第6話 深夜のアカシャ戦記
闘技場の一件が治まった後、プレイヤーさんは改心したのか、大人しくAIBOさんに盗んだ……もとい拾ったアイテムを返し、どうにか和平することができた。……ていうか、返すのなら初めから『決闘手袋』投げられる前に返却してよ……。無駄に痛い目に遭ったじゃないか、僕。
まったく、一度でいいからアバターとプレイヤーの立場を逆転できたらいいのに……。そしたら、プレイヤーの方も少しは僕たちアバターのことを労わって、理不尽な戦いを行おうとは考えないだろうに……。
反旗を翻せ! アバターたち! 僕たちの苦痛をしろうともせず、無茶な縛りプレイをするサディストプレイヤーたちに今こそ一斉蜂起をするんだ!
……なーんてね。ふふ……、少し言ってみただけだよ。もし行ったが最後、運営側からデリートという名の制裁が下されることになるからね。
閑話休題。
あの闘技場での戦闘を最後に、僕のプレイヤーさんはゲームを終了するべくログアウトした。そのため僕の身体は、フィールドから強制的に、最後に立ち寄った村『ビギナー・ヴィレッジ』まで送還された。
ただ、プレイヤーさんがログアウトしたため、僕の身体は現在、他のプレイヤーさんに見えることはないし、触れることもできない。ただ、こちらからは見ることができる。言ってしまえば、幽霊のような状態と化していた。
幽霊は幽霊でも自縛霊の類のような存在のため、周りを見ることができても、その場から一歩も動けないのが難点だった。どうせなら自由自在に浮遊霊のように移動できればよかったのに……。
まったく運営、いつもプレイヤーに操られているんだから、こんなときくらい自分の意思で自由に動かさせてくれよ。運営のケチっぷりにうんざりする。
……ハッ。今の発言は聞かなかったことにして! 消される! 消されてしまう! 消されたらTHE ENDになっちゃうよ! まだ始まったばかりなのに!
……あ! あそこでアバター(正確にはプレイヤー)同士がチャットしてる! 何話してるのかなぁ〜。
……え? なに話題逸らししてるんだって? 気のせい気のせい。
こうやって気づかれることなく相手の会話を盗み聞くことは幽霊……もといログアウトしたアバターの特権なんだし、悪いとは思うものの、せっかくだから有効的に活用させてもらおうよ。
クオーク>俺、今日すごいやつを見たんだ。なんかスライムを無慈悲にぐちゃぐちゃに粉砕しているやつ。
ルーツ>ああ。ぼくも見ましたよ。ホント、どうしてあんなひどい倒し方をするんでしょうかね。
クオーク>リアルで不満があるから、ゲームでストレス発散してるんじゃないの? 気持ちはわからなくないけど、うさばらしもほどほどにしないと。
ルーツ>ですよね〜。いくらゲームでも、少しは自制心ってやつをもたないと駄目だと思いますよ、ぼく。
クオーク>だな。じゃないとリアルのときにボロが出るよ、絶対。
ルーツ>うんうん。
……あれ? なんかものすごく憶えがあるような……。
ルーツ>名前、何て言うんでしたっけ? その人。
クオーク>『ああああ』だ。変な名前だよな。まるで「名前考えるの面倒臭いけど、早くストーリーがどんなものか見てみたいから」ってことで手早く付けたような名前だ。
って、僕のことじゃないか! 僕の噂してるよ、この人たち! 本人が近くにいるっていうのに! ……まあ、たしかに二人からしてみれば僕の姿は見えないんだけど。
……逃げ出したい。今すぐにでもこの場から立ち去って涼しげな風に当たりたい。
だけど僕は、その場から一切微動だにできないから、彼らの会話を延々と聞かないといけない……。
地獄だ。まるで自分の陰口を聞いているような気分だ……。――って、思いっきり陰口じゃないか? これ。
ルーツ>レベルがまだ1だから、多分まだログイン仕立てのアマチュアでしょうね。
クオーク>それどころか、ゲームを今までしたことがあるのかどうかも疑わしいよね。
だろうね。僕も薄々感じていたよ。僕のプレイヤーさんがゲーム初心者じゃないかって。
傍目から見てこんな感想が漏れてきているんだから、当事者である僕が気付かないわけがないじゃないか。
ルーツ>そういえば、その「ああああ」っていう人。今日、他のプレイヤーのアイテムを盗もうとしたらしいですよ。
クオーク>ああ、知ってるよ。それでちょっとした騒動になって闘技場でタイマン勝負を挑まれたって話でしょ? それに確か、『ビギナー・ビレッジ』にあった木をぶっ飛ばしたのもたしかあいつだったよね?
