第4話 さあ、アイテムを探そう
この様子だと、レベル上げはそうとう困難を極めるんじゃないか?
死にワープによって所定位置に戻り、所持金はペナルティで半分にされてほとんどゼロに近い状態の僕は、どうにもそんな不安が心の底から浮かび上がってきていた。
だって、考えてみてよ。
ただの一撃でも受ければノックアウト確定なんだよ? なに初心者なのに縛りプレイをしてるのさ、このプレイヤーさんは。縛りプレイというのは、ある程度そのゲームに慣れてきてからするものじゃないか。
縛りプレイに付き合わされるこっちの身にもなってよ。出来もしないのにプレイヤーというものは、僕たちの受けている苦痛なんて全く気にすることないまま無謀な挑戦をするんだからたまったものじゃないよ。
……ところでこのプレイヤーさん。いったいいつまでゲームプレイするつもりなんだろう。けっこうな時間をぶっ続けで遊んでるよ、この人。
僕としてはそろそろ休憩を取りたいと考えているんだけど……。このプレイヤーさんに長時間ぶっ続けで操作されちゃ、こっちの肉体および精神が持たないよ。
屈強な肉体を持ち、鋼のようなメンタルを持っている者でさえ、このプレイヤーさんの魔の手にかかれば心身ともに、たちまちボロ雑巾と化すことだろう。
……って、そのボロ雑巾となる候補って僕じゃないか!
実際、僕の心は、度重なるプレイヤーさんの横暴によってズタボロで、急遽つぎはぎを用いることで補っている。肉体面は、ガメ・オベラを経験するたびに嫌でも強制回復させられるため全然へっちゃらだ。
だけど、どことなくそれが悲しいと思うのは僕の気のせいだろうか?
人は死んだら蘇らないのに、僕たちゲームキャラクターは何度死んでも生き返るというのは、どうにも僕たちの命が軽視されているみたいでどうにも嫌だ。
「ラ○ュタは滅びぬ。何度でも蘇るのだ!」って、誰かが言っていたような気がするけど、僕たちは天空城じゃないわけだし……。そもそもあれも、最終的には滅んだじゃないか。
えっと……何の話してたんだっけ? ……ああ、思い出した。
とにかく、少しくらい僕たちの命を必死に護ろうとプレイヤーは努力するべきだと、僕は思うんだよね。先ほどの縛りプレイで言うなら、「操作キャラクターを、まったく殺さないでエンディングを目指す」とか、してほしいよ。ゲームキャラクターの身としては。
最近のゲームはぬるいから、それを為すのは簡単かもしれないけど、岩男やスペ○ンカー、魔○村のふんどし一丁おっさんとか……。そういった不条理とも感じるほどの高難易度ゲームで、僕の提示した縛りプレイをマスターしてほしいなぁ。
……と、そんな心の声は、どうやら僕のプレイヤーさんにはまったく届かなかったらしい。
バッコオオオォォォン、と景気の良い音と一緒に、僕の身体は宙を舞う。ゴブリンの攻撃の直撃を受けたせいだ。
これで三度目のゲーム・オーバー。
どうやら、初めにスライムを撲殺したのはまぐれだったらしい。このプレイヤー、恐ろしいほどまでにゲーム初心者だということが、文字通り肌で感じてわかる。
攻撃に一切の加減を加えず、敵の攻撃に柔軟に対応できない。おまけにパラメーターの振り付けは異常に偏っている上、僕の外見は某「マンマミ〜ア〜」で有名なゲームキャラクターと酷似……。一番最後のやつを抜きにしても、このプレイヤーさんが初心者なのはほとんど確定だ。
嗚呼……。とんだ貧乏くじを引いちゃったよ。僕って世界一不幸なアバターだ。
死にワープし、再びフィールドに僕を赴かせるプレイヤーさん。所持金はもう、すずめの涙というより蟻の涙くらいしかない。
……なんだろう。この人、僕がホームランよろしく敵の攻撃でぶっ飛ばされるのを愉しんでいないか? いい加減、そう邪推してもバチは当たらないと思うぞ。
フィールドに飛び出してくると、狩場にいる他のアバターたちが、憐憫の眼差しを向けてくる。今まで僕のことを魔王を見るかのような畏怖を込めた視線を寄せていたのに……。どうやら僕の気苦労を、他のアバターも特と痛感してくれているみたいだ。
中には、「がんばれよ」とウインクしてくるアバターまでいた。ちなみにそのアバター、頭部から手先足先まで装備でかためられていた。
べ、別に羨ましくなんかないんだからね!
