第2話 さあ、探索しよう
やっほー。みんな、ごきげんよう。
僕は全然ご機嫌じゃないけどね。アハハハハハ……。
僕は現在、勇者側になった人が最初に訪れる村――『ビギナー・ヴィレッジ』を散歩していた。のどかさ溢れるその村には、初心者プレイヤーの方々が思い思いのアバターを、操作に慣れるために適当に動かしている。
僕を動かしているプレイヤーさんも同様で、手始めにこの村に何があるのか探索しているのだ。
ちなみに、名前は常時、アバターの頭の上に表示されるようになっており、もちろん、僕も例外じゃない。
……ああ。向こうでこっちを指差して笑ってるやつがいるよ。
そりゃそうだよな。なにせ僕の名前は『ああああ』なんだから。カギカッコしていないと感嘆したときの声と間違えてしまいそうだ。
だけど、あまり僕を怒らせないほうがいいよ。あまり怒らせると295の破壊力をもったグーパンチが頬に喰い込むことになるからね。そんな威力のある攻撃を受けたら、初心者プレイヤーの扱っているアバターなんて強風で飛ばされる紙みたいになるだろうね。
村を徘徊して回り、僕のプレイヤーさんは道具屋に入店した。
ここで、武器や防具、それにその他の便利アイテムなどが手に入るのだけど、生憎ながら現在の所持金は0。
このゲーム、初めてこのゲームにログインしても、お金はもらえないのだ。普通はスズメの涙ながらもある程度はもらえるだろう、と踏んでこのゲームを始めた人にとってはとんだ肩すかしを受けるだろう。
くそ、運営。そんなにケチらなくてもいいじゃないか。
……あ、今の発言は聞かなかったことにしてください。アカシャ戦記の運営者にさっきの発言がばれると、デリートという名の制裁を受けてしまいますから。始まって早々完結なんてことになっちゃあれでしょ。なんかこう……小説として致命的と言うか……って、何言ってるんだろう、僕は。
ともあれ、道具屋に入ってもアイテムが手に入らないということを知った僕のプレイヤーさんは、店に置かれてあるインテリアを僕に物色させて、何もないことを知ると早々に立ち去った。
その後、他のオンラインプレイヤーの人たちに語りかけることもなく、プレイヤーさんは次々と村にある建物に片っ端から入り込み、アイテムがないか物色する。
……なんだろうねぇ、この気持ち。ゲームとはいえ、他人の家に入り込んで問答無用でタンスの中を覗き、そこにアイテムがあったら有無を言わさず自分のものにしてしまうっていうのは……なんかこう……人としてやってはいけない行為だと思うんだ。……まあ、僕は人じゃなくアバターだけど。
……おっと! ベッドの下を覗きこんだらエロ本があったよ!
プレイヤーさんが見ているウインドウには「何もなかった」なんて文字の羅列が表示されているけど、僕の目にはしっかりと十八歳未満閲覧禁止の本が平積みにされているのが見えてるよ!
……さてはこのゲームのグラフィック製作者の仕業だな。ベッドの下がプレイヤーには見えないからって、何もこんなものを用意しなくてもいいじゃないか! そんな細かいところに精力注ぎ込んでいる暇があるのなら、初めてゲームをプレイしたときに所持金をもらえるようにしてよ!
……ハッ。背後からアバター(女性)がジト目でこちらを見ているし!
ち、違う。違うんだ! 僕の意思でベッドの下を覗いた挙句、エロ本を発見して鼻の下を伸ばしてるわけじゃないんだ! これもみんな、僕のプレイヤーさんの仕業なんだ!
僕は悪くねぇ! 僕は悪くねぇ!
