第3話 さあ、経験値を上げよう
まったく……。とんだ災難だった。
ゲーム・オーバーの憂き目を見た後、僕は一番最後に赴いていた村――『ビギナー・ヴィレッジ』に強制送還され、ガメ・オベラのペナルティとして、なけなしの所持金を半分に減らされてしまった。
当然、そのことによって道具のひとつどころか武器および防具も買えなくなり、僕のプレイヤーさんは村の民家だけに飽き足らず、道端に小銭が落ちていないかをくまなくチェックしていた。
ああ……。なんという惨めさ。とても勇者とは思えない。
魔王勢にも、僕のような輩がいるかどうか怪しいものだ。プレイヤーさんのいる現実世界で例えるなら、自動販売機の下に小銭が落ちていないか手を突っ込んで探っているくらいに恥ずかしい行いを、僕は今やっているような気がする。
しかし当然のことながら、そう都合よくアイテムが落ちているわけもなく、代わりに周囲のアバターの辛辣な視線を手に入れていた。
アイテム 人々の辛辣な眼光
効果 自アバターのメンタルを劇的に低下させ、戦闘時の志気を大幅に下落させる。
……うん。使えないね。コイ○ングより使えない。例えがアイテムじゃないけど、それくらいに使えない。あの鯉は「たいあたり」が使える分、まだ使い道があるけど、僕の能力を下げる前述したアイテム(?)は、まったくもって使いようが見つからない。
道端にアイテムが落ちていないとわかったのか、プレイヤーさんは僕を身近に聳えていた一本の樹木に接近させる。
樹木の幹は太く、梢に緑を大層に生い茂らせた立派なものだ。そのこともあってか、木陰で一休みしているアバターが、二人ほど幹に背を預けて休憩している。
……何させる気だろう? なんというか、嫌な予感しかしない。
やがて僕を樹木の前に立たせると、あろうことか、僕のプレイヤーさんは攻撃コマンドを実行させた。ターゲットは目前の樹木。
ドゴオオオオオォォォォォ――――!!
痛烈な打撃音が轟き、地面にしっかりと根付いていたはずの樹木が、メリメリメリィッ! とありえない音を立てて根が引き千切れ、はるか彼方へぶっ飛んでいった。
ついでに、休息していたアバター二人もとばっちりを受け吹き飛び、付近の民家の屋根に頭から突っ込んでいた。
ぎゃあああぁぁぁ! やってくれちゃったよ! このプレイヤー!
飛ばされた樹木は、大きな放物線を描きながら、遠方にある畑に墜落した。
ズドムという落下音とともに、畑方面から土煙が天に向かって登っていた。加えて、キャーキャーと人々の恐怖を帯びた叫び声も。
多分、プレイヤーさんは、木を揺らしたら何かしらアイテムが落ちてくるかも、とでも思ったのだろう。その気持ちはわかるけど……少しは加減ってものをしなよ!
ほらぁ! 周辺にいたアバターたちが目を驚愕に見開いて、こちらを見ているじゃないか!
ちょっと! 泣き出している子供までいるし! ……っていうか、その子供。プレイヤーの年齢は何歳なのさ!
逃げ出したい所存だったが、プレイヤーさんはあろうことか、出来上がっていた人だかりに向かって僕を突っ込ませようと歩ませた。
やめてくれえええぇぇぇ! 何考えてるのさ、プレイヤーさんは!
僕が近づくと、人だかりは再び両サイドに均等に分かれ、僕を向かい側へと行かせる。
うわーい。おえらいさんになったみたいだー。……なんて思わねーよ! 絶対!
畜生! 誰か僕に救いの手を差し伸べてくれ!
僕の為す暴挙を止めて! 僕は敵側に一度拉致され、敵の思うがままに動く操り人形なんだ! きっと。
嗚呼! これじゃまるで、僕が魔王みたいじゃないか!
念のために言っておくけど、僕は勇者だ!
しかし、そんな僕の悲痛な叫びが皆に届くはずもなく、再びフィールドへと出向くことになった。どうやら前と同じく経験値稼ぎおよび所持金稼ぎをするつもりのようだ。
どう考えても前回と同じ二の舞になるだろうということは火を見るよりも明らかなわけで、ゲーム・オーバーの悲境を味わう決意を、僕は内心で着々と固めようとしている最中だ。
まったく……。なんでこんな後ろ向きな考えをしないといけないんだ? 僕は。
誰か、代わってほしいのなら代わってあげるよ。
え? いらない?