後、できればその装備、どれでもいいからひとつ恵んでくれると嬉しいかな、とか思っちゃったりしてるんだけど……僕を喜ばせる気はある? そこのアバターさんおよびそれを使役しているプレイヤーの方。
……とそのとき、僕の意識とは関係なしに、僕はそのアバターさんから背を向け、歩き出した。
嗚呼! ちょっとプレイヤーさん! 僕はまだ視線でアバターさんと交渉中なのに、なに別のところに行こうとしてるのさ。
後少し、後少し待ってよ!
そうしたら、無言の眼差しが秘めている異質な気配に気圧されてアバターさんがアイテムを給してくれるからさ!
あ、あああぁぁぁ…………。離れていく。彼からどんどん遠ざかっていく……。
駄々をこねる子供の首根っこを掴んで引きずっていく親よろしく、僕はプレイヤーさんの手によって操作されてしまっていた。
それでもって何をするのかと思ったら、とあるアバターから距離を取って、一時停止した。
その者を観察していると、どうやらその人は道具の整理をしているようで、時折ポロポロといらないアイテムが地面に落ちていた。
……まさか。
やがてそのアバターがその場を離れていくのを確認すると、プレイヤーさんは僕を、その捨てられたアイテムまで急速接近させる。
後は言わずもがな。僕にそのアイテムを片っ端から拾わせ始めた。
周囲からは実に冷ややかな視線が向けられ、穴があったら入りたい気分だった。いっそのこと、この破壊力抜群の拳で地面を殴って、大穴でもつくってやろうかな……。
AIBO> 人のアイテム何勝手に漁ってるんですか!
突然、チャットウインドウが開き、そこにメッセージが描かれる。ふと振り返ると、先ほど去っていったはずのアバターが墳怒の形相で近づいてき、僕と面と向き合ってきた。AIBOというのは、このアバターの名前だろう。
ツンツンに尖った黒と紫と金の入り混じった髪の毛。背丈は僕より小さく、目は大きく若干垂れ目気味。首からは、よくわからない金色の三角錐の物体を下げ、腕にはシルバーが巻かれていた。
……激しく某カードゲームのあれに見えるのは気のせいだろうか……。
AIBOさんは「早くアイテムを返してください!」と言ってきている。どうやら僕の拾ったアイテムは、荷物整理するために一時的に置いていたもののようだ。
僕のプレイヤーさんは、僕を直立不動にしたまま、うんともすんともしない。どう返答しようか窮しているのだろう。
プレイヤーさん。ここは「ごめんなさい。貴方のだとは知らなかったんです」って感じに謝罪したほうがいいよ。
……という僕の考えは、木端微塵に打ち砕かれた。
あろうことかプレイヤーさんは、AIBOさんから背を向けると、一目散に僕を逃走させた。
何やってるんだ! この人は!
チャットウインドウに「ま、待ちなさい!」というメッセージ。後ろを振り返ると、AIBOさんの垂れ気味だった目が、鋭いナイフのようなものへと変貌していた。まるで二重人格のような切り替わりよう。
そのAIBOさんから僕に目掛けて、何か白いものが放たれた。
鋭い軌道に乗ってその物体はこちらに飛んでき、やがてペチッと僕の背中に当たった。
……なんだろう。当たっても全然痛くなかったけど。
振り返ると、自分の背に当たった物体が地面に落ちていた。
プレイヤーさんもそれに気づいたらしく、その物体に近づき、僕にそれを拾わせた。
――直後、画面一体が真っ白に染まった。




