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第7話 喜べないレベルUP



 バッコオオオォォォン



 目覚まし時計のけたたましいベルの代わりに、僕はモンスターの手痛い一撃によって目を覚ました。そして、覚醒するや否や、死にワープでフィールドから村へと強制的に移動させられる。

 ……っていうか、プレイヤーさん。

 もう少しさぁ、行動させる前に、「さあ、出発だ」とか声を掛けてよ。さっきまで寝ていて、良い夢見ていたというのに最悪だ。

 お目覚めのキスは? ゴブリンの会心の一撃なんていらないよ。お姫様のおはよう接吻をもらわないと、僕は働く気なんてないからね!

 ……ちょっと! 何無視してもう一度フィールドに出張ろうとしてるのさ、プレイヤーさん!

 嫌だ嫌だ! 僕は勇者なんだぞ! お姫様の口づけをもらわないと一日が始まらない勇者様なんだ!

 ……え? そんな勇者のほうがむしろいないからって?

 かまうものか! 僕はお姫様の接吻がほしいんだい! そのために僕は勇者になったんだから!

 動機が不純過ぎるって?

 いいんだ、別に! 男の旅立つ動機なんてそんなものじゃないか!

 ……え? そんなことないって?

 むきいいぃぃぃ! 言い訳ばっかしてないで、みんなもこのお頭緩すぎなこのプレイヤーさんをどうにか自重させてよ!

 ……はぁ……はぁ……はぁ……。無駄に心の中で叫んで疲れた……。何やってるんだろう、僕……。

 急に馬鹿らしくなり、僕はとりあえず現在の状況を把握することにした。

 死にワープで強制移動させられた場所は、村の広場だ。周りには自分と同じくらいのレベル、あるいは少し高いくらいの初心者プレイヤーが動かすアバターたちがうろうろと歩いていて、中には他愛ないチャットをして楽しんでいる人もいた。

 実にのどかな空気が辺りに満ちていてなによりだ。……僕の心は、プレイヤーさんの度重なる酷使によって、灰色の荒野以上に荒んでいるけど……。

 和気横溢とした雰囲気で充満している村を目に、僕は気づけば、昨日の深夜にあった出来事を想起していた。

 まさか勇者側の人間の中に、魔王勢と繋がっている人がいたなんて……。

 まあ、その人たちはもともと魔王側の人間だったから繋がっているのは当然なのかもしれないけど、やっぱりショックであることは確かだ。

 初心者プレイヤーで、知っている人はおそらく少数なんだろうな……。時間帯からも考えて、ちょうど入れ替わるくらいの時間にあのハデスとか言う魔王勢のアバターがやってきていたわけだし……。そして、偶然はち合わせてしまった初心者プレイヤーは、ハデスによって狩られる。

 しかし……運営はいったいなにをやってるんだ? あんな暴挙をみすみすと見逃しているのか? 僕が運営者の立場だったら、真っ先にそんなあくどい事を企てるやつらのログインを停止する処置を取るけどなぁ……。

 ……だけど、そういうわけにもいかないのか。あまり制限を加えると自由度が減って、オンラインゲームという長所が生かされなくなってしまうから。多少、問題があったとしてもそれはプレイヤー同士である程度は解決しないといけないんだろうな……。

 こればっかりは僕にはどうにもできないことだ。……こらそこ! 今までもどうにもできていなかったじゃん、なんてツッコミをしない! たしかにそうだけど、そうはっきり言われるとけっこう傷つくんだ! 自覚してるからわざわざ言わないでくれるかな? まったく最近の人たちは遠慮というものがないんだから……。もっとさ、他者の気持ちを理解できるような人間になったらどうなのさ。他人の気持ちをくみ取ることができるのなら、そんな傷つけるような口振りはできないと思うよ。

 ……ハッ。説教臭くなってしまった。だけど……これはこれで勇者っぽくていいかもしれない。悪の道を行く者たちに善の心得を説き、人々を改心させていく……。

 うん。勇者らしい。すごく勇者らしい。

 なんていうか、剣を振り回しているというより、片手に分厚い広辞苑並のハードカバーの本を常時携帯している僧侶みたいな勇者な感じだけど、すごく勇者らしい。あんまり勇者勇者連呼するとうっとおしく感じるけど、勇者らしい。

 ……ハッ、いかん! ついよだれが出てしまっていた。

 ちょっとそこのアバター! 怪訝そうにかつ、近寄りがたそうな眼差しで僕を見ないでくれ! ちょっとした出来心なんだ!