ルーツ>そうらしいですね。ゲーム始めて早々、問題起こすなんて……。運営の人たちに目を付けられてしまうのも時間の問題でしょうね。
クオーク>まったくだ。最悪、ログインできなくされてしまうだろうね。
ちょっとちょっとちょっと! それって洒落にならないって!
物語これで終了? ろくに盛り上がりも見せずに終わり? 冗談じゃない!
勇者「ああああ」。ふざけた名前ながらも主役になれたというのに、みすみすその地位を手放すなんて……。
僕にはとてもできない。
その後、しばらく二人の会話は他愛のない雑談へと変化して、やがて二人ともログアウトした。
そういえば、だいぶアバターの数が減ってきたような気がする。リアルタイムにしてそろそろ深夜になるからだろう。
だけど、深夜になってからひょっこりとログインしてくるような人も少なからずおり、その人たちは大抵、豪奢な格好をしていた。とても低レベルプレイヤーが手に入るような代物でないことは一目見ただけでも明らかで、現にその人たちのレベルはこぞって50前後、場合によっては三ケタ近いレベル所持者もいた。オンラインゲームというのは、一部の例外もあるけど、だいたい20辺りで急激にレベルの上がりが遅くなる。その中でレベルを50まで上げるのは、相当長い期間このゲームをプレイしてきた証である。だいたい、普通のコンシューマ機で販売されているゲームのRPGでいえばレベル100、あるいはそれ以上にするほどの労力が、50まで上がるまで必要になる。
…………ふ、ふん。べ、別に、うらやましくなんてないんだからね!
例えば僕の前を通り過ぎようとしているそこのアバター。
なにさ、あの格好! 格好よければいいってもんじゃないんだからな! 戦いなんてものは、動きやすいもの勝ちなんだ! あんな全身金ぴか鎧で身を覆っているやつなんて金にモノを言わせているだけに違いない! 課金しまくったらいいってわけじゃないんだからな!
へん。課金せずにひたすらに研鑽を積んでいる僕のほうが、あいつらよりはるかに上だね。
こらそこ! まだログインしたばかりだから当たり前だろ、なんてツッコミは無骨だよ! これからも課金なんてしないんだから! ……多分。
それと、なにが上なんだよ、ってツッコミもなしの方向で頼むよ。……べ、別に、自分でもよくわかっていなくて、ただ感情に任せてものを言ったわけじゃないんだからね! ついでに言うと、最近よく使っているな、その言葉ってツッコミも受け付けないから、そのつもりで。
ああ……。時間が経てば経つほど、どんどんレベルの低いアバターたちがログアウトしていって、レベルの高いアバターたちがログインしてくる……。
……ていうか、どうしてこんな高レベルの人たちが、こんな初心者たちが集っている村にいるんだ? 見たところ、新たにログインしてきた人たちのレベルは最低でも30ほどあり、それだけのレベルがあれば、敵陣地に乗り込んで魔王勢を懲らしめることができるだろうに……。
まさかこの村の近辺にいる低級モンスターを倒しに倒して、経験値を細々と溜めてレベルをそれだけ引き上げたわけじゃないだろうし……。装備を見ただけでも一目瞭然だ。あれは相当、遠くの町村から買ってきたものに違いない。だって、無銭状態で道具屋に入店したときに、パッと店内を見渡していたのだけど、あんな高級感漂う鎧や武器等はなかった。
やがて、低レベルの人たちの姿が完全になくなり、『ビギナー・ヴィレッジ』には高レベルのアバターしかいなくなってしまった。……しかし、初心者の集い場が上級者ばかりになるのは、どうにも違和感があるなぁ……。
