第24話 ポッポやオニスズメのような小さな鳥が、「そらをとぶ」で主人公を町まで運ぶ労力は、いかほどのものであろうか?
年初めから三日間にわたって行われた新春雪合戦大会は、無事終わりを迎えた。……いや。すべてがすべて、平穏無事ってわけにはいかなかったけどね……。主に、僕のプレイヤーさんにかかわった人たちは特に。
ケイオスさんを撃破した後も、僕のプレイヤーさんは悪行の限りを尽くした。
弱った相手の死角から、第三宇宙速度並の高速の雪玉を放ったり、雪煙に紛れてライバル同士の自滅を促したり、それで生き残った満身創痍のアバターめがけて猛攻撃を仕掛けたり…………。いや、やめよう、この話は。言ってて悲しくなってきた。
なにはともあれ、そういった姑息な手段を用いてポイントを荒稼ぎしていた僕のプレイヤーさん。優勝には程遠かったものの、参加賞ということで、アイテムをひとつもらうことができていた。
アイテム 転送石
効果 風の精霊の加護が込められた碧の宝石。「空間跳躍」の魔法が施されている。使い捨て。
アイテムウインドウには、エメラルドのような綺麗な宝石のグラフィックと、アイテムの効果が書かれていた。
アイテムの効力は読んで字のごとく。ダンジョンやフィールドをさまよっていても、この石を使えば、自分が立ち寄ったことがある町まで一瞬で移動することができるというものだ。
でも、お高いんでしょ? っていう主婦の皆さん。大丈夫です! この「転送石」、ひとつで1000メタ! 1000メタですよ、奥さん! 序盤でも、フィールドにいるモンスターを三時間ほど狩れば買えるお値段です! その際、経験値もがっぽり貯まってまさに一石二鳥! 奥さん、例のモンスターを狩るには今しかありませんぜ。
1000メタと聞くと、ロングソードが頭に浮かんだのはここだけの話……。のび太郎さん、今頃どうしているのかな?
いかんいかん! 昔の話は忘れてしまおう! 昔の感情に流されて、今やるべきことを見誤るのは、素人のすることだ! 僕は勇者! 誇り高いスーパーエリート勇者なんだ……っ!
…………画面越しに冷たい眼差しが向けられているような気がする気がするけど、気にするな! 僕!
なにはともあれ、転送石が手に入ったのは嬉しいことだ。これで遠出をしたときに、いちいち帰りのことを考えなくて済む。ましてや僕の体力はオワタ式。いざというときは石を使えばゲームオーバーが回避できるというのはありがたい。
僕のプレイヤーさんも、僕と同意見のようだ。「アルメダ」の町を離れ、広大なフィールドに向かって、僕を歩かせる。
空はどこまでも青空が広がり、時折吹くそよ風が、僕の頬を優しく撫でる。
なお、このゲーム。グラフィックが不必要なまでにこだわりをみせている。
突き詰めれるだけ突き詰めた、圧倒的ピクセル数のグラフィック。
リアルさを追求したのか、物理エンジンでそよ風やアバターの動く方向によって、生えている芝生の一本一本の動きや木々の梢の揺れ具合を描画している。
その努力の程度は認める。認めるけど……。
なんでだろう。素直に褒められない。
このゲームの場合、グラフィックに力を注ぐんじゃなくて、もっとこう……プレイヤーさんがもっと快適にゲームがプレイできるように、ユーザーの意見を聞く必要があるんじゃないのかな?
操作性の向上とか、ステータス表示やアイテム欄表示の際の画面の見やすさとか、フリーズや遅延が発生しないように快適さを上げるとか……。
問題のあるプレイヤーさんに、警告のメールを送るとか。
……うん。わかってるよ。もしそんなことされたら、この小説が終わるって。
でもさ、やっぱり健全な社会をつくっていく上では、必要なことだと思うんだ。よりよい世の中に、ひいては健全なネットゲーム世界を築き上げるため、僕はあえて、その礎になる! 新世界の勇者に、僕はなる!