……と、どうにか弁護したかったけど、そのアバターはプレイヤーに操作されて建物内から出て行ってしまった。
何も彼女は言わなかったけど、瞳が語っていた。――「あまり……幻滅させないで」と。
どうでもいいけど、幻滅も何も、僕はあのアバターと出会ったのは初めてなんですけど……。
村を探索するのに飽きたのか、プレイヤーさんはいよいよフィールドへと僕を投入した。
初めてのフィールド。僕の視界に広がるのは、起伏が緩やかな地形に一面の芝生、それに、たくさんの人が通って芝生が抜け、土が固まってできた道があった。
その道をたどれば、おそらくは隣町まで行くことができるのだろうけど、現在の僕のレベルは1の上、パラメーターが恐ろしいくらいに偏っており、このまま次の町へ赴くのははっきり言って自殺行為だ。おそらく、次の町まで行く道のりでモンスターに倒されるのがオチだ。
それはプレイヤーさんも理解しているようで、村の周辺をうろちょろしているあたり、身近なザコモンスターを退治して経験値を稼ごうという魂胆だということがわかる。
……それは別にいいんだけど、今の僕の能力値で大丈夫なんだろうか……。
だって、HP5だよ? 一撃受ければ即ゲームオーバー確定じゃないか。スペ○ンカー並に弱過ぎる。そのくせ、攻撃力は馬鹿なんじゃないかと思うくらいに高いし……。
などと僕が懸案事項を抱えていると、やがてそれは現れた。
水色のぷよぷよした生命体は、紛れもなくスライムだ。初心者にとって絶好の獲物、初心者の経験値稼ぎのカモである。周囲には僕と同じ低レベルのアバターが、各々の敵と戦っているところから察するに、どうやらここはモンスターがよく出現する狩り場のようだ。
僕のプレイヤーもスライムを発見したのか、僕をそのターゲットに近づける。
そして攻撃コマンドを入力。……とは言っても、武器が一切ない上、必殺技も覚えていないため、「殴る」ことしかできない。
これで万が一にも空振りした場合、僕はスライムの反撃を受け、即ゲームオーバーの憂き目を拝むことになるだろう。
そんなことはごめんだ。プレイヤーさんは知らないかもしれないけど、ゲームキャラクターでも攻撃されると痛いと感じるんだ。
ぷよぷよとしたスライムに、僕は拳を突っ込ませる。
軌道を計算するに、外れることなく敵にパンチが喰い込みそうだ。
そう一安心した直後、
ブッシャアアアアァァァァ――――
拳がめり込むなり、まるで爆弾が爆発したかと錯覚するくらいの轟音で大気を響かせ、スライムは自身の身体の断片を広範囲にぶちまけた。
……っていうか気持ち悪ッ! 破壊力あり過ぎでしょ! いくらザコでも、こんなむごたらしい死に方はそうそうしないぞ!
周辺でレベル上げをしていた他のプレイヤーたちは、さっきの僕の所業を見て唖然としているようで、戦うことを忘れ、呆然とアバターを突っ立たせている。中には先ほど飛び散ったスライム片を身体にべっちょりとつけて、こちらに冷ややかな眼差しを向けているアバターもいた。
……気持ちはわかるよ。だけど、怨むなら僕じゃなくて、僕に無茶苦茶なパラメーターを振り付けたプレイヤーさんを怨んでよね。
しかし、僕のプレイヤーさんはそのことに気づいていないのか、スライムを粉砕……もとい倒した際に出てきたお金をせっせと僕に拾わせる。
嗚呼。周囲のアバターおよび、そのアバターを扱っているプレイヤーたちの画面越しからの突き刺さる視線が実に辛い。
ちなみにレベルは上がらなかった。
そりゃ当然か。いくら最初だからってスライム一匹玉砕……もとい倒しただけでレベルが上がるわけないよね……。
一通りお金を拾うと、再び獲物を求めて僕を闊歩させる。すると、その進路先にいたキャラクターがずざざざ……と左右に分かれ、道を譲る。まるでモーセになった気分だ。血がいといえば、みんなは僕にえも言い難い畏怖を感じている、ということだ。
……もう、勘弁して。肝心のプレイヤーさんは堂々と僕にそこを歩ませるし……。
本当、僕がいったい何をしたというんだか……。背後から僕の後頭部に向かって好奇と畏怖と、そして憐憫が込められた視線が矢のごとく突き刺さる。
嗚呼! 見ないでくれ! 視線で射抜くくらいなら実際に矢を放ってくれ! そして僕を楽にさせて!
同族の眼差しから早く逃れたい気持ちで、僕の胸中はパンパンに膨らんでいるものの、残念なことにプレイヤーさんにはその気持ちが届いていないらしい。
攻撃力の程に満足したのか、僕のプレイヤーさんは次なる獲物を探そうと、狩場をうろちょろする。
モンスター! 頼む! 逃げてくれ!
いくら敵だとしても、無残な死に様を拝むのは僕としても嫌だ!
しかし、悲しいかな。僕の切なる思いは打ち砕かれる。
ゴブリンが現れたのだ。
あああぁぁぁ…………。逃げて! 頼むから逃げてくれ、ゴブリン!
さっきはスライムだから多少はかわいい死に様だったものの、今度はそうはいかないわけだし! この小説に「R15」と「残酷な描写有り」のカテゴリを追加しなきゃならなくなるじゃないか! そんなのは面倒くさいから問答無用で却下の方向で行きたいんだけど!
……って、なに自分の意見をこの小説の登場人物たる僕に言わせているんだよ、作者! 面倒くさいって、そんなの僕には関係のない話じゃないか!
え? ならグロ描写有りの方向でいいのかって?
嫌に決まってるじゃないか! だいたい作者、そんな描写書けるの? 無理なことはしないほうがいいよ。こういう、作者のポテンシャルを超えるようなことになる場合は、その苦手な描写を良い感じに避けて書くように物語展開を考えるのがベストであり、それが作者の腕の見せ所なんじゃないのかな?
え、なに? 苦手を克服するためにも、あえて茨の道を突き進むのもまた一興だって?
やめて! 頼むからやめて! まだ物語も始まったばかりなのに、なに物語の質をあえて貶めようとする手段を用いようとするの!? そういうのは上級者のやることで、作者はまだ初心者! アマチュア! ――いや、それ以前の実力じゃないか!
馬鹿なことはやめて、地に足を着かせた手法を使いなさい! これは登場人物たる僕の命令です! 名前が「ああああ」とはいえ、僕は勇者の上、主人公なんだから言うことはちゃんと聞きなさい! というか聞け!
……って、さっきから僕は何を言ってるんだ!? これから起きるであろう現実を直視する勇気がなくて、現実逃避しちゃってたよ。
僕のプレイヤーさんは攻撃コマンドを入力。
それに従って、僕は走りながら拳をゴブリンに振りかぶる。
ギャアアァァァ! やめてくれ!
やがて拳は、ゴブリンに向かって振り下ろされる――――
スカッ
空振りした。
攻撃力295の拳は空を切り、ゴブリンに無防備な姿をさらけ出してしまう。
ゴブリンは手に持っていた小さな棍棒を、ホームランを打とうとするバッターのように、勢いよく横に振るった。
直後、耳を劈くような打撃音が響き渡り、僕の身体は五十メートルほど吹っ飛ばされた。それも爆転しながら。
とても初期に出てくるモンスターの破壊力とは思えない。単純に僕の体力が低すぎるだけだけど。
……いや、それだけじゃないか。紙よりひどい、空気のような防御力も関係してるか。
景色が目まぐるしく変化する中、他プレイヤーのアバターが顎を外したように口を唖然とさせ、目をまん丸にして飛ばされる僕を見ていた。とても先ほどスライムを無慈悲に粉砕したアバターとは思えないほどの情けない場面。
そのまま「ビギナー・ヴィレッジ」の出入り口に見事にストライク・インし、僕の体力はゼロとなった。
今頃、プレイヤーさんの見ている画面には、ガメ・オベラこと「GAME OVER」の文字が踊っていることだろう。
こんなことで魔王勢を懲らしめることが出来るのか、僕は大いに不安である。