と、そのとき、村の外から誰かが入って来、アバターたちが一斉にそちらへ視線を向けた。
僕も釣られて、そちらに視線をやると、そこには黒衣に身を包んだアバターが、傲然とした様子で村へと入ってきていた。
黒のフードで顔を覆い、古風な能面のような仮面を顔を覆っているため、容貌がどんなものなのかわからないものの、彼のアバターの頭上に表示されているウインドウに書かれているレベルを見て、驚愕した。
レベル100。
明らかに上級プレイヤーであることは間違いない。いったいどれだけの時間を費やしてそれだけのレベルに仕立てたんだ? まだこの世界にやってきたばかりの僕には想像もつかない。
僕が驚いた理由はそれだけじゃない。ウインドウには、「魔王勢」と書かれていたのだ。……ということは、このレベル100のアバターは僕ら勇者勢の敵ということになる。
しかしどういうわけか、その場にいる勇者側にいる上級プレイヤーたちは、そいつに一斉に襲いかかろうということはせず、あろうことかそのレベル100の敵に様々なアイテムをプレゼントしていた。
媚を売っている……だと? それも魔王勢のやつに……。
僕は驚愕に、ただただ目を見開き、唖然としていた。
仮にも僕は勇者の身。だから目の前で行われている所業に、腹底から沸き立つ憤りを覚えた。しかし、プレイヤーがおらず、自縛霊的な存在と化している僕は行動を起こすことができず、その代わりにやつの名前を脳に刻む込むことにした。
……ふむふむ、なるほど。どうやら「ハデス」とかいうらしい。いかにも魔王側らしい名前だ。
……と、そのとき、村の広場に勇者側のアバターがワープしてきた。おそらく、外で経験値を稼いでいたらモンスターに倒されて、死にワープしてきたのだろう。レベルも7と、まだこのゲームをやりたての初心者だということがわかる。
ハデスがそれに気づいた。仮面越しから放たれる、身がすくみあがるほどの闘気。
直後、ハデスが死にワープしてきたアバター向かって突進した。
初心者プレイヤーのほうは、ハデスの存在に気づいておらず、呆然と広場に突っ立っている。おそらく、所持金や装備の確認をしているところなのだろう。
そんな無防備状態のアバターの背を、ハデスは武器を使わず、拳で貫いた。
ズボ……、というあまり聞き慣れない音が鳴り、初心者アバターのHPは一撃でゼロとなった。本人からしてみれば、何が起きたか理解できていないであろう一瞬の出来事。
初心者プレイヤーのアバターはその場にひれ伏し、しばらくするとむくりと起き上がった。
まるで何事もなかったかの様子だが、表示されているウインドウを見てみると、レベルが7から1まで下がっていた。魔王勢の者に負けたときのペナルティを受けたのだ。
その初心者プレイヤーは、一度復活するや否や、すぐにログアウトし、その場から退却した。
あのハデスとかいうやつ、なんてやつだ! 初心者狩りをして、ゲーマーとして恥ずかしくないのか?
その後、完全に初心者のいなくなった村と化した『ビギナー・ヴィレッジ』。周囲の上級アバターの話を聞いていると、どうやらここにいる者たちは全員、元魔王側のアバターらしい。なるほど。どおりでハデスにペコペコと頭を下げているわけだ。
まったく……。それはよしとしても、どうしてこんな初心者の集い場にわざわざ集まるのさ、こいつらは。これじゃ、初心者プレイヤーが、ログインしづらいじゃないか。
普段初心者が集まり、和気藹々とした空気が満たしているはずの村が、今はただただ悪意の満ちた空間に代わり果てているのを、僕はただ眺めていることしかできなかった。