……と、僕の決意など露知らず、僕のプレイヤーさんは、狩り場となっているフィールドまで、僕を移動させた。
狩り場になっているだけあり、見渡すとほかのアバターが経験値やアイテム収集のために、モンスターと戦っている。
ただ、この辺りのモンスターは、自分のレベルを鑑みても、強い。
オンラインゲームにもよるが、このゲームの場合、ある一線を越えるとモンスターが劇的に強くなるのだ。その分、もらえる経験値も段違いなのだが、たいていの場合、やられてデスボーンする。何度もガメオベラになっていくうちに、そういった場所を憶えていくのが、このゲームの楽しみのひとつなのだ。
僕のプレイヤーさんは、そのことをまだ知らないはずだ。今まで人の獲物を横取りしてきた僕のプレイヤーさんには。
ここは退いたほうがいいよ。
経験値よりももっと大切なものがあるって。
命は大事にしようよ。
配管工さんがよく、改造ゲームでおびただしい限りの命を捨ててるじゃないか。
あれのようになっちゃいけない。
あそこから、大切な何かを学びとらないといけないんだ。
頼むよ、僕のプレイヤーさん。
じゃないと…………、
僕の身体がもたないんだって!
……ああ、そうさ! 度重なる僕のプレイヤーさんの極悪操作で、僕の身体はボロボロなんだよ! 栄養ドリンクじゃ足りないんだよ! ポーション飲んでも、心の傷が治らないんだって!
と、そのとき、一度すさまじい限りの雄叫びが、フィールド上に轟き渡った。
な、なんだ? 僕のプレイヤーさんも同様だったらしく、カメラを動かして、雄叫びの正体を探す。
そして……いた!
一言で言えば、その見た目はゴリラに似ている。ただ、スケールがケタ違いだ。
身の丈は五メートル程あるくらいに巨大。筋骨隆々で、ごつごつとした岩のようなそれが、見ただけでもわかるくらいだ。
丸太のように太い腕は長いが、脚は短い。ただ、短いとはいっても、ゾウの脚のようにがっちりとしたものだ。踏みつぶされればひとたまりもないだろう。
ギガントモンスター。
ごく稀にフィールドに出現する、ボスクラスの強さをもったモンスターだ。
この度、現われたギガントモンスターの名前は、「ゴライアス」。序盤のフィールドに出てくるギガントモンスターの中でも、高火力、高体力をもっている。
突如として現われたギガントモンスターに、狩り場にいたプレイヤーさんの視線は、釘付けになっていることだろう。現に、ちまちまと弱いモンスターを退治していたアバターの動きがとまっていた。
オオオオオオォォォォォォ――――――!!
再度雄叫びをあげるゴライアス。それが開戦ののろしとばかりに、一斉にアバターがゴライアスに向かって行った。それはまるで、チャッ○―に群がるピク○ンのごとしだった。
威勢よく向かっていくアバターたち。そんなアバターたちを、ゴライアスは長い腕で払い飛ばす。
ゴライアスの攻撃力の高さのせいか、まともに攻撃を受けたアバターたちは、ひと払いでHPが0まで削れ、その場から退場していく。運よく防御できた人も、体力の半分近くをもっていかれていたアバターがほとんどだった。
っていうか、なに? この火力。なんだか別ゲーなんじゃないかって思うくらいなんだけど。そのゲームバランスは、まるでモン○ンみたいに大味としている。カ○コンのゲームって、けっこう難易度が無茶苦茶なものが多いよね。難しいのが好きっていう人と、理不尽な難易度で嫌だっていう人の二極化が激しいよ。
僕のプレイヤーさんは、目の前で繰り広げられる戦闘を、遠巻きに眺めていた。どうやら、完全にギャラリーのひとりとなることを決め込んだらしい。まあ実際、あの中に何の策もなしに突入したら、一瞬で僕が消し飛んでしまうんだけど……。
観客として戦いを眺めていると、徐々に形勢が変わり始めているのがわかってきた。
初めのうちは、無策に突撃するアバターが多かったのだけど、時間が経つにつれ、そういった人は少なくなる。代わりに、弓矢や銃といった遠距離攻撃が可能なアバターが、ゴライアスの攻撃圏外から、ちまちまと矢や弾丸を放っていた。
それで怯んだところを見計らって、近距離戦を得意とするプレイヤーさんたちが、アバターを突っ込ませる。
各々の役割を果たし、大型モンスターをじりじりと追い詰める。こういった連帯感を楽しむのも、オンラインゲームのいいところだろう。戦場で育まれる絆、友情……。嫌いじゃないよ、僕は。
やがて、ゴライアスのHPバーがレッドゾーンに突入する。あと一息、あと一息で倒せるよ!
がんばれがんばれ諦めるな! 自分の力を信じろって! やればできるんだから! しじみトゥルル! 今日からお前は富士山だ!
