的な方法で味方キャラにダメージを与えることができるようだ。

 ……って、感心してる場合じゃない! これって一種の抜け道じゃないか! こんなもの見つけちゃって、本当に大丈夫なのか?



 のび太郎>ちょっと待ってくださいよ〜!



 ふと、チャットウインドウが開き、のび太郎さんのメッセージが表示された。向こうを見てみると、こちらに全力で疾走してくるのび太郎さんの姿が見て取れる。

 なぜ追いかけてきているのか、問われなくてもわかっている。十中八九、僕のプレイヤーさんが盗んだ武器のことせいだ。

 プレイヤーさんは、のび太郎さんの姿を確認するや否や、彼から背を向け逃走し始めた。

 ちょっとおおおぉぉぉ! ちゃんと返しなよ! っていうか返せ! ただでさえ悪い僕の評判が一層悪くなるじゃないか! もうお婿になれなくなったらどうするんだよ!

 僕の叫喚は、虚しく僕の胸中で響くだけにとどまってしまった。

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