 僕は手を伸ばして彼に近寄りたかったが、僕の意志とは無関係に、正反対の方向へと足は歩を進める。

 ちょっと、プレイヤーさん! あのアバターに弁護をさせてよ! このままじゃ、あの人の中での僕のイメージが変人になっちゃうじゃないか! ……すでに変人かもしれないけど。

 プレイヤーさんの操作に連れられて、やってきたのは例のごとく狩り場だ。僕がせっかく英気を養うために熟睡していたって言うのに、知らない間に次の日になってプレイヤーさんがログインして僕を操作していたものだから、モンスターにぶっ飛ばされて目を覚ましたときは何事かと思ったよ。せっかくいい夢を見ていたのに。魔王勢を懲らしめて、捕らえられているであろうお姫様を救出して、その姫様が僕に一目惚れして、プロポーズされて、教会で式を挙げて、それから………………あー、駄目だ! ここから先は一八禁要素を多量に含有しているために、ここでは語ることができないから、聞かすことはできないよ。

 ……な、なにさ。その画面越しに突き刺さってくる鋭利な視線は……。

 べ、別にいいよ! どうせ僕はエロ勇者ですよ!

 ……まあ、それはさておき、プレイヤーさん。狩り場にやってくるということはやっぱりレベルを上げるつもりなんだろうなぁ……。

 確かにレベル上げは大事だと思うよ。だけどさ……。何の考えもなしにいつもプレイヤーさんは、僕をモンスターに特攻させるからなぁ……。

 目覚まし代わりにモンスターからの快心の一撃だよ? 信じられないよ、本当。親からの鉄拳制裁チョップよりも強烈だって。

 しかしどういうわけか、今回プレイヤーさんは猪突猛進に僕をモンスターに突っ込ませようとしない。カメラをグルグルと動かしてアングルを変え、なにやら周囲を見渡しているようだ。

 いったい何してるんだ? このプレイヤーさんは。ゲームの景観を眺めているわけじゃないだろうし……。

 どこまでも続く緑の草原を見渡していると、ふと、モンスターと戦っているアバターの姿を発見した。

 アバターの頭上に表示されているウインドウの情報を見ると、レベルは1。どうやらこのゲームをやり始めて間もないのだということがわかる。

 対戦しているのはスライムだ。僕が前、一撃で木端微塵に粉砕したモンスターをそのアバターは必死に倒そうと四苦八苦しており、スライムのHPバーは半分以上に減っていた。あともう少しで倒せそうだ。

 と、そこで僕の足が勝手に動き出す。前へ、前へと。

 その先にはあと一息で倒されて、プレイヤーの経験値と還元されようとしているスライム君。

 ……ち、ちょっと……。

まさか……ねぇ? そんな……そんな卑怯なこと、いくら僕のプレイヤーでもするわけが――――



 ブッシャアアアアァァァァ――――!!



 やりやがったああああぁぁぁぁ――――!!

 やっちゃったよこの人! 他人の獲物を横取りしやがったよ!

 あからさまに! 意図的に! 故意に!

 スライムは爆弾を食べて、それが腹中で爆発したのかと思うくらいに盛大に玉砕し、高範囲にスライム片が飛び散る。

 大気を、大地を、轟音が響かせ、身近にいた小動物は天変地異が起きたとばかりに逃げ出し、鳥たちは大空に緊急避難する。

 だが、周辺にいたアバターは前回のように戦うのを止め、こちらを凝視したりしなかった。多分、「またお前か」とでも思われているんだろうなぁ……。驚いて振り返っていたのは、レベルが1か2の、昨日今日ログインしたばかりの新人くらいだった。

 ふと、僕が倒したスライムと戦っていたアバターへと視線を移すと、スライムの肉片を全身に滴らせて、魂が抜けたように呆然としている姿が、視界に入った。口からも僅かに、スライムの瑞々しいドロドロした水色のゼリー状の物体が垂れていた。



 ピロリロリ〜ン♪



 どこからともなく効果音が鳴り響く。

 それは、僕のレベルが上がったために鳴ったファンファーレだった。

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