熱い応援を心の中で送る僕。
そのとき…………やつが動いた。
棒立ち状態だった僕は、僕のプレイヤーさんの操作によって、足元の石を拾う。
そして、ゴライアスへと照準をセット。そのままで一時停止する。
………………ちょっと。まさか……ね? しないよね? ね?
目の前で繰り広げられる熱い戦いに熱中し過ぎて、僕のプレイヤーさんがどういう人なのかっていうのをすっかり忘れていた。
そうだ……この人は……。やるときはやるのだ。悪い意味で。
ゴライアスのHPバーが、やがて1ドットくらいになる。
その瞬間、僕のプレイヤーさんは、僕が手に持っていた石を――――投げた。
光の速さで飛んでいくその石は、ゴライアスに当たるや否や、豪快に爆発。派手な閃光エフェクトが太陽の光すらも浸食せん勢いで発生。次の瞬間には、巨大なきのこ雲が、立ち上った。
ぎゃああああぁぁぁぁ!! やっちゃったよ、この人! 戦場で友情が芽生え始めていたのに、それをすべて無視しやがったよ! この人!
立ち昇るきのこ雲。その下には、ゴライアスの残骸であろう肉や骨がバラバラに散乱しており、巨大なクレーターが出来上がっていた。
ゴライアス討伐に熱中していたプレイヤーさんの頭の中は、今頃真っ白なのだろう。○ルナレフ状態である。
○ルナレフとは真逆の僕は、なにもかもがわかっている状態だったので、非常に気まずい。逃げたい……。今この場から消え去りたい……。ゴリアテにとどめを刺したということで経験値が入り、それでレベルアップしたのか、ファンファーレがむなしく響いていた。
しばらく時間が経ち、状況を理解したプレイヤーさんが、アバターを操り、こちらに近づいてきた。
今の僕には、画面先のプレイヤーさんの顔がよく見える。獲物を横取りされ、経験値を奪い去られたことによる、般若すらも可愛いと思えるほどに憎悪の感情に満ちていた。
すると僕のプレイヤーさんは、おもむろにアイテムウインドウを展開する。まだ空きがたくさんあるアイテム枠の中から、僕のプレイヤーさんは「転送石」を選択した。
まさか僕のプレイヤーさん。はじめからこれを狙って……? ……いやいや、まさか。そんなことあるはずがない。そこまで僕のプレイヤーさんは鬼畜外道じゃないはずだ。
…………………………否定ができないのが、何より辛い……。
アイテムウインドウを開き、転送石をクリック。アイテム貴重品欄のところに変態海パンオヤジが出してほしそうに画面を介した向こうにいる僕のプレイヤーさんにまるで「どうする? ア○フル」のチワワのような眼差しを向けていたが、僕のプレイヤーさんは案の定無視! 転送石を発動させる。
瞬間、僕の身体が白く光り、碧の風が僕の周囲に旋回する。旋風は見る見るうちに僕を包み込み、やがて僕の視界は眩い閃光で真っ白に包まれた。
その後、訪れるのはロード画面。このゲーム、基本的にロード画面が出てくることが少ないので、これはこれで新鮮だ。
ふぅ……。なんとか転送石を発動できたみたいだ。だけど……素直に喜べないのはなんでだろう? 獲物を横取りして、すみません。
……って、なんで僕がいつもいつも僕のプレイヤーさんの尻ぬぐいみたいなことを、しないといけないのさ!
僕のプレイヤーさんは、昔のファミコンゲームのRPGの主人公みたいに一切しゃべらないし、たまにはチャットウインドウを開こうよ! それでほかのプレイヤーさんと会話を楽しもうよ! そしてゆくゆくは、人の気持ちがわかる、良心的な大人になってください! お願いします!
心の中で、まるで某いかに美しい土下座ができるか挑戦するスマホアプリのごとく土下座をしていると、ロード画面が終わりを告げた。どうやら、ワープ先にたどりついたらしい。
移動先は「アルメダ」に設定したみたいだけど……大丈夫だろうか? まあ、このゲームつくった人がよほどのみょうちくりんなことをしてない限り、大丈夫だよね?
ロード画面が終了した後、視界いっぱいに広がったのは……先ほどまでとは両極端な真っ黒な世界だった。
……あれ? どうしたんだろ? ちゃんと目的地にたどり着いたわけじゃないの?
僕のプレイヤーさんも、あれこれと僕のことを操作しているようだけど、一向に変化がない。
と、そのとき、パッとメッセージウインドウが開いた。
メッセージに書かれていた内容は――――
『石の中にいる』
…………え?