遠慮しないでよ。少しは他人の気持ちをわかる人間になれるかもよ?
ほらそこ! 君だよ君! 他人を痛めつけるのが快感でたまらないというそこの君だよ!
悪いことは言わない。――僕と代われ! そして更生しろ! 更生して、慈善事業大好きな人間に生まれ変わるんだ!
……ハッ! わかったぞ! 僕がどうしてこんな仕打ちに遭っているのかが!
つまりはあれか。不良人間たちと立場を力づくにでも入れ替わって、不良に他者の感じている痛みを特と味わせて、改心させるために、こんな処遇を受けているんだ。それが勇者として与えられた使命なんだな? そうなんだな?
……よし。そうと決まったら、心にやましいことを感じている人、および現在進行形で他人を痛めつけている者は名乗り出なさい! 番号札を順に渡すから、書かれている数字が若い者から僕と入れ替わりなさい!
そして体感せよ! 今、自分が痛めつけている者の心の痛みを! それを知り、改心すると決意を固めたものだけが、現実世界に帰れるのだ!
…………って、そんなわけないよね…………。
うん。わかってるんだ。なぁに、ちょっとした現実逃避だよ。そうでもしないと精神が持たないんだ、本当に。
嗚呼……。なんでこんなプレイヤーさんに僕は選ばれたんだろう。
僕の名前を「ああああ」にし、能力値を攻撃力以外空気にも等しい値に設定したこのプレイヤーさんに。
くそっ。こうなったらせめてもの報いで、「さん」抜きで呼ぶか?
畜生、呼んでやる! 泣いて謝ったってもう遅いんだからな!
……え? 他のプレイヤーと見分けがつかなくなるからやめろって?
へん! 知ったことか! 主人公は僕なんだ!
僕は勇者なんだぞ! 勇者の言うことは絶対なんだ! グレてやる! グレてやるからな!
不良勇者「ああああ」にタイトル名を変更だ! それじゃ「勇者」じゃないじゃない、なんてツッコミは一切受け付けませんからね! そこのところ頼むよ!
おっとぉ! ここでおあつらえ向きにモンスターが登場してきたよ。それも、一番最初にえげつない死に様を晒したスライムだ。
よし。不良勇者になった記念に、いっちょうやりましょうぜ、プレイヤー。前回のように、C.ファル○ンやガノンおじさんもおっかなびっくりなパンチを、やつにブチかましてやりましょう!
プレイヤーも憐れなザコ敵を発見したようで、僕をスライムに猛然と突っ込ませる。
うおおおおお! やってやるZE!
彼我の距離は目測十メートル。あっという間に縮まる距離だ。
単身特攻で拳を振り上げ、一直線に突撃していると、スライムがもぞもぞとゼリー状の身体を波打たせる。
ふふふ。白旗を上げているつもりかね? しかし残念だが、不良勇者となった僕に、慈悲慈愛、同情人情といった類はなくなってしまっているのだよ!
キエエェェェ……! と心中で奇声を上げながら、僕はスライムに拳をストライクさせ――――
パッコオオオォォォン
――――られなかった。
あろうことかスライムは、自身の身体の一部を、弾丸としてこちらに放ってきたのだ。
カウンター気味に直撃を受ける結果となり、僕はまるでゴルフボールのように放物線を描きながら村の上空を飛び、先ほど樹木を吹っ飛ばした際、巻き添えを喰らったアバターが開けた民家の屋根穴にホールインワン。
がらがらと豪快な音を立て、民家内にあった机や椅子、タンスといった類がガラクタと化した。
外からは何が降ってきたんだ!? と喧騒に包まれているようで、叫び声がぐらぐらする意識の中、聞こえてくる。
その後、再び画面に「GAME OVER」の文字を飾ることになった。
……やっぱり、あれだね。僕に不良なんて向かないってことさ。
それと、ちゃんと「さん」付けで呼ばせていただくよ、プレイヤーさん。
自分の身体が死にワープで、所定の位置に戻されることを感じながら、僕はそう思